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第四章・興国の王女
429.彼女を手料理で笑顔にしたい!
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「おいシルフ! 邪魔するならさっさと出て行け!!」
「は~~? 邪魔なんかしてないし! そもそも何でボクが悪魔の言う事を聞かなきゃいけないんだよ」
「誰がどう見てもお前が邪魔だからだよ箱入り精霊!」
「誰が箱入りだ馬鹿舌!」
「料理のりの字すらも知らない奴に言われたかねェ!!」
「こっちだって人間には到底食べられないようなダークマター作ってた奴に言われたくない!!」
「あれはれっきとした魔界飯ですぅ~~!」
「だから人間には食えないっつってんだろ!」
ある日の昼頃の事。東宮が厨房は、混沌に包まれていた。
「落ち着けー、おふたりさーん」
「……もういっその事、あの二体は追い出した方がいいんじゃないか?」
「マクベスタ君の意見に賛成」
「右に同じく」
本来の目的などそっちのけでいがみ合う悪魔と精霊を遠い目で見守るのは、カイル、マクベスタ、アルベルト、イリオーデの四名。
そもそも、どうして彼等がエプロン姿で厨房に並ぶ事になったのか。それは、これより一時間程前に遡る。
いつものノリで東宮に潜入したカイルは、珍しく荷物抱えていた。そして運がいいのか悪いのか、マクベスタはそんなカイルと東宮の廊下でバッタリ出くわした。
そして、開口一番にカイルは彼を誘ったのだ。
『マクベスタ、俺と一緒に料理しようぜ!』
──荷物の中にある、たくさんの食材をバンッ! と広げて見せてみて。マクベスタも困惑した面持ちでその食材とカイルの顔を交互に見ていた。
『料理……お前と、オレで?』
『おう。この前マクベスタがお菓子作ってくれただろ? それで俺も久々に料理したくなってさ。アミレスになんか食わせてやろうかなーって。アイツが喜びそうな料理知ってるからさ』
『アミレスが喜びそうな、料理?』
『一人じゃ作るの大変だし手伝ってくれよ』
『……そういう事なら』
こうして、二人は厨房へと向かった。その道中で暇そうなアルベルトとイリオーデと出会い、厨房を貸してほしい旨を説明。アルベルト達は監督がてら調理に混ざる事を条件にそれを許可した。
人数の増えた調理班は真っ直ぐ厨房に向かうが、厨房の手前で今度はシルフとシュヴァルツに出会った。どうやら彼等も暇を持て余しているらしい。
現在アミレスは珍しく昼寝をしている。セツやナトラと、窓際の長椅子で日向ぼっこをしながら眠るアミレスを見て、シルフとシュヴァルツは静かに部屋を出て来たのだ。
だからか、アミレスに構ってもらえず彼等は暇だった。そんな必要など全くないのに何故か二体で並んで歩き、暇潰しに『人間界の運命率異常に伴い予測される災害と文明の変遷について』や『神々へのより効果的な嫌がらせ』を議論していた。
その最中にカイル達と出会い、面白そうだと思い首を突っ込んだようなのだが。──この通り、二体して邪魔者扱いされるようになったという訳だ。
精霊王はこれまでの一万年の日々で常に世話される立場にあった為、そもそも料理など一度もした事がない。
魔王は魔界中でもかなり大雑把な部類の料理しか出来ない為、人間には食べられないような料理しか作れない。
とどのつまり。彼等は揃って戦力外通告を受けるような、料理力なのである。
「よし行けカイル。こういうのはお前が一番手馴れているだろう」
「突然何を言いやがるんだ俺の推しは。丁度いい案があるし、別にいいけどさ」
シルフ達を厨房から追い出せと背中を押され、カイルはため息混じりに行動に出た。
「なぁ、シルフにシュヴァルツよ。アンタ等に頼みたい事があるんだけど」
「何だクソガキ」
「ボクに指図するなよ」
「口悪ぃー……まあ、なんだ。二体って悪魔と精霊な訳だし、色々出来るんだろ? それを見越してちょっと作ってもらいたい物があるんだ」
