上 下
21 / 79

07.執着-2

しおりを挟む
「……!」

 広い袖口から現れた短剣が、まっすぐにシュルークの首へ向かってくる。
 とっさに身を捻ると、切先は肩をかすって切り裂いた。

「あっ……!」

 避けようとしたことで体の平衡を崩したシュルークは、そのままの勢いで倒れ込んだ。杖が手から離れて転がっていく。

「この――、あっ!」

 マハスティの悲鳴だ。シュルークは急いで上体を起こして振り返る。

「離しなさい!」

 そこにはマハスティの腕を捩り上げ、短剣を取り上げる宦官のサドリの姿があった。

「女官長、体はいかがです。しびれなどはありませんか」

 低い男の声。間違いなく、サドリの口から出ている声だ。どうやら話せず耳も聞こえないというのは嘘だったらしい。

「ありません……。傷も浅いです」

 痛みよりも、どちらかといえば恐怖の方が大きかった。避け損ねれば首を切られて死んでいた。シュルークは早鐘を打つ胸を押さえながら、サドリを見上げる。

「そうですか」

 するとサドリは、奪い取った短剣でマハスティの指先を切りつけた。

「何をするの!」

 ただの宦官が後宮の女奴隷を傷つけるなど許されないことだ。しかしサドリはマハスティの怒気にも動じていない。

「即効性の毒はないようですが、遅効性のものを塗られていては困りますからね」
「なっ……」

 つまり、シュルークの反応で短剣に即効性の毒が塗られている可能性はないと判断した上で、遅効性の毒が塗られていた場合に備えてマハスティを同じ短剣で負傷させたのだ。もし彼女が毒を塗っていれば、指先を切られただけでも大騒ぎしただろう。そしてもし持っていれば、解毒剤の類の在り処を吐いて自分に使わせたはずだ。
 それらの確認のために怪我までさせられ、皇帝の妃、そして皇女の母である自らへの非道な扱いに、マハスティは愕然としていた。

 驚いたのはシュルークも同じだ。ただの護衛としての宦官であれば、後宮の女奴隷に怪我など絶対にさせない。彼女たちは全て皇帝の持ち物だ。触れることすら本来は許されず、こうした拘束も非常に抵抗感を覚えただろう。
 しかしサドリは、自分のすべき職務であると微塵も疑っていない様子だ。従って、ファルハードから相当な権限を与えられていると考えていい。
 シュルークごときに、ファルハードがそこまでしたのだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ほらやっぱり、結局貴方は彼女を好きになるんでしょう?

望月 或
恋愛
ベラトリクス侯爵家のセイフィーラと、ライオロック王国の第一王子であるユークリットは婚約者同士だ。二人は周りが羨むほどの相思相愛な仲で、通っている学園で日々仲睦まじく過ごしていた。 ある日、セイフィーラは落馬をし、その衝撃で《前世》の記憶を取り戻す。ここはゲームの中の世界で、自分は“悪役令嬢”だということを。 転入生のヒロインにユークリットが一目惚れをしてしまい、セイフィーラは二人の仲に嫉妬してヒロインを虐め、最後は『婚約破棄』をされ修道院に送られる運命であることを―― そのことをユークリットに告げると、「絶対にその彼女に目移りなんてしない。俺がこの世で愛しているのは君だけなんだ」と真剣に言ってくれたのだが……。 その日の朝礼後、ゲームの展開通り、ヒロインのリルカが転入してくる。 ――そして、セイフィーラは見てしまった。 目を見開き、頬を紅潮させながらリルカを見つめているユークリットの顔を―― ※作者独自の世界設定です。ゆるめなので、突っ込みは心の中でお手柔らかに願います……。 ※たまに第三者視点が入ります。(タイトルに記載)

モテたかったがこうじゃない

なん
BL
魔力が当たり前にある世界でモテる基準はズバリ魔力量が多いこと。魔力の少ないマシロにとっては死活問題だ。 魔力を何とか増やそうと王都に来ていたマシロは、路地で苦しげに蹲る青年を見つける。 駆け寄ると、なんと魔力量が化け物級と有名なレイヴァン王子だった。レイヴァン王子の魔力暴走に巻き込まれ、目を覚ますとベットの上。なになに?王子の魔力暴走に巻き込まれた衝撃で俺の魔力が全て吹っ飛びゼロになりました?他者から魔力貰わないと死にます?大丈夫、魔力量の多い者(男)からはとても魅力的に見えますから!ちなみに魔力は体液に含まれているのでおセッセが効率的ですよ、て…何言ってるの?! お城で保護されたマシロだが、双子の王子や騎士団長に魔道士長、他にも高スペック男子に迫られて、もう勘弁して!モテたいって言ったけどこうじゃないんだよ! 高スペックイケメン軍団✕魔力ゼロの平凡総受け エロ多めのドタバタコメディ。

