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02.散歩-2
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その先は、首輪に繋がれているのが人間である点を除けば、まさしく犬の散歩であった。
回廊の中庭は間近で草木を楽しめるように、小路が巡らせてある。除草し踏み固められた道を、ファルハードが紐を手に先導し、全裸のシュルークが手のひらと膝頭を土で汚しながらついて行く。その一人と一匹の後ろに、常と同じように近衛兵たちが続いた。
シュルークは、右足が悪く動きづらそうにしている以外は、その状況に何も感じていない様子だ。ファルハードに軽く紐を引かれるとおりに、素直に主人の後を追う。
この国では首から下の体毛は一切処理するのが慣習となっている。だからシュルークは背後にいる侍従や近衛兵に、剥き出しの裸体、それも無毛の肛門や女性器をはっきりと見られているというのに、気にする素振りもない。
彼女の右足は、正常に動かせないこともあって筋力が衰えており、左足よりも細い。そして右の足首の少し上の裏側には、静脈の透ける青白い肌を横切る醜い傷跡があった。古い傷だ。これが右足の自由を奪った原因と見受けられた。
ファルハードは後宮の女奴隷たちには、気まぐれに接することはあっても無闇に残酷なことをする皇帝ではない。見せしめのために敵国の将軍を苦しめて処刑した話などはあるが、普段は忠誠や労に報い、弱者には施す、比較的温厚な名君だ。
だからこそ、足の悪い女官長にこのような恥辱を与える行為は、彼らしくなかった。それでも、誰も――この散歩を初めて目の当たりにした新任の近衛兵も含め――異議を差し挟むことなく、中庭の散歩を続ける。
シュルークは意思のない従順な飼い犬だった。本物の犬のように地面にあるものへ興味を示すことがないので、縄を引かれるとおりについて行くだけだ。ファルハードの方も足元の彼女に気を配る様子はない。そのため散歩は不気味なほど円滑に進んだ。
新任の近衛兵は他の仲間に合わせてどうにか足を動かせていたが、内心は混乱の中にあった。女官長は後宮の女官を束ねる高官だ。奴隷のごとき、それも非人道的な主人に買われたような扱いを受ける立場ではない。どうして恥ずかしげもなく酷い命令を受け入れるのか。皇帝が女官長をこのように扱うのはなぜなのか。どういった関係にあるのか。見たことも、噂に聞いたこともない。問うこともできず、静かに後ろをついて行くしかできない。
あまり広くはない中庭の小路をぐるりと回って元の場所へ近づく頃に、女官長はふうと息を吐いた。少し疲れただけだろう。だが若い近衛兵の目には、その何気ない溜息が、従順すぎて無機質なほどだった彼女の生気に映った。ファルハードも、彼女のその小さな変化を視界の端で捉えている。
そこへ、びゅうと風がまた吹き抜けた。まだ夏になる前の、冷たい風だ。
肌寒さにシュルークは体が冷えたらしく身震いした。微かに、裸の腿を擦り合わせるような動きをする。
飼い犬のそんな些細な仕草を、主人は見逃さなかった。
「小水か?」
「……」
ファルハードが立ち止まったため、シュルークは顔を上げた。静かに揺れた丸い乳房の先端は、肌寒さでつんと尖っている。
「そこでしろ。犬のように足を上げて」
引き続き眼差しは冷たく、言葉は淡々と、ファルハードはシュルークに屋外での排泄を命じた。裸体と犬の真似事だけでなく、更なる屈辱的な行為まで晒させようとしているのだ。普段女官たちの長として対等に接している、侍従や近衛兵たちの目の前で。
低い位置から見上げるシュルークは、ようやく口を開いた。
「人間の排泄物の直接の散布は、おそらく庭木によくありませんが」
眉一つ動かさずに発した言葉は、皇帝から自身への仕打ちの抗議などではなく、この行為の異常さには全く触れない意見だった。場違いさすらあった。
「犬が人語を喋るな」
「……わん」
それを受けても、ファルハードは眉間にしわを寄せ犬扱いを続けた。肌を打つような不快感に満ちた低い声に、近衛兵たちは背筋が伸びる。ところがシュルークは、怯むことなく犬の真似を再開した。
小路から少し分け入り、茂みへ近づくと、ためらいもなく片足を上げた。犬がするように。
そしてすぐに、しょわっと小水が茂みの根元へ放たれた。人前での排泄を強要されていながら、我慢することなく、羞恥心に阻まれることもなく、放尿を始めたのだ。
男たちに赤い秘裂が見える向きだというのに、気にも留めていない。無毛の女性器も、そこから小水を吐き出しているのもはっきり見えている。それを認識しているのに、シュルークはおそらく厠でするのと同じぐらいの躊躇いのなさで用を足している。
草や地面に当たってぱたぱたと音を立てていた小水が、やがて勢いがなくなっていく。そして最後は地面に下ろしている方の脚の腿に垂らしながら、帝国の皇宮の女官長は小用を終えた。
ファルハードは飼い犬の排尿が終わって脚を下ろすのをじっと見届けると、また首輪をくっと引いて回廊の元の場所に戻ってきた。気が済んだのか、首輪が外される。
するとシュルークは、拾った杖を頼りに立ち上がった。侍従の一人から差し出された、集団から離れて彼が用意していた濡れた布を受け取ると、土で汚れた膝や尿のかかった内ももなどを拭っていく。
やはり羞恥も、やっと終わったという安堵もない。仕事を終えた達成感もない。彼女は何も感じていない。
ファルハードも、再び視線を戻すことはない。まるで、彼女が人間に戻った途端、視界から消えてしまったかのような扱いだ。