カイルは腰に提げた鞄からサベイランスちゃんを取り出し、空間魔法を使って武器の設計図のようなものを手元に喚びだした。
その設計図をシルフに渡し、シュヴァルツは横からそれを覗き込む。
「何これ、武器?」
「変な形してんなァ」
武器という単語に反応し、「どんな武器なんだ」とばかりにカイル以外の面々が全員その図面を見る。
「日本と──……刀剣って言うの、それ。作り方とか必要なものとか、詳細は図面見てくれたら分かると思う」
「その刀剣とやらの図面をボク等に押し付けた理由は何?」
「オレサマは今料理を作りたいワケで、武器が作りてェワケじゃないんだが?」
「それ、アミレスにあげたらめちゃくちゃ喜ぶと思うぞ」
その一言でシルフとシュヴァルツはピタリと固まった。
「……──なァ、精霊の。エンヴィーって今喚べるか?」
「ボクを誰だと思ってるんだよ。いくらでも喚べる」
「それじゃァ、今から魔界行って良さげな素材持ってくるわ。どうせなら最強の魔剣作ろうぜ。聖剣でもいいが」
「……アミィの為だ、一時的に協力体制を敷こう。エンヴィーが人間界で工房を展開出来るかどうか試させないとな」
まさかのドリームタッグが成立してしまった。
魔王と精霊王が手を組み、本気で未知の武器の作成に取り掛かろうとする。その為、二体はああだこうだと意見を出し合いながら、厨房を後にした。
こうして厨房の平和は保たれた。
カイルを始めとした男四人は、気を取り直して料理に挑む。
自然と触れ合う為に幼い頃に何度もサバイバルをしていたからか、かなりの生活能力を身につけたマクベスタ。
前世でろくでもない身内に家事炊事を全て押し付けられた事もあり、料理まで出来る万能ハイスペック男子となったカイル。
地方の砦での日々や執事業での研鑽によって今や料理人並の腕前を誇り、主君のお菓子や夜食作りすらも我が役目とするアルベルト。
西部地区での生活では基本的な料理技術を身につけた程度だったが、刃物を扱う作業を任せれば右に出る者はいないイリオーデ。
そんな四人の器用な男達は、作業を分担して効率的に料理に取り掛かった。
材料は───フォーロイト産の高級牛肉を小さく切り分けたもの、いい感じの量(イリオーデ作)。甘みの強いブルーオニオンを一玉。じゃがいもに似た作物、土恵物をいっぱい。冬人参を一本ぐらい。味付け用の調味料もたくさん。
何かと分量が曖昧な理由は、大は小を兼ねる理論でカイルが大雑把に用意したからである。
「カイル、次はどうすればいいんだ?」
「マクベスタはそのまま肉から順に適当に炒めて、いい具合に炒めたら水とかワインとかぶち込んでくれ。そのまま暫く煮て、味付け段階になったら呼んで」
「分かった」
(──もう少し普通に説明出来ないのか、こいつは)
適当な説明に不満を覚えつつ、マクベスタは大人しく作業に取り掛かる。
そして、残りの三人は別の作業に移った。カイルが一度どこかに転移して大きな箱を手に戻って来たかと思えば、その中には大量の氷と新鮮な魚が何種類も入っていて、そもそも魚に馴染みの無い面々は感心から息を漏らした。
「カイル君、これで何を作るの?」
「ふっふっふ……よくぞ聞いてくれたな、ルティ。これからな、刺身を作ろうと思うんだ!」
「「──サシミ?」」
アルベルトとイリオーデの声が重なる。
「そう、刺身。生魚を切って醤油とかに付けて食べるんだよ。酒飲みながら食うのがマジで美味くてなぁ……」
(カイル君って、酒が飲める年齢なのか)
(生魚をショーユというものに付けて食べる……なんなんだ、ショーユとは)
カイルはこれまで己の立場とチートを活かして好き勝手世界中を飛び回り、和食を再現する為に暗躍していた。ハミルディーヒ王国はフォーロイト帝国程食文化や料理技術が発展しておらず、料理は可もなく不可もなく──……どころか薄味過ぎて不味いと感じる程。
そんな日々を送っていたカイルは、和食が恋しくなっていたらしい。自分で料理をするにも食材の多くは日本のそれとは違っていて、料理の勝手も違う事が多い。そして、香辛料等の調味料は一般的に高級品に分類される。