今さら、私に構わないでください

ましゅぺちーの
恋愛
愛する夫が恋をした。 彼を愛していたから、彼女を側妃に迎えるように進言した。 愛し合う二人の前では私は悪役。 幸せそうに微笑み合う二人を見て、私は彼への愛を捨てた。 しかし、夫からの愛を完全に諦めるようになると、彼の態度が少しずつ変化していって……? タイトル変更しました。

【R18】溺愛される公爵令嬢は鈍すぎて王子の腹黒に気づかない

かぐや
恋愛
公爵令嬢シャルロットは、まだデビューしていないにも関わらず社交界で噂になる程美しいと評判の娘であった。それは子供の頃からで、本人にはその自覚は全く無いうえ、純真過ぎて幾度も簡単に拐われかけていた。幼少期からの婚約者である幼なじみのマリウス王子を始め、周りの者が シャルロットを護る為いろいろと奮闘する。そんなお話になる予定です。溺愛系えろラブコメです。 女性が少なく子を増やす為、性に寛容で一妻多夫など婚姻の形は多様。女性大事の世界で、体も中身もかなり早熟の為13歳でも16.7歳くらいの感じで、主人公以外の女子がイケイケです。全くもってえっちでけしからん世界です。 設定ゆるいです。 出来るだけ深く考えず気軽〜に読んで頂けたら助かります。コメディなんです。 ちょいR18には※を付けます。 本番R18には☆つけます。 ※直接的な表現や、ちょこっとお下品な時もあります。あとガッツリ近親相姦や、複数プレイがあります。この世界では家族でも親以外は結婚も何でもありなのです。ツッコミ禁止でお願いします。 苦手な方はお戻りください。 基本、溺愛えろコメディなので主人公が辛い事はしません。

元邪神って本当ですか!? 万能ギルド職員の業務日誌

紫南
ファンタジー
十二才の少年コウヤは、前世では病弱な少年だった。 それは、その更に前の生で邪神として倒されたからだ。 今世、その世界に再転生した彼は、元家族である神々に可愛がられ高い能力を持って人として生活している。 コウヤの現職は冒険者ギルドの職員。 日々仕事を押し付けられ、それらをこなしていくが……? ◆◆◆ 「だって武器がペーパーナイフってなに!? あれは普通切れないよ!? 何切るものかわかってるよね!?」 「紙でしょ? ペーパーって言うし」 「そうだね。正解!」 ◆◆◆ 神としての力は健在。 ちょっと天然でお人好し。 自重知らずの少年が今日も元気にお仕事中! ◆気まぐれ投稿になります。 お暇潰しにどうぞ♪

【R-18】踊り狂えその身朽ちるまで

あっきコタロウ
恋愛
投稿小説&漫画「そしてふたりでワルツを(http://www.alphapolis.co.jp/content/cover/630048599/)」のR-18外伝集。 連作のつもりだけどエロだから好きな所だけおつまみしてってください。 ニッチなものが含まれるのでまえがきにてシチュ明記。苦手な回は避けてどうぞ。 IF(7話)は本編からの派生。

婚約者の彼から彼女の替わりに嫁いでくれと言われた

クロユキ
恋愛
子爵令嬢フォスティヌは三歳年上になるフランシス子爵を慕っていた。 両親同士が同じ学友だった事でフォスティヌとフランシスの出会いでもあった。 そして二人は晴れて婚約者となった。 騎士への道を決めたフランシスと会う日が減ってしまったフォスティヌは、フランシスから屋敷へ来て欲しいと連絡があった… 誤字脱字があると思いますが読んでもらえたら嬉しいです。不定期ですがよろしくお願いします。

【R18】幼馴染の魔王と勇者が、当然のようにいちゃいちゃして幸せになる話

みやび
恋愛
タイトル通りのエロ小説です。 ほかのエロ小説は「タイトル通りのエロ小説シリーズ」まで

処理中です...