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解決編
64:怨嗟(2)
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「なぜ、私に事情を話してくれなかった」
「侵略で平和を実現しようなどというあなたに、話が通じるとは思えませんでした。あの男の息子ですもの。それに、祖国も滅んでいるのに帰りたい理由を……、あの子のことを知られたら、今度こそ人質にされてしまうかもしれません。修道院へ送るより良い暮らしができるだろうだなんて決めつけて、まるで恩赦を与えるような口ぶりでおられましたわね。私にとっては、逃げ出す機会のある修道院へ送られた方が、都合がよかったというのに」
ダビドとシヒスムンドは、シュザンヌを信頼していた。後宮の愛妾たちを、この国を心底思いやってくれているようだったからだ。だがその信頼は、先帝と同様に、彼女の表面しか見ていなかったことを意味していた。
「シュザンヌ。君が後宮の状況を憂い変革に協力してくれた人格者だと思い放置せず、よく語り合うべきだった。母も、君と同じく望まずに連れて来られ、先帝に守られなかったから殺されたのだ。私にとっても先帝は仇だった」
「仇が同じだからといって、わたくしに同情し解放してくださる保証がどちらにございますの?」
ダビドの心からの訴えも、シュザンヌには全く響かず、冷たいまなざしを返すだけだった。
「ではなぜ、息子の存在を明かしてくれた?」
彼女が夫の仇におもねる恥辱にすら耐えられたのは、ひとえに息子のためだった。その急所を、まだ信用していないダビドに明かした。
シュザンヌは、はじめて瞳を揺らし、ぐっと俯いた。
「もう、遅いからです……。わたくしが暗殺者を手引きしたのは、息子の存在を知る者に人質に取られ、脅されていたからです。失敗した今、もうあの子は……」
ダビドにとっては予想通り、シュザンヌはシヒスムンドを殺したくて刺客を手引きしたのではなかった。彼女は理性的な人であるという従前からの評価は間違っておらず、怨恨で暗殺者を仕向けたのではない。人質を取られていたのだ。
黒幕が存在する。
「逆だ、シュザンヌ。暗殺未遂を起こした君は死刑になる。死刑になるまで息子は安全だ。黒幕は君が自身に繋がる情報を持っている可能性を危惧するだろう。君がどれほど賢く、多くの人を操ることができるか、知っているからこそ君を手先にしたのだから。だから、君が口をつぐんだまま刑に処されるまで、息子を人質にし続けるはずだ」
諦観に呑まれていたシュザンヌの瞳に、光が戻る。だが、まだ躊躇している。ダビドを信じるべきか否か。
黒幕を引きずり出さなければ、しかるべき裁きを受けさせなければ、シュザンヌも、殺された侍女も浮かばれない。
「すまなかった。後宮でテレーザ妃の身に起きた悲劇を、二度と繰り返すまいとするあまり……。生まれ変わった後宮という成果を目で見続けるために、後宮を残すことに固執してしまった」
後宮を残して成果を目で確かめるよりも、後宮そのものをなくしてしまえばよかったのだ。
「仇ではあるが、先帝のしたことは私たちが代わりに償う。これ以上、君をこの国の犠牲にはしない。ご子息は私たちが必ず助け出す。だから頼む。私たちを信じてくれ」
「……」
シュザンヌはダビドの要請に応じ、密かに集めていた黒幕へ繋がる手がかりを渡してくれた。
それを糸口に、ダビドは黒幕がマルティネス公爵であると暴き、血の粛清と、シュザンヌの息子の救出に成功する。
十余年ぶりに息子と再会したシュザンヌは、表向き処刑されたことになり、帝国の片田舎へ送り出されたのだった。
最後に、メルセデスへの謝罪を口にしていた。
「あの子には親近感を持っていました。本当です。異国から脅され連れてこられて……。彼女が後宮で安らかに暮らしていけるよう、手を尽くそうとしましたのよ。けれど、あの子はわたくしとは違いました。祖国より後宮の方が幸せで、愛も知った。少し寂しく思いましたけれど、死んでしまえばいいとは考えたこともありません。でも、公爵から、将軍を確実におびき出せと指示があって、その時、メルセデスが将軍閣下と繋がっている可能性に気がついたのです。あの子は何も悪くありません。それでもわたくしは、息子のためなら全てを犠牲にすると決めていました。ですから、せっかく、人間としてようやく生まれ変わった彼女を、口封じに殺してしまうことにしました。……なのに、メルセデスは私を恨んでいないと陛下から伺って……。陛下、彼女と最後に会いたいなどと、手紙をしたためる時間が欲しいなどとは申しません。ただ、彼女に、私が悔恨の念を持っていると、あなたを犠牲にしようとしたことを一生忘れないと、どうかお伝えください」
