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04.報復-4

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「キアー」

 夜、他の近衛兵と交替してその日の勤務を終えたキアーは、宿舎へ戻る途中の道で声をかけられた。

「オーラン殿」

 歩きながら、日中シュルークから明かされた事情について考え込んでいたため、反応が遅れた。後ろから歩み寄ってきたのは、同じく近衛兵のオーランだった。
 彼は三十代前半ぐらいの熟練の戦士で、近衛としても古株だ。面倒見はあまりよくないが、言うべきことは言うし必要な指導も怠らない、若輩のキアーの尊敬する先達である。

「どうかなさいましたか」

 声で誰か分かっていたが、かなり近づいてからキアーが手にしたランプの明かりにオーランの顔が照らし出される。
 オーランは黒に近い焦げ茶色の髪と、薄茶色の瞳を持っている。肌は日に焼けていて、全体的に色合いは地味だ。しかし筋骨隆々で静かな武人の気迫があり、近衛の誰よりも存在感がある。

「どうかしたのはお前だ。今日は気もそぞろだったようだな」

 皇帝による女官長の『散歩』の後から。
 オーランはそこまで口にしなかったが、険しい眼差しがそう言っている。

 近衛が勤務中に、ファルハードの護衛以外のことに意識を割くなどあってはならない。オーランはそれを責めているのだと思い、キアーは背中に汗を滲ませた。

「……申し訳ありません」

 皇帝のすぐ傍を守る栄えある職に抜擢されたというのに、初日から失態だ。外されても仕方がない。オーランはそれを伝えに来たのかもしれない。
 キアーは内心落胆していたが、オーランの目的は違った。

「理由は言わずとも分かる。お前には、話しておくことがある」

 それは、シュルークがキアーに事実を説明したのと同じ目的だった。キアーがファルハードに引き続き忠誠を誓えるように。

「陛下は理由もなく下々を虐げるお方ではない」

 オーランは月もない夜空の下で、昼間後宮の中である妃が若い女官たちに語ったのと同じ話を、キアーに教えた。

「通常の女官長であれば高額の俸給が支払われ、退職後も年金があり、妃たちからの収賄で相当に私腹を肥やしただろう。だが彼女は私財を持てず、それらの恩恵を一切受けることができない。女官長の私室は収賄がないか毎晩点検されるそうだ。何も持てず、外へ出ることも許されない。皇宮の囲いの中でただ衣食住が保障されていて、先の見えない労働が続くだけだ」
「助命の代償の労働奉仕、なのでしょうか」
「処刑よりは良い待遇かもしれないな」

 それだけなら、後宮の女たちと同じ結論だ。
 後宮の女たちはファルハードがシュルークに虐待を行っていることや、その腱を切ったのが誰かは知らない。近衛兵として皇帝の傍にいるからそれらの事実を知っているオーランは、彼女たちの辿り着かなかった推測までキアーに伝えることができた。

「だがそれにしては軽率な処遇だとは思わないか? 外出を禁じているだけで監視もつけず、陛下に接近することも多い職だ。助命の恩に報いず陛下のお命を狙う危険もある」
「たしかに、仰る通りです」
「しかしあのように自由にさせているということは、おそらく、女官長はもうすでに反抗心を全て折られている」

 そう言われてキアーは、ファルハードがシュルークの右足の腱を切ったという話や、日中の屈辱的な彼女の『散歩』の姿を思い出した。キアーが知らないだけで他にも何かされている。長年積み重なれば、屈辱や反抗を感じなくなるほどに心を無くしてしまうのではないか。
 だからあれほど従順で無反応になってしまっているのではないか。

「女官としての労働奉仕は副次的なものだろう。相応の地位があるほど、貶められる落差が大きくなり『効果的』だ」

 そのために職を与えるし、働きに応じて昇進もさせる。ただ、裏では犬のように扱い虐げる。

「陛下は理由なくこのようなことはなさらない。僅かな罪で重すぎる罰を与えられることもない」

 つまりは、シュルークへの仕打ちは報復であり、それだけのことを捕縛されていたファルハードにしたのだ。

「女官長は罪なき弱者ではない。お前が憐れむ必要などない」

 だから下手な同情などせず職務に集中するように。
 その思いを込めて、オーランはキアーの肩を軽く叩いて、先に宿舎の方へ戻っていった。
 キアーはランプの狭い範囲の明かりの中、立ち尽くしたままそれを見送った。
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