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第二章・監国の王女

171.パートナーの座は誰の手に

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 フリードルの誕生日まで残り一週間をきった頃。
 仕事のお手伝いをしている時、ケイリオルさんがおもむろに切り出したのだ。

「忙しくて言い忘れていたのですが、皇太子殿下の誕生パーティーにて改めて王女殿下の社交界デビューも行いますので。ご準備の程を」
「──え?」

 耳を疑った。その時書いていた文字はぐにゃりと歪み、メイシアは「アミレス様が…ついに……!?」と手に持つ書類をバサバサバサと地に落とし、イリオーデは「王女殿下の……社交界デビュー…!」と目を輝かせていた。
 ………はい? 社交界デビュー? 私の?
 頭の回転が追いつかない。アミレスの社交界デビューは失敗したじゃない。六歳の頃に建国祭に出られなくてさ。お陰様で社交活動しなくて済んでラッキー☆なんて考えてたのよ、私。
 それなのに今更社交界デビューですって?

「じょ、冗談……ですよね?」

 頬をひくつかせて確認すると、

「皇帝陛下から頑張って許可をいただきましたので、これが冗談になるのは私としても困りますねぇ」

 勿論本当ですよ。とケイリオルさんはサムズアップする。
 何で頑張って許可取ったのよこの人~~~っ! そんなの一生取らなくて良かったのに! ゲームのアミレスは社交界デビューしなかったんだから、私だってしなくてもよくないかしら?!

「さしあたって、パーティーでのパートナーなども決めておいて下さいまし。ああそれと、恐らく王女殿下に挨拶をする貴族達が沸いて出てくると思いますので、少しだけで構いませんので顔と名前を覚えてやって下さい」
「善処します……」

 有無を言わさぬケイリオルさんにより、私のパーティー参加が決定してしまった。
 帰り際に、パーティーに来る予定の帝国貴族達の名簿と備考が記された分厚い冊子を渡された。

「近年色々ありまして帝国貴族も減ってますし、王女殿下ならばきっと直ぐに全て覚えられるでしょう」

 そう、ケイリオルさんが期待しているかのように言うので……私は渋々、仕事などの合間にその冊子に目を通すようになった。
 私が必死に貴族達の名前と備考を記憶している中、何故か周りで皆がピリピリとしていた。しかし私は暗記作業で忙しく、そちらに気を割く余裕が無かった。
 なのでそれが一体何だったのか、私が知ったのはパーティー初日の前夜だったのであった。


♢♢


 三日間に及ぶ皇太子の十五歳の誕生日パーティー。それを目前に控えた王城は慌ただしく、忙しなく日々を駆け抜ける。
 何かと仕事を押し付けられ巻き込まれがちな東宮とてそれは変わらない。
 そんな中、恒久的な人員不足に悩まされる東宮の者達は、他の仕事が手につかなくなる程の問題に直面したのであった。
 それは──…アミレスの社交界デビューにおける、パートナー問題。
 約七年越しに社交界デビューをする機会を得た彼女が、華々しく完璧なデビューを果たす為にはそれ相応のパートナーの存在が必須。
 失敗は許されない。このパートナー選びは、様々な面から鑑みて厳正なる審査を行うべきであると彼等は話し合った。
 そして──、

「さあ、いざ尋常に勝負といこうじゃねーか」
「こればかりは負けてられないな…」
「王女殿下をお傍でお守りするのは私だ」
「ふふん、ぼくだって勝ちを譲るつもりはないからね!」

 初っ端から肉弾戦で勝負を決めようとしていた。脳筋の集まりである。
 エンヴィー、マクベスタ、イリオーデ、シュヴァルツの四人が闘志を燃やして視線を交える。彼等はそれぞれの思惑のもと、アミレスのパートナーの座をかけて争っていた。
 話し合いなどあくまでも建前。一瞬にして普通の話し合いは幕を閉じ、肉体言語による話し合いが開幕しようとしていた。
 が、しかし。それを未然に防ぐ為にメイシアが動き出す。

「皆さんお待ちください。アミレス様の宮で暴れるなど言語道断、そのような野蛮な人をアミレス様のパートナーになど出来ません!」

 十二歳の少女が、くだらない争いを繰り広げる男達に向け果敢に諌言を呈する。
 許されるならば自身もまたこの争いに参戦し、アミレスのパートナーになりたいところをぐっと我慢して、メイシアはアミレスの為にとこの場を取り仕切る。

(わたしだって、男だったならば喜んでアミレス様のパートナーに立候補してたもん。でもわたしは女で……それに、パーティーにはお父さんとお母さんと一緒に行く事になってるから、どうしてもアミレス様のお傍にはいられない。だからせめてアミレス様のパートナーに相応しい人をきっちり見定めないと!)

 メイシアの瞳に燃え盛るような決意が宿る。
 魔女だ化け物だと罵られる為かメイシアもこれまで殆ど社交界には出ておらず、社交界の事についてはあまり詳しくないのだが……数少ない己の経験をもとに、彼女はアミレスのパートナーを慎重に選ぼうとしていた。

(社交界の方々は上から目線の批評家ぶった態度でしか他者と会話出来ず、他人の話題でしか笑えないようなくだらない人生を送っている方々ばかりだもの………アミレス様は確実にそのような程度の低い者達の標的にされてしまうわ)

 過去の苦い記憶を思い出して、人形のごとき愛らしい顔が怒りに歪む。

(もしそうなったとして、アミレス様の事を心身共にきちんと守ってくれるような………そんなパートナーじゃないと)

