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氷を溶かす恋心 ⑵
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「ご馳走様でした。こちらはいただいてもいいのですか?」
「え、ええ……。その、気に入ったなら持っていってもいいのよ?……次は、もっと美味しいのを作るわ」
「じゅうぶん美味しかったですよ。このお礼は後日、お持ちしますね」
彼は指先に付着したクッキーのかけらを舌で舐めとって答えた。
その仕草に、リズは少女ながらも色っぽいものを感じ取ってしまったのだろう。
顔を真っ赤に染めた彼女に、ヴェートルがゆっくりと首を傾げた。
「リズレイン嬢?」
「……リズでいいわ」
「………」
「いいわよね、ね!?お父様!」
突然話を振られた父公爵は、ふたりの話に参加できずにいたのだが、突然娘に振られその勢いに押されるように頷いた。
「え!?あ、そうだな……!」
父親の許可を得たのなら、ヴェートルも断る理由がない。彼はため息混じりに頷いた。
「分かりました。では、リズ、と」
***
十五歳のデビュタントは、ヴェートルにエスコートを任せることになった。
リズは彼にじゅうぶん懐いていたし、それを目にしていた父公爵も娘の思いを汲み取り、ベロルニア公爵家にエスコートを依頼することを決めた。
それに、父公爵としてもベロルニア公爵と縁続きになることは願ってもみないことだった。
リズはまだ幼かったため知らされていなかったが、ヴェートルが度々リーズリー公爵家に足を運んでいたのは、意味があったのだ。
ある日、ヴェートルが帰ったあとリズは五つ年上の兄、ロビンに呼び止められた。
リズの異母兄であるロビンは、リズとは違いその肌は褐色で、髪も黒く、金色の瞳をしている。リズとふたり並んでも彼らが兄妹だと気付くひとは少ないだろう。
リズは真っ白な肌に、真紅色の髪、そして同色の瞳である。
「お前、よくあのベロルニア公爵の息子とふつうに話すことが出来るな」
感心したように呟くロビンに、リズは眉を寄せた。
「どういうこと?」
「怖くないのか?お前には恐れというものがないのか」
(怖い?恐れ?)
難しそうに顔を渋くするリズに対し、ロビンはそんな妹こそが理解できないとばかりに眉を寄せる。
「お前、あの男がなんて呼ばれているか知っているのか?」
「冷酷公爵でしょ。聞いたことがあるわ」
「そうだ。そして、それは事実だ」
「……どういうこと?」
首を傾げると、彼女の赤い髪もさらりと首筋を流れた。ロビンはそんな妹を見て、苦虫を噛み潰したような苦々しい顔になる。
「いいか、あいつは魔術師なんだ」
「まじゅつし?」
「夜な夜な怪しい儀式に取り組んでいると聞くし、儀式に捧げる生贄をずっと探しているらしい」
「………」
リズは閉口した。
そんな迷信にもひとしい与太話を至って真剣に話す兄が馬鹿馬鹿しく見えたのである。
「よく聞け、リズ。儀式に必要なのは若い娘らしい。つまり、こういうことだ。あいつは、お前をよくわからん怪しげな儀式の生贄にするために、お前によくしているんだ」
「よくわかったわ。お兄様もしょせん、くだらない噂話に踊らされるひとということね」
「リズ!」
兄の慌てたような声を尻目に、彼女は今しがた去ったばかりの彼のことを思い出していた。
(どうしてみんな、くだらない噂を信じてしまうのかしら。少し話してみれば、彼はそんなことしない、いたって普通の性格の青年だって分かるはずなのに)
その後、ロビンはさらにどこで収集してきたのか分からない、ヴェートルについての怪しげな噂をことごとく彼女に言い聞かせたが、憎からず思っている相手のことを悪くいうような内容を、まだ幼い少女が真剣に取り合うはずもなかった。
どころか、兄の話を聞く度にリズは眉を寄せ、どんどんその顔は渋くなる。
しまいには