多少高いが、それでもお手軽価格で調味料を購入出来るフォーロイト帝国がおかしいぐらいだ。フォーロイト帝国は一度シャンパージュ伯爵家に感謝すべきだろう。
圧倒的に調味料が足りないこの世界で、元日本人が料理にあたってまず最初にした事が──世界中の食材や調味料を試す事だった。
試すと言っても、自分の記憶にある食材や調味料と合致するものを探すだけだが。
だが、当然類似品すら見つからない調味料も多々ある。
そう──……醤油だ。
「醤油の味を再現したものは俺が既に用意しておいたので、二人には魚をいい感じに切って欲しいんだ。頼めるか?」
まるで某クッキングのような手際の良さである。
「ああ、任された。しかし……生食とは。魚にも毒があると聞くが、焼かなくて大丈夫なのか?」
「毒や寄生虫の事なら安心してくれ。毒の魔力と腐の魔力で検知したやつは片っ端から変の魔力でただの美味しい魚に変えておいたから。その上、智の魔力で安全性もバッチし証明済みだぜ」
刺身を食べる為だけにこれだけの魔力属性を駆使するな。──この場にアミレスがいたならば、そうツッコまれていただろう。
「……話を聞くだけでもかなり物珍しい料理だし、主君も喜んでくれそうだ」
「王女殿下に喜んでいただく為にも、美しく切り分けるか」
港町や川沿いの町村でしか採取出来ない魚など、領地の屋敷か帝都の邸か西部地区でしか生活した事のないイリオーデは、まず目にした事もないであろう。それなのに彼は何の躊躇いもなく魚を一尾掴み、暫く観察しては鋭く包丁をその身に入れた。
流石は帝国の剣の天才だろうか。刃物自体の扱いは勿論、刃物を使用する物事であれば、初見でもある程度こなせてしまう。ゲーム風のステータスをつけるならば、刃物使役EXとかだろうか。
アルベルトもまた、見よう見まねで魚を捌こうと奮闘する。
そんな彼等の健闘の甲斐もあり、ついに料理が完成した。
ポトフのように盛り付けられた肉じゃがもどきと、やたらと芸術点の高い刺身の盛り合わせ。カイル監修のもと、色々と過不足のある中で無事に完成した品々である。
既に味見を済ませたマクベスタ達は慣れない味になんとも言えなかったのだが、カイルは「まあ大丈夫だって。アイツなら喜んでくれるよ」と繰り返す。
不安を抱えつつも料理をトレーに乗せ、彼等はアミレスの部屋へと足を向けた。
コンコン、と扉をノックをするも返事は帰って来ない。
アミレスが昼寝中だと把握しているアルベルトは一度懐中時計に視線を落とし、「主君に起こせと命じられてた時間から既に三十分程過ぎてるから、大丈夫だと思う」と小声でマクベスタ達に伝える。
それにこくりと頷き、彼等は慎重に扉を開いてそろりと入室した。
向かうは窓際の長椅子。その背もたれからはみ出す銀色の頭からして、まだアミレスが昼寝中である事は想像に難くない。
赤子のように口を小さく開けて眠る姿はとても可愛らしく、太陽の光に照らされる様子は天使を描いた絵画のよう。
アミレスに体を預けてぐーすか眠るナトラも、アミレスの膝の上で穏やかに眠るセツも、今ばかりは天の使いような神々しさすら感じる。
その光景を見て、男達は思わず放心していた。
「…………」
「なぁ、マクベスタ。こんな物があるんだけど」
「──っそれは……!?」
惚けるマクベスタの肩を叩き、カイルは小声である物を差し出した。
「「「カメラ……!!」」」
アミレスが持つカメラと似た形のカメラ。
まるで悪魔の囁きのように現れたそれに、マクベスタ達は固唾を呑む。マクベスタにカメラを押し付け、カイルはしたり顔でサムズアップした。
マクベスタは困ったようにカメラに視線を落とすも、程なくしてそれを構える。
カシャ、カシャ! と何度かシャッター音が鳴り、その場で次々写真が現像される。その写真を見て、マクベスタとアルベルトとイリオーデは顔を見合わせた。
「……マクベスタ王子。私も、その写真を一枚貰いたいのだが」
(──王女殿下の寝顔の姿絵だなんて、あまりにも貴重すぎるだろう)
「俺もっ、俺も欲しいっ」
(──俺の女神様の宗教画……常に持ち歩いて拝みたい……!)
