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2話目

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 夏の暑さも一段落し、帰宅頃には空気が涼しくなってきた秋口だった。

 相変わらず家と会社の往復を繰り返している俺だったが、今夜はいつもより四割ほど元気だ。なんら難しい理由があるわけじゃない。珍しく定時であがれたのだ。

 早くあがれるし、たまにはどっか寄っていい肉でも食おうと同僚を誘ったのだけど、一人はネトゲのイベントがあるからごめんと謝られ、もう一人には最近できた彼女とデートがあるからと惚気られ、もう一人は最近子どもが生まれたので家事をしないといけないからと断られた。

 で、結局いつも通りだ。

 自炊は出来るが、買うほうが早いし美味い。近所の弁当屋『みやまえ亭』で今期限定とかの厚切り牛タン弁当と缶ビールを買って帰った俺は、その20分後、俺の誘いを断った同僚たちと、飲みに出ずにそのまま家で弁当を食おうと選択した自分に心底感謝することになる。






 タイミングはばっちりだった。

 明日は休みなので、スーツだなんだを帰宅するなり脱いだ俺は、Tシャツとハーフパンツに着替えるとすぐに弁当を広げた。昼飯を食いはぐれてチョコバーと上司からのお土産でもらったフィナンシェ一個で済ませていたので腹が減っていた。掻きこむようにしてあっという間に平らげると人心地ついて、さて次はと、いっときだけ冷凍庫に放り込んでいた缶ビールを取ろうと、のそのそと四つん這いで冷蔵庫に寄った時だった。

「トダナオヤ!」

 頭上から聞き覚えのある声がして、四つん這いのまま顔をあげると、俺がビールをしまっている冷蔵庫の上あたりの空間にぽっかりと穴が開いていた。

 丸い枠のなかからひょいと現れたのは、ストリベリーブロンドのふわふわの髪に輪郭を覆われた、とんでもなく可愛い小麦肌の小さな顔。二ヶ月近く前突然現れて、セックスをするなり10分でいなくなってしまったメルだった。

「やっぱり来れた! うれしい! あ、トダナオヤ、ちょっと高いから受け止めて」

「えっ」

 もう少し下にすればいいのに、今日の穴もまた高い位置にある。これの位置は自分で制御できないのかと思いつつ立ち上がると、枠に腰かけたメルがぽんと飛び込んできた。今日もやっぱりあのティッシュみたいな薄い布しか着てなくて、二ヶ月近く前に嗅いだ、少しスパイシーで甘い匂いがした。

「ひさしぶりだねえ」

 抱っこしたまま向かい合うと、メルはにこにこと笑って両手で俺の頬を挟み、ちゅっとキスをしてくれた。そんなんいいのに。なんならもう少し横にずれてくれてもよかったのに。

「来れるかなー、どうかなーって思ってたんだけど、やっぱり来れた。うれしい。元気だった?」

「元気だったけど……やっぱりって?」

 そういえば、前回来た時のメルは「もう会えないと思うけど」と言っていた。だからもう二度と会えないのだろうとがっかりしていたが、今メルは俺の目の前にいる。抱き上げているので目の高さに乳首があって、褐色肌ゆえに薄くはない色をしているが、ほんのり赤みを帯びているそれが幻覚だとは思えなかった。

「うーんと……君だったらいいなって、思ってたの。それだけ」

 にっこり笑うと、それじゃあ!とメルが大きな声を出した。

「今日も精液、ちょうだい♡」

 今度こそハートマークがついた。






 前回はなし崩しというか俺が動けなくされていたので強制的に騎乗位に持ち込まれたけど、今回は特に動きに制限をかけられる様子もなかった。前のように床でやるのは膝やら背中やらをぶつけて痛かろうといそいそとベッドに運ぶと、仰向けになったメルは、するすると布を脱いだ。

 もともとほとんど透けていたからあんまり視覚的に変わらない気もしたけど、やっぱり『隠されてる』っていうのは絶妙なスパイスなんだと思う。素っ裸になられると妙にさっぱりとして見えて、ティッシュみたいなあの布つけてる方がエロかったなとか思ってしまった。

「ねえねえ、トダナオヤ」

 そういえばメルはなんで俺をフルネームで呼ぶんだろう。言葉は通じてるようだけど、メルなんて名前だからもしかして外人とかなのか? どこで切ればいいのかわかんないのか?

