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第四章・興国の王女
402.国際交流舞踏会
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十二月下旬。
ついに、その日は訪れた。
九つの宮殿には世界各地から王侯貴族が集まり、このまたとない機会を有効活用しようと、時に穏やかに時に険悪に交流していた。
何せ外は一面の銀世界。年甲斐もなく雪遊びに興じる者も中にはいるが、屋内で過ごす者の方が多い。舞踏会本番までの暇潰しにサロン等でお茶会や交流会が開かれていた事もあり、他国の王侯貴族同士での交流が盛んになっていたのだ。
そして、舞踏会初日の夜。
太陽よりも長く月が空に輝く冬の夜空の下で。
九つの宮殿のうちの一つ、水晶宮と呼ばれたその宮殿は異様なまでの警備で厳重に守られ、各国の王侯貴族達を迎え入れた。
絢爛豪華な水晶の如く眩い宮殿。それには各国の王侯貴族達と言えども息を呑んだそう。
そんな水晶宮では招待客の八割が一同に会しては、舞踏会の開幕を──主催国であるフォーロイト帝国の皇帝陛下による開幕宣言を、今か今かと待ち侘びていた。
♢
「さあ、終わりましたよ! 完璧です、王女殿下!!」
「まさかお化粧の間に眠ってしまわれるとは思いませんでしたよ~」
侍女達が達成感に満ちた面持ちでアミレスの傍を離れる。すると、彼女はゆっくりと目を開けて、何度か手を握っては開いてまた握っては開いて……と不思議な動作を繰り返した後、ニコリと微笑んだ。
「───ありがとう。ネア、スルーノ、ケイジー」
侍女の名を呼び、おもむろに立ち上がって扉へと足を向ける。
皇族として並んで親子三人で入場する為にあつらえた揃いの服。勿論細かい装飾やデザインは違うが、並んだ時に統一感が出るように一流のブティックで作らせた逸品である。
それを完璧に着こなし、アミレスは部屋を出た。
東宮のエントランスに辿り着くと、そこではシルフとヴァイスとナトラに睨まれるケイリオルがいた。どうやらケイリオルはアミレスを出迎えに来たそうなのだが、東宮に入って早々人ならざる面々に囲まれたらしい。
彼の眼をもってしても何も視えない圧倒的な上位存在たるシルフ達に囲まれ、さしものケイリオルも萎縮していた。
そもそも何故シルフ達がこうしてケイリオルに詰め寄っているのか。その理由は簡単であった。
この舞踏会において、アミレスは基本的にパートナーを用意しないように言われており……それが、アミレスを愛する面倒な男達の琴線に触れたようだ。
ならば、ナトラはどうしてシルフ達と並んでケイリオルを睨むのか。
それもまた単純な事だった。なんとなくこの男が気に入らないから──……それが、ナトラがシルフ達の行動に便乗する理由だ。
そんな険悪な空気の漂うエントランスにアミレスが現れると、その気配に人外三名が光の速さで反応する。
勢いよく振り向いて着飾ったアミレスの美しさに思わず惚けると同時に、僅かな違和感を覚えた。
「ケイリオル卿、お忙しい中お待たせしてしまって申し訳ございません」
「いいえ、さほど待っておりませんよ。本日もたいへんお美しくあそばされますね、王女殿下」
「ふふ。侍女達の腕がいいからですわ」
まるで御伽噺のお姫様のように。優雅にエントランスの階段を降りて、アミレスは、礼服に身を包むケイリオルに声をかけた。
そんなアミレスを見て、ケイリオルは柄にもなく瞳を揺らす。
(──ふと浮べる笑顔や、その纏う雰囲気が……どうしてこんなにも、責務を全うしようとしていた頃のあの女そっくりなんだ……?)
