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運命の歯車
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最初は、並走していた近衛騎士の身に異変が起きたことから始まった。
突如として伸びた木の根に足を取られた彼らがうろたえているうちに、どこからか銃撃が行われた。
ばん、ばん、と重たい音が響く。
それは、民衆の喧騒をかき消すような、あるいはその間を縫って響くような音だった。
「きゃあああ!?」
「今の音、何!?」
「殿下の身をお守りしろ!陛下を安全な場所に!」
「王女殿下は……」
途端、人々の悲鳴と怒声に呑み込まれる。
最初の数発は威嚇射撃だったのだろう。
それはことごとく外れ、足元や服の裾を貫き、ひとに危害を与えなかった。
しかし、城下のパレード中に行われた狙撃に、パレードを観に来ていた民衆は蜂の巣を突いたような騒ぎになった。
恐らく、それが狙いだったのだろう。
逃げ惑う人々と、縫いとめられた近衛騎士、駆け寄る警備兵が揉み合いになって、統率が乱れている。
リュアンダル殿下も、いち早く今の状況を察したのだろう。
混乱した民衆の悲鳴にかき消され、指揮官の声も届いていない。
彼が短く舌打ちをした。
リュアンダル殿下がすい、と手をかざすと突如、拘束された近衛騎士の足元の木の根が切り裂かれる。
彼の特性【全能】によるものだろう。
恐らく、彼が使用した特性は風か。
だけど次から次に木の根は生えてきて、キリがない。
近衛騎士のほとんどが、貴族の子だ。
それぞれ自身の特性で処理しようとしているが、術者の使い手は、よほど貴族の血が濃いのだろう。
特性は、貴族の血が濃ければ濃いほど──その力が強くなる傾向にある。
これではキリがないし、追いつかない。
とはいえ、私もまた、リュアンダル殿下を守るためにいる。
この場を離れるわけにもいかない。
今まで、特性と物理攻撃を重ね合わせた襲撃はなかった。
そもそも物理攻撃──銃や弓といった遠距離のために生み出された武器は、ヴィーリアでは全く使われていなかった。
わざわざ武器を使わずとも、特性を使用すればいいだけの話だからだ。
他国では、銃や弓といった遠距離武器は未だ使われているらしいが、ヴィーリアではすっかり廃れていると言っていい。
武器屋でも、剣の類は置いているが、銃や弓を扱っている店は滅多にない。少なくとも、王都で弓や銃を扱う武器屋を、私は知らない。
そんなヴィーリアで廃れて久しい武器を持ち出し、特性と合わせて襲撃を行ってくるなど、考えても見なかった。
「一度降りた方がいい。さっきの襲撃で、馬が銃声に怯えている。シュネイリア、飛び降りるから、手を」
「は、はい」
リュアンダル殿下に話しかけられ、慌てて頷いて答える。
銃撃は収まり、背後に控えていた特性使いがそれぞれの特性を解放させていた。
近衛騎士たちもまたどうにか、足に絡みついた木の根から脱出しようと試みている。
警備兵が民衆の避難を呼びかけ、誘導している。
混乱していた場は、少しずつ落ち着き始めていた。
そんな時だったから、きっと誰もが油断していた。
そもそも動ける騎士が、兵が、あまりに少なすぎた。
特性使いは、あくまで特性を使うことに特化した人間だ。
彼らに武力は期待できない。
襲撃者は、この場を狙って撃ってきた。
それはつまり、狙いはリュアンダル殿下だったのだ。
先日の襲撃事件のこともある。
あれは、襲撃者が捕らえられたと聞いていたが、きっと黒幕は別にいるのだろう。
なにせ、捕らえられた男は貴族ではなく、金を積まれて殺しを引き受けただけの平民だったと聞いている。
平民が特性を使えるなど、聞いたことがない。
それもあって調査が進められた結果──かなり遠いが、犯人の男は、貴族の血を引いてることが判明した。
本来なら、特性の発現すら叶わない血の薄さだ。
だけど、特性は発現し、彼は貴族と遜色なくそれを操った。
襲撃者は貴族に連なるものだと思われて調査を進めていたのに、襲撃者は平民だったのだ。調査が難航するはずである。
そして、その間に、襲撃者に金をやり、暗殺を企んだ黒幕は証拠を全て消し、姿を消した。
今回の襲撃が祝福の日の件に関わっているかは分からない。
もしかしたら、別件かもしれないのだ。
それほどに、今の社交界の情勢は不安定だった。
ギリギリ水平を保っていた天秤が、いつ、傾いてしまうか分からないほどには。
忙しなく、きっと今考えることでは無いことに思考を奪われながらも、私は咄嗟に周囲を見渡した。
その時、きらり、となにかが太陽の陽射しに反射した。
民家の、屋根の上だ。
そこにひとが座っていて、その手に、何か持っている。
それが太陽の光に反射しているのだ。
眩しさに目を細める。
逆光だ。
なにかがきらりと、光って──。
「…………!!」
考えるよりも先に、体が動いた。
リュアンダル殿下は、気がついていない。
彼は、全能の特性を持っているが、無条件にそれが発動するというわけではない。
こうして相手に、それに気がついていなければ、遅れをとることもじゅうぶん考えられた。
体ごと、彼に体当たりをする。
私に手を差し伸べていた彼が驚きに目を見開く。
ふわりと、香る白檀の優しい匂い。
続いて──体に、どん、と衝撃を受けた。
その勢いに、体が跳ねる。
反射的に、咳をした。
肺が傷ついてしまったのだろうか。
咳には、血が混ざっていた。