 ハイラさんならきっとこうする。そう思い、メイシアは己を奮い立たせた。
 自身よりもずっと背の高い男達を見上げ、メイシアは「ふぅ……」と熱いため息をついてからおもむろに口を開く。

「まず大前提としてアミレス様のパートナーが、身分や出身が定かではない方々に務まる筈もありません。社交界のマナーが身についている事は当然として、アミレス様を完璧にエスコート出来る方でなければ」

 チラリ、とシュヴァルツとエンヴィーに向けて順番に視線を送る。すると二人は何かを察したのかムスッとして。

「いいじゃんかぁー! ぼくってこんなに可愛いんだよ、問題無くない?」
「なんだよお嬢さん。俺じゃ駄目だってのか」

 ぶーぶーと文句を垂れる二人。
 呆れたように浅く項垂れたメイシアは、そんな二人を指さして正論を叩きつける。

「まずシュヴァルツ君っ! アミレス様のパートナーが貴方のような子供に務まる訳がないでしょう! そもそも貴方はパーティー当日、ここで留守番するようにアミレス様に言いつけられていたじゃないですか! つい先程!!」
「うっ……それはー…そう、だけどぉ……」

 途端に凄まじい剣幕になるメイシアに、シュヴァルツも思わず尻込みする。
 反論の余地が見当たらず、シュヴァルツはここで一発KO。大人しく引き下がったのであった。

「そして次はエンヴィー様です! 社交界では貴方が精霊である事は明かせないのですよ? アミレス様との関係を疑われ、もし万が一良からぬ噂でも流されてはアミレス様に迷惑がかかってしまいます。何より社交界のマナーとか全く知らないでしょう、エンヴィー様は!!」
「社交界のマナーとか別に今から勉強すりゃァいいだけだし………でも確かに、姫さんに迷惑がかかるかもしれねぇんだよなァー……」
「ぷぷっ、言われてやんの」

 メイシアの言葉に一理あるようで、エンヴィーもここで諦めモードに入る。
 そんなエンヴィーを小馬鹿にするシルフ。その本体は、精霊界の自室にて小気味よい笑い声をあげていた。
 それに対して、エンヴィーは「何笑ってんすかシルフさん。アンタはそもそも土俵に上がれてすらいないのに」とついつい本音を口にしてしまい、シルフの不興を買う。
 精霊界で最も美しいとされるシルフの顔には真っ黒な笑顔と青筋が浮かび、透明感のある彼の声は、

「エンヴィー、ちょっと話をしようか?」

 聞いた事が無いようなドスの効いた言葉を発する。

(アッ……や、やらかしたぁああああああああああッ!)

 滝のように冷や汗を流し、エンヴィーが後悔した時には既に手遅れ。シルフによってエンヴィーは強制送還され、彼の目の前に召喚される。
 そして、シルフの顔からスっと笑顔が消えると。

「メイシア。アミィのパートナー決めは任せたよ。ボクは暫くこの馬鹿と話があるからね。一旦こっちからの声は届かなくなるけど、気にしないで」

 スゥッ……と手元の水晶から光が落ち、これで良し。とばかりにシルフは改めてエンヴィーの方を高圧的に見下ろした。

「知ってるか、エンヴィー」
「は、はい………何をですか……??」

 地に広がる美しい長髪を引き摺り、シルフは本来の姿に戻ったエンヴィーの目と鼻の先まで顔を寄せた。
 互いの息が分かり、瞳孔の細かな動きさえも見て取れる距離。目の前の精霊王から放たれる圧に、エンヴィーは顔面蒼白で固唾を飲んだ。

「どの世界でもな、暴力というものが普遍的な共通言語なんだ。暴力──…圧倒的な力というものは、時にどんな高説よりも分かりやすく単純だ。特に……お前のような何度言っても理解しないような馬鹿にはな」
「し、シルフさん…? 我が王……っ?!」
「長い付き合いとは言え、親しき仲にも礼儀あり。少しぐらいはボクへの態度を改めろと何度言ってもお前は聞かないよな。だからもう、コレで言う事を聞かせる事にしよう」

 右手をボキボキと鳴らして、シルフはニコリと笑う。準備万端、シルフは拳を思い切りエンヴィーの腹部にめり込ませた。
 万の時を生きる精霊王からの圧倒的なパワハラに、エンヴィーは為す術なく地に伏せる。
 意外にも一発で満足したらしいシルフは、フンッ、と腕を組んでエンヴィーを見下ろした。

(………ボクだって、立候補出来るものならしてたさ。ボク自身が人間界に行く事が今はまだ不可能だから、それも無理だったけれど……)

 自分以外の誰かがアミレスの手を引いてパーティーに出るのだと思うと、シルフの精神こころは言い知れぬ焦燥感と、チクチクとした痛みに襲われた。
 エンヴィーの言葉──土俵に上がれてすらいない。というそれは、まさに図星だった。だからこそシルフもここまで怒りを露わにしているのである。
 制約のもと、精霊王が精霊界を離れる事は許されていない。だからこそシルフは己の魔力で端末を作り、意識を分割して端末に移した。それを人間界へと送る事で何とかアミレスと共に在る事を可能としているのだ。
 それを知るエンヴィーから放たれた言葉……それにシルフが憤りを覚えるのも無理はない。
 ただ──…シルフは、この憤りの理由を知らない。に、まだ気づけていないのだ。

(あぁ………ボクが人間界に行けたなら。こんな立場で無ければ…ボクだって、アミィと触れ合う事が出来たのかな)

 未だかつて無い胸の痛みに苛まれつつも、黙り込んだまま席に戻り、彼はメイシア達の会話に耳を傾けるのであった。
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