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第五章・帝国の王女
531,5.Interlude Story:Sylph
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ボクはただ、アミィが心配なだけだった。
レオナードの一件から彼女は思い詰めた様子で、ずっと暗い表情をしていた。涙を流すローズニカを見てはアミィも傷ついたように眉根を寄せ、悔しげに俯く騎士の連中を見てはアミィも体側の拳を震えさせていた。
ただでさえ、どこか不調であると分かりきった状態だったのに。帝都中に穢妖精が出現したと聞いて、アミィは自身に鞭を打ってすぐに立ち上がった。
度重なる穢妖精との戦闘と、それに伴う膨大な魔力消費。あの妖精を即死させる程の魔法なんて、ただでさえ使用者への負担は凄まじいだろうに……アミィは本来扱えない筈の氷で、その魔法を発動していた。
その為アミィはみるみるうちに衰弱していった。治癒魔法と魔力供給が無ければ、とうに命の危機が訪れていたと容易に推測出来る程だった。
酷い顔色で滝のように汗を流し、下手くそな呼吸でなんとか息をする。しまいには立つことさえままならなくなり、アミィはボクにしがみついて震える足でなんとか立っていた。
そんな姿を見て、誰がこのまま戦わせようとするものか。
とにかくアミィを休ませないと。──そう、思っただけなのに。
「違う、ちがう……っ」
何かに酷く怯え恐怖する表情。……アミィのこんな顔、はじめて見た。
「私は……自分が一人の人間であり続ける為に『王女』という立場に縋ってる。『アミレス・ヘル・フォーロイト』という役割を全うする事こそが、私が自分の為に生きている証左なの」
アミィは誰かの為にと自分を犠牲にし続けてきた。その所為でいつもアミィばかりが損をして、たくさん傷ついてきたのをボクはずっと見ていた。
だから……もうそんな生き方はしないでほしいと思った。そんな危ない橋を渡らなくても君は普通に生きていけるんだって伝えたかった。
もう傷つかなくていい。もう苦しまなくていい。好きなように休んでもいい。君ばかりが辛い思いをする必要はないんだよ、って……アミィにそう伝えたくて、ただ──それだけだったのに。
「ごめん、シルフ。私、先に行くね」
ぐにゃりと蜃気楼のように姿が歪んで、アミィは消えた。
「っ……!? 待って、アミィ!!」
「主君!」
その寸前、ボクは見てしまった。
滅多に泣かないあの子の──涙を堪えた笑顔を。
「…………ボク、は。アミィを、傷つけて……しまった、のか?」
取り残されたボクとルティはその場で立ち尽くしていた。きっとコイツも、アミィのあの表情に面食らったのだろう。
「主君のあのようなお顔は……これまで一度たりとも見た覚えがありません。そもそも、先程の主君は──どう考えても、様子がおかしかった」
最愛の少女をこの手で苦しめてしまったという事実が、ボクの心を深く抉り出す。
──だけど。今ここで、呑気にそれを悔やんでいる暇は無い。
「……おいルティ。お前、魔力はどれぐらい残っている?」
「え? 残り半分程度、かと」
「ならばボクの魔力を分けてやるから、今すぐアミィを探せ」
「分かりました。……シルフ様は、どうなさるおつもりなのですか?」
「……──穢妖精をどうにかする」
アミィは優しい子だから、国民が穢妖精に襲われるのを良しとしない。ならば、守るしかなかろう。
正直に言うと、真正面から精霊をぶつけると世界間の戦争になりかねず……それには間違いなくアミィや人間達も巻き込まれるから、可能な限りあまり精霊達を妖精と戦わせたくはなかった。
だがそうも言ってられない。
ボクは今すぐにでもアミィに謝りたい。傷つけてごめんねって伝えたい。そして……もう傷つかなくてもいいんだよって伝えたい。
でも、それには穢妖精共の存在が目障りだ。ならば──こちらも奥の手を使うほかあるまい。
「オッド、セクタン。出てこい」
