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第一章・救国の王女
♢奴隷商編 16.初外出で厄介事とは。
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はい、物の見事に氷銀貨八十枚のお釣りが返ってきました。会計場に積み上げられた氷銀貨のタワーに、他のお客さんも店員さん達も開いた口が塞がらないようだった。
一番驚きたいのは私、ですけどねー……。
それらを全て鞄の中に突っ込むと、当然だがかなりの重量となった。そもそも猫シルフが入っていたから重くはあったんだけど…本当重い、なんだこれ。肩がちぎれそう。
そして、マクベスタへのプレゼントを手に悠々とお店を出て、辺りを見渡す。初めての景色……初めての街、たったこれだけで帰るなんてちょっと勿体ないんじゃあないか?
私はニヤリと口角をあげて、シルフへと話しかける。
「ねぇシルフ、このまま少しだけ街を見て行かない? 次いつ来られるか分からないし、今のうちに楽しんでおきたいの」
「アミィがそうしたいのなら、ボクはそれに従うよ」
鞄から飛び出して軽やかに地面に着地した猫シルフが、今度は私の体を慣れた動きで登っては肩の上に乗る。
今日は肩への負担が凄い日なのね、と思いつつ私はクレアさんのメモ書きを見ながら歩き出す。
やはりすれ違う人が皆こちらを見てくるのだが…肩に猫が乗ってるのが不思議で仕方無いのだろう。私があちらの立場であれば確実に二度見する自信がある。
「それでアミィはどこに行きたいの?」
猫シルフが少し口を開いて問うてくる。…そういえば、猫シルフの言葉は普通の人には聞こえないらしい。シルフが聞こえるようにしてやろうと許可した相手にだけ、シルフの言葉は聞こえるそうだ。
だから、このように街中で堂々と喋っていても普通の人には「にゃー、にゃにゃー」とかにしか聞こえない為問題無いのだとか。
その代わり、会話をしていると私が物凄く怪しい人になってしまう。独り言を延々と呟く女だ、私は。
「えっとね、まずはこの果実水の露店に行きたいかな。その後はこっちの食事処でその後はこの……」
クレアさんのオススメ店一覧を指さしながら、私は小声で話す。気になる所をいくつか挙げたのだがそれにシルフは、
「全部食べ物だね」
と軽く笑いながら返してきた。食い意地の張った女と思われたかもしれない、まぁいいか。
何せこの世界は日本の乙女ゲームブランドが作り上げた虚構。食べ物の水準は中世西洋モチーフの世界観の割にかなり高く、フォーロイト帝国やハミルディーヒ王国程の大国ともなると当たり前のように日本レベルの食事が日々食卓に並んでいる。
つまり…何でもかんでも美味しいのだ。日本レベルの食事でありながら、食材は全く違うものなので飽きもしないし全部が全部真新しい。
そりゃあ、食べ物にばかり目がいくのも無理はないでしょう?
