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夢編
5.夢魔の治し方(4)
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まずジークは自らの上衣を脱いで、近くの椅子の背へかけた。
鍛えられた体には無数の古傷がある。勇者といえど無敵ではなく、ルディは彼が命懸けで戦っているのだと理解した。
「治癒の魔術を覚えたのは最近なんだ」
ジークはルディの視線に気付き、少し恥ずかしそうにした。
傷を負ってすぐに治癒を施せば、傷跡も残らないそうだ。つまり、実際にはこの傷跡以上の負傷を繰り返しているということになる。
「あなたはなぜ戦っているんですか? 聖剣に選ばれたから?」
人類が言語を編み出すと同時に開かれたという聖教会の教えによると、聖剣はこの世のどんな剣よりも鋭く、そして魔族を退ける力を宿しており、選ばれたものしか扱えないその剣のみが、死と復活を繰り返す魔王を討つことができるのだそうだ。
聖剣に選ばれたという運命だけが、彼を厳しい戦いに向かわせているのだろうか。
「まあ、突き詰めれば、成り行きだな。人より上手く戦えたから、魔族の討伐を生業にしていたんだ。それが、なぜか聖剣を抜くことになってしまって……」
ベッドに座り、困ったように眉を下げるジークが語ったのは、ルディが想像するような崇高な理想ではなかった。
「力を賜った者の責任というやつなのかもしれないが、正直一介の冒険者の方が気楽だったよ。俺は勇者なんて柄じゃないし、こう長く続くと、もう戦いはこりごりだ。早く終わらせて、どこかの村で猟師にでもなりたいな。死んだ親父が猟師だったんだ」
聖剣の勇者という称号と、夜の森で魔族を切り捨てながら馬を走らせたその英姿。さらに半魔である自身を救おうとしてくれた慈悲深い心に、ルディは彼をまるで神のように思っていた。
だが、彼の弱音とも取れる率直な本心が、ルディの中のジークを人間にした。重責に疲れた様子を見せる彼に親近感のようなものが湧いてきた。
その結果ルディにもたらされたのは、言いようのない羞恥心だった。
弱い部分もある普通の人間のジークが、聖剣の重みを一人受け止め、耐え忍んで人々のために死力を尽くしている。
それに対してルディはどうか。
命懸けで助けを呼びに行ったのは、この村で自分の居場所を確保するため。自分のためだ。
ジークに比べて、自身の心はいかに矮小なことか。恥ずかしくてたまらなかった。
「どうした?」
「ごめんなさい……」
手で顔を覆ったルディを、ジークは心配して覗き込んだ。
その手を引きはがしたジークに、ルディは涙を見られてしまった。
「わ、私、あなたに助けてもらう資格なんてなかったんです……」
「泣かないで。なぜそんなことを言うんだ。話してみなさい」
ジークはルディの肩を抱いて、子供を寝かしつけるように背中をさすったり、ぽんぽんと軽く叩いたりした。
「うぅ……。私、半魔で、村に居場所がなくて……。助けを呼びに行ったのは、皆に認めてもらうためだったんです。村の人を助けたいなんて、思ってませんでした。あなたとは違う。自分のためです。私は勇敢なんかじゃない。ごめんなさい……」
「なんだそんなことか。滅私の人助けでなければ許されないと思っているんだろう。俺だって、自分のためではなくとも、別に人のためと胸を張って言えるほど高尚な心持で戦ってはいない。だが、それでも救われた命がある。結果だけに目を向けてもいいじゃないか。君がどんなつもりで助けを呼んだかにかかわらず、やり遂げたことの結果は変わらない。それから、誰のためであっても、森を抜ける事の危険は同じだった。やはり、君は勇敢だったよ。助けてもらう資格なんてものがあるのか分からないが、少なくとも俺は、今でも君を助けたいと思っている」
「っ、う、うぅ……」
ジークは、ルディが半魔であっても、そして善良でなくても、見捨てない。
