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魔女編
23:不穏な公爵令嬢(2)
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二人が再び歩き出そうとしたとき、廊下に別の愛妾の一行が差し掛かった。
「まあ。これはこれは、レディ・リリィではありませんこと」
多くの侍女を引き連れて先頭に立ち歩く女性は、シュザンヌを見止めて声をかけてきた。お茶会にいなかった初対面の愛妾だ。
メルセデスは、彼女が自分に目もくれないのをいいことに、彼女をよく観察した。
金髪の巻き毛は豊かで、赤いドレスと相まって華やかな美しい女性だ。しかしながら意地の悪そうな印象を受けるのは、切れ長の目だけのせいだろうか。
「ひと月の教育期間も終わりましたのに、まだそのような囚人と馴れ合ってらっしゃるの? 随分お優しいのね」
扇子で口元を覆っているが、見下すような冷たい視線は隠そうともしていない。
シュザンヌはいつも通りの微笑で受けて立った。
「ごきげんよう、ロレンサ様。皆様に帝国のマナーを指導させていただく身としては、帝国宰相のマルティネス公爵のご令嬢であらせられるロレンサ様に、何のご挨拶もいただけずとても残念に思いますわ」
反撃にロレンサの眦が吊り上がる。
「それから、レディ・メルセデスは囚人ではございません。皇帝陛下の後宮が牢獄だとおっしゃるのなら別ですけれど」
メルセデスは、淀みなく言い返すシュザンヌの様子を意外に思った。彼女なら当たり障りなく流しそうなものだ。微笑のままではあるが、ここまで真っ向から反論していくとは思ってもみなかった。
「では罪人と言い換えましょうか。後宮でのうのうと生きる罪人と。罪人に対して、守るべき礼儀などあるかしら」
「あら。ロレンサ様は相手によっては、せっかく学ばれた礼儀をお忘れになってしまうのね。罪人の定義もお忘れかしら。レディ・メルセデスは罪に問われていませんのよ」
ロレンサはふんと鼻で笑う。
「礼儀ではなく立場を忘れていないからよ。分け隔てないということは、あるべき区別をしないことだわ」
「でしたら、元の貴賤にかかわらず、陛下の愛妾へ召し上げられた時点で全員が同じ身分のはずですわ」
後宮の愛妾に明確な序列はない。そもそも妃になっていない愛妾は、皇帝の客人という位置づけで整理されているだけの、なんでもない立場だ。
愛妾たちが感じている序列は、明確に定められたものではない。後宮入りした順序や、どれだけ人望があるかなどで漠然と、各自の心の中で決めているだけだそうだ。帝国出身者同士であれば、帝国貴族としての家格が反映されることもあるが、あくまで認識だけの話らしい。
ロレンサは随分と苛立った様子で、扇子をぱしんと閉じた。
「これだから卑しい身分の人間は……。身の程を知りなさい。あなたは本来先帝が崩御された際に後宮を追い出される身だったのよ。それを陛下の温情を笠に着て。そこの女もそうよ」
急に扇子で指されるメルセデス。口論を他人事に思ってしまっていたので、何も反応できなかった。
「騙し討ちで先遣隊を襲った人殺しが、愛妾になったからといって許されるはずがないでしょう。理解したのなら、道を控え、顔を伏せて暮らしなさい」
シュザンヌとメルセデスがいても十分に廊下は通れるのだが、それでも譲れと言いたいようだ。
諦めたようにふぅと息を吐いたシュザンヌ。
「そうかもしれませんわね。ですが、裁きや許しを与えるのは、少なくとも陛下であって、ロレンサ様ではありませんわ。さて、身の程を知るわたくしたちは、ロレンサ様の通りやすいように脇に寄りましょうか」
廊下の端に寄ったシュザンヌに倣い、メルセデスもロレンサたちへ道を空けた。
「まあ。これはこれは、レディ・リリィではありませんこと」
多くの侍女を引き連れて先頭に立ち歩く女性は、シュザンヌを見止めて声をかけてきた。お茶会にいなかった初対面の愛妾だ。
メルセデスは、彼女が自分に目もくれないのをいいことに、彼女をよく観察した。
金髪の巻き毛は豊かで、赤いドレスと相まって華やかな美しい女性だ。しかしながら意地の悪そうな印象を受けるのは、切れ長の目だけのせいだろうか。
「ひと月の教育期間も終わりましたのに、まだそのような囚人と馴れ合ってらっしゃるの? 随分お優しいのね」
扇子で口元を覆っているが、見下すような冷たい視線は隠そうともしていない。
シュザンヌはいつも通りの微笑で受けて立った。
「ごきげんよう、ロレンサ様。皆様に帝国のマナーを指導させていただく身としては、帝国宰相のマルティネス公爵のご令嬢であらせられるロレンサ様に、何のご挨拶もいただけずとても残念に思いますわ」
反撃にロレンサの眦が吊り上がる。
「それから、レディ・メルセデスは囚人ではございません。皇帝陛下の後宮が牢獄だとおっしゃるのなら別ですけれど」
メルセデスは、淀みなく言い返すシュザンヌの様子を意外に思った。彼女なら当たり障りなく流しそうなものだ。微笑のままではあるが、ここまで真っ向から反論していくとは思ってもみなかった。
「では罪人と言い換えましょうか。後宮でのうのうと生きる罪人と。罪人に対して、守るべき礼儀などあるかしら」
「あら。ロレンサ様は相手によっては、せっかく学ばれた礼儀をお忘れになってしまうのね。罪人の定義もお忘れかしら。レディ・メルセデスは罪に問われていませんのよ」
ロレンサはふんと鼻で笑う。
「礼儀ではなく立場を忘れていないからよ。分け隔てないということは、あるべき区別をしないことだわ」
「でしたら、元の貴賤にかかわらず、陛下の愛妾へ召し上げられた時点で全員が同じ身分のはずですわ」
後宮の愛妾に明確な序列はない。そもそも妃になっていない愛妾は、皇帝の客人という位置づけで整理されているだけの、なんでもない立場だ。
愛妾たちが感じている序列は、明確に定められたものではない。後宮入りした順序や、どれだけ人望があるかなどで漠然と、各自の心の中で決めているだけだそうだ。帝国出身者同士であれば、帝国貴族としての家格が反映されることもあるが、あくまで認識だけの話らしい。
ロレンサは随分と苛立った様子で、扇子をぱしんと閉じた。
「これだから卑しい身分の人間は……。身の程を知りなさい。あなたは本来先帝が崩御された際に後宮を追い出される身だったのよ。それを陛下の温情を笠に着て。そこの女もそうよ」
急に扇子で指されるメルセデス。口論を他人事に思ってしまっていたので、何も反応できなかった。
「騙し討ちで先遣隊を襲った人殺しが、愛妾になったからといって許されるはずがないでしょう。理解したのなら、道を控え、顔を伏せて暮らしなさい」
シュザンヌとメルセデスがいても十分に廊下は通れるのだが、それでも譲れと言いたいようだ。
諦めたようにふぅと息を吐いたシュザンヌ。
「そうかもしれませんわね。ですが、裁きや許しを与えるのは、少なくとも陛下であって、ロレンサ様ではありませんわ。さて、身の程を知るわたくしたちは、ロレンサ様の通りやすいように脇に寄りましょうか」
廊下の端に寄ったシュザンヌに倣い、メルセデスもロレンサたちへ道を空けた。
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