彼の頭の中に思い出されるのは、シンデレラのように一夜にして国母となった一人の女性の姿。
愛する人の為に、皇后としての責務を果たそうと必死になっていた頃の、努力家な女性の笑顔。
ただでさえ生き写しのような外見なのに、そんなところまであの女に似てしまうだなんて──と、ケイリオルは柄にも無く動揺していたのだ。
「それじゃあ、私は行ってくるわね。シルフもシュヴァルツもナトラも……それにセツも。皆、お留守番よろしく」
いつの間にかシュヴァルツの足元にいたセツにも別れを告げ、アミレスはケイリオルと共に水晶宮へと転移した。予め、水晶宮の一室を行先に設定しておいた魔石を砕いて瞬間転移を果たしたのである。
皇族専用の入場場所に向かう道すがら、ケイリオルがおもむろに話を切り出した。
「ああそうだ、忘れておりました。とてもお美しく着飾って下さったというのに、たいへん恐縮なのですが……王女殿下、もし良ければこちらのヴェールを被っていただけますか?」
「ヴェール、ですか」
「えぇ。その……なんと、言えばいいのでしょうか。こうでもしなければ…………」
手渡されたのは、繊細な刺繍が施された純白のヴェール。
それに視線を落とすアミレスに向け、ケイリオルは少し言い淀んでいた。
「──お父様に私の顔を見せる訳にはいかないから、ですよね。どうやらお父様は私の顔を嫌っているようですので」
「っ! 何故……そのような、事を……」
「気を遣わせてしまって申し訳ございません、ケイリオル卿。このヴェール、ありがたく使わていただきます」
ケイリオルが言葉を繋げるよりも早く、アミレスはヴェールを頭に被ってみせた。
まるで結婚式の花嫁のように……少女はヴェールを被り、少し俯いて歩く。そうしなければならない──と端から考えているかのように、迷いの無い行動であった。
そんなアミレスを見て、ケイリオルは複雑な心境に眉を下げた。軋む胸の音を無視出来ずに、誰にも気づかれない所でひっそりと苦しむ。
(本当に、ごめんなさい。もっと僕に……彼を変えられるだけの力があれば。もっと早く異変に気づき、対策を取れていたら。貴女にばかりこんな苦労をかけなくても済んだのに。こんな形でしか貴女を守れない愚かな僕で、ごめんなさい)
各部統括責任者であり、現皇帝陛下の側近ともあろうこの男が人に謝罪する事などあまり無い。何故ならケイリオルは皇帝に従って真っ当に生きていたから。
だからこそ、そんなケイリオルから何度もその言葉を引き出したアミレスは殊更特別と言える。
常々多忙なケイリオルが息付く暇も無い慌ただしさの中、彼女の為だけに自らの手でそのヴェールを作りあげた程。
幼い頃……とても仲の良かった侍女の少女に教えて貰った、刺繍や編み物の技術を集結させた渾身の一作。
故に、ケイリオルは更にその心を抉られるのだ。
「さあ、着きましたよ王女殿下。この扉の向こうに、陛下とフリードル殿下がいらっしゃいます」
後悔や苦しみを全て飲み込み、彼は己の使命を全うする。
ケイリオルの手によって扉が開かれると、揃いの服に身を包む皇帝と皇太子の姿が目に入った。国際交流舞踏会という事もあり、どちらもかなり気合いの入った出で立ちで、特にフリードルは威厳を感じさせつつも煌びやかさに目を奪われるような、皇太子らしい服だった。
そんなエリドルとフリードルを見て、アミレスも思わず呆然してしまう。様々な感情がぐちゃぐちゃに混ざり合った、ぎこちない表情で彼女は立ち尽くした。
一方、二人はというと……舞踏会直前とは思えない程に表情が暗かった。いつもの事である。
「陛下。王女殿下をお連れしました。これでようやく入場出来ますよ」
「──遅れてしまい心よりお詫び申し上げます、お父様、お兄様。アミレス・ヘル・フォーロイト、ただ今推参致しました」
美しい所作で挨拶をするも、エリドルは眉を顰めてこれを無視。「…………私は、さっさと入場してさっさと退場する」と言い捨てて一人で会場に向かって歩き出した。