ちなみに我がフォーロイト帝国の名物は、氷を細かく砕いたものに果汁をかけて食べるいわゆるかき氷だ。フォーロイト帝国は別名氷の国とも呼ばれる程季節が変わろうとも年中涼しい気候で、貨幣の名称だったり皇族特有の魔力だったりで何かと氷に縁のある国なのだ。
氷の国らしく皇族には代々氷属性の魔力が発現するのだが……なんと私には氷の魔力は無い。私にあるのは水の魔力だけなのだ。
だから皇帝に嫌われてるんじゃないかなと私は予測している。何せ皇帝がアミレスを嫌う理由なんてゲームでは明かされなかったから。
いざアミレスになってからその理由を考えて出た答えが、皇族なら持っていて当然の魔力を持たないから…なんじゃないかなという事だ。
フォーロイト帝国の皇族特有の魔力と言われるだけあって、なんと氷の魔力は我が一族以外では発現しないらしい。似たものとして雪の魔力だとか水の魔力はあるが、『氷』の魔力は本当にフォーロイト一族特有の魔力なんだそうだ。
そもそもこの世界は、魔力を持っていればどんな属性の魔法でも使えるという訳ではなく、それぞれが生まれ持つ一つの魔力の属性の魔法しか扱えないのだ。
稀に複数の属性を併せ持って産まれる人もいるが、その人は余程相反する属性同士でも無い限り、その二つ両方の魔法を扱えるとか。
………まぁ、中には、ほぼ全属性の魔力を所有し尚且つ扱えるチートオブチートな奴もいるんですけどね。攻略対象の一人なんですけども。
そんな奴でさえ希少属性の光と闇、亜種属性の中のいくつか(氷含む)、そして加護属性は持っていないそうだ。
実は本当に凄い血筋なのだ、フォーロイトは。
だからこそ、何故か氷の魔力を持っていないアミレスが冷遇されるのもやむ無しというか……でも別に氷の魔力が無かろうと愛してあげる事は出来たでしょ。
なぁんで愛してあげなかったんだよまったく…。
「どうしたの、アミィ。そんなに頬を膨らませて」
「え、そんなに分かりやすかった…?」
皇帝への不満が形となって現れていたらしい。私の頬はいつの間にかぷくりと風船をつくっていたのだ。
両手のひらを頬に押し当ててそれを無理やり抑えていると、猫シルフがこくりと頷いて、
「うん。何か嫌な事でもあったの?」
つぶらな瞳を向けてきた。その可愛さに胸をときめかせつつも、
「………皇帝の理不尽さを思い出してちょっと…ね?」
口元に手をあててまるで耳打ちするかのようにして伝えると、シルフが「ははっ」と楽しそうな声をあげ、
「それは確かに嫌にもなるね!」
爽やかな声で同意していた。その後、「あー紅茶が美味しいなぁ! やっぱり人の不幸は蜜の味だねっ!!」とよく分からない事を言っていた。
そういえばシルフってよく紅茶がどうこうって話をするけれど、猫って紅茶飲んでも大丈夫なのかしら……いやでも精霊さんだから普通の猫じゃないし大丈夫なのか?
今も尚軽快な笑い声を飛び出させる左肩の猫を横目に見つめると、ふとした感想がこぼれてしまった。
「シルフって本当にあの人の事が嫌いだよね」
ハァッ、と息を呑んだ頃にはもうとっくにその言葉は外に出てしまっている。不幸中の幸いは、皇帝と言わずにあの人と言った事だ。
この国で唯一にして絶対なる皇帝を侮辱するような事をこんな場で言ってみなさいよ、処刑タイムアタック余裕で優勝できるわよ。
落ち着く為に深呼吸をしていると、シルフがこれまた爽やかな声で答えた。
「そりゃあ勿論大嫌いだとも! アミィの実の父でも無ければもうとっくに何かと理由をつけて殺………不幸にしていたよ」
「え、殺…?」
「いやぁ、本当に嫌いなんだよあの男~」
今一瞬物騒な言葉が聞こえた気がするのだが、シルフが強引に誤魔化すから追及出来なかった。
その後、気を取り直して意気揚々と果実水の露店に向かう。店の前には若い女性の列が出来ていて、列の最後尾に並び待つ事五分……私は、笑顔が明るい店員のお兄さんが顔を赤くしてまで自信満々にオススメする柑橘系のものを購入した。
近くの木陰でのんびり果実水を味わう。ずっとほんのりと柑橘系の香りが漂っていたのだが、いざ飲んでみると口の中いっぱいにその香りが広がる。
鼻を突き抜けるような柑橘系の香りと、喉に染みる爽快な水……。あの店員さん、中々のセンスだわ、これ凄く美味しい。
「ん~美味しい…あ、シルフも飲んでみる? 美味しいよ」
猫シルフの口元に果実水の入ったカップを近づける。
…猫に飲ませても大丈夫なのかしら、これ。病気になったりしない?