「お兄様、いい加減にして!ヴェートル様を悪くいうお兄様なんて嫌いよ!」
と、言われて兄は口を閉じざるを得なかったのである。
「え、ええ……。その、気に入ったなら持っていってもいいのよ?……次は、もっと美味しいのを作るわ」
「じゅうぶん美味しかったですよ。このお礼は後日、お持ちしますね」
彼は指先に付着したクッキーのかけらを舌で舐めとって答えた。
その仕草に、リズは少女ながらも色っぽいものを感じ取ってしまったのだろう。
顔を真っ赤に染めた彼女に、ヴェートルがゆっくりと首を傾げた。
「リズレイン嬢?」
「……リズでいいわ」
「………」
「いいわよね、ね!?お父様!」
突然話を振られた父公爵は、ふたりの話に参加できずにいたのだが、突然娘に振られその勢いに押されるように頷いた。
「え!?あ、そうだな……!」
父親の許可を得たのなら、ヴェートルも断る理由がない。彼はため息混じりに頷いた。
「分かりました。では、リズ、と」
***
十五歳のデビュタントは、ヴェートルにエスコートを任せることになった。
リズは彼にじゅうぶん懐いていたし、それを目にしていた父公爵も娘の思いを汲み取り、ベロルニア公爵家にエスコートを依頼することを決めた。
それに、父公爵としてもベロルニア公爵と縁続きになることは願ってもみないことだった。
リズはまだ幼かったため知らされていなかったが、ヴェートルが度々リーズリー公爵家に足を運んでいたのは、意味があったのだ。
ある日、ヴェートルが帰ったあとリズは五つ年上の兄、ロビンに呼び止められた。
リズの異母兄であるロビンは、リズとは違いその肌は褐色で、髪も黒く、金色の瞳をしている。リズとふたり並んでも彼らが兄妹だと気付くひとは少ないだろう。
リズは真っ白な肌に、真紅色の髪、そして同色の瞳である。
「お前、よくあのベロルニア公爵の息子とふつうに話すことが出来るな」
感心したように呟くロビンに、リズは眉を寄せた。
「どういうこと?」
「怖くないのか?お前には恐れというものがないのか」
(怖い?恐れ?)
難しそうに顔を渋くするリズに対し、ロビンはそんな妹こそが理解できないとばかりに眉を寄せる。
「お前、あの男がなんて呼ばれているか知っているのか?」
「冷酷公爵でしょ。聞いたことがあるわ」
「そうだ。そして、それは事実だ」
「……どういうこと?」
首を傾げると、彼女の赤い髪もさらりと首筋を流れた。ロビンはそんな妹を見て、苦虫を噛み潰したような苦々しい顔になる。
「いいか、あいつは魔術師なんだ」
「まじゅつし?」
「夜な夜な怪しい儀式に取り組んでいると聞くし、儀式に捧げる生贄をずっと探しているらしい」
「………」
リズは閉口した。
そんな迷信にもひとしい与太話を至って真剣に話す兄が馬鹿馬鹿しく見えたのである。
「よく聞け、リズ。儀式に必要なのは若い娘らしい。つまり、こういうことだ。あいつは、お前をよくわからん怪しげな儀式の生贄にするために、お前によくしているんだ」
「よくわかったわ。お兄様もしょせん、くだらない噂話に踊らされるひとということね」
「リズ!」
兄の慌てたような声を尻目に、彼女は今しがた去ったばかりの彼のことを思い出していた。
(どうしてみんな、くだらない噂を信じてしまうのかしら。少し話してみれば、彼はそんなことしない、いたって普通の性格の青年だって分かるはずなのに)
その後、ロビンはさらにどこで収集してきたのか分からない、ヴェートルについての怪しげな噂をことごとく彼女に言い聞かせたが、憎からず思っている相手のことを悪くいうような内容を、まだ幼い少女が真剣に取り合うはずもなかった。
どころか、兄の話を聞く度にリズは眉を寄せ、どんどんその顔は渋くなる。
しまいには
「お兄様、いい加減にして!ヴェートル様を悪くいうお兄様なんて嫌いよ!」
と、言われて兄は口を閉じざるを得なかったのである。
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