その言葉にマクベスタは少し間を置いて、
「…………ああ、いいぞ。これはアミレスには内緒という事で」
「感謝する」
「ありがとう、マクベスタ君」
二人に一枚ずつ写真を渡した。
主人の激レア寝顔ショットを入手した従者達は、幸せを噛み締めるように写真を胸に抱く。
彼等があまりにもわちゃわちゃしていたものだから、カイルがカメラを返却された頃にはついにアミレスも目を覚ました。
アミレスは寝ぼけ眼でカイル達を見て、「あれ、みんないる……おはよ……」と欠伸をこぼす。
「おはよ。昼寝してて腹減ってんじゃねーの? そんなアミレスさんにこちら、俺達からのプレゼントでーす」
「プレゼント?」
カイルの言葉に続くよう、イリオーデとアルベルトは彼女の前にトレーを差し出した。長椅子付近のローテーブルに置かれた二品の料理を見て、アミレスの意識は覚醒する。
「──カイル? まさか貴方……!」
「フフフ、マクベスタとイリオーデとルティと作ったんだわ。味わって食いたまえ」
(なんで軽率に和食作ってるのよこの人は! うちの子達が有能だからって巻き込んでるし……!!)
今の一瞬である程度の経緯を把握したアミレスは、全く自重しない男への呆れで深く息を吐いた。
だが、すぐさま気を取り直して。
「……せっかく皆が作ってくれたんだもの、ありがたくいただくわ」
トレーの上に置かれていた木製の箸を使い、まずは肉じゃがもどきを一口。
「~~っ! 美味しい……!!」
アミレスの目がキラキラと輝く。
初めてスイーツを食べた子供のように、彼女は頬に手を当てて顔を蕩けさせた。
「この肉じゃがみたいな料理、凄く美味しいわ! 味も濃くて……ええと、土恵物かしらこれは。土恵物や、肉や野菜によく煮汁が染み込んでいて本当に美味しい。舌の上でショートケーキみたいにふんわりと崩れる感じとか……美味しいなあ……」
久方振りに邂逅した故郷の味に、アミレスも思わず饒舌になる。
起き抜けとは思えない勢いで、彼女はひょいひょいと肉じゃがもどきを食べ進めた。ぺろりと一品平らげたものの、アミレスはまだ止まらない。
最後のお楽しみ、刺身がまだある。
この世界では焼き魚しか食べた事がないので、刺身を食べられる事が心から嬉しいらしい。
(ん~~! この食感、この醤油の味! まさに刺身だわ!!)
