花と娶らば

39

　上も下も右も左もない、静かであたたかな暗闇にいた。
　目をつぶっていると気付かないほどすんなりと浮上した意識の中に漂いながら、芹は遠くから聞こえる声を、耳を澄ますでもなく、ただ聞いていた。
　芹様と自分を呼ぶのは、きっと蘇芳だろう。芹に様などと敬称をつけて呼ぶのは蘇芳くらいのものだ。
（会いに来てくれた）
　ああ嬉しいな、と思った。億劫なわけではないけれど、微塵も動かない全身の中で、少しだけ頬が緩んだ気がした。
　ふと、左腕のあたりが温かくなった。それから、左の手のひらも温かくなる。
　誰かが、芹の手を掴んでいた。
　その体温が誰のものか、芹は知っていた。
　幸せだなあと、また意識は深く沈んでいった。