「待って下さいよ陛下ー! お二人も早く陛下を追いかけて下さい、三人で入場出来なくなってしまいますから」
ケイリオルに促され、フリードルとアミレスも会場に向かって歩き出す。
(この、ヴェールの所為か? 今日の妹は、まるで──……)
その際、フリードルは幾度となく横目でアミレスを見てはどこか不服そうに表情を険しくしていた。
そしていよいよ入場の時。
会場奥側の二階部分に主催国の皇族として彼等三人は現れて、開幕宣言を行う。その流れの為に、アミレス達は会場の扉前で皇帝を先頭に立ち、息が詰まりそうな空気の中待機していた。
ついに、その日は訪れた。
九つの宮殿には世界各地から王侯貴族が集まり、このまたとない機会を有効活用しようと、時に穏やかに時に険悪に交流していた。
何せ外は一面の銀世界。年甲斐もなく雪遊びに興じる者も中にはいるが、屋内で過ごす者の方が多い。舞踏会本番までの暇潰しにサロン等でお茶会や交流会が開かれていた事もあり、他国の王侯貴族同士での交流が盛んになっていたのだ。
そして、舞踏会初日の夜。
太陽よりも長く月が空に輝く冬の夜空の下で。
九つの宮殿のうちの一つ、水晶宮と呼ばれたその宮殿は異様なまでの警備で厳重に守られ、各国の王侯貴族達を迎え入れた。
絢爛豪華な水晶の如く眩い宮殿。それには各国の王侯貴族達と言えども息を呑んだそう。
そんな水晶宮では招待客の八割が一同に会しては、舞踏会の開幕を──主催国であるフォーロイト帝国の皇帝陛下による開幕宣言を、今か今かと待ち侘びていた。
♢
「さあ、終わりましたよ! 完璧です、王女殿下!!」
「まさかお化粧の間に眠ってしまわれるとは思いませんでしたよ~」
侍女達が達成感に満ちた面持ちでアミレスの傍を離れる。すると、彼女はゆっくりと目を開けて、何度か手を握っては開いてまた握っては開いて……と不思議な動作を繰り返した後、ニコリと微笑んだ。
「───ありがとう。ネア、スルーノ、ケイジー」
侍女の名を呼び、おもむろに立ち上がって扉へと足を向ける。
皇族として並んで親子三人で入場する為にあつらえた揃いの服。勿論細かい装飾やデザインは違うが、並んだ時に統一感が出るように一流のブティックで作らせた逸品である。
それを完璧に着こなし、アミレスは部屋を出た。
東宮のエントランスに辿り着くと、そこではシルフとヴァイスとナトラに睨まれるケイリオルがいた。どうやらケイリオルはアミレスを出迎えに来たそうなのだが、東宮に入って早々人ならざる面々に囲まれたらしい。
彼の眼をもってしても何も視えない圧倒的な上位存在たるシルフ達に囲まれ、さしものケイリオルも萎縮していた。
そもそも何故シルフ達がこうしてケイリオルに詰め寄っているのか。その理由は簡単であった。
この舞踏会において、アミレスは基本的にパートナーを用意しないように言われており……それが、アミレスを愛する面倒な男達の琴線に触れたようだ。
ならば、ナトラはどうしてシルフ達と並んでケイリオルを睨むのか。
それもまた単純な事だった。なんとなくこの男が気に入らないから──……それが、ナトラがシルフ達の行動に便乗する理由だ。
そんな険悪な空気の漂うエントランスにアミレスが現れると、その気配に人外三名が光の速さで反応する。
勢いよく振り向いて着飾ったアミレスの美しさに思わず惚けると同時に、僅かな違和感を覚えた。
「ケイリオル卿、お忙しい中お待たせしてしまって申し訳ございません」
「いいえ、さほど待っておりませんよ。本日もたいへんお美しくあそばされますね、王女殿下」
「ふふ。侍女達の腕がいいからですわ」
まるで御伽噺のお姫様のように。優雅にエントランスの階段を降りて、アミレスは、礼服に身を包むケイリオルに声をかけた。
そんなアミレスを見て、ケイリオルは柄にもなく瞳を揺らす。
(──ふと浮べる笑顔や、その纏う雰囲気が……どうしてこんなにも、責務を全うしようとしていた頃のあの女そっくりなんだ……?)
