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過去と今 ⑷
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ホールに戻るとすぐにロビンがリズの元まで歩いてきた。難しそうな顔をして、腕を組んでいる。
「ベロルニア公爵とは話せたのか?」
「……少しだけ」
「ならいい」
「お兄様」
「ん?」
「……ありがとうございます」
リズの言葉に、ロビンはとても驚いたようだった。彼は、てっきり余計なことをするなと冷たく当られるものだとばかり思っていたのだ。
リズはそんな兄の顔を見ると、すこしばつが悪そうな顔になった。
「こんないきなり、何も言わずに引き合せるのは手荒と言わざるを得ません。ですが、こうでもしないと私は足を踏み出すきっかけを失っていたと思います。なので、ありがとうございます」
「……ひとつだけ、聞かせろ。リズ」
ロビンの言葉にリズは顔を上げた。
彼は、珍しくとても言葉に悩んでいるようだった。
「あいつは、お前を傷つけたのか?」
「…………」
その問いかけに、リズはなんて答えればいいのか分からなかった。傷つけたか傷つけてないか、の二択なら前者だ。
だけど、それは過去の話であって、今は存在すらしない未来の話でもある。起きていない事実を元に答えていいものか。
(……違う。私が気にしているのは……)
彼は本当に、リズを傷つけたのだろうか?
傷つけようとしているのだろうか?
それが分からないから、彼女は上手く答えられない。
「……分からないわ。だから、それを知ろうとしているの」
「そうか。よく分からないが……お前が本気であいつを嫌なら、俺に言え。父上にはうまく言っておく」
「ありがとう、お兄様。でも……たぶん、大丈夫」
兄の心遣いが嬉しい。
しかし、これはリズが自分で解決し、答えを見つけなければならないことだと彼女は理解していた。
夜もだいぶ深けてきている。
そろそろ邸宅に戻るかとロビンはいい、ふたりはホールから廊下に移動し、エントランスへと向かった。
エントランスに向かう途中、向こうから歩いてくるひとがいることに気がついた。
今到着したばかりなのだろうか。だとすると、ずいぶん遅い参加ということになる。
一体誰だろうと気になったリズは顔を上げて、顔を強ばらせた。
(どうして、こう……会いたくない人に限って会ってしまうものなのかしら)
これが過去に巻きもどる前、幸せだけを夢想し、恐れを知らずにいたままであったのなら、彼との再会もただ喜ぶことが出来ただろうに。
リズはため息をついて、ドレスの裾を掴み、軽く腰を落とし会釈をした。
「もう帰るのか?」
「……開始時刻からだいぶ時間が過ぎていますよ。アスベルト殿下」
呆れたように息を吐くのは、ロビンだ。
彼もまた足を止め、略式の臣下の礼を取っていた。
ついしがた、エントランスに現れたのはデッセンベルデングの第二王子、アスベルト・アズレンだった。王妃主催の盛大な夜会だというのに、彼の格好はいつもの普段着と何ら変わらない。今から馬を駈けにいくと言われても納得のいく、ラフな格好だ。
「俺は王妃にも兄上にも嫌われているからな。これくらいでちょうどいいんだよ」
アスベルトが目を細めて鼻で笑った。
そんな彼を見ながら、ふと、リズは彼ならなにか知っているのではないと考えた。
彼女はまだ、ヴェートルに直接尋ねる勇気を持たない。
だけど──アスベルトになら、彼女は臆することなく探りを入れることが出来る。彼女にとってアスベルトはデッセンベルデングの尊い王族だがそれ以上でもそれ以下でもない。彼に嫌われようが拒絶されようが利用するだけの駒だと吐き捨てられようが、そこまで傷つきはしない。
アスベルトはヴェートルが親しくする友人だ。
何かしら知っている可能性がある。
それに、何にせよ、先程リズはヴェートルに言ってしまったのだ。
彼ら──リズを刺し殺したフードの男たちにとって、大切に違いない『悪魔の儀式』という言葉を。
(聞いてみましょう、殿下なら何か知っているかもしれないもの)
もしかしたら、アスベルトも『悪魔の儀式』とやらの計画に一枚噛んでいるのかもしれないが、それならそれで、なにか反応を引き出せば。
考えたリズは顔を上げてアスベルトを見上げた。
「殿下、ひとつご相談があるのですが」
「相談?今ここで?」
アスベルトは驚いたように目を丸くした。
リズは頷いて答える。顔は、だいぶ強ばってしまっていた。
「世間話のひとつとでも思って聞いてくださいませ。……さいきん、私は夢見が悪いのです」
「そう」
アスベルトは、リズの突然始まった世間話という名を借りた相談に疑問が尽きないようだ。
怪訝そうに眉を寄せ、あからさまにリズを怪しく思っているようだった。
リズは、そんな彼の視線に怯むことなく真っ直ぐアスベルトを見て尋ねた。
「……夢の内容は、悪魔に捧げられるというものです」
「ベロルニア公爵とは話せたのか?」
「……少しだけ」
「ならいい」
「お兄様」
「ん?」
「……ありがとうございます」
リズの言葉に、ロビンはとても驚いたようだった。彼は、てっきり余計なことをするなと冷たく当られるものだとばかり思っていたのだ。
リズはそんな兄の顔を見ると、すこしばつが悪そうな顔になった。
「こんないきなり、何も言わずに引き合せるのは手荒と言わざるを得ません。ですが、こうでもしないと私は足を踏み出すきっかけを失っていたと思います。なので、ありがとうございます」
「……ひとつだけ、聞かせろ。リズ」
ロビンの言葉にリズは顔を上げた。
彼は、珍しくとても言葉に悩んでいるようだった。
「あいつは、お前を傷つけたのか?」
「…………」
その問いかけに、リズはなんて答えればいいのか分からなかった。傷つけたか傷つけてないか、の二択なら前者だ。
だけど、それは過去の話であって、今は存在すらしない未来の話でもある。起きていない事実を元に答えていいものか。
(……違う。私が気にしているのは……)
彼は本当に、リズを傷つけたのだろうか?