いつも王女らしく上品に落ち着いて食事をするアミレスがあまりにも美味しそうに食べるものだから、マクベスタ達はホッと胸を撫で下ろした。
(想像以上に喜んでくれたみたいで何より。料理をちゃんと味わって、美味しいって言って貰えるのって……思ってたよりも嬉しいんだな)
またなんか和食作ってやるか。と、カイルは笑う。
その笑みは少年のそれと言うより──世話焼きな大人が見せる、柔和な微笑みだった。
「ありがとう、皆。すっごく美味しかったよ」
寝起きで機嫌の悪い竜幼女の頭を撫でながら、少女は満面の笑みでお礼を告げる。それこそが、彼等にとって最高の褒美であると知ってか知らずか……。
「は~~? 邪魔なんかしてないし! そもそも何でボクが悪魔の言う事を聞かなきゃいけないんだよ」
「誰がどう見てもお前が邪魔だからだよ箱入り精霊!」
「誰が箱入りだ馬鹿舌!」
「料理のりの字すらも知らない奴に言われたかねェ!!」
「こっちだって人間には到底食べられないようなダークマター作ってた奴に言われたくない!!」
「あれはれっきとした魔界飯ですぅ~~!」
「だから人間には食えないっつってんだろ!」
ある日の昼頃の事。東宮が厨房は、混沌に包まれていた。
「落ち着けー、おふたりさーん」
「……もういっその事、あの二体は追い出した方がいいんじゃないか?」
「マクベスタ君の意見に賛成」
「右に同じく」
本来の目的などそっちのけでいがみ合う悪魔と精霊を遠い目で見守るのは、カイル、マクベスタ、アルベルト、イリオーデの四名。
そもそも、どうして彼等がエプロン姿で厨房に並ぶ事になったのか。それは、これより一時間程前に遡る。
いつものノリで東宮に潜入したカイルは、珍しく荷物抱えていた。そして運がいいのか悪いのか、マクベスタはそんなカイルと東宮の廊下でバッタリ出くわした。
そして、開口一番にカイルは彼を誘ったのだ。
『マクベスタ、俺と一緒に料理しようぜ!』
──荷物の中にある、たくさんの食材をバンッ! と広げて見せてみて。マクベスタも困惑した面持ちでその食材とカイルの顔を交互に見ていた。
『料理……お前と、オレで?』
『おう。この前マクベスタがお菓子作ってくれただろ? それで俺も久々に料理したくなってさ。アミレスになんか食わせてやろうかなーって。アイツが喜びそうな料理知ってるからさ』
『アミレスが喜びそうな、料理?』
『一人じゃ作るの大変だし手伝ってくれよ』
『……そういう事なら』
こうして、二人は厨房へと向かった。その道中で暇そうなアルベルトとイリオーデと出会い、厨房を貸してほしい旨を説明。アルベルト達は監督がてら調理に混ざる事を条件にそれを許可した。
人数の増えた調理班は真っ直ぐ厨房に向かうが、厨房の手前で今度はシルフとシュヴァルツに出会った。どうやら彼等も暇を持て余しているらしい。
現在アミレスは珍しく昼寝をしている。セツやナトラと、窓際の長椅子で日向ぼっこをしながら眠るアミレスを見て、シルフとシュヴァルツは静かに部屋を出て来たのだ。
だからか、アミレスに構ってもらえず彼等は暇だった。そんな必要など全くないのに何故か二体で並んで歩き、暇潰しに『人間界の運命率異常に伴い予測される災害と文明の変遷について』や『神々へのより効果的な嫌がらせ』を議論していた。
その最中にカイル達と出会い、面白そうだと思い首を突っ込んだようなのだが。──この通り、二体して邪魔者扱いされるようになったという訳だ。
精霊王はこれまでの一万年の日々で常に世話される立場にあった為、そもそも料理など一度もした事がない。
魔王は魔界中でもかなり大雑把な部類の料理しか出来ない為、人間には食べられないような料理しか作れない。
とどのつまり。彼等は揃って戦力外通告を受けるような、料理力なのである。
「よし行けカイル。こういうのはお前が一番手馴れているだろう」
「突然何を言いやがるんだ俺の推しは。丁度いい案があるし、別にいいけどさ」
シルフ達を厨房から追い出せと背中を押され、カイルはため息混じりに行動に出た。
「なぁ、シルフにシュヴァルツよ。アンタ等に頼みたい事があるんだけど」
「何だクソガキ」
「ボクに指図するなよ」
