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「チェリーディア、お前との婚約を破棄する!」

煌びやかな夜会。
たくさんの人の目が集まる会場で、私はたった今ローゼンハイス公爵子息から婚約破棄を叩きつけられていた。
金の巻き毛が美しいローゼンハイス公爵子息。端正な顔立ちな彼は当然、人目を引く。
私は悲しみのあまり、涙を滲ませた。

「どうしてですか……?私に至らぬ点が……」

「は、至らぬ点……だと?あるに決まってる!!私はお前のような地味でしがないブスとは結婚したくない、身の程を弁えろ!」

「ひどい……」

ついに涙をこぼす。
地味だの醜いだの彼は言うが、確かにその通りかもしれない。私はアールグレイ色の髪に、深い紫色の瞳をしている。全体的に色彩が暗い。
美しい顔立ちの彼にブス、と罵られた私は──


たいへん、興奮していた。

ぞくぞく、と快楽にも似た刺激が背筋を走る。

酷い、と涙しながらも私は興奮していた。

私は昔から、少し困った性格をしていた。
何よりも、美しい人に罵倒され、雑に扱われることに快感を覚えてしまうたちだったのだ。
妾腹の私は生まれの伯爵邸でも嫌われていて、正妻の子であるお嬢様や、奥様から度々悪しように言われてきた。
困ったことに、私は彼女達の罵倒を聞いているといつの間にかぞくぞくとした痺れにも似た快楽を覚えるようになってしまったのだ。
たぶんひとは、それをド変態と呼ぶ。
私は涙に濡れた顔を伏せた。

「ロイド様……」

「名を呼ぶな!気持ち悪い。お前のような何を考えているかわからん女などお断りだ。俺には、マリアンヌがいる。お前と違って美しい色合いを持つ美人だ」

名前が出たマリアンヌは、お嬢様のことだ。
ロイド様は驚いたことに私の姉であるマリアンヌ様を見初めたらしい。
確かに美しい人同士絵になる。

(ああ……そのふたりにゴミのように見られたら)

更には暴言をぶつけられ、ものを投げつけられ、背を押されて階段から落とされでもしたら……。きっと痛いだろう。その痛みを想像するとぞくぞくしてしまう。

私が興奮のあまり口を結んでいると、お嬢様が私を馬鹿にするように見た。銀髪に青眼のお嬢様はハッとするほど美しい。エルフの血を引いているかのよう。

「可哀想なチェリーディア。でもこれも、仕方ないことよね?お前のような陰気な女、誰が好きになるものですか」

「お嬢様……」

「喋らないでよ、耳が汚れるわ。全く、見ているだけで腹が立つ女ね」

露出の多い大胆なドレスに耳を包んだお嬢様が、偉そうにするのはとても絵になる。鞭をふるったらもっと美しいだろう。
私がぽーっとそう考えた時だった。

「これはなんの騒ぎかな、ロイド・ローゼンハイス?」

ハッと気がついてそちらを見る。
見れば、会場は水を打ったように静かになっていた。当然だ。夜会でこんな騒ぎを起こせばみなが注目する。衆目監視の中でブスと罵られた私を、周囲の人間はどう思うだろう。
可哀想に、と思うだろうか。確かに美しくないと思うだろうか。それを考えると興奮してくる。

振り返ると、長い銀髪の男性が眉を寄せてこちらに歩いてきていた。
第二王子のミュリディアス殿下だ。
長い襟足を紐でくくり背に流し、前髪は長め。いつも不機嫌そうな顔をしているが、涼やかな美貌を持つ男性だ。
彼はアイスブルーの瞳を私に向け、それからロイド様に向けた。

「ロイド・ローゼンハイス」

「ミュ、ミュリディアス殿下……」

「これは何の騒ぎかと聞いている」

「それは……」

そうだ。ここは公爵家の邸宅ではなく、王城で開かれた夜会。騒ぎを起こせば当然、王族が状況確認しに来るに決まっている。ロイド様はどうするつもりかとハラハラしながら見ると、ぱちりと目が合ったロイド様の顔が歪んだ。まるで敵を見る目で私を睨みつける。

「その女が!浅ましくも私の妻になりたいというものだから……!」

「えっ」

思わずびっくりして声が出た。
妻になりたい……たしかに、そばにおいてほしいと頼んだことはあるけれど。でも妻になりたいとは言ってないはず……。
私は|ロイド様(うつくしいひと)のそばで雑に扱われるのが何よりも至福なのだから。
悩んでいると、ミュリディアス殿下の視線がこちらに向いた。
何か言おうか口を開きかけるが、そうだ、まだ私は発言を許されてなかった、と口を閉じた。
ミュリディアス殿下はまたロイド様に視線を移す。

「……ロイド・ローゼンハイス。貴殿はチェリーディア・チェルチュアとの婚約を破棄することを望んでいる、それは合っているな?」

「殿下?」

ロイド様が狼狽えた声を出す。
しかし、ミュリディアス殿下の冷たい視線を向けれて、吃りながら答えた。

「も、もちろんです」

ロイド様の腕に、お嬢様が絡みつく。
勝ち誇った顔だ。気の強い美人には良く似合う。

「では、二家の婚約破棄を私が認めよう。私の名において、今、チェルチュア伯爵家令嬢、チェリーディア・チェルチュアと、ローゼンハイス公爵家令息、ロイド・ローゼンハイスの婚約は今この場において破棄されるものとする」

「えっ……」

ロイド様が動揺した声を出す。
どうしたのだろうか。それが目的だったのでは……?
想定外だが、婚約破棄されるであろうことは予想していたので、それについて驚きはしない。仲介にミュリディアス殿下が入ったのは驚いたが。私が目をぱちぱちさせていると、ふいに手を取られた。突然のことにバランスを崩す。

「きゃ……!?」

「では、今しがたフリーの令嬢となったチェリーディア・チェルチュアに私が婚約を申し込んでも、問題は無いな」

「………!?!?」

私は驚きのあまり目を見開いた。
目の前には、美しくも気高い美貌が。
ミュリディアス殿下は、私を見てシニカルな笑みを浮かべていた。
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