上 下
75 / 180
人間編

32:金色の瞳(3)

しおりを挟む
 敗戦国から愛妾を一人ずつ連れ帰るという習慣に救われたのは、メルセデスだけではなく、シヒスムンド自身もだった。
 メルセデスには珍しい女だったから愛妾に選んだと説明したが、それだけではなかった。あのまま放置すれば、仲間を殺されたことに怒り狂った帝国兵が、メルセデスを私刑にするかもしれなかった。帝国が侵略はすれど法を守ると各国へ示すためには防がねばならないことだ。だから、彼らが手を出せない、あの時取れた確実な方法として彼女を愛妾にしたのだ。
 大陸の殆どを手中に収めた現在で、ようやく見つけた一人目だ。この先、二度と同じ存在には出会わないだろう。ひと時でも心の安寧を得られるかもしれない人間を、当初は別の意図だったが自ら殺さずに済んだ。

 しかし、これはシヒスムンドの個人的な感情の話だ。理性は、メルセデスが対外的に恩赦を与えられる相手ではないと分かっている。
 彼女のことを何も知らない帝国民からすれば、メルセデスは法の網にかからなかっただけの、先遣隊を惨殺した罪人だ。後宮に先遣隊の縁者は愛妾、侍女問わず複数いる。民族融和のために平穏な後宮を演出する必要がある以上、彼女たちの心に波風を立てるメルセデスは、後宮へ長くは置きたくない存在だ。
 起きた出来事に人の死が関わっているがために、彼女たちに無理に受け入れさせることはできず、メルセデスの望む通り、理解されないまま新天地へ行ってもらうことが最も都合がいい。

 だからシヒスムンドは、理性的にメルセデスを利用して、役に立てば新天地へ送り出し、失敗すれば秘密を知る彼女を排除する。

「俺の大陸統一は、野望ではなく責務に近い。どんな手を使ってでも、成し遂げなければならない。そのために俺は私情を消す。誰であろうと利用する。邪魔になるのならば切り捨てる。そうでなければ、これまで犠牲になった者たちの屍山血河が無駄になる」

 これからも、大陸統一を果たすまでは、理性だけに従って生きなければならない。
 なのに、この唯一の存在は、久しく味わっていない、恐怖以外の感情のこもった目で、シヒスムンドを見つめる。
 その目が、メルセデスを利用するという理性を揺るがせる。任務の成否にかかわらず、むしろ引き受けもさせず、安全な場所で、何の責任も負わず生きさせてやれたらと、思わずにいられない。

「お前が真摯に訴えかけてくるほど、俺はお前を利用することに耐えられなくなる」

 だから、ひたむきに感謝を示すメルセデスから、目を逸らさずにはいられなかった。

「お前は危うい立場にある。帝国民に恨まれ、後宮でも異物だ。そして秘密を知った。だから、任務に失敗すれば、俺はお前を生かしておくわけにはいかない。感情ではなく、理性でそうしなければならないのだ」

 どれほどやりたくなくとも、心を殺して、メルセデスの口を封じなければならない。
 後宮の隠し通路や将軍がその使用を許されていること。どれもシヒスムンドの地位と命を脅かすはずだ。
 シヒスムンドは、何も償えないまま、ダビドを残して死ぬわけにはいかない。

「わかりました」

 それでもメルセデスはうろたえなかった。

「では、お役に立ってみせます。必ず、お役に立ちます。秘密を知った私であっても、解放に値する働きをします。あなたが私を殺さなくてもいいように」

 温情のない言葉にも、メルセデスの目が恐怖や不安に揺れることはない。
 決心をにじませる凛とした声音が、シヒスムンドの飢えて乾いた心を潤していく。
 メルセデス自身には分かっていないだろう。シヒスムンドがどれほど孤独を感じていて、大陸統一の決意を口にすることで自らの意思を固め直すほど、メルセデスを欲しているかを。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

貴方にとって、私は2番目だった。ただ、それだけの話。

天災
恋愛
 ただ、それだけの話。

魔力ゼロの出来損ない貴族、四大精霊王に溺愛される

日之影ソラ
ファンタジー
魔法使いの名門マスタローグ家の次男として生をうけたアスク。兄のように優れた才能を期待されたアスクには何もなかった。魔法使いとしての才能はおろか、誰もが持って生まれる魔力すらない。加えて感情も欠落していた彼は、両親から拒絶され別宅で一人暮らす。 そんなある日、アスクは一冊の不思議な本を見つけた。本に誘われた世界で四大精霊王と邂逅し、自らの才能と可能性を知る。そして精霊王の契約者となったアスクは感情も取り戻し、これまで自分を馬鹿にしてきた周囲を見返していく。 HOTランキング&ファンタジーランキング1位達成!!

