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05.空虚-3

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 ――お前の足は、私がそのようにした。お前の行いが原因だ。忘れるな。

 記憶がないことは納得していても、ファルハードはシュルークを許してはいない。相当恨まれており、その憎悪の深さは報復として右足の腱を切られたことからも伝わってくる。
 足の腱は記憶がない時に切られたらしく、目覚めたときは少し困った。切られてすぐに記憶がなくなったようで、元のシュルークには足を庇いながら暮らした知識が蓄積されていなかった。つまり、どうやって足を庇いながら暮らせばいいのか、これから探っていく必要があったのだ。訓練などのおかげで、今は杖さえあればゆっくり歩けるようになっている。走れないが急ぐこともないので問題ない。
 ファルハードには現在まで、犬の真似など一般的にみれば屈辱的なことを色々とさせられてきたが、それほどの恨みがあるのだろうとあまり気にせず従っている。普通は身に覚えのないことで責められ囚われるなど、怯えるか反感を覚えそうなものだが、なぜかシュルークはそういうものかと受け入れていた。元来の性格なのかもしれない。

 幸いにも、仕事をきちんとこなせば衣食住が不足することはない暮らしだ。ファルハードによる虐待は、シュルークにとって許容範囲内にある。本来は死刑もあり得た人間なら、考えようによっては恩赦を与えられたのと同じだ。
 ファルハードのことは嫌いではなかった。面倒な要求をされるので当然好きでもないが。
 シュルークが厭うのは、死だ。死にたくはない。死に繋がるためか、痛いのも怖い。それらがないから、今の暮らしに不満はない。

 ただ、楽しいことも嬉しいことも何もない。あまりにも時間がゆっくりと流れていく。
 仕事中はやることがあるので、それなりに時間が早く流れる。だが、それが終わって眠るまでの間は、時間が長く感じる。娯楽でもあれば気がまぎれるのだろうが、シュルークには何もない。何も持てないし外へも出られない。遠巻きにされていて女官のなかに友人もいない。
 ゆるやかすぎる時間だけは、捉えようによってはシュルークの唯一の不満なのかもしれない。遅く、充実感のない時間は心の中に蓄積されない。祖国での記憶がないだけでなく、帝国へ来て何年も経つというのに、シュルークの中は今も空虚なままなのだ。

 過去に一度だけ、私的に必要なものがあるか、ファルハードの側近の侍従に確認されたことがある。
 なんとなく犬を飼いたいと言ってみたのだが、結局それは無視された。あれはなんだったのか、シュルークは今でもよくわからない。
 ファルハードの側近がシュルークに対して勝手なことをするとは思えないので、彼の差し金だったのだろう。しかし、聞いておいて無視するとはファルハードは何がしたかったのか。

 やはり、ファルハードの考えていることはわからない。彼は何も語らない。
 今でも虐げ続けるほど憎ければ、早く殺してしまえばいいのに。犬の真似すら上手くできない女など、飼い殺しにする価値はないだろう。
 最大限時間をかけて苦しめるという手法もあるが、復讐にしては扱いが丁重すぎてぬるい。屈辱的な仕打ちがあまり効いていないのは、彼も感じているはずだ。

 ファルハードは、何を求めているのか。
 それはもしかして、先ほどかすかに見せた落胆と関係があるのだろうか。

 見えない答えを考えながら、シュルークは長い夜を過ごしていくのであった。
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