首輪を元通り侍従に預けた皇帝は、服を拾い始めた身支度中の女官長ひとりを置いて、男たちを引き連れその場を立ち去った。
回廊の中庭は間近で草木を楽しめるように、小路が巡らせてある。除草し踏み固められた道を、ファルハードが紐を手に先導し、全裸のシュルークが手のひらと膝頭を土で汚しながらついて行く。その一人と一匹の後ろに、常と同じように近衛兵たちが続いた。
シュルークは、右足が悪く動きづらそうにしている以外は、その状況に何も感じていない様子だ。ファルハードに軽く紐を引かれるとおりに、素直に主人の後を追う。
この国では首から下の体毛は一切処理するのが慣習となっている。だからシュルークは背後にいる侍従や近衛兵に、剥き出しの裸体、それも無毛の肛門や女性器をはっきりと見られているというのに、気にする素振りもない。
彼女の右足は、正常に動かせないこともあって筋力が衰えており、左足よりも細い。そして右の足首の少し上の裏側には、静脈の透ける青白い肌を横切る醜い傷跡があった。古い傷だ。これが右足の自由を奪った原因と見受けられた。
ファルハードは後宮の女奴隷たちには、気まぐれに接することはあっても無闇に残酷なことをする皇帝ではない。見せしめのために敵国の将軍を苦しめて処刑した話などはあるが、普段は忠誠や労に報い、弱者には施す、比較的温厚な名君だ。
だからこそ、足の悪い女官長にこのような恥辱を与える行為は、彼らしくなかった。それでも、誰も――この散歩を初めて目の当たりにした新任の近衛兵も含め――異議を差し挟むことなく、中庭の散歩を続ける。
シュルークは意思のない従順な飼い犬だった。本物の犬のように地面にあるものへ興味を示すことがないので、縄を引かれるとおりについて行くだけだ。ファルハードの方も足元の彼女に気を配る様子はない。そのため散歩は不気味なほど円滑に進んだ。
新任の近衛兵は他の仲間に合わせてどうにか足を動かせていたが、内心は混乱の中にあった。女官長は後宮の女官を束ねる高官だ。奴隷のごとき、それも非人道的な主人に買われたような扱いを受ける立場ではない。どうして恥ずかしげもなく酷い命令を受け入れるのか。皇帝が女官長をこのように扱うのはなぜなのか。どういった関係にあるのか。見たことも、噂に聞いたこともない。問うこともできず、静かに後ろをついて行くしかできない。
あまり広くはない中庭の小路をぐるりと回って元の場所へ近づく頃に、女官長はふうと息を吐いた。少し疲れただけだろう。だが若い近衛兵の目には、その何気ない溜息が、従順すぎて無機質なほどだった彼女の生気に映った。ファルハードも、彼女のその小さな変化を視界の端で捉えている。
そこへ、びゅうと風がまた吹き抜けた。まだ夏になる前の、冷たい風だ。
肌寒さにシュルークは体が冷えたらしく身震いした。微かに、裸の腿を擦り合わせるような動きをする。
飼い犬のそんな些細な仕草を、主人は見逃さなかった。
「小水か?」
「……」
ファルハードが立ち止まったため、シュルークは顔を上げた。静かに揺れた丸い乳房の先端は、肌寒さでつんと尖っている。
「そこでしろ。犬のように足を上げて」
引き続き眼差しは冷たく、言葉は淡々と、ファルハードはシュルークに屋外での排泄を命じた。裸体と犬の真似事だけでなく、更なる屈辱的な行為まで晒させようとしているのだ。普段女官たちの長として対等に接している、侍従や近衛兵たちの目の前で。
低い位置から見上げるシュルークは、ようやく口を開いた。
「人間の排泄物の直接の散布は、おそらく庭木によくありませんが」
眉一つ動かさずに発した言葉は、皇帝から自身への仕打ちの抗議などではなく、この行為の異常さには全く触れない意見だった。場違いさすらあった。
「犬が人語を喋るな」
「……わん」
それを受けても、ファルハードは眉間にしわを寄せ犬扱いを続けた。肌を打つような不快感に満ちた低い声に、近衛兵たちは背筋が伸びる。ところがシュルークは、怯むことなく犬の真似を再開した。
小路から少し分け入り、茂みへ近づくと、ためらいもなく片足を上げた。犬がするように。
そしてすぐに、しょわっと小水が茂みの根元へ放たれた。人前での排泄を強要されていながら、我慢することなく、羞恥心に阻まれることもなく、放尿を始めたのだ。
男たちに赤い秘裂が見える向きだというのに、気にも留めていない。無毛の女性器も、そこから小水を吐き出しているのもはっきり見えている。それを認識しているのに、シュルークはおそらく厠でするのと同じぐらいの躊躇いのなさで用を足している。
草や地面に当たってぱたぱたと音を立てていた小水が、やがて勢いがなくなっていく。そして最後は地面に下ろしている方の脚の腿に垂らしながら、帝国の皇宮の女官長は小用を終えた。
ファルハードは飼い犬の排尿が終わって脚を下ろすのをじっと見届けると、また首輪をくっと引いて回廊の元の場所に戻ってきた。気が済んだのか、首輪が外される。
するとシュルークは、拾った杖を頼りに立ち上がった。侍従の一人から差し出された、集団から離れて彼が用意していた濡れた布を受け取ると、土で汚れた膝や尿のかかった内ももなどを拭っていく。
やはり羞恥も、やっと終わったという安堵もない。仕事を終えた達成感もない。彼女は何も感じていない。
ファルハードも、再び視線を戻すことはない。まるで、彼女が人間に戻った途端、視界から消えてしまったかのような扱いだ。
首輪を元通り侍従に預けた皇帝は、服を拾い始めた身支度中の女官長ひとりを置いて、男たちを引き連れその場を立ち去った。
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