「はっ! お呼びでしょうか」
「呼ばれて飛び出てセクタンッ!!」
小鳥と蝶に変化して哨戒に徹していた二体の精霊が姿を見せる。
「目についた妖精共を全て殺してこい。この世界に影響を及ぼさない程度であれば──権能の行使も許可する」
「! フフッ……了解致しました」
「あい分かった! この僕に持てる限りの全てを尽くしましょう!!」
そうして、二体は帝都に湧いた穢妖精を殺しに向かった。それを見届けつつ、更に何体かの精霊達を喚びだす。
火、闇、雷、氷、逆、奪、終。
七体の最上位精霊が現れる。その光景に、ルティは目を点にして固まっていた。
「エンヴィー、ゲランディオール、エレノラ、フリザセア。お前達は妖精共を鏖殺してこい。そしてリバースとルーディは他の奴等の支援をしろ。これは命令だ」
突然の喚び出しに少なからず驚いた様子を見せていたが、最上位精霊達は命令という言葉を聞いて顔色を変えた。
「了解致しました、我が王。不肖エンヴィー、微力ながら拝命致します」
数百年振りに見た火の魔剣を手に、エンヴィーが恭しく頭を垂れた。
「──急命拝受。尽くを、闇に葬り去って参ります」
漆黒の鎧を身に纏う大男が影の大剣を作り出し、ゲランディオールは闇の中へと姿を消した。
「久しぶりのパーティーだね、トール」
『そうだね、ノラ』
「へーかの命令だから頑張ろうね」
『頑張れば、ご褒美をくれるかもしれないしね』
自身の二回り以上はある大槌に語りかけ、金髪の幼女が電光石火の如く走り出す。
「…………陛下。会いたい人間がいるのだが、仕事が終われば、自由行動でも構わないか?」
「好きにしろ」
「感謝する」
少し青色がかった銀の長髪を靡かせ、フリザセアは滅多にない頼みを口にした。
「それじゃあリバース。ワタクシ達も行こうか」
「……言われずとも」
ルーディとリバースもまた、命令通り他の奴等の支援に向かていった。
「王よ、ご下命を」
最後に、フィンが指示を仰いでくる。
「フィンはボクと来い。ボクは戦えないから──……もう一度、ボクの剣となれ」
「……──喜んで」
表情なんてものが存在しない男がほくそ笑む。
それじゃあ始めようか。──妖精共との戦争を。
レオナードの一件から彼女は思い詰めた様子で、ずっと暗い表情をしていた。涙を流すローズニカを見てはアミィも傷ついたように眉根を寄せ、悔しげに俯く騎士の連中を見てはアミィも体側の拳を震えさせていた。
ただでさえ、どこか不調であると分かりきった状態だったのに。帝都中に穢妖精が出現したと聞いて、アミィは自身に鞭を打ってすぐに立ち上がった。
度重なる穢妖精との戦闘と、それに伴う膨大な魔力消費。あの妖精を即死させる程の魔法なんて、ただでさえ使用者への負担は凄まじいだろうに……アミィは本来扱えない筈の氷で、その魔法を発動していた。
その為アミィはみるみるうちに衰弱していった。治癒魔法と魔力供給が無ければ、とうに命の危機が訪れていたと容易に推測出来る程だった。
酷い顔色で滝のように汗を流し、下手くそな呼吸でなんとか息をする。しまいには立つことさえままならなくなり、アミィはボクにしがみついて震える足でなんとか立っていた。
そんな姿を見て、誰がこのまま戦わせようとするものか。
とにかくアミィを休ませないと。──そう、思っただけなのに。
「違う、ちがう……っ」
何かに酷く怯え恐怖する表情。……アミィのこんな顔、はじめて見た。
「私は……自分が一人の人間であり続ける為に『王女』という立場に縋ってる。『アミレス・ヘル・フォーロイト』という役割を全うする事こそが、私が自分の為に生きている証左なの」
アミィは誰かの為にと自分を犠牲にし続けてきた。その所為でいつもアミィばかりが損をして、たくさん傷ついてきたのをボクはずっと見ていた。
だから……もうそんな生き方はしないでほしいと思った。そんな危ない橋を渡らなくても君は普通に生きていけるんだって伝えたかった。