何も言えなくなったルディは、ジークの胸にしがみついて、嗚咽を堪えるしかなかった。
鍛えられた体には無数の古傷がある。勇者といえど無敵ではなく、ルディは彼が命懸けで戦っているのだと理解した。
「治癒の魔術を覚えたのは最近なんだ」
ジークはルディの視線に気付き、少し恥ずかしそうにした。
傷を負ってすぐに治癒を施せば、傷跡も残らないそうだ。つまり、実際にはこの傷跡以上の負傷を繰り返しているということになる。
「あなたはなぜ戦っているんですか? 聖剣に選ばれたから?」
人類が言語を編み出すと同時に開かれたという聖教会の教えによると、聖剣はこの世のどんな剣よりも鋭く、そして魔族を退ける力を宿しており、選ばれたものしか扱えないその剣のみが、死と復活を繰り返す魔王を討つことができるのだそうだ。
聖剣に選ばれたという運命だけが、彼を厳しい戦いに向かわせているのだろうか。
「まあ、突き詰めれば、成り行きだな。人より上手く戦えたから、魔族の討伐を生業にしていたんだ。それが、なぜか聖剣を抜くことになってしまって……」
ベッドに座り、困ったように眉を下げるジークが語ったのは、ルディが想像するような崇高な理想ではなかった。
「力を賜った者の責任というやつなのかもしれないが、正直一介の冒険者の方が気楽だったよ。俺は勇者なんて柄じゃないし、こう長く続くと、もう戦いはこりごりだ。早く終わらせて、どこかの村で猟師にでもなりたいな。死んだ親父が猟師だったんだ」
聖剣の勇者という称号と、夜の森で魔族を切り捨てながら馬を走らせたその英姿。さらに半魔である自身を救おうとしてくれた慈悲深い心に、ルディは彼をまるで神のように思っていた。
だが、彼の弱音とも取れる率直な本心が、ルディの中のジークを人間にした。重責に疲れた様子を見せる彼に親近感のようなものが湧いてきた。
その結果ルディにもたらされたのは、言いようのない羞恥心だった。
弱い部分もある普通の人間のジークが、聖剣の重みを一人受け止め、耐え忍んで人々のために死力を尽くしている。
それに対してルディはどうか。
命懸けで助けを呼びに行ったのは、この村で自分の居場所を確保するため。自分のためだ。
ジークに比べて、自身の心はいかに矮小なことか。恥ずかしくてたまらなかった。
「どうした?」
「ごめんなさい……」
手で顔を覆ったルディを、ジークは心配して覗き込んだ。
その手を引きはがしたジークに、ルディは涙を見られてしまった。
「わ、私、あなたに助けてもらう資格なんてなかったんです……」
「泣かないで。なぜそんなことを言うんだ。話してみなさい」
ジークはルディの肩を抱いて、子供を寝かしつけるように背中をさすったり、ぽんぽんと軽く叩いたりした。
「うぅ……。私、半魔で、村に居場所がなくて……。助けを呼びに行ったのは、皆に認めてもらうためだったんです。村の人を助けたいなんて、思ってませんでした。あなたとは違う。自分のためです。私は勇敢なんかじゃない。ごめんなさい……」
「なんだそんなことか。滅私の人助けでなければ許されないと思っているんだろう。俺だって、自分のためではなくとも、別に人のためと胸を張って言えるほど高尚な心持で戦ってはいない。だが、それでも救われた命がある。結果だけに目を向けてもいいじゃないか。君がどんなつもりで助けを呼んだかにかかわらず、やり遂げたことの結果は変わらない。それから、誰のためであっても、森を抜ける事の危険は同じだった。やはり、君は勇敢だったよ。助けてもらう資格なんてものがあるのか分からないが、少なくとも俺は、今でも君を助けたいと思っている」
「っ、う、うぅ……」
ジークは、ルディが半魔であっても、そして善良でなくても、見捨てない。
何も言えなくなったルディは、ジークの胸にしがみついて、嗚咽を堪えるしかなかった。
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