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信じる、ということ ⑸
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リーズリー家が所有する別荘に溜め込まれた備蓄は、おそらく外国との戦争を想定して置かれたものなのだろう。長持ちする食糧の他、包帯や塗り薬といった医薬品もどっさりと用意されていた。
北方魔術師団駐屯地の近くに備蓄を詰んだ別荘を用意したのは、北方魔術師団駐屯地が機能しなくなるという事態を防ぐためかもしれない。
リズたちが砦に到着したのは間もなく夜になる、という時刻で、夕陽が西に沈む頃にはその場は解散となった。
アスベルトは今からリーズリーが所有する別荘に、数人の魔術師を連れて向かうといい、部屋を出た。デストロイもまた、護衛として彼に着いていくようだ。デストロイは魔術の適性はないようだが、貴族紳士として多少剣術に覚えがあるとのことだった。
部屋に残ったのはリズ、ヴェートル、ビビアンの三人となり、ビビアンはすぐさまヴェートルに駆け寄って、彼の腕に手を添えた。
「ヴェートル様、お部屋に向かいましょう?お支えしますわ」
「不要です」
ヴェートルはにべもなは返事だが、ビビアンはめげない。瞳を細めて、わかってる、とでも言いたげに笑みを浮かべた。
「強がらずともよろしいのです。ほら、お手を」
「ヴェートル様!」
そんなビビアンとヴェートルを見ていられず、割り込むようにリズは彼の正面に立った。
呼びつけられたヴェートルは驚いたようにリズを見る。リズは、手をグッと握って彼を見上げた。
「……少し、話したいことがあるのだけど。お時間はあるかしら」
じっと力強い真紅の瞳で見つめる。
ヴェートルは探るようにリズを見つめ返し、沈黙したものの、すぐにまつ毛を伏せて答えた。
「私もリズに話したいことがあるので、ちょうど良かった。私の部屋に来れますか?」
「……ええ」
リズはさりげなくビビアンとヴェートルの間に入り込み、負傷した足側に立つと、彼の腕をグッと持ち上げるように力を込めた。
「リズ?」
「私に寄りかかってくださって結構よ?力に自信はないけど、あなたを支える程度なら可能よ、きっと」
ヴェートルの手を肩に回そうとしていると、彼はため息をついた。
「結構ですよ、あなたが潰れたら困ります」
「……それくらいで潰れないわ」
「どうでしょうね」
「ヴェートル様!」
むっとしてリズは彼を見た。
まるで、以前のようなやり取りだった。
リズが過去を思い出す前、彼を避ける前はこうして話していた。
ふと、リズは強い視線を感じて振り向いた。そして、ハッとビビアンのことを思い出す。
決してビビアンの存在を忘れていたわけではない。わけではないのだが……そう、うっかり第三者がいることを失念していた。
それをひとは、忘れていたと称するのだが、リズは気まずい思いながらビビアンに向き直った。
「では、私たちはこれで失礼しますね。ビビアン様もお休みくださいね」
「ちょっと待ちなさい。ヴェートル様は私が送ってさしあげるわ」
「お話があるのですよ」
リズは困った思いで言葉を返す。
このままではビビアンは引き下がりそうにない。
悩んだ彼女は、折衷案としてビビアンに言った。
「では、ビビアン様も一緒に部屋の前まで行きましょう?それでいいかしら、ヴェートル様」
リズの言葉に、ヴェートルはため息をついた。
表情はあまり変わらないながらも、リズは気づいた。これは面倒だと思っている時の顔だ。
「そうですね。ですが、ビビアン嬢、私は彼女と話したいことがあるので部屋の前まででお願いします」
「…………私はいてはいけない?」
ビビアンが涙が滲む瞳で彼を見た。
きつい顔立ちのリズと違い、ビビアンは清廉で可愛らしい顔立ちをしている。純白の髪も相まって、清らかな愛らしさがあった。
リズは内心うろたえた。
ヴェートルがビビアンの可愛さに負けて頷いたらどうしようと不安になったからだ。
リズが内心冷や冷やする中、ヴェートルは落ち着き払った様子で答えた。
「はい。ご理解いただけますか?」