「いいの? じゃあ貰──っ!? おまっ、ちょっと何勝手にッ」
果実水に向けて舌を伸ばした猫シルフだったが、途中で謎の怒号を上げてその動きがぴたりと制止する。それと同時に、どこからともなくガタガタッと大きな物音も聞こえてきた。
「シルフ…? おーい、シルフー?」
突然の事に理解が追いつかず、唖然としながら何度も呼びかけるが返事は無い。…六年経ってもシルフの事はよく分からないのよね……不自然な物音を発する時が多いし、猫の精霊さんってやっぱり色々と特殊なのかしら。
でもシルフってあまり自分の事を話したがらないというか。前に、シルフは何の属性の精霊さんなの? って聞いたら、『うーん…内緒』とはぐらかされてしまった。
他にも何故かシルフは自分の事だけは話してくれないのよね、精霊さん自体の事は色々と話してくれるのに。私って実はそんなに信用されてないのかなぁ。
「はぁ…」
わざとらしくため息をついて感傷に浸る。
だけど、私だって自分が転生者だとかそういう話は誰にもしていない。勿論シルフにもしていないのだ……それなのに私ばっかり被害者面で文句を言うのはどうかと思う。
だからこの気持ちは心の中にしまっておこう。きっと、私と同じようにシルフにも何かを話せない理由があるんだろうから。
そして気持ちを切り替えようと果実水を喉に流し込む。
未だ微動だにしないシルフを眺めていると、いつの間にか数人の男に囲まれていた。そして、その中のリーダー格らしき男が意地の悪い顔で声をかけてきた。
「お嬢ちゃん一人? そんな水よりももっと美味しい物があるんだけどさ、俺達と一緒に遊ばない?」
意地の悪い顔の男が顔を近づけながらそんな事を言い出した。それに同調するように、周りの男達も下卑た笑いを浮かべている。
……これはもしや、もしかしなくても、ナンパか?
こんな奴等がアミレスをナンパ? 身の程を弁えろ、一回鏡で自分の顔見てこい。
自分で言ってるようで少し恥ずかしいけれども、アミレス程の容姿の人間が、イケメンならまだしもよくお前達相手に首を縦に振ると思ったな。
いいだろう…アミレスを舐め腐った事、後悔させてやる。
「………一人ですけど、それが何か? 私が一人で何をしようが貴方方には一切関係の無い事でしょう」
とりあえず笑顔を作り、それを向けてみる。
私の態度に男達は少し動揺した様子を見せた。そりゃあ驚くでしょうね、こんな十二かそこらの子供が大の大人数名に囲まれて平然とするなんて思いもしなかったでしょうから。
先程の意地の悪い顔の男略して意地悪男は少し背を曲げて、まるで上から押し潰すかのように汚い笑顔で威圧してくる。
「はは、関係あるさ。これから君は俺達と一緒に楽しい事をして遊ぶんだから…美味しいものも飲ませてあげよう、君ぐらいの子供なら金が欲しいか? お小遣いだってあげるとも」
男の汚らしい目が私の顔に注がれる。大きめのローブのおかげで私の体はほとんど隠れているのだが…それすらも想像してこの男共は満足気にしている。
あぁ、そうか。やっぱりこの男達はアミレスを狙っているんだな……この気色悪い舐め回すような視線から察するに、慰み者にするつもりなのだろう。
煮え滾るような怒りが沸いてくる。アミレスがこんな下衆共の妄想でいいように弄ばれているなんて。
許せない…それに、この男達の慣れた感じからしてこいつらは常習犯だ。きっとこれまでにも何度も同じような事を繰り返している。
許せないよなぁ………絶対に許しちゃいけないよなぁ。
「では…貴方達の命が欲しいです」
勢いよく剣を抜き、そのまま意地悪男の喉元に剣先を突き立てる。
ローブが大きくなびいた事により見えた私の服装に唖然とする男もいれば、一瞬のうちに剣を構えた私に目を見開く男もいた。
驚くのはまだまだよ、この六年の集大成を見せ──いや……実験させてもらおうか。
私の実力が、どれ程人間に通用するのかを!