 どうでもいいことをぼんやりと考えた俺の、何ら変哲のないフレームとマット込みで29800円のベッドの上で金色にも見える赤い長いふわふわの髪を散らしたメルは、ここ見て、と薄い下腹に手をあてた。

「ん?」

 なんかあるのか? ばさばさとシャツを脱ぎすててベッドに乗り上げると、メルは手をそっとどけた。

 薄くてほっそりしたメルの腹。ミルクココアみたいな色をしたなめらかな肌の上に、金色の模様が描かれていた。

「タトゥ?」

「ううん、違う」

「シールか入れ墨? 綺麗だね」

「でしょ」

 周囲にタトゥいれてるような人間はいないし、そっち方面に詳しいわけではないけど、金色で描かれた紋様は、いわゆるトライバルというやつなんだろうか。先端同士がくっつきそうな三日月が下向きに描かれていて、そこに左右対象の蔦が絡まっている図柄は、素直に綺麗だと思った。

「うれしい。早くエッチしよ、トダナオヤ。ほら、もう入れちゃえるよ」

 肌が褐色なのでいまいちわかりづらいが、少し頬を赤くして、メルが自分の腿の後ろに手を添えてそのまま持ち上げた。恥じらいも躊躇いもなくぱかんと開いたしなやかな脚の間ではすでにぴょこんとペニスが勃っていて、その先端は潤んでいる。その下にはもったりとした袋があって、さらにその下にはすでに半ば口を開いた魅惑の穴があった。

 男同士でヤったことなどメルが初めてな俺でも、尻の穴が濡れないことは知ってる。それなのにそこは濡れ光っていて、時折きゅっと口をすぼめたかと思うと、くぱっと開いて、その間に蜜の糸を渡らせた。

「じゅ、準備してきたの?」

 とんでもない痴態を見せつけられて、俺の股間は一気に熱を帯びる。ぐんと張り詰めたものはハーフパンツの前をぐぐっと持ち上げた。

 すでにぽってりとして口を開いているので、まさか自分でほぐしてから来たのかとドキドキしながら聞くと、メルは首を横に振った。

「ううん、してない。……でも、トダナオヤの精液もらえるって思ったら、濡れちゃったみたい」

 だから、早くちょうだい?

 赤い舌がぺろんと舌なめずりをして、俺はそれを見ながら一気にズボンとパンツを引き下ろした。正直すでに勃起してた先端がパンツに引っかかって痛かった。飛び出た俺のものは腹に一度パシッと当たって、また痛かった。

 大事な股間は少しじんじんとするが、今回も時限性なら早くことに及ばなければならない。言葉に甘えてメルの前から覆いかぶさると、自分の足を抱えていた手がほどかれて、下腹の金のタトゥだか入れ墨だかシールだかわからないけど、綺麗な紋様が描かれた上に置かれた。

「トダナオヤ、あのね、奥にも欲しいけど、今日はずんって乱暴にしないでほしい」

「わかりました」

 前回の主導権は完全にメルだったので、今日は俺ががんばるべきかと思っていたのだが、お願いされると承諾するしかないし、そもそも乱暴にしたいわけじゃない。思わず敬語で了承すると、ありがと、とまた頬にキスしてくれた。

 すでに扱いて硬さを出すほどでもないくらい勃起した俺のちんこ。手を添えて、そっとアナルにくっつける。そう、ここ、アナルなんだよな。尻の穴。女の子のアナじゃない。なのに、俺が少し力を入れて腰を進ませると、ちょっとわがままするみたいに抵抗して、それからくぷんと食べてくれる。あとはもう、ふわふわに締めつけてくれる中をゆったりと割り開きながら進むだけだ。

 乱暴にしないでと言われていたのもあって、ゆっくりと腰を進ませる。もう腰がしびれそうなくらい気持ちいい。きっとズンと一気に突いてしまったらもっと気持ちいい。でも、メルにお願いされてる。今日は優しく、ゆっくりと、でも万が一を考えて10分で終わるのだ。

