上 下
194 / 764
第二章・監国の王女

179.皇太子の誕生日2

しおりを挟む
「はい。寧ろ、もう寝る時間だからと五時間で止められたのが少し不服でした。もっと話したい事があったのに……」

 メイシアはリスのように頬を膨らませ、唇を尖らせる。
 それ自体はとても可愛いのだけど、言葉のインパクトが凄まじい。私についてそんなにも語る事があるの?

「実は途中から私も参加していたのですが、妻がもう寝ろと止めて来まして……」
「伯爵も参加していたんですか!?」

 にゅっと横から現れたシャンパージュ伯爵が、ケロッとした顔で衝撃発言をする。

「久々に『王女殿下の素晴らしさについて語る会』を開催すべきか………彼女に連絡を取らねば」

 シャンパージュ伯爵に釣られて、イリオーデまでもが意味不明な事を口走った。
 というか何、久々って事は既に開催済みなのかしらそのよく分からない会合は!?

「イリオーデ、それはオレでも参加出来るだろうか」
「はいっ! わたしも、わたしも参加したいです!! いつもお父さんから話を聞いていてずっと参加したいと思ってたんです!」
「当然だとも。この会の参加資格は『王女殿下を心より敬う事』だ。二人ならば参加資格もある」

 いや何その参加資格。私の知らない所で何をやっているんだ。
 それに、どうしてマクベスタとメイシアはそんな怪しげなものに参加したがるんだ……?
 そんなよく分からないものを目の前にした恐怖から暫く呆然としていると、ふとシャンパージュ伯爵が懐より懐中時計を取り出して「もうこんな時間か」と呟いた。

「すみません、王女殿下。実は王女殿下に紹介したい人達がいまして……連れて参りますので少々お待ちいただいても宜しいでしょうか?」
「ああ、はい。構いませんが」
「ありがとうございます。すぐ、戻って参りますので」

 ぺこりと会釈して、シャンパージュ伯爵は一人で何処かに行ってしまった。
 それと同時に夫人もお友達のご婦人方を見つけたとかで、挨拶に向かわれた。なのでここにはメイシアだけが残り、昨日と同じような感じで私達は会話を楽しんでいた。
 そして少しすると、「王女殿下!」とシャンパージュ伯爵が戻って来て。

「紹介します、こちらがランディグランジュ侯爵とララルス侯爵です」

 シャンパージュ伯爵の声に引かれて振り向いた時、私は自分の目を疑った。
 驚きと戸惑いで声が出ない。丸く見開かれた瞳がぐちゃぐちゃになった感情を表すかのように揺れる。

「アランバルト・ドロシー・ランディグランジュと申します。いつも弟がお世話になっております、王女殿下」
「マリエル・シュー・ララルスが、敬愛せし王女殿下に挨拶申し上げます」

 ずっと会いたかった。この数ヶ月間、毎日貴女の影をどこかに見ていたの。
 その凛々しい栗色の瞳も、柔らかな茶色の髪も、優しい笑顔も。時に姉のように、時に母のように、時に友達のように……ずっと私の傍にいてくれた、私の一番の侍女。
 なんだ、そういう事だったんだ。だから貴女は私の傍を離れてしまったのね。
 目頭が熱くなる。駄目よ、社交界デビューでもあるこのパーティーで泣くなんて。王女がそう簡単に人前で泣いてはいけない。そう、彼女からも教わったじゃない。
 溢れ出そうな涙を必死に堪えて、私は笑顔を作った。アミレスになってから、幾度となく彼女を参考に練習した微笑みを。

「……始めまして、アランバルト・ドロシー・ランディグランジュ侯爵。マリエル・シュー・ララルス侯爵。会えて嬉しいわ」

 先程、一瞬ではあるがランディグランジュ侯爵の腕に彼女が手を絡ませる姿が見えたので、多分この二人はパートナーとしてパーティーに来たのだと推測し、手は差し出さないでおいた。
 そしてふと、私は思い出す。イリオーデから頼まれていた事──次に会った時、ハイラと呼んでやって欲しいと言われていた事を。
 当時はあまり意味が分かってなかったのだが、おおよその理由が分かった今なら何となく分かる。
 一度浅く息を吸って、私は彼女に向けて笑いかける。

