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22.犬小屋-3

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 ファルハードの居室を辞して第一宮殿を出たシャーヤールは、帰り道に遠回りをして、嘆きの館の塀の見える渡り廊下を通った。
 立ち止まって、内側の建物を見せない聳え立つ石造りの塀を眺める。

 正式には幽閉所という名前の建物だが、かつて処刑を免れる代わりに幽閉された皇子の怨嗟の声が、彼の亡きあとも風に乗って響いてくるという真偽不明の逸話から、嘆きの館と称されるようになったそうだ。
 ただ、あのシュルークがここへ入れられても、彼女はやはり嘆きはしないだろう。あの起伏の乏しい声で承知し、静かにこの先を過ごすはずだ。

 全く記憶の戻らない憐れな女ではなく、敬愛する恩義ある主君を優先して何が悪いのか。シャーヤールは、シュルークを犠牲にする提案への罪悪感を胸にしまい込んだ。もうこの状況まできてしまったからには、他に確度の高い手段などない。少なくとも、シャーヤールには思いつかない。

「陛下はお認めにならないだろうな。彼女の中に眠るご自身の恥辱の記憶を諦められず、我が子を産んだ妃まで追放する……。本来の陛下は、復讐にそこまで固執なさらない方だ」

 本来のファルハードなら、シュルークを早々に処刑して前へ進んでいる。そうしないのは、彼女へ向ける感情が、単純に復讐心や憎悪だけではないからだ。
 だが、記憶を戻しての完全な報復が彼女を生かす理由だと、自分自身にすら言い聞かせているファルハードでは、それ以外の複雑な感情は認められないだろう。

 他に誰もいない渡り廊下に風が吹き込む。強い風は、シャーヤールの上着の裾を靡かせ、苦悩と後悔の懺悔をかき消した。

「いっそ、彼女を後宮に迎えればよかったのだ。陛下自ら奴隷にすると……、この女を求め所有するとは、口にできない。だから私が、陛下に先んじて彼女を地下牢で保護し、女奴隷として献上すればよかった。親しい配下からの奴隷の献上を無下になさる方ではない。そうすれば陛下は、今よりよほど……」

 ――心穏やかにいられたはず。

 最後の言葉は風に消してもらわずとも、噛みしめて声にはしなかった。

 シャーヤールの脳裏には、過去に正しい選択をしていればあり得たかも知れない光景が浮かんだ。
 受けた屈辱が頭の片隅にあるせいで他の妃たちと同じようには優しくできないが、部下への義理だと自分の中で折り合いをつけてシュルークの元へ通うファルハードの姿。
 彼を助けたシャーヤールからの献上品という理由づけがあれば、後宮へ迎えて自分の女として手元に囲い、自然に独占できた。それが、彼女だけは欲しいと言えないファルハードにとって、そしてこれからより自由のない軟禁生活を迎えるシュルークにとっても、最善だったはずなのだ。

 だが、もう仕方のないことだ。今取れる最善を選ばなくてはならない。
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