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中編

15.症状-2

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 その症状の次は、物に頼る現実逃避だった。

「人によっては、酒や薬物に走る場合もある」
「お酒は飲みませんが、薬は……」
「そうだな」

 心の傷の直接の影響ではないが、セムラクの解除時の反作用から逃れるために、鎮静剤を多用している。

「それから……、性的なものに対しての忌避感や、意欲の喪失がある」
「そうですか」

 意外でも何でもない。
 ただ、彼とそれらについて詳細に話したくないため、イリスは簡潔に打ち切った。

「あと、自分に落ち度があったと責めてしまうことがある。あんなことをしなければ、辛い目に遭うこともなかった。自分が悪い、と」

 それは、アルヴィドへの怒りの陰に隠れてはいるが、イリスの中に存在する考えだ。
 同級生に頼まれたとしても、あんな場所へ行かなければ。差し出されたものを飲まなければ。どうにかして抵抗していれば。

「そんな考えに至るのは、原因となった出来事が、自分の管理下にあったと思いたいからだ。自分の心身を制御できないのは恐ろしいことだ。思い出したくもないのに記憶がよみがえり、恐怖で体が動かなくなる」

 アルヴィドは男性恐怖症が酷かった時を思い出してか、僅かに声を震わせた。

「現在、自分の体を支配できないというその恐怖を味わっているからこそ、過去のその時は違ったと思いたいんだ。身に降りかかった理不尽は、自分の行いの結果起きた出来事だと。今の恐怖も、過去の自分の選択の延長線上にあるのだと。だから、自分の責任ということにする。そうすると少しだけ落ち着く。……しかし逆に、自分の管理下の状況でありながら、回避できなかった、抗えなかったと、傷つくことになる。きっかけになっただけであって、本当はその人の責任ではないにもかかわらずだ」

 それは、一般例としての話ではなく、まるでイリスへ向けている言葉のようだった。

「そうして自分自身を貶めていくと同時に、他人を信頼することが難しくなる。誰がまた、自分に危害を加えてくるか分からないからだ」

 これもその通りだ。
 かつてのように、他人から強烈な悪意を向けられる心配はないと、無為に生きるなどできなくなった。全校生徒の憧れの的であったアルヴィドの凶行と、その後受けた大勢からの侮蔑と嘲笑は、イリスの世界を真逆に変えた。大半の人間は、イリスを信用してくれない、何かの拍子に害意を向けてくる存在であると。

 アルヴィドはその他に、先日挙げた回避行動や、過覚醒についても説明した。過覚醒は眠れなくなったり、些細なことで苛立ったり、緊張状態が続く状態である。

「これらが、精神的外傷を負った場合に起きえる反応だ」
「それなりに覚えのあることばかりでしたが、なぜこれらをわざわざ並べ立てたのですか」
「……心の傷がどれほど重く、様々な影響を与えるのか知らせるためだ。そしてこれらは一般的に起きることで、君だけに特有のことではない。つまり、他の人が治せたように、君も治療によって快方に向かうと、伝えたかった」

 あの日以降変わってしまった、悲観的なものの考え方や自責の念。イリスだけが特別弱いのではなく、心を深く傷つけられれば誰でもそうなる可能性がある。また、逆行再現やセムラクへの依存など、症状として分かりやすいもの以外にも、治療の効果がある。
 その理解は少しだけイリスを安心させた。
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