「それと──……久しぶりね、ハイラ。戻って来るのが遅いわよ」

 流石にパーティー会場で長々と文句を言う訳にもいかないので、彼女への文句はまた今度。彼女がどこで何をしているのかも分かったので、これからはいつでも文句を言えるという訳だ。
 すると、ハイラは瞳をキラリと潤ませて、

「…──はい。お久しぶりでございます、姫様」

 ふにゃりと笑った。
 場所が場所なら確実に抱き着いていたところをぐっと我慢し、私は改めてハイラから色んな事情を聞いた。勿論、こういうパーティーの場でも話せるような軽い内容のものだけではあるが。
 そして同時に理解した。ララルス侯爵家が私の支持をすると公言した理由を。

「まさか貴女がララルス侯爵家の人間だったなんて。確かにただの侍女にしては、明らかに知識量や技術量がおかしかったけれども」

 いや、貴族令嬢だったとしてもあの知識量と技術量はおかしいか。

「姫様にずっと嘘をつき続ける事だけが本当に辛くて………でも、私はララルス侯爵家の汚点であり、同時に私もララルス侯爵家を人生の汚点と思ってましたのでどうしても言えなかったのです。申し訳ございません」

 このひと実家を汚点呼ばわりしたわよ。なんなら今は自分がそこの当主なのに。

「前ララルス侯爵がなぁ………」
「ああ、前当主は本当に酷かった……」

 シャンパージュ伯爵とランディグランジュ侯爵が遠い目で意見を一致させる。
 前ララルス侯爵と言えば、一月の頭とかに横領とかで処刑された人よね。人伝に聞いた限りだとその男と一緒に処刑された妻子も中々に酷い罪状だったとか……。

「………貴女、本当にあのララルス侯爵家の人なの?」
「………残念ながら。あの屑とも半分は血が繋がっています」

 殺意の塊のような彼女の表情が全てを物語っている。

「じゃあそれだけ、貴女のお母さんが素晴らしい人だったって事ね。貴女がまっすぐと優しい人に育ったのは、お母さんの育児と遺伝の賜物よ」
「姫様……」

 そんなとんでもない家に生まれて、こんなにも彼女がまっすぐ素晴らしい人格のまま育ったのは、確実に遺伝子の勝利だと思う。

「ララルス侯爵が乙女の顔してるな。きゅんって効果音が聞こえた気がするよ」
「マリエル嬢は王女殿下の前だとあんな顔もするのか……可愛い…」
「声に出てるよ、ランディグランジュ侯爵」
「っ!?!?」

 シャンパージュ伯爵の注意を受け、ランディグランジュ侯爵が顔を赤くして慌てて口元を抑えた。
 ……改めて見ると、本当に髪の色以外全然イリオーデと似てないな。

「叶うならもう少しこの場で王女殿下とお話していたい所なのですが、私は挨拶回りついでに一度妻の所に行きますので。ほらメイシア、行くよ」
「わたしも行かなきゃ駄目? このままアミレス様と一緒に……」
「駄目だって前から言ってただろう。今日は取引先も多く来ているんだ、お前も挨拶ぐらいはしておかないと」
「はぁい………それじゃあ行ってきます、アミレス様…」

 明らかに行きたくなさそうね。そんなにも眉尻を下げて、露骨に嫌そうな顔をして……仕方ない。シャンパージュ伯爵にはいつもお世話になってるもの、少しお手伝いしようじゃないか。

「メイシア、ちょっとこっちに来て」
「? 分かりました」

 メイシアが呼ばれるままに小走りで駆け寄ってくる。彼女の頬にかかる横髪を少し退かして、

「~~~っっ!?」

 私はメイシアの頬に軽くキスした。
 まるで彼女の炎のように耳まで真っ赤になり、瞳や口元をふにゃふにゃに蕩けさせて、メイシアは「ぁう、あ…っ」と声にならない声を漏らしている。

「どう? これで挨拶回りも頑張れるかしら?」

 前に伯爵夫人から聞いたもの。人って、可愛い子にこんな風に応援されると頑張れるものだって。
 アミレスは世間一般的に美少女の部類に入る。ならイけるだろうと! ちなみにもしこれを私がメイシアにやられたら、確実に元気が漲る気がする。
 だからちょっと恥ずかしいけどやってみたのだ。