「口悪ぃー……まあ、なんだ。二体って悪魔と精霊な訳だし、色々出来るんだろ? それを見越してちょっと作ってもらいたい物があるんだ」
カイルは腰に提げた鞄からサベイランスちゃんを取り出し、空間魔法を使って武器の設計図のようなものを手元に喚びだした。
その設計図をシルフに渡し、シュヴァルツは横からそれを覗き込む。
「何これ、武器?」
「変な形してんなァ」
武器という単語に反応し、「どんな武器なんだ」とばかりにカイル以外の面々が全員その図面を見る。
「日本と──……刀剣って言うの、それ。作り方とか必要なものとか、詳細は図面見てくれたら分かると思う」
「その刀剣とやらの図面をボク等に押し付けた理由は何?」
「オレサマは今料理を作りたいワケで、武器が作りてェワケじゃないんだが?」
「それ、アミレスにあげたらめちゃくちゃ喜ぶと思うぞ」
その一言でシルフとシュヴァルツはピタリと固まった。
「……──なァ、精霊の。エンヴィーって今喚べるか?」
「ボクを誰だと思ってるんだよ。いくらでも喚べる」
「それじゃァ、今から魔界行って良さげな素材持ってくるわ。どうせなら最強の魔剣作ろうぜ。聖剣でもいいが」
「……アミィの為だ、一時的に協力体制を敷こう。エンヴィーが人間界で工房を展開出来るかどうか試させないとな」
まさかのドリームタッグが成立してしまった。
魔王と精霊王が手を組み、本気で未知の武器の作成に取り掛かろうとする。その為、二体はああだこうだと意見を出し合いながら、厨房を後にした。
こうして厨房の平和は保たれた。
カイルを始めとした男四人は、気を取り直して料理に挑む。
自然と触れ合う為に幼い頃に何度もサバイバルをしていたからか、かなりの生活能力を身につけたマクベスタ。
前世でろくでもない身内に家事炊事を全て押し付けられた事もあり、料理まで出来る万能ハイスペック男子となったカイル。
地方の砦での日々や執事業での研鑽によって今や料理人並の腕前を誇り、主君のお菓子や夜食作りすらも我が役目とするアルベルト。
西部地区での生活では基本的な料理技術を身につけた程度だったが、刃物を扱う作業を任せれば右に出る者はいないイリオーデ。
そんな四人の器用な男達は、作業を分担して効率的に料理に取り掛かった。
材料は───フォーロイト産の高級牛肉を小さく切り分けたもの、いい感じの量(イリオーデ作)。甘みの強いブルーオニオンを一玉。じゃがいもに似た作物、土恵物をいっぱい。冬人参を一本ぐらい。味付け用の調味料もたくさん。
何かと分量が曖昧な理由は、大は小を兼ねる理論でカイルが大雑把に用意したからである。
「カイル、次はどうすればいいんだ?」
「マクベスタはそのまま肉から順に適当に炒めて、いい具合に炒めたら水とかワインとかぶち込んでくれ。そのまま暫く煮て、味付け段階になったら呼んで」
「分かった」
(──もう少し普通に説明出来ないのか、こいつは)
適当な説明に不満を覚えつつ、マクベスタは大人しく作業に取り掛かる。
そして、残りの三人は別の作業に移った。カイルが一度どこかに転移して大きな箱を手に戻って来たかと思えば、その中には大量の氷と新鮮な魚が何種類も入っていて、そもそも魚に馴染みの無い面々は感心から息を漏らした。
「カイル君、これで何を作るの?」
「ふっふっふ……よくぞ聞いてくれたな、ルティ。これからな、刺身を作ろうと思うんだ!」
「「──サシミ?」」
アルベルトとイリオーデの声が重なる。
「そう、刺身。生魚を切って醤油とかに付けて食べるんだよ。酒飲みながら食うのがマジで美味くてなぁ……」
(カイル君って、酒が飲める年齢なのか)
(生魚をショーユというものに付けて食べる……なんなんだ、ショーユとは)
カイルはこれまで己の立場とチートを活かして好き勝手世界中を飛び回り、和食を再現する為に暗躍していた。ハミルディーヒ王国はフォーロイト帝国程食文化や料理技術が発展しておらず、料理は可もなく不可もなく──……どころか薄味過ぎて不味いと感じる程。
そんな日々を送っていたカイルは、和食が恋しくなっていたらしい。自分で料理をするにも食材の多くは日本のそれとは違っていて、料理の勝手も違う事が多い。そして、香辛料等の調味料は一般的に高級品に分類される。