一番驚きたいのは私、ですけどねー……。
それらを全て鞄の中に突っ込むと、当然だがかなりの重量となった。そもそも猫シルフが入っていたから重くはあったんだけど…本当重い、なんだこれ。肩がちぎれそう。
そして、マクベスタへのプレゼントを手に悠々とお店を出て、辺りを見渡す。初めての景色……初めての街、たったこれだけで帰るなんてちょっと勿体ないんじゃあないか?
私はニヤリと口角をあげて、シルフへと話しかける。
「ねぇシルフ、このまま少しだけ街を見て行かない? 次いつ来られるか分からないし、今のうちに楽しんでおきたいの」
「アミィがそうしたいのなら、ボクはそれに従うよ」
鞄から飛び出して軽やかに地面に着地した猫シルフが、今度は私の体を慣れた動きで登っては肩の上に乗る。
今日は肩への負担が凄い日なのね、と思いつつ私はクレアさんのメモ書きを見ながら歩き出す。
やはりすれ違う人が皆こちらを見てくるのだが…肩に猫が乗ってるのが不思議で仕方無いのだろう。私があちらの立場であれば確実に二度見する自信がある。
「それでアミィはどこに行きたいの?」
猫シルフが少し口を開いて問うてくる。…そういえば、猫シルフの言葉は普通の人には聞こえないらしい。シルフが聞こえるようにしてやろうと許可した相手にだけ、シルフの言葉は聞こえるそうだ。
だから、このように街中で堂々と喋っていても普通の人には「にゃー、にゃにゃー」とかにしか聞こえない為問題無いのだとか。
その代わり、会話をしていると私が物凄く怪しい人になってしまう。独り言を延々と呟く女だ、私は。
「えっとね、まずはこの果実水の露店に行きたいかな。その後はこっちの食事処でその後はこの……」
クレアさんのオススメ店一覧を指さしながら、私は小声で話す。気になる所をいくつか挙げたのだがそれにシルフは、
「全部食べ物だね」
と軽く笑いながら返してきた。食い意地の張った女と思われたかもしれない、まぁいいか。
何せこの世界は日本の乙女ゲームブランドが作り上げた虚構。食べ物の水準は中世西洋モチーフの世界観の割にかなり高く、フォーロイト帝国やハミルディーヒ王国程の大国ともなると当たり前のように日本レベルの食事が日々食卓に並んでいる。
つまり…何でもかんでも美味しいのだ。日本レベルの食事でありながら、食材は全く違うものなので飽きもしないし全部が全部真新しい。
そりゃあ、食べ物にばかり目がいくのも無理はないでしょう?