「はっ、はぃぃっ!」

 興奮気味にメイシアはシャンパージュ伯爵の腰に抱き着いて、「早く行こう、お父さん! わたし今なら何でも出来る気がする!! 世界平和だって成し遂げられるかもしれない!!」と訴えかける。
 軽い賢者タイムに入ってそうなメイシアを、シャンパージュ伯爵は「落ち着いて、嬉しいのは分かったから落ち着いて」と宥めている。
 そしてぺこりと会釈して、メイシアを落ち着かせながらシャンパージュ伯爵は挨拶回りに向かった。その背を眺めつつ、私は反省する。

「………頬にしたのは良くなかったわね。化粧が崩れてしまうかもしれないわ」

 後からこれに気づき、メイシアに申し訳ない事をしたなぁと思う。

「そもそも、軽率にあのような事をしないで下さいまし」
「流石に仲良い人にしかしないわよ」
「仲の良い相手でもいけません。特に異性はもっと駄目です」
「そうなの…? まぁ、じゃあこれからはしな……」

 まぁ確かに、メイシア程仲の良い同性じゃないと出来ない気がするし、異性にこんな事をするのは良くない。
 そう、私はハイラの言葉に納得したのだが、

「私なら問題ありませんが」
「え?」
「私は同性ですし、と・て・も姫様とも親しいので……私相手であれば、問題ありませんよ」
「え??」

 そのハイラが何故か自分だけならOKと言ってくる。結局同性なら問題無いという事か……??
 とりあえずそういう事にしておこう。
 暫く、ハイラ達と話すうちについに皇帝入場の時が来た。それに合わせて、イリオーデと共にフリードルの元に行く。フリードルに鋭く睨まれながらも素知らぬ顔でその隣に立ち、皇帝の入場を待つ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

当て馬悪役令息のツッコミ属性が強すぎて、物語の仕事を全くしないんですが?!

犬丸大福
ファンタジー
ユーディリア・エアトルは母親からの折檻を受け、そのまま意識を失った。 そして夢をみた。 日本で暮らし、平々凡々な日々の中、友人が命を捧げるんじゃないかと思うほどハマっている漫画の推しの顔。 その顔を見て目が覚めた。 なんと自分はこのまま行けば破滅まっしぐらな友人の最推し、当て馬悪役令息であるエミリオ・エアトルの双子の妹ユーディリア・エアトルである事に気がついたのだった。 数ある作品の中から、読んでいただきありがとうございます。 幼少期、最初はツラい状況が続きます。 作者都合のゆるふわご都合設定です。 1日1話更新目指してます。 エール、お気に入り登録、いいね、コメント、しおり、とても励みになります。 お楽しみ頂けたら幸いです。 *************** 2024年6月25日 お気に入り登録100人達成 ありがとうございます! 100人になるまで見捨てずに居て下さった99人の皆様にも感謝を!! 2024年9月9日  お気に入り登録200人達成 感謝感謝でございます! 200人になるまで見捨てずに居て下さった皆様にもこれからも見守っていただける物語を!!

異世界を満喫します~愛し子は最強の幼女

かなかな
ファンタジー
異世界に突然やって来たんだけど…私これからどうなるの〜〜!? もふもふに妖精に…神まで!? しかも、愛し子‼︎ これは異世界に突然やってきた幼女の話 ゆっくりやってきますー

クラス転移したからクラスの奴に復讐します

wrath
ファンタジー
俺こと灞熾蘑 煌羈はクラスでいじめられていた。 ある日、突然クラスが光輝き俺のいる3年1組は異世界へと召喚されることになった。 だが、俺はそこへ転移する前に神様にお呼ばれし……。 クラスの奴らよりも強くなった俺はクラスの奴らに復讐します。 まだまだ未熟者なので誤字脱字が多いと思いますが長〜い目で見守ってください。 閑話の時系列がおかしいんじゃない?やこの漢字間違ってるよね?など、ところどころにおかしい点がありましたら気軽にコメントで教えてください。 追伸、 雫ストーリーを別で作りました。雫が亡くなる瞬間の心情や死んだ後の天国でのお話を書いてます。 気になった方は是非読んでみてください。

攻略対象5の俺が攻略対象1の婚約者になってました

白兪
BL
前世で妹がプレイしていた乙女ゲーム「君とユニバース」に転生してしまったアース。 攻略対象者ってことはイケメンだし将来も安泰じゃん!と喜ぶが、アースは人気最下位キャラ。あんまりパッとするところがないアースだが、気がついたら王太子の婚約者になっていた…。 なんとか友達に戻ろうとする主人公と離そうとしない激甘王太子の攻防はいかに!? ゆっくり書き進めていこうと思います。拙い文章ですが最後まで読んでいただけると嬉しいです。

もしかしてこの世界美醜逆転?………はっ、勝った!妹よ、そのブサメン第2王子は喜んで差し上げますわ!