多少高いが、それでもお手軽価格で調味料を購入出来るフォーロイト帝国がおかしいぐらいだ。フォーロイト帝国は一度シャンパージュ伯爵家に感謝すべきだろう。
圧倒的に調味料が足りないこの世界で、元日本人が料理にあたってまず最初にした事が──世界中の食材や調味料を試す事だった。
試すと言っても、自分の記憶にある食材や調味料と合致するものを探すだけだが。
だが、当然類似品すら見つからない調味料も多々ある。
そう──……醤油だ。
「醤油の味を再現したものは俺が既に用意しておいたので、二人には魚をいい感じに切って欲しいんだ。頼めるか?」
まるで某クッキングのような手際の良さである。
「ああ、任された。しかし……生食とは。魚にも毒があると聞くが、焼かなくて大丈夫なのか?」
「毒や寄生虫の事なら安心してくれ。毒の魔力と腐の魔力で検知したやつは片っ端から変の魔力でただの美味しい魚に変えておいたから。その上、智の魔力で安全性もバッチし証明済みだぜ」
刺身を食べる為だけにこれだけの魔力属性を駆使するな。──この場にアミレスがいたならば、そうツッコまれていただろう。
「……話を聞くだけでもかなり物珍しい料理だし、主君も喜んでくれそうだ」
「王女殿下に喜んでいただく為にも、美しく切り分けるか」
港町や川沿いの町村でしか採取出来ない魚など、領地の屋敷か帝都の邸か西部地区でしか生活した事のないイリオーデは、まず目にした事もないであろう。それなのに彼は何の躊躇いもなく魚を一尾掴み、暫く観察しては鋭く包丁をその身に入れた。
流石は帝国の剣の天才だろうか。刃物自体の扱いは勿論、刃物を使用する物事であれば、初見でもある程度こなせてしまう。ゲーム風のステータスをつけるならば、刃物使役EXとかだろうか。
アルベルトもまた、見よう見まねで魚を捌こうと奮闘する。
そんな彼等の健闘の甲斐もあり、ついに料理が完成した。
ポトフのように盛り付けられた肉じゃがもどきと、やたらと芸術点の高い刺身の盛り合わせ。カイル監修のもと、色々と過不足のある中で無事に完成した品々である。
既に味見を済ませたマクベスタ達は慣れない味になんとも言えなかったのだが、カイルは「まあ大丈夫だって。アイツなら喜んでくれるよ」と繰り返す。
不安を抱えつつも料理をトレーに乗せ、彼等はアミレスの部屋へと足を向けた。
コンコン、と扉をノックをするも返事は帰って来ない。
アミレスが昼寝中だと把握しているアルベルトは一度懐中時計に視線を落とし、「主君に起こせと命じられてた時間から既に三十分程過ぎてるから、大丈夫だと思う」と小声でマクベスタ達に伝える。
それにこくりと頷き、彼等は慎重に扉を開いてそろりと入室した。
向かうは窓際の長椅子。その背もたれからはみ出す銀色の頭からして、まだアミレスが昼寝中である事は想像に難くない。
赤子のように口を小さく開けて眠る姿はとても可愛らしく、太陽の光に照らされる様子は天使を描いた絵画のよう。
アミレスに体を預けてぐーすか眠るナトラも、アミレスの膝の上で穏やかに眠るセツも、今ばかりは天の使いような神々しさすら感じる。
その光景を見て、男達は思わず放心していた。
「…………」
「なぁ、マクベスタ。こんな物があるんだけど」
「──っそれは……!?」
惚けるマクベスタの肩を叩き、カイルは小声である物を差し出した。
「「「カメラ……!!」」」
アミレスが持つカメラと似た形のカメラ。
まるで悪魔の囁きのように現れたそれに、マクベスタ達は固唾を呑む。マクベスタにカメラを押し付け、カイルはしたり顔でサムズアップした。
マクベスタは困ったようにカメラに視線を落とすも、程なくしてそれを構える。
カシャ、カシャ! と何度かシャッター音が鳴り、その場で次々写真が現像される。その写真を見て、マクベスタとアルベルトとイリオーデは顔を見合わせた。
「……マクベスタ王子。私も、その写真を一枚貰いたいのだが」
(──王女殿下の寝顔の姿絵だなんて、あまりにも貴重すぎるだろう)
「俺もっ、俺も欲しいっ」
(──俺の女神様の宗教画……常に持ち歩いて拝みたい……!)