ちなみに我がフォーロイト帝国の名物は、氷を細かく砕いたものに果汁をかけて食べるいわゆるかき氷だ。フォーロイト帝国は別名氷の国とも呼ばれる程季節が変わろうとも年中涼しい気候で、貨幣の名称だったり皇族特有の魔力だったりで何かと氷に縁のある国なのだ。
氷の国らしく皇族には代々氷属性の魔力が発現するのだが……なんと私には氷の魔力は無い。私にあるのは水の魔力だけなのだ。
だから皇帝に嫌われてるんじゃないかなと私は予測している。何せ皇帝がアミレスを嫌う理由なんてゲームでは明かされなかったから。
いざアミレスになってからその理由を考えて出た答えが、皇族なら持っていて当然の魔力を持たないから…なんじゃないかなという事だ。
フォーロイト帝国の皇族特有の魔力と言われるだけあって、なんと氷の魔力は我が一族以外では発現しないらしい。似たものとして雪の魔力だとか水の魔力はあるが、『氷』の魔力は本当にフォーロイト一族特有の魔力なんだそうだ。
そもそもこの世界は、魔力を持っていればどんな属性の魔法でも使えるという訳ではなく、それぞれが生まれ持つ一つの魔力の属性の魔法しか扱えないのだ。
稀に複数の属性を併せ持って産まれる人もいるが、その人は余程相反する属性同士でも無い限り、その二つ両方の魔法を扱えるとか。
………まぁ、中には、ほぼ全属性の魔力を所有し尚且つ扱えるチートオブチートな奴もいるんですけどね。攻略対象の一人なんですけども。
そんな奴でさえ希少属性の光と闇、亜種属性の中のいくつか(氷含む)、そして加護属性は持っていないそうだ。
実は本当に凄い血筋なのだ、フォーロイトは。
だからこそ、何故か氷の魔力を持っていないアミレスが冷遇されるのもやむ無しというか……でも別に氷の魔力が無かろうと愛してあげる事は出来たでしょ。
なぁんで愛してあげなかったんだよまったく…。
「どうしたの、アミィ。そんなに頬を膨らませて」
「え、そんなに分かりやすかった…?」
皇帝への不満が形となって現れていたらしい。私の頬はいつの間にかぷくりと風船をつくっていたのだ。
両手のひらを頬に押し当ててそれを無理やり抑えていると、猫シルフがこくりと頷いて、
「うん。何か嫌な事でもあったの?」
つぶらな瞳を向けてきた。その可愛さに胸をときめかせつつも、
「………皇帝の理不尽さを思い出してちょっと…ね?」
口元に手をあててまるで耳打ちするかのようにして伝えると、シルフが「ははっ」と楽しそうな声をあげ、
「それは確かに嫌にもなるね!」
爽やかな声で同意していた。その後、「あー紅茶が美味しいなぁ! やっぱり人の不幸は蜜の味だねっ!!」とよく分からない事を言っていた。
そういえばシルフってよく紅茶がどうこうって話をするけれど、猫って紅茶飲んでも大丈夫なのかしら……いやでも精霊さんだから普通の猫じゃないし大丈夫なのか?
今も尚軽快な笑い声を飛び出させる左肩の猫を横目に見つめると、ふとした感想がこぼれてしまった。
「シルフって本当にあの人の事が嫌いだよね」
ハァッ、と息を呑んだ頃にはもうとっくにその言葉は外に出てしまっている。不幸中の幸いは、皇帝と言わずにあの人と言った事だ。
この国で唯一にして絶対なる皇帝を侮辱するような事をこんな場で言ってみなさいよ、処刑タイムアタック余裕で優勝できるわよ。
落ち着く為に深呼吸をしていると、シルフがこれまた爽やかな声で答えた。
「そりゃあ勿論大嫌いだとも! アミィの実の父でも無ければもうとっくに何かと理由をつけて殺………不幸にしていたよ」
「え、殺…?」
「いやぁ、本当に嫌いなんだよあの男~」
今一瞬物騒な言葉が聞こえた気がするのだが、シルフが強引に誤魔化すから追及出来なかった。
その後、気を取り直して意気揚々と果実水の露店に向かう。店の前には若い女性の列が出来ていて、列の最後尾に並び待つ事五分……私は、笑顔が明るい店員のお兄さんが顔を赤くしてまで自信満々にオススメする柑橘系のものを購入した。
近くの木陰でのんびり果実水を味わう。ずっとほんのりと柑橘系の香りが漂っていたのだが、いざ飲んでみると口の中いっぱいにその香りが広がる。
鼻を突き抜けるような柑橘系の香りと、喉に染みる爽快な水……。あの店員さん、中々のセンスだわ、これ凄く美味しい。
「ん~美味しい…あ、シルフも飲んでみる? 美味しいよ」
猫シルフの口元に果実水の入ったカップを近づける。
…猫に飲ませても大丈夫なのかしら、これ。病気になったりしない?
