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第五章・帝国の王女

665.Side Story:The men's party that came back.5

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 アミレスにそれぞれ様々な想いを寄せる純粋な男達は、自分が出会うよりも前のアミレスを知るフリザセアを素直に羨ましく思う程に、アミレスの幼少期に興味津々であった。
 ──ある、一人の男を除いて。

(……僕は、兄でありながらあの女に兄らしいことをしてやれた試しがないな。世間一般に聞く兄が弟妹に焼いてやるべき世話も、教えてやるべき様々なことも、与えてやるべき安寧や幸福も──何も、してやれなかった)

 アルベルトの隣の席にて、フリードルは小さく俯いてゆっくりと目を伏せた。
 そうして脳裏に思い浮かぶのは、小さな手足で健気にも己の後ろを追いかけてきていた、幼い妹の姿。よく磨かれた宝石のような大きく丸い瞳を爛々と輝かせ、甲高い声で拙い言葉を放ち、いつもこちらを見上げ笑っていたその存在を。かつてのフリードルは酷く疎ましく思っていた。故にそれを避け、極力関わらぬようにしていたのだが……その過去を、彼は今になって悔いていた。

(あの女の好きなものや嫌いなもの、その全てを知ることができた筈なのに。あの塵芥ゴミなぞに靡かぬよう、我が手元に置いておく事とて叶った筈なのに。……過ぎてから後悔するなど。愚かだな、僕は)

 机の上で握られた手が、僅かに震える。自身で知ることだって叶った筈の事柄を第三者から聞かざるを得ない……そんな現状が、フリードルを惨めに思わせるのだ。

「──生まれたばかりの頃の姫の可愛いさか。それはもう、とてつもなかった。よく泣く赤子でな……姫が泣く度に世話係の人間達が必死にあやし、その末に、花が咲いたように笑う姿は未だこの目に焼きついている」

 フリードルの葛藤など他所に、フリザセアは饒舌に語る。

「初めての寝返り。初めての一人立ち。初めての一人歩き。初めての転倒。初めての勉強。多くの初めてを俺は見守ってきたが、どれもこれも非常に愛らしく、凍てついた心臓が熱く疼いた程だ」

 柄にもなくペラペラと喋り続ける。
 先の宣言通り、アミレスにまつわる重厚なる記憶で、その他参加者達へ特大のマウントを取ろうとしているようだ。

「……なるほど。すごく可愛いかったと」

 あれこれと想像して満足したのか、アルベルトの語彙力が溶けてしまっている。

「ああ。音は聞こえない為、あくまで俺が知るものはその姿のみだが……正直なところ、何度か精霊界へ連れて来ようかと悩む程度には、愛らしくてな。存在しない筈の様々な感情や欲がこの体を蝕んだ」

 それってただの未成年者誘拐では? と、カイルが冷や汗を浮かべる。

「感情や欲……ですか」
「ほら、お前達人間は大事なもの程失くすまいとするだろう。それと似たようなものでな。つい、何度か彼女を生きたまま凍結して永遠に傍に置いておこうかと思っ──」

 そこで、参加者各位から殺意と共にそれぞれの得物を突きつけられた。椅子を倒す勢いで立ち上がった男達。今にもフリザセアを蜂の巣にせんと煌めく、剣や杖や銃口、そして魔法陣。そんな圧倒的殺意を一身に受けても、フリザセアは顔色一つ変えず、ただぱちくりと瞬きするのみで。

「どうした、急に。早く座るといい。俺はまだ、姫について話せるぞ」

 まるで己の失言に気づいていないかのよう。そんなフリザセアに苛立ちを覚えつつ、男達は渋々着席した。

「フリザセアの話を聞きたいのは山々だが、人間共の時間には限りがあるし、そもそもなんか凄く腹立つ。だからまた別の機会にしよう」
「そうか。陛……シルフ様がそう仰るなら」
「だけど。お前、後でボクの部屋に来い。説教してやる」
「何っ?!」

 シルフからの圧に、本当に心当たりがないフリザセアは困惑する。氷のような顔にも、ほんの少し目を見開くという変化が訪れていた。

「これ以上フリザセアに喋らせると嫉妬でどうにかなりそうだから、さっさと次の番に行こう。ルティもこれで構わないな?」
「だ、大丈夫です」
(──業腹だけど、騎士君に聞けばもっと詳細を知れるだろうし……)
「よし。じゃあ次は……お前か、要注意人物その一」

 シルフの視線が向いた先にはフリードルがいた。不本意な呼ばれ方に眉を顰めつつ、フリードルは口を切る。

「……レオナード。同じく妹を持つ者として、お前の意見が聞きたい」
(あれ。なんかこの流れ前にもあったような……)
「──は、はい喜んで!」

 まさかフリードルに指名されるとは思ってなかったレオナードは、ぎこちない笑みで受け応える。

「どうすれば、妹とは兄を愛するのだろうか。近頃、一度開いた溝をいかにして埋めたものかと苦心惨憺しているのだ」
「そうだったんですか……」
「僕がどれ程手を尽くしても、妹の反応は微妙でな。そこでお前の知恵を借りようと考えた次第だ」
「そんな緊急時に、俺の頭脳を買ってくださりありがとうございます」

 まるで寄り添うかのように相槌を打つが、レオナードは実のところ、

(そもそも妹に愛されないってどういう状況なんだろう。想像つかないな……)

 何一つ、フリードルの置かれている状況を理解していなかった。これは適当に返事をしているのである。
 幼少期より妹のローズニカと二人で支え合い依存し合いながら生きてきた彼にとって、妹から愛されないという状況そのものが、想像もつかないものなのだ。
 そんなフリードルの切実な悩みは、精霊達の失笑を買ってみせた。アミレスが父兄の愛を諦められずにいた過去を知る彼等は、アミレスが追う者ではなく追われる者になった事実がたいそうお気に召したようだ。
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