その言葉にマクベスタは少し間を置いて、
「…………ああ、いいぞ。これはアミレスには内緒という事で」
「感謝する」
「ありがとう、マクベスタ君」
二人に一枚ずつ写真を渡した。
主人の激レア寝顔ショットを入手した従者達は、幸せを噛み締めるように写真を胸に抱く。
彼等があまりにもわちゃわちゃしていたものだから、カイルがカメラを返却された頃にはついにアミレスも目を覚ました。
アミレスは寝ぼけ眼でカイル達を見て、「あれ、みんないる……おはよ……」と欠伸をこぼす。
「おはよ。昼寝してて腹減ってんじゃねーの? そんなアミレスさんにこちら、俺達からのプレゼントでーす」
「プレゼント?」
カイルの言葉に続くよう、イリオーデとアルベルトは彼女の前にトレーを差し出した。長椅子付近のローテーブルに置かれた二品の料理を見て、アミレスの意識は覚醒する。
「──カイル? まさか貴方……!」
「フフフ、マクベスタとイリオーデとルティと作ったんだわ。味わって食いたまえ」
(なんで軽率に和食作ってるのよこの人は! うちの子達が有能だからって巻き込んでるし……!!)
今の一瞬である程度の経緯を把握したアミレスは、全く自重しない男への呆れで深く息を吐いた。
だが、すぐさま気を取り直して。
「……せっかく皆が作ってくれたんだもの、ありがたくいただくわ」
トレーの上に置かれていた木製の箸を使い、まずは肉じゃがもどきを一口。
「~~っ! 美味しい……!!」
アミレスの目がキラキラと輝く。
初めてスイーツを食べた子供のように、彼女は頬に手を当てて顔を蕩けさせた。
「この肉じゃがみたいな料理、凄く美味しいわ! 味も濃くて……ええと、土恵物かしらこれは。土恵物や、肉や野菜によく煮汁が染み込んでいて本当に美味しい。舌の上でショートケーキみたいにふんわりと崩れる感じとか……美味しいなあ……」
久方振りに邂逅した故郷の味に、アミレスも思わず饒舌になる。
起き抜けとは思えない勢いで、彼女はひょいひょいと肉じゃがもどきを食べ進めた。ぺろりと一品平らげたものの、アミレスはまだ止まらない。
最後のお楽しみ、刺身がまだある。
この世界では焼き魚しか食べた事がないので、刺身を食べられる事が心から嬉しいらしい。
(ん~~! この食感、この醤油の味! まさに刺身だわ!!)
いつも王女らしく上品に落ち着いて食事をするアミレスがあまりにも美味しそうに食べるものだから、マクベスタ達はホッと胸を撫で下ろした。
(想像以上に喜んでくれたみたいで何より。料理をちゃんと味わって、美味しいって言って貰えるのって……思ってたよりも嬉しいんだな)
またなんか和食作ってやるか。と、カイルは笑う。
その笑みは少年のそれと言うより──世話焼きな大人が見せる、柔和な微笑みだった。
「ありがとう、皆。すっごく美味しかったよ」
寝起きで機嫌の悪い竜幼女の頭を撫でながら、少女は満面の笑みでお礼を告げる。それこそが、彼等にとって最高の褒美であると知ってか知らずか……。
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