もう傷つかなくていい。もう苦しまなくていい。好きなように休んでもいい。君ばかりが辛い思いをする必要はないんだよ、って……アミィにそう伝えたくて、ただ──それだけだったのに。
「ごめん、シルフ。私、先に行くね」
ぐにゃりと蜃気楼のように姿が歪んで、アミィは消えた。
「っ……!? 待って、アミィ!!」
「主君!」
その寸前、ボクは見てしまった。
滅多に泣かないあの子の──涙を堪えた笑顔を。
「…………ボク、は。アミィを、傷つけて……しまった、のか?」
取り残されたボクとルティはその場で立ち尽くしていた。きっとコイツも、アミィのあの表情に面食らったのだろう。
「主君のあのようなお顔は……これまで一度たりとも見た覚えがありません。そもそも、先程の主君は──どう考えても、様子がおかしかった」
最愛の少女をこの手で苦しめてしまったという事実が、ボクの心を深く抉り出す。
──だけど。今ここで、呑気にそれを悔やんでいる暇は無い。
「……おいルティ。お前、魔力はどれぐらい残っている?」
「え? 残り半分程度、かと」
「ならばボクの魔力を分けてやるから、今すぐアミィを探せ」
「分かりました。……シルフ様は、どうなさるおつもりなのですか?」
「……──穢妖精をどうにかする」
アミィは優しい子だから、国民が穢妖精に襲われるのを良しとしない。ならば、守るしかなかろう。
正直に言うと、真正面から精霊をぶつけると世界間の戦争になりかねず……それには間違いなくアミィや人間達も巻き込まれるから、可能な限りあまり精霊達を妖精と戦わせたくはなかった。
だがそうも言ってられない。
ボクは今すぐにでもアミィに謝りたい。傷つけてごめんねって伝えたい。そして……もう傷つかなくてもいいんだよって伝えたい。
でも、それには穢妖精共の存在が目障りだ。ならば──こちらも奥の手を使うほかあるまい。
「オッド、セクタン。出てこい」
「はっ! お呼びでしょうか」
「呼ばれて飛び出てセクタンッ!!」
小鳥と蝶に変化して哨戒に徹していた二体の精霊が姿を見せる。
「目についた妖精共を全て殺してこい。この世界に影響を及ぼさない程度であれば──権能の行使も許可する」
「! フフッ……了解致しました」
「あい分かった! この僕に持てる限りの全てを尽くしましょう!!」
そうして、二体は帝都に湧いた穢妖精を殺しに向かった。それを見届けつつ、更に何体かの精霊達を喚びだす。
火、闇、雷、氷、逆、奪、終。
七体の最上位精霊が現れる。その光景に、ルティは目を点にして固まっていた。
「エンヴィー、ゲランディオール、エレノラ、フリザセア。お前達は妖精共を鏖殺してこい。そしてリバースとルーディは他の奴等の支援をしろ。これは命令だ」
突然の喚び出しに少なからず驚いた様子を見せていたが、最上位精霊達は命令という言葉を聞いて顔色を変えた。
「了解致しました、我が王。不肖エンヴィー、微力ながら拝命致します」
数百年振りに見た火の魔剣を手に、エンヴィーが恭しく頭を垂れた。
「──急命拝受。尽くを、闇に葬り去って参ります」
漆黒の鎧を身に纏う大男が影の大剣を作り出し、ゲランディオールは闇の中へと姿を消した。
「久しぶりのパーティーだね、トール」
『そうだね、ノラ』
「へーかの命令だから頑張ろうね」
『頑張れば、ご褒美をくれるかもしれないしね』
自身の二回り以上はある大槌に語りかけ、金髪の幼女が電光石火の如く走り出す。
「…………陛下。会いたい人間がいるのだが、仕事が終われば、自由行動でも構わないか?」
「好きにしろ」
「感謝する」
少し青色がかった銀の長髪を靡かせ、フリザセアは滅多にない頼みを口にした。
「それじゃあリバース。ワタクシ達も行こうか」
「……言われずとも」
ルーディとリバースもまた、命令通り他の奴等の支援に向かていった。
「王よ、ご下命を」
最後に、フィンが指示を仰いでくる。
「フィンはボクと来い。ボクは戦えないから──……もう一度、ボクの剣となれ」
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