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人間編
32:金色の瞳(3)
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敗戦国から愛妾を一人ずつ連れ帰るという習慣に救われたのは、メルセデスだけではなく、シヒスムンド自身もだった。
メルセデスには珍しい女だったから愛妾に選んだと説明したが、それだけではなかった。あのまま放置すれば、仲間を殺されたことに怒り狂った帝国兵が、メルセデスを私刑にするかもしれなかった。帝国が侵略はすれど法を守ると各国へ示すためには防がねばならないことだ。だから、彼らが手を出せない、あの時取れた確実な方法として彼女を愛妾にしたのだ。
大陸の殆どを手中に収めた現在で、ようやく見つけた一人目だ。この先、二度と同じ存在には出会わないだろう。ひと時でも心の安寧を得られるかもしれない人間を、当初は別の意図だったが自ら殺さずに済んだ。
しかし、これはシヒスムンドの個人的な感情の話だ。理性は、メルセデスが対外的に恩赦を与えられる相手ではないと分かっている。
彼女のことを何も知らない帝国民からすれば、メルセデスは法の網にかからなかっただけの、先遣隊を惨殺した罪人だ。後宮に先遣隊の縁者は愛妾、侍女問わず複数いる。民族融和のために平穏な後宮を演出する必要がある以上、彼女たちの心に波風を立てるメルセデスは、後宮へ長くは置きたくない存在だ。
起きた出来事に人の死が関わっているがために、彼女たちに無理に受け入れさせることはできず、メルセデスの望む通り、理解されないまま新天地へ行ってもらうことが最も都合がいい。
だからシヒスムンドは、理性的にメルセデスを利用して、役に立てば新天地へ送り出し、失敗すれば秘密を知る彼女を排除する。
「俺の大陸統一は、野望ではなく責務に近い。どんな手を使ってでも、成し遂げなければならない。そのために俺は私情を消す。誰であろうと利用する。邪魔になるのならば切り捨てる。そうでなければ、これまで犠牲になった者たちの屍山血河が無駄になる」
これからも、大陸統一を果たすまでは、理性だけに従って生きなければならない。
なのに、この唯一の存在は、久しく味わっていない、恐怖以外の感情のこもった目で、シヒスムンドを見つめる。
その目が、メルセデスを利用するという理性を揺るがせる。任務の成否にかかわらず、むしろ引き受けもさせず、安全な場所で、何の責任も負わず生きさせてやれたらと、思わずにいられない。
「お前が真摯に訴えかけてくるほど、俺はお前を利用することに耐えられなくなる」
だから、ひたむきに感謝を示すメルセデスから、目を逸らさずにはいられなかった。
「お前は危うい立場にある。帝国民に恨まれ、後宮でも異物だ。そして秘密を知った。だから、任務に失敗すれば、俺はお前を生かしておくわけにはいかない。感情ではなく、理性でそうしなければならないのだ」
どれほどやりたくなくとも、心を殺して、メルセデスの口を封じなければならない。
後宮の隠し通路や将軍がその使用を許されていること。どれもシヒスムンドの地位と命を脅かすはずだ。
シヒスムンドは、何も償えないまま、ダビドを残して死ぬわけにはいかない。
「わかりました」
それでもメルセデスはうろたえなかった。
「では、お役に立ってみせます。必ず、お役に立ちます。秘密を知った私であっても、解放に値する働きをします。あなたが私を殺さなくてもいいように」
温情のない言葉にも、メルセデスの目が恐怖や不安に揺れることはない。
決心をにじませる凛とした声音が、シヒスムンドの飢えて乾いた心を潤していく。
メルセデス自身には分かっていないだろう。シヒスムンドがどれほど孤独を感じていて、大陸統一の決意を口にすることで自らの意思を固め直すほど、メルセデスを欲しているかを。
メルセデスには珍しい女だったから愛妾に選んだと説明したが、それだけではなかった。あのまま放置すれば、仲間を殺されたことに怒り狂った帝国兵が、メルセデスを私刑にするかもしれなかった。帝国が侵略はすれど法を守ると各国へ示すためには防がねばならないことだ。だから、彼らが手を出せない、あの時取れた確実な方法として彼女を愛妾にしたのだ。
大陸の殆どを手中に収めた現在で、ようやく見つけた一人目だ。この先、二度と同じ存在には出会わないだろう。ひと時でも心の安寧を得られるかもしれない人間を、当初は別の意図だったが自ら殺さずに済んだ。
しかし、これはシヒスムンドの個人的な感情の話だ。理性は、メルセデスが対外的に恩赦を与えられる相手ではないと分かっている。
彼女のことを何も知らない帝国民からすれば、メルセデスは法の網にかからなかっただけの、先遣隊を惨殺した罪人だ。後宮に先遣隊の縁者は愛妾、侍女問わず複数いる。民族融和のために平穏な後宮を演出する必要がある以上、彼女たちの心に波風を立てるメルセデスは、後宮へ長くは置きたくない存在だ。
起きた出来事に人の死が関わっているがために、彼女たちに無理に受け入れさせることはできず、メルセデスの望む通り、理解されないまま新天地へ行ってもらうことが最も都合がいい。
だからシヒスムンドは、理性的にメルセデスを利用して、役に立てば新天地へ送り出し、失敗すれば秘密を知る彼女を排除する。
「俺の大陸統一は、野望ではなく責務に近い。どんな手を使ってでも、成し遂げなければならない。そのために俺は私情を消す。誰であろうと利用する。邪魔になるのならば切り捨てる。そうでなければ、これまで犠牲になった者たちの屍山血河が無駄になる」
これからも、大陸統一を果たすまでは、理性だけに従って生きなければならない。
なのに、この唯一の存在は、久しく味わっていない、恐怖以外の感情のこもった目で、シヒスムンドを見つめる。
その目が、メルセデスを利用するという理性を揺るがせる。任務の成否にかかわらず、むしろ引き受けもさせず、安全な場所で、何の責任も負わず生きさせてやれたらと、思わずにいられない。
「お前が真摯に訴えかけてくるほど、俺はお前を利用することに耐えられなくなる」
だから、ひたむきに感謝を示すメルセデスから、目を逸らさずにはいられなかった。
「お前は危うい立場にある。帝国民に恨まれ、後宮でも異物だ。そして秘密を知った。だから、任務に失敗すれば、俺はお前を生かしておくわけにはいかない。感情ではなく、理性でそうしなければならないのだ」
どれほどやりたくなくとも、心を殺して、メルセデスの口を封じなければならない。
後宮の隠し通路や将軍がその使用を許されていること。どれもシヒスムンドの地位と命を脅かすはずだ。
シヒスムンドは、何も償えないまま、ダビドを残して死ぬわけにはいかない。
「わかりました」
それでもメルセデスはうろたえなかった。
「では、お役に立ってみせます。必ず、お役に立ちます。秘密を知った私であっても、解放に値する働きをします。あなたが私を殺さなくてもいいように」
温情のない言葉にも、メルセデスの目が恐怖や不安に揺れることはない。
決心をにじませる凛とした声音が、シヒスムンドの飢えて乾いた心を潤していく。
メルセデス自身には分かっていないだろう。シヒスムンドがどれほど孤独を感じていて、大陸統一の決意を口にすることで自らの意思を固め直すほど、メルセデスを欲しているかを。
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