別れた婚約者が「俺のこと、まだ好きなんだろう?」と復縁せまってきて気持ち悪いんですが

リオール
恋愛
婚約破棄して別れたはずなのに、なぜか元婚約者に復縁迫られてるんですけど!? ※ご都合主義展開 ※全7話  

引退したオジサン勇者に子供ができました。いきなり「パパ」と言われても!?

リオール
ファンタジー
俺は魔王を倒し世界を救った最強の勇者。 誰もが俺に憧れ崇拝し、金はもちろん女にも困らない。これぞ最高の余生! まだまだ30代、人生これから。謳歌しなくて何が人生か! ──なんて思っていたのも今は昔。 40代とスッカリ年食ってオッサンになった俺は、すっかり田舎の農民になっていた。 このまま平穏に田畑を耕して生きていこうと思っていたのに……そんな俺の目論見を崩すかのように、いきなりやって来た女の子。 その子が俺のことを「パパ」と呼んで!? ちょっと待ってくれ、俺はまだ父親になるつもりはない。 頼むから付きまとうな、パパと呼ぶな、俺の人生を邪魔するな! これは魔王を倒した後、悠々自適にお気楽ライフを送っている勇者の人生が一変するお話。 その子供は、はたして勇者にとって救世主となるのか? そして本当に勇者の子供なのだろうか?

本物の恋、見つけましたⅡ ~今の私は地味だけど素敵な彼に夢中です~

日之影ソラ
恋愛
本物の恋を見つけたエミリアは、ゆっくり時間をかけユートと心を通わていく。 そうして念願が叶い、ユートと相思相愛になることが出来た。 ユートからプロポーズされ浮かれるエミリアだったが、二人にはまだまだ超えなくてはならない壁がたくさんある。 身分の違い、生きてきた環境の違い、価値観の違い。 様々な違いを抱えながら、一歩ずつ幸せに向かって前進していく。 何があっても関係ありません! 私とユートの恋は本物だってことを証明してみせます! 『本物の恋、見つけました』の続編です。 二章から読んでも楽しめるようになっています。

【完結】魔法が使えると王子サマに溺愛されるそうです〜婚約編〜

ゆずは
BL
*2022.5.2 本編完結しました! *2022.5.15 完結しました。今後、リクエスト、小話を不定期で掲載予定。 *2022.5.22 伴侶編開始しました。 俺、ひたすらゲームが好きな、ただの高校生だったはずなんだけど。 ついでに、恋愛対象も女の子のはずだったんだけど。 気がついたら異世界にいて。 気がついたら魔物に襲われてて。 気がついたら魔法を使っていて。 気がついたら王子サマから溺愛されて…ました? 俺、杉原瑛、17歳。 結局、俺も、その王子サマを大好きになってしまったので。 この異世界で、魔法とゲーム知識でなんとかしたいと思います。 ********** *R18表現は予告なく入ります。 *ムーンライトノベルズさんでも掲載しています。 *リクエスト受付中。

【完結】白い塔の、小さな世界。〜監禁から自由になったら、溺愛されるなんて聞いてません〜

N2O
BL
溺愛が止まらない騎士団長(虎獣人)×浄化ができる黒髪少年(人間) ハーレム要素あります。 苦手な方はご注意ください。 ※タイトルの ◎ は視点が変わります ※ヒト→獣人、人→人間、で表記してます ※ご都合主義です、あしからず

物語のようにはいかない

わらびもち
恋愛
 転生したら「お前を愛することはない」と夫に向かって言ってしまった『妻』だった。  そう、言われる方ではなく『言う』方。  しかも言ってしまってから一年は経過している。  そして案の定、夫婦関係はもうキンキンに冷え切っていた。  え? これ、どうやって関係を修復したらいいの?  いや、そもそも修復可能なの?   発言直後ならまだしも、一年も経っているのに今更仲直りとか無理じゃない?  せめて失言『前』に転生していればよかったのに!  自分が言われた側なら、初夜でこんな阿呆な事を言う相手と夫婦関係を続けるなど無理だ。諦めて夫に離婚を申し出たのだが、彼は婚姻継続を望んだ。  夫が望むならと婚姻継続を受け入れたレイチェル。これから少しずつでも仲を改善出来たらいいなと希望を持つのだが、現実はそう上手くいかなかった……。

処理中です...