「侵略で平和を実現しようなどというあなたに、話が通じるとは思えませんでした。あの男の息子ですもの。それに、祖国も滅んでいるのに帰りたい理由を……、あの子のことを知られたら、今度こそ人質にされてしまうかもしれません。修道院へ送るより良い暮らしができるだろうだなんて決めつけて、まるで恩赦を与えるような口ぶりでおられましたわね。私にとっては、逃げ出す機会のある修道院へ送られた方が、都合がよかったというのに」
ダビドとシヒスムンドは、シュザンヌを信頼していた。後宮の愛妾たちを、この国を心底思いやってくれているようだったからだ。だがその信頼は、先帝と同様に、彼女の表面しか見ていなかったことを意味していた。
「シュザンヌ。君が後宮の状況を憂い変革に協力してくれた人格者だと思い放置せず、よく語り合うべきだった。母も、君と同じく望まずに連れて来られ、先帝に守られなかったから殺されたのだ。私にとっても先帝は仇だった」
「仇が同じだからといって、わたくしに同情し解放してくださる保証がどちらにございますの?」
ダビドの心からの訴えも、シュザンヌには全く響かず、冷たいまなざしを返すだけだった。
「ではなぜ、息子の存在を明かしてくれた?」
彼女が夫の仇におもねる恥辱にすら耐えられたのは、ひとえに息子のためだった。その急所を、まだ信用していないダビドに明かした。
シュザンヌは、はじめて瞳を揺らし、ぐっと俯いた。
「もう、遅いからです……。わたくしが暗殺者を手引きしたのは、息子の存在を知る者に人質に取られ、脅されていたからです。失敗した今、もうあの子は……」
ダビドにとっては予想通り、シュザンヌはシヒスムンドを殺したくて刺客を手引きしたのではなかった。彼女は理性的な人であるという従前からの評価は間違っておらず、怨恨で暗殺者を仕向けたのではない。人質を取られていたのだ。
黒幕が存在する。
「逆だ、シュザンヌ。暗殺未遂を起こした君は死刑になる。死刑になるまで息子は安全だ。黒幕は君が自身に繋がる情報を持っている可能性を危惧するだろう。君がどれほど賢く、多くの人を操ることができるか、知っているからこそ君を手先にしたのだから。だから、君が口をつぐんだまま刑に処されるまで、息子を人質にし続けるはずだ」
諦観に呑まれていたシュザンヌの瞳に、光が戻る。だが、まだ躊躇している。ダビドを信じるべきか否か。
黒幕を引きずり出さなければ、しかるべき裁きを受けさせなければ、シュザンヌも、殺された侍女も浮かばれない。
「すまなかった。後宮でテレーザ妃の身に起きた悲劇を、二度と繰り返すまいとするあまり……。生まれ変わった後宮という成果を目で見続けるために、後宮を残すことに固執してしまった」
後宮を残して成果を目で確かめるよりも、後宮そのものをなくしてしまえばよかったのだ。
「仇ではあるが、先帝のしたことは私たちが代わりに償う。これ以上、君をこの国の犠牲にはしない。ご子息は私たちが必ず助け出す。だから頼む。私たちを信じてくれ」
「……」
シュザンヌはダビドの要請に応じ、密かに集めていた黒幕へ繋がる手がかりを渡してくれた。
それを糸口に、ダビドは黒幕がマルティネス公爵であると暴き、血の粛清と、シュザンヌの息子の救出に成功する。
十余年ぶりに息子と再会したシュザンヌは、表向き処刑されたことになり、帝国の片田舎へ送り出されたのだった。
最後に、メルセデスへの謝罪を口にしていた。
「あの子には親近感を持っていました。本当です。異国から脅され連れてこられて……。彼女が後宮で安らかに暮らしていけるよう、手を尽くそうとしましたのよ。けれど、あの子はわたくしとは違いました。祖国より後宮の方が幸せで、愛も知った。少し寂しく思いましたけれど、死んでしまえばいいとは考えたこともありません。でも、公爵から、将軍を確実におびき出せと指示があって、その時、メルセデスが将軍閣下と繋がっている可能性に気がついたのです。あの子は何も悪くありません。それでもわたくしは、息子のためなら全てを犠牲にすると決めていました。ですから、せっかく、人間としてようやく生まれ変わった彼女を、口封じに殺してしまうことにしました。……なのに、メルセデスは私を恨んでいないと陛下から伺って……。陛下、彼女と最後に会いたいなどと、手紙をしたためる時間が欲しいなどとは申しません。ただ、彼女に、私が悔恨の念を持っていると、あなたを犠牲にしようとしたことを一生忘れないと、どうかお伝えください」
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