「んーっ、あ、そこ、そこくにゅって」

「ここ?」

 ふっくらとしたしこりを先端がかすめた。俺の肩に乗った細い足がぴくんと震えた。

 アナルセックスなんて初めてだったけど、二か月前に衝撃的なデビューを果たしたおれは、なんとなくそのあと調べたのだ。男の尻の中には前立腺というものがあって、これを刺激されるとめちゃくちゃ気持ちいいってこととか、結腸はセックス慣れしてないと抜かれると痛い人の方がほとんどだとか、そういうことを主に。

 やっぱり結腸まで犯せるなんて、メルは俺が初体験じゃないよなーなんて馬鹿みたいながっかり感とともに尻の中に少し詳しくなった俺は、ここかな、と裏筋を押し付けるみたいにしてぞろろ、と更に奥へ進んだ。

「あぃいいっ、つぶ、つぶさないでっ」

 前立腺を、凹凸のある棒でこそがれたようなものだからだろう。メルは高い声で叫ぶと腰をそらせた。ふたりの腹の間で揺れるちんこの先端からはとろとろと精液を薄くしたようなものがあふれてて、それが下腹に置かれたメルの手のうえにしたたっていた。

「くにゅってしてって、メルが言っただろ」

「ちあうっ、くにゅってしぇって、言ったのにぃっ」

 ぐすぐすと鼻をすするメルには悪いけど、これは単なる俺の八つ当たり。歴代の彼女にも処女性なんて求めたことはなかったのに、慣れてんだなと思った時のショックをちょっとだけ発散させてもらった気分だ。

 でも、だからと言っていじめたいわけじゃない。気持ちよくなってほしいのだ。

「ごめん。ここ? ねえメル、ここ、くにゅってしていい?」

「あっ♡ うん、そこ…そこもくにゅってして……トントンってして」

 ずるずるとゆっくりと腰を進めていたけど、先端がトンと奥に触れた。とはいっても、ここが開くことを俺は知ってる。ごめんね、と謝ってからゆるくつつくと、すぐにメルの声は甘く蕩けて許してくれた。

 一体どういう体なんだろう、これは。トントンとノックするみたいにゆっくりとつついていると、そのうちそこがやんわりと開きだして、少しずつ俺の先端とぴったりはまるようになる。ノックの音がやがてくちゅん、くちゅん、に変わり、ぬぽっ、ぬぽっとくぐもって体内に響くまでは、そう時間もかからなかった。

「入っていい、メル」

「うん、どうぞ……っ」

 ぬぷんと先端が埋まる。きゅっと締めつけてくる肉の輪が、まるで奥に行くのを引き留めるみたいだけど、体の主が奥にほしいって言ってるんだ。言質を取っているのだからと、とうとう根元まで埋めると、少しこわばっていたメルの体からふわっと力が抜けた。

「っは……はぁ…っ、ぉ……おなか、ドキドキしてる…」

 自分の先走りに濡れた手が、ぬちゅっと湿った音を立てて下腹を撫でる。金色の紋様にもそれは塗り広げられて、ライトの明かりに反射してぬらぬらと光った。

 気持ちがいい。腰から下が蕩けそうで、早くしないとそのまま溶けてなくなってしまいそうだ。そうなったらメルの奥に精液をぶちまけることもかなわない。それはいやだ。

 どうやらここが、俺の理性の限界だったのかもしれない。乱暴にはしたくない、でも動くことは許してほしい。

「ね、トダナオ…ぁおっ♡」

 少し引いた腰を、ずぷんと強く突き出した。あんまりストロークを長くしてしまうとそれこそ前後に揺さぶりまくってしまうので、それなら短いストロークでいこう。それが俺のせめてもの理性だった。

