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05.嫉妬と諦念-1

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 十八歳になる年に、まずイザークが北の隣国の姫を妃に迎えた。その後、ヴィオラもベラーネク伯爵の妻となった。
 道を逸れるという選択肢などなく、次代の王として励むイザークに対し、ヴィオラは成人してすぐに官僚となった。女性にはまだ狭き門だ。それでも彼女は順調に頭角を現し、今から一年前、イザークの秘書官に任命された。イザークは何の配慮もしていない、本人の力でつかみ取った大出世だ。やっかみも多かった様子だが、ヴィオラは実力で黙らせろという彼女の父の言葉通りに、全て跳ね返してきた。

 この頃イザークが使っていたのは、王の執務室であった。窓の外の階下に庭園を臨む、見晴らしの良い部屋だ。
 イザークはまだ王太子であるが、先月から体調が優れず静養している父王に代わって執務を行うため、最近はもっぱらこの部屋に詰めていた。

 執務室の正面突き当りの机にはイザークが座り、他に二つある机にはそれぞれ筆頭秘書官の男と、仕事の持ち回りの関係で今日はヴィオラが着いている。この筆頭秘書官は元々父王の秘書官だが、王のこなすべき仕事が現在イザークに横滑りしてきているため、次代への引継ぎも目的にイザークの秘書官を兼務している。

 それぞれ黙って書き物をしていると、扉を叩く音がして、女官が入室してくる。

「ベラーネク伯爵夫人」

 女官は抑え気味に声をかけながら、ヴィオラの方へ近付いていった。仕事に関することであれば普通に話すので、何かヴィオラの私的な用事に関することと思われた。
 顔を寄せた女官に何か耳打ちされると、ヴィオラは少し驚いた反応を返す。

「まあ、こちらに来られたのですか……。仕方がありませんので、庭園でお待ちいただくようお伝えください」
「かしこまりました」
「あ、君……」

 ヴィオラから言伝を頼まれた女官が部屋を辞そうとすると、筆頭秘書官の男が声をかけて、一緒に出ていった。執務室にはイザークとヴィオラだけが残される。
 イザークは先ほどの話が気になって、ヴィオラに声をかけることにした。丁度二人きりで話しやすいので、仕事も小休止だ。

「誰か待たせているのか、伯爵夫人」

 以前はヴィオラを名前で呼んだ。しかし今は、他人の妻だ。王太子といえど名前を呼んでは礼を失する。ただ、この呼び方は未だに慣れない。

 顔を上げたヴィオラは、ペンを置いてイザークの方へ体を向けた。

「いえ、本日の業務終了後に私用がございまして、約束の相手が早めに迎えにきてしまったようで……」

 珍しい、というより初めてのことだった。近々貴族院の会議があるため、ヴィオラの父であるルドヴィーク公爵は王都の邸宅へ移動してきているはずだ。公爵と何か用事があるのかもしれない。

「そうか。公爵か、それともそなたの兄か?」
「当家のロベルト様です。夫の三男で、私の義理の息子に当たります」
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