相変わらず氷のように冷たい声である。
声でなくその容姿もまた、雪のようだ。
そういえばリズは、彼と初対面時に雪女の末裔か、と彼に尋ねたことを思い出した。
彼は素直にそう言う話は聞いたことがないと答えていたが、彼を見るにどこかで雪女の血が入っていてもおかしくないと思うほどに、彼は血が通っているとは思えない姿かたちをしている。
じっとリズが見ていると、ヴェートルが振り向いた。少し疲れた様子だった。それにリズはハッとする。
(そうだ……ヴェートル様は今さっき浄化して帰ってきたばかりなのだから)
しかも、アスベルトが言うには彼は魔力が不足しているらしい。あまり長話するのは良くないだろう。
それから二人は、渋るビビアンを連れて彼の部屋まで向かった。
ビビアンはことあるごとに話に突っ込んできては、リズを下げる発言をし、ヴェートルに媚びた。
彼の部屋までわずか数分の出来事だったとはいえ、その短時間でリズはぐったり疲れた。
アスベルトが、ビビアンに会ったら逃げるが勝ちと称していた理由がわかった気がする。ビビアンは毒のような女だ。とにかくしつこい。
蛇のようである。
部屋の前に着くと、そこでもビビアンはごねたが、にべもなくヴェートルに拒否されていた。
部屋の中で入ってきたらどうしようかとリズも思っていたので、ビビアンを追い払えて少しほっとした。
室内は、やはり必要最低限の調度品しか置かれておらず、殺風景だった。寝るための部屋、というのが正しいだろうか。
ヴェートルは部屋に入ると、そのままベッド横のサイドチェストまで向かった。
リズは入室したものの、どこに座るべきか悩み、立ち尽くしていた。
部屋にはコンソールテーブルと一脚の椅子しか置かれていない。
「リズ、こちらに」
「え、ええ」
リズがヴェートルの前まで向かうと、彼は長方形の白い紙箱を引き出しから取り出したところだった。リズの手のひらより少し大きいくらいの箱だ。
首を傾げていると、彼は箱を開けた。
かぱ、という軽快な音ともに、何かが天鵞絨の布に包まれているのが見えた。
彼はその布を払い、中身を取り出す。
鈍色の、小型の剣のようなものだった。
「これは?」
「これは銃というもので、遠距離型の火器です。公にはされていませんが、一部の軍人は秘密裏に携帯しています」
北方魔術師団駐屯地の近くに備蓄を詰んだ別荘を用意したのは、北方魔術師団駐屯地が機能しなくなるという事態を防ぐためかもしれない。
リズたちが砦に到着したのは間もなく夜になる、という時刻で、夕陽が西に沈む頃にはその場は解散となった。
アスベルトは今からリーズリーが所有する別荘に、数人の魔術師を連れて向かうといい、部屋を出た。デストロイもまた、護衛として彼に着いていくようだ。デストロイは魔術の適性はないようだが、貴族紳士として多少剣術に覚えがあるとのことだった。
部屋に残ったのはリズ、ヴェートル、ビビアンの三人となり、ビビアンはすぐさまヴェートルに駆け寄って、彼の腕に手を添えた。
「ヴェートル様、お部屋に向かいましょう?お支えしますわ」
「不要です」
ヴェートルはにべもなは返事だが、ビビアンはめげない。瞳を細めて、わかってる、とでも言いたげに笑みを浮かべた。
「強がらずともよろしいのです。ほら、お手を」
「ヴェートル様!」
そんなビビアンとヴェートルを見ていられず、割り込むようにリズは彼の正面に立った。
呼びつけられたヴェートルは驚いたようにリズを見る。リズは、手をグッと握って彼を見上げた。
「……少し、話したいことがあるのだけど。お時間はあるかしら」
じっと力強い真紅の瞳で見つめる。
ヴェートルは探るようにリズを見つめ返し、沈黙したものの、すぐにまつ毛を伏せて答えた。
「私もリズに話したいことがあるので、ちょうど良かった。私の部屋に来れますか?」
「……ええ」
リズはさりげなくビビアンとヴェートルの間に入り込み、負傷した足側に立つと、彼の腕をグッと持ち上げるように力を込めた。
「リズ?」
「私に寄りかかってくださって結構よ?力に自信はないけど、あなたを支える程度なら可能よ、きっと」