結ノ葉
ファンタジー
目が冷めたらめ~っちゃくちゃ美少女!って言うわけではないけど色々ケアしまくってそこそこの美少女になった昨日と同じ顔の私が!(それどころか若返ってる分ほっぺ何て、ぷにっぷにだよぷにっぷに…)  でもちょっと小さい?ってことは…私の唯一自慢のわがままぼでぃーがない! 何てこと‼まぁ…成長を願いましょう…きっときっと大丈夫よ………… ……で何コレ……もしや転生?よっしゃこれテンプレで何回も見た、人生勝ち組!って思ってたら…何で周りの人たち布被ってんの!?宗教?宗教なの?え…親もお兄ちゃまも?この家で布被ってないのが私と妹だけ? え?イケメンは?新聞見ても外に出てもブサメンばっか……イヤ無理無理無理外出たく無い… え?何で俺イケメンだろみたいな顔して外歩いてんの?絶対にケア何もしてない…まじで無理清潔感皆無じゃん…清潔感…com…back… ってん?あれは………うちのバカ(妹)と第2王子? 無理…清潔感皆無×清潔感皆無…うぇ…せめて布してよ、布! って、こっち来ないでよ!マジで来ないで!恥ずかしいとかじゃないから!やだ!匂い移るじゃない! イヤー!!!!!助けてお兄ー様!

神に異世界へ転生させられたので……自由に生きていく

霜月 祈叶 (霜月藍)
ファンタジー
小説漫画アニメではお馴染みの神の失敗で死んだ。 だから異世界で自由に生きていこうと決めた鈴村茉莉。 どう足掻いても異世界のせいかテンプレ発生。ゴブリン、オーク……盗賊。 でも目立ちたくない。目指せフリーダムライフ!

おてんば末っ子令嬢、実は前世若頭だった!? 〜皆で領地を守ります!〜

撫羽
ファンタジー
組長の息子で若頭だった俺が、なんてこったい! 目が覚めたら可愛い幼女になっていた! なんて無理ゲーだ!? 歴史だけ古いヤクザの組。既に組は看板を出しているだけの状況になっていて、組員達も家族のアシスタントやマネージメントをして極道なのに平和に暮らしていた。組長が欠かさないのは朝晩の愛犬の散歩だ。家族で話し合って、違う意味の事務所が必要じゃね? と、そろそろ組の看板を下ろそうかと相談していた矢先だった。そんな組を狙われたんだ。真っ正面から車が突っ込んできた。そこで俺の意識は途絶え、次に目覚めたらキラキラした髪の超可愛い幼女だった。 狙われて誘拐されたり、迫害されていた王子を保護したり、ドラゴンに押しかけられたり? 領地の特産品も開発し、家族に可愛がられている。 前世極道の若頭が転生すると、「いっけー!!」と魔法をぶっ放す様な勝気な令嬢の出来上がりだ! 辺境伯の末娘に転生した極道の若頭と、前世でも若頭付きだった姉弟の侍従や皆で辺境の領地を守るぜ! ムカつく奴等にはカチコミかけるぜ!

ただのFランク探索者さん、うっかりSランク魔物をぶっとばして大バズりしてしまう~今まで住んでいた自宅は、最強種が住む規格外ダンジョンでした~

むらくも航
ファンタジー
Fランク探索者の『彦根ホシ』は、幼馴染のダンジョン配信に助っ人として参加する。 配信は順調に進むが、二人はトラップによって誰も討伐したことのないSランク魔物がいる階層へ飛ばされてしまう。 誰もが生還を諦めたその時、Fランク探索者のはずのホシが立ち上がり、撮れ高を気にしながら余裕でSランク魔物をボコボコにしてしまう。 そんなホシは、ぼそっと一言。 「うちのペット達の方が手応えあるかな」 それからホシが配信を始めると、彼の自宅に映る最強の魔物たち・超希少アイテムに世間はひっくり返り、バズりにバズっていく──。 ☆10/25からは、毎日18時に更新予定!

処理中です...