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07.執着-2

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「……!」

 広い袖口から現れた短剣が、まっすぐにシュルークの首へ向かってくる。
 とっさに身を捻ると、切先は肩をかすって切り裂いた。

「あっ……!」

 避けようとしたことで体の平衡を崩したシュルークは、そのままの勢いで倒れ込んだ。杖が手から離れて転がっていく。

「この――、あっ!」

 マハスティの悲鳴だ。シュルークは急いで上体を起こして振り返る。

「離しなさい!」

 そこにはマハスティの腕を捩り上げ、短剣を取り上げる宦官のサドリの姿があった。

「女官長、体はいかがです。しびれなどはありませんか」

 低い男の声。間違いなく、サドリの口から出ている声だ。どうやら話せず耳も聞こえないというのは嘘だったらしい。

「ありません……。傷も浅いです」

 痛みよりも、どちらかといえば恐怖の方が大きかった。避け損ねれば首を切られて死んでいた。シュルークは早鐘を打つ胸を押さえながら、サドリを見上げる。

「そうですか」

 するとサドリは、奪い取った短剣でマハスティの指先を切りつけた。

「何をするの!」

 ただの宦官が後宮の女奴隷を傷つけるなど許されないことだ。しかしサドリはマハスティの怒気にも動じていない。

「即効性の毒はないようですが、遅効性のものを塗られていては困りますからね」
「なっ……」

 つまり、シュルークの反応で短剣に即効性の毒が塗られている可能性はないと判断した上で、遅効性の毒が塗られていた場合に備えてマハスティを同じ短剣で負傷させたのだ。もし彼女が毒を塗っていれば、指先を切られただけでも大騒ぎしただろう。そしてもし持っていれば、解毒剤の類の在り処を吐いて自分に使わせたはずだ。
 それらの確認のために怪我までさせられ、皇帝の妃、そして皇女の母である自らへの非道な扱いに、マハスティは愕然としていた。

 驚いたのはシュルークも同じだ。ただの護衛としての宦官であれば、後宮の女奴隷に怪我など絶対にさせない。彼女たちは全て皇帝の持ち物だ。触れることすら本来は許されず、こうした拘束も非常に抵抗感を覚えただろう。
 しかしサドリは、自分のすべき職務であると微塵も疑っていない様子だ。従って、ファルハードから相当な権限を与えられていると考えていい。
 シュルークごときに、ファルハードがそこまでしたのだ。
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