ヴェートルの手を肩に回そうとしていると、彼はため息をついた。
「結構ですよ、あなたが潰れたら困ります」
「……それくらいで潰れないわ」
「どうでしょうね」
「ヴェートル様!」
むっとしてリズは彼を見た。
まるで、以前のようなやり取りだった。
リズが過去を思い出す前、彼を避ける前はこうして話していた。
ふと、リズは強い視線を感じて振り向いた。そして、ハッとビビアンのことを思い出す。
決してビビアンの存在を忘れていたわけではない。わけではないのだが……そう、うっかり第三者がいることを失念していた。
それをひとは、忘れていたと称するのだが、リズは気まずい思いながらビビアンに向き直った。
「では、私たちはこれで失礼しますね。ビビアン様もお休みくださいね」
「ちょっと待ちなさい。ヴェートル様は私が送ってさしあげるわ」
「お話があるのですよ」
リズは困った思いで言葉を返す。
このままではビビアンは引き下がりそうにない。
悩んだ彼女は、折衷案としてビビアンに言った。
「では、ビビアン様も一緒に部屋の前まで行きましょう?それでいいかしら、ヴェートル様」
リズの言葉に、ヴェートルはため息をついた。
表情はあまり変わらないながらも、リズは気づいた。これは面倒だと思っている時の顔だ。
「そうですね。ですが、ビビアン嬢、私は彼女と話したいことがあるので部屋の前まででお願いします」
「…………私はいてはいけない?」
ビビアンが涙が滲む瞳で彼を見た。
きつい顔立ちのリズと違い、ビビアンは清廉で可愛らしい顔立ちをしている。純白の髪も相まって、清らかな愛らしさがあった。
リズは内心うろたえた。
ヴェートルがビビアンの可愛さに負けて頷いたらどうしようと不安になったからだ。
リズが内心冷や冷やする中、ヴェートルは落ち着き払った様子で答えた。
「はい。ご理解いただけますか?」
相変わらず氷のように冷たい声である。
声でなくその容姿もまた、雪のようだ。
そういえばリズは、彼と初対面時に雪女の末裔か、と彼に尋ねたことを思い出した。
彼は素直にそう言う話は聞いたことがないと答えていたが、彼を見るにどこかで雪女の血が入っていてもおかしくないと思うほどに、彼は血が通っているとは思えない姿かたちをしている。
じっとリズが見ていると、ヴェートルが振り向いた。少し疲れた様子だった。それにリズはハッとする。
(そうだ……ヴェートル様は今さっき浄化して帰ってきたばかりなのだから)
しかも、アスベルトが言うには彼は魔力が不足しているらしい。あまり長話するのは良くないだろう。
それから二人は、渋るビビアンを連れて彼の部屋まで向かった。
ビビアンはことあるごとに話に突っ込んできては、リズを下げる発言をし、ヴェートルに媚びた。
彼の部屋までわずか数分の出来事だったとはいえ、その短時間でリズはぐったり疲れた。
アスベルトが、ビビアンに会ったら逃げるが勝ちと称していた理由がわかった気がする。ビビアンは毒のような女だ。とにかくしつこい。
蛇のようである。
部屋の前に着くと、そこでもビビアンはごねたが、にべもなくヴェートルに拒否されていた。
部屋の中で入ってきたらどうしようかとリズも思っていたので、ビビアンを追い払えて少しほっとした。
室内は、やはり必要最低限の調度品しか置かれておらず、殺風景だった。寝るための部屋、というのが正しいだろうか。
ヴェートルは部屋に入ると、そのままベッド横のサイドチェストまで向かった。
リズは入室したものの、どこに座るべきか悩み、立ち尽くしていた。
部屋にはコンソールテーブルと一脚の椅子しか置かれていない。
「リズ、こちらに」
「え、ええ」
リズがヴェートルの前まで向かうと、彼は長方形の白い紙箱を引き出しから取り出したところだった。リズの手のひらより少し大きいくらいの箱だ。
首を傾げていると、彼は箱を開けた。
かぱ、という軽快な音ともに、何かが天鵞絨の布に包まれているのが見えた。
彼はその布を払い、中身を取り出す。
鈍色の、小型の剣のようなものだった。
「これは?」
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