「いいの? じゃあ貰──っ!? おまっ、ちょっと何勝手にッ」
果実水に向けて舌を伸ばした猫シルフだったが、途中で謎の怒号を上げてその動きがぴたりと制止する。それと同時に、どこからともなくガタガタッと大きな物音も聞こえてきた。
「シルフ…? おーい、シルフー?」
突然の事に理解が追いつかず、唖然としながら何度も呼びかけるが返事は無い。…六年経ってもシルフの事はよく分からないのよね……不自然な物音を発する時が多いし、猫の精霊さんってやっぱり色々と特殊なのかしら。
でもシルフってあまり自分の事を話したがらないというか。前に、シルフは何の属性の精霊さんなの? って聞いたら、『うーん…内緒』とはぐらかされてしまった。
他にも何故かシルフは自分の事だけは話してくれないのよね、精霊さん自体の事は色々と話してくれるのに。私って実はそんなに信用されてないのかなぁ。
「はぁ…」
わざとらしくため息をついて感傷に浸る。
だけど、私だって自分が転生者だとかそういう話は誰にもしていない。勿論シルフにもしていないのだ……それなのに私ばっかり被害者面で文句を言うのはどうかと思う。
だからこの気持ちは心の中にしまっておこう。きっと、私と同じようにシルフにも何かを話せない理由があるんだろうから。
そして気持ちを切り替えようと果実水を喉に流し込む。
未だ微動だにしないシルフを眺めていると、いつの間にか数人の男に囲まれていた。そして、その中のリーダー格らしき男が意地の悪い顔で声をかけてきた。
「お嬢ちゃん一人? そんな水よりももっと美味しい物があるんだけどさ、俺達と一緒に遊ばない?」
意地の悪い顔の男が顔を近づけながらそんな事を言い出した。それに同調するように、周りの男達も下卑た笑いを浮かべている。
……これはもしや、もしかしなくても、ナンパか?
こんな奴等がアミレスをナンパ? 身の程を弁えろ、一回鏡で自分の顔見てこい。
自分で言ってるようで少し恥ずかしいけれども、アミレス程の容姿の人間が、イケメンならまだしもよくお前達相手に首を縦に振ると思ったな。
いいだろう…アミレスを舐め腐った事、後悔させてやる。
「………一人ですけど、それが何か? 私が一人で何をしようが貴方方には一切関係の無い事でしょう」
とりあえず笑顔を作り、それを向けてみる。
私の態度に男達は少し動揺した様子を見せた。そりゃあ驚くでしょうね、こんな十二かそこらの子供が大の大人数名に囲まれて平然とするなんて思いもしなかったでしょうから。
先程の意地の悪い顔の男略して意地悪男は少し背を曲げて、まるで上から押し潰すかのように汚い笑顔で威圧してくる。
「はは、関係あるさ。これから君は俺達と一緒に楽しい事をして遊ぶんだから…美味しいものも飲ませてあげよう、君ぐらいの子供なら金が欲しいか? お小遣いだってあげるとも」
男の汚らしい目が私の顔に注がれる。大きめのローブのおかげで私の体はほとんど隠れているのだが…それすらも想像してこの男共は満足気にしている。
あぁ、そうか。やっぱりこの男達はアミレスを狙っているんだな……この気色悪い舐め回すような視線から察するに、慰み者にするつもりなのだろう。
煮え滾るような怒りが沸いてくる。アミレスがこんな下衆共の妄想でいいように弄ばれているなんて。
許せない…それに、この男達の慣れた感じからしてこいつらは常習犯だ。きっとこれまでにも何度も同じような事を繰り返している。
許せないよなぁ………絶対に許しちゃいけないよなぁ。
「では…貴方達の命が欲しいです」
勢いよく剣を抜き、そのまま意地悪男の喉元に剣先を突き立てる。
ローブが大きくなびいた事により見えた私の服装に唖然とする男もいれば、一瞬のうちに剣を構えた私に目を見開く男もいた。
驚くのはまだまだよ、この六年の集大成を見せ──いや……実験させてもらおうか。
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