「ぉごっ、うっん、ごしゅっ、ごしゅごしゅだめ、お腹ぼこぼこしちゃうっ」

「だっ、大丈夫だから、やぶいたりしないからっ」

 ゴンゴンとどついてしまっては痛いだろうから、せめて早めにトントンと奥をノックするように動く。もちろん、裏筋を下の方に擦りつけて前立腺をつぶすことも忘れない。

「ひぃんっ、れちゃ、れちゃうっ」

「出していいよっ、シーツの替えあるから大丈夫!」

 そういうことじゃないだろと自分でも思ったけど、だから俺が腰を止めないのを許してほしいと、奥を抉り、ふわふわの体内を縦横無尽に広げているうちにメルの腰がぎゅっとそった。

「だめぇっ、イく、出ちゃっ……あっ、あ、あぁひっ♡」

 今日は潮ではないようだった。びゅくんと白いものが放たれて、ミルクココア色の肌にぱたぱたと散っていく。細い体が震えるたびに俺のちんこが埋まった体内もぎゅっぎゅっと乳しぼりよろしく収縮して、俺も早めの限界を迎えた。

「とだにゃおっ、らめ、うごいちゃだめっ、やああっ」

 達したばかりの体を揺さぶられ、メルは顔を真っ赤にしてわんわんと声をあげる。これ多分、隣まで聞こえてるな。窓は開けてないけど、壁が厚いわけでもない。角部屋なのがせめてもの救いだけど。

 びくびくっと震えて暴れるメルの体の奥を一回一回深く突き、ようやく俺にも終わりが見えてくる。

「なか、出すよっ……うーっ……うっ、あ、は……っ」

「んいっ……で…出てる、あついの……おく、もっと、おくにして…」

「うん……」

 やっぱり少し乱暴にしてしまったのに、メルは奥にちょうだい、と甘い声と華奢な腕で俺に抱き着いてくれる。その願いを聞くべく腰をゆっくりと奥に落ち着かせる。ふと、キスがしたいなと思った。

 さっきまで、頬にはキスしてくれた。くちびるは許してくれるだろうか。

 メルの脚をつかんでいた手を離して、小さな顔の真横に左右の肘を置く。囲ってしまったみたいだけど、顔を近づけると少し笑って、メルは目を閉じてくれた。

 下半身は互いの体液でびしょびしょで、隙間もなくずっぷりとはまってるけど、初めてかわしたキスはちょんと触れるだけの、子どもみたいなキスだった。

「ふふ」

 汗だくのメルが笑う。すごく可愛くて、俺はなんだか泣きそうになった。

 そうしてメルは、やっぱり10分経過とともに帰ってしまった。膝をぷるぷると震わせながらも、帰らなきゃと慌てるメルの体にあのティッシュみたいな布を巻きつけて、風呂場から持ってきたバスチェアを踏み台にして枠のなかにそっと戻す。あちら側に下りたメルは前の時のようにまた顔だけひょこりと出した。

 枠はまた閉まってしまうのだろう。もう円ではなく、歪んで小さくなりつつあった。

 どんどん狭まる穴の向こうで、さっきまでの名残か、メルの目元はうっすらと濡れていた。

「メル、また来れるんだろ?」

 二回も来たのだ。三回目だって四回目だって、千回だって来てほしい。

 けれど、メルは笑っただけだった。

「不安だったけど……君でよかった。ありがとう、トダナオヤ」

「メル」

 なんのことだ。そういえば、今日もまた話しを聞けなかった。10分とか、やっぱり短すぎる。枠を広げられないのかととっさに俺は枠をつかんだ。はずだった。

 シュッと穴は消え、そこにはやっぱりなにも残っていない。とっさに俺はベッドに走った。

 色んな体液を吸ってぐしょぐしょになったシーツ。そのうえにポンとおかれた枕。そっと触れると、温かい。ここにメルがいたのだ。

 やっぱりあの時、俺は泣きそうだったんだ。

 触れただけのメルとのキス。じわりと浮かんだ涙をぐいと拭って、俺はどすどすと冷凍庫に向かった。

 キンキンに冷やされた缶ビールを取り出し、一気に流し込む。あんまり冷たくてすぐにむせて、ゲホゲホと咳をしながら俺は少し泣いた。

 それから季節が変わっても、俺の部屋にあの不思議な穴は現れなかった。

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