傷つけようとしているのだろうか?
それが分からないから、彼女は上手く答えられない。
「……分からないわ。だから、それを知ろうとしているの」
「そうか。よく分からないが……お前が本気であいつを嫌なら、俺に言え。父上にはうまく言っておく」
「ありがとう、お兄様。でも……たぶん、大丈夫」
兄の心遣いが嬉しい。
しかし、これはリズが自分で解決し、答えを見つけなければならないことだと彼女は理解していた。
夜もだいぶ深けてきている。
そろそろ邸宅に戻るかとロビンはいい、ふたりはホールから廊下に移動し、エントランスへと向かった。
エントランスに向かう途中、向こうから歩いてくるひとがいることに気がついた。
今到着したばかりなのだろうか。だとすると、ずいぶん遅い参加ということになる。
一体誰だろうと気になったリズは顔を上げて、顔を強ばらせた。
(どうして、こう……会いたくない人に限って会ってしまうものなのかしら)
これが過去に巻きもどる前、幸せだけを夢想し、恐れを知らずにいたままであったのなら、彼との再会もただ喜ぶことが出来ただろうに。
リズはため息をついて、ドレスの裾を掴み、軽く腰を落とし会釈をした。
「もう帰るのか?」
「……開始時刻からだいぶ時間が過ぎていますよ。アスベルト殿下」
呆れたように息を吐くのは、ロビンだ。
彼もまた足を止め、略式の臣下の礼を取っていた。
ついしがた、エントランスに現れたのはデッセンベルデングの第二王子、アスベルト・アズレンだった。王妃主催の盛大な夜会だというのに、彼の格好はいつもの普段着と何ら変わらない。今から馬を駈けにいくと言われても納得のいく、ラフな格好だ。
「俺は王妃にも兄上にも嫌われているからな。これくらいでちょうどいいんだよ」
アスベルトが目を細めて鼻で笑った。
そんな彼を見ながら、ふと、リズは彼ならなにか知っているのではないと考えた。
彼女はまだ、ヴェートルに直接尋ねる勇気を持たない。
だけど──アスベルトになら、彼女は臆することなく探りを入れることが出来る。彼女にとってアスベルトはデッセンベルデングの尊い王族だがそれ以上でもそれ以下でもない。彼に嫌われようが拒絶されようが利用するだけの駒だと吐き捨てられようが、そこまで傷つきはしない。
アスベルトはヴェートルが親しくする友人だ。
何かしら知っている可能性がある。
それに、何にせよ、先程リズはヴェートルに言ってしまったのだ。
彼ら──リズを刺し殺したフードの男たちにとって、大切に違いない『悪魔の儀式』という言葉を。
(聞いてみましょう、殿下なら何か知っているかもしれないもの)
もしかしたら、アスベルトも『悪魔の儀式』とやらの計画に一枚噛んでいるのかもしれないが、それならそれで、なにか反応を引き出せば。
考えたリズは顔を上げてアスベルトを見上げた。
「殿下、ひとつご相談があるのですが」
「相談?今ここで?」
アスベルトは驚いたように目を丸くした。
リズは頷いて答える。顔は、だいぶ強ばってしまっていた。
「世間話のひとつとでも思って聞いてくださいませ。……さいきん、私は夢見が悪いのです」
「そう」
アスベルトは、リズの突然始まった世間話という名を借りた相談に疑問が尽きないようだ。
怪訝そうに眉を寄せ、あからさまにリズを怪しく思っているようだった。
リズは、そんな彼の視線に怯むことなく真っ直ぐアスベルトを見て尋ねた。
「……夢の内容は、悪魔に捧げられるというものです」
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