彼の頭の中に思い出されるのは、シンデレラのように一夜にして国母となった一人の女性の姿。
愛する人の為に、皇后としての責務を果たそうと必死になっていた頃の、努力家な女性の笑顔。
ただでさえ生き写しのような外見なのに、そんなところまであの女に似てしまうだなんて──と、ケイリオルは柄にも無く動揺していたのだ。
「それじゃあ、私は行ってくるわね。シルフもシュヴァルツもナトラも……それにセツも。皆、お留守番よろしく」
いつの間にかシュヴァルツの足元にいたセツにも別れを告げ、アミレスはケイリオルと共に水晶宮へと転移した。予め、水晶宮の一室を行先に設定しておいた魔石を砕いて瞬間転移を果たしたのである。
皇族専用の入場場所に向かう道すがら、ケイリオルがおもむろに話を切り出した。
「ああそうだ、忘れておりました。とてもお美しく着飾って下さったというのに、たいへん恐縮なのですが……王女殿下、もし良ければこちらのヴェールを被っていただけますか?」
「ヴェール、ですか」
「えぇ。その……なんと、言えばいいのでしょうか。こうでもしなければ…………」
手渡されたのは、繊細な刺繍が施された純白のヴェール。
それに視線を落とすアミレスに向け、ケイリオルは少し言い淀んでいた。
「──お父様に私の顔を見せる訳にはいかないから、ですよね。どうやらお父様は私の顔を嫌っているようですので」
「っ! 何故……そのような、事を……」
「気を遣わせてしまって申し訳ございません、ケイリオル卿。このヴェール、ありがたく使わていただきます」
ケイリオルが言葉を繋げるよりも早く、アミレスはヴェールを頭に被ってみせた。
まるで結婚式の花嫁のように……少女はヴェールを被り、少し俯いて歩く。そうしなければならない──と端から考えているかのように、迷いの無い行動であった。
そんなアミレスを見て、ケイリオルは複雑な心境に眉を下げた。軋む胸の音を無視出来ずに、誰にも気づかれない所でひっそりと苦しむ。
(本当に、ごめんなさい。もっと僕に……彼を変えられるだけの力があれば。もっと早く異変に気づき、対策を取れていたら。貴女にばかりこんな苦労をかけなくても済んだのに。こんな形でしか貴女を守れない愚かな僕で、ごめんなさい)
各部統括責任者であり、現皇帝陛下の側近ともあろうこの男が人に謝罪する事などあまり無い。何故ならケイリオルは皇帝に従って真っ当に生きていたから。
だからこそ、そんなケイリオルから何度もその言葉を引き出したアミレスは殊更特別と言える。
常々多忙なケイリオルが息付く暇も無い慌ただしさの中、彼女の為だけに自らの手でそのヴェールを作りあげた程。
幼い頃……とても仲の良かった侍女の少女に教えて貰った、刺繍や編み物の技術を集結させた渾身の一作。
故に、ケイリオルは更にその心を抉られるのだ。
「さあ、着きましたよ王女殿下。この扉の向こうに、陛下とフリードル殿下がいらっしゃいます」
後悔や苦しみを全て飲み込み、彼は己の使命を全うする。
ケイリオルの手によって扉が開かれると、揃いの服に身を包む皇帝と皇太子の姿が目に入った。国際交流舞踏会という事もあり、どちらもかなり気合いの入った出で立ちで、特にフリードルは威厳を感じさせつつも煌びやかさに目を奪われるような、皇太子らしい服だった。
そんなエリドルとフリードルを見て、アミレスも思わず呆然してしまう。様々な感情がぐちゃぐちゃに混ざり合った、ぎこちない表情で彼女は立ち尽くした。
一方、二人はというと……舞踏会直前とは思えない程に表情が暗かった。いつもの事である。
「陛下。王女殿下をお連れしました。これでようやく入場出来ますよ」
「──遅れてしまい心よりお詫び申し上げます、お父様、お兄様。アミレス・ヘル・フォーロイト、ただ今推参致しました」
美しい所作で挨拶をするも、エリドルは眉を顰めてこれを無視。「…………私は、さっさと入場してさっさと退場する」と言い捨てて一人で会場に向かって歩き出した。
「待って下さいよ陛下ー! お二人も早く陛下を追いかけて下さい、三人で入場出来なくなってしまいますから」
ケイリオルに促され、フリードルとアミレスも会場に向かって歩き出す。
(この、ヴェールの所為か? 今日の妹は、まるで──……)
その際、フリードルは幾度となく横目でアミレスを見てはどこか不服そうに表情を険しくしていた。
そしていよいよ入場の時。
会場奥側の二階部分に主催国の皇族として彼等三人は現れて、開幕宣言を行う。その流れの為に、アミレス達は会場の扉前で皇帝を先頭に立ち、息が詰まりそうな空気の中待機していた。
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