「シュネイリア!!」
彼の、声が聞こえる。
銃弾に穿たれたのは、胸元。
まずい。これは、良くない。
分かっていたが、ここで倒れ込んだらきっともう動けなくなる、という確信があった。
だから私は、気合いと根性だけで足に力を込めた。
「ご無事、ですか、殿下」
ぎこちなく尋ねると、彼の薄い青が凍った。
安堵する。
きっと、彼は無事だった。
顔を上げると、私を狙撃したことで居場所が割れた狙撃者が、特性使いにより拘束されていた。
その勢いで民家が破壊されている。
私は短い咳をいくつか繰り返しながら、また周囲を見渡した。
ほとんどの民衆は逃げることに成功したようだ。
だけど、ぽつぽつと、ひとは残っている。
恐らくは、どう事態が収束するのか、気になるのだろう。
彼らの中に襲撃者が交ざっていないとも限らない。
そう思って視線を巡らせた時──。
ちら、と水色の髪が揺れた。
「ミャ、」
咄嗟に、彼女の名を呼ぼうとして。
声を出そうとしたのが原因だろう。
忙しなく咳をして、血を吐いた。
突如として伸びた木の根に足を取られた彼らがうろたえているうちに、どこからか銃撃が行われた。
ばん、ばん、と重たい音が響く。
それは、民衆の喧騒をかき消すような、あるいはその間を縫って響くような音だった。
「きゃあああ!?」
「今の音、何!?」
「殿下の身をお守りしろ!陛下を安全な場所に!」
「王女殿下は……」
途端、人々の悲鳴と怒声に呑み込まれる。
最初の数発は威嚇射撃だったのだろう。
それはことごとく外れ、足元や服の裾を貫き、ひとに危害を与えなかった。
しかし、城下のパレード中に行われた狙撃に、パレードを観に来ていた民衆は蜂の巣を突いたような騒ぎになった。
恐らく、それが狙いだったのだろう。
逃げ惑う人々と、縫いとめられた近衛騎士、駆け寄る警備兵が揉み合いになって、統率が乱れている。
リュアンダル殿下も、いち早く今の状況を察したのだろう。
混乱した民衆の悲鳴にかき消され、指揮官の声も届いていない。
彼が短く舌打ちをした。
リュアンダル殿下がすい、と手をかざすと突如、拘束された近衛騎士の足元の木の根が切り裂かれる。
彼の特性【全能】によるものだろう。
恐らく、彼が使用した特性は風か。
だけど次から次に木の根は生えてきて、キリがない。
近衛騎士のほとんどが、貴族の子だ。
それぞれ自身の特性で処理しようとしているが、術者の使い手は、よほど貴族の血が濃いのだろう。
特性は、貴族の血が濃ければ濃いほど──その力が強くなる傾向にある。
これではキリがないし、追いつかない。
とはいえ、私もまた、リュアンダル殿下を守るためにいる。
この場を離れるわけにもいかない。
今まで、特性と物理攻撃を重ね合わせた襲撃はなかった。
そもそも物理攻撃──銃や弓といった遠距離のために生み出された武器は、ヴィーリアでは全く使われていなかった。
わざわざ武器を使わずとも、特性を使用すればいいだけの話だからだ。
他国では、銃や弓といった遠距離武器は未だ使われているらしいが、ヴィーリアではすっかり廃れていると言っていい。
武器屋でも、剣の類は置いているが、銃や弓を扱っている店は滅多にない。少なくとも、王都で弓や銃を扱う武器屋を、私は知らない。
そんなヴィーリアで廃れて久しい武器を持ち出し、特性と合わせて襲撃を行ってくるなど、考えても見なかった。
「一度降りた方がいい。さっきの襲撃で、馬が銃声に怯えている。シュネイリア、飛び降りるから、手を」
「は、はい」
リュアンダル殿下に話しかけられ、慌てて頷いて答える。
銃撃は収まり、背後に控えていた特性使いがそれぞれの特性を解放させていた。
近衛騎士たちもまたどうにか、足に絡みついた木の根から脱出しようと試みている。
警備兵が民衆の避難を呼びかけ、誘導している。
混乱していた場は、少しずつ落ち着き始めていた。
そんな時だったから、きっと誰もが油断していた。
そもそも動ける騎士が、兵が、あまりに少なすぎた。
特性使いは、あくまで特性を使うことに特化した人間だ。
彼らに武力は期待できない。
襲撃者は、この場を狙って撃ってきた。
それはつまり、狙いはリュアンダル殿下だったのだ。
先日の襲撃事件のこともある。
あれは、襲撃者が捕らえられたと聞いていたが、きっと黒幕は別にいるのだろう。
なにせ、捕らえられた男は貴族ではなく、金を積まれて殺しを引き受けただけの平民だったと聞いている。
平民が特性を使えるなど、聞いたことがない。
それもあって調査が進められた結果──かなり遠いが、犯人の男は、貴族の血を引いてることが判明した。
本来なら、特性の発現すら叶わない血の薄さだ。
だけど、特性は発現し、彼は貴族と遜色なくそれを操った。
襲撃者は貴族に連なるものだと思われて調査を進めていたのに、襲撃者は平民だったのだ。調査が難航するはずである。
そして、その間に、襲撃者に金をやり、暗殺を企んだ黒幕は証拠を全て消し、姿を消した。
今回の襲撃が祝福の日の件に関わっているかは分からない。
もしかしたら、別件かもしれないのだ。
それほどに、今の社交界の情勢は不安定だった。
ギリギリ水平を保っていた天秤が、いつ、傾いてしまうか分からないほどには。
忙しなく、きっと今考えることでは無いことに思考を奪われながらも、私は咄嗟に周囲を見渡した。
その時、きらり、となにかが太陽の陽射しに反射した。
民家の、屋根の上だ。
そこにひとが座っていて、その手に、何か持っている。
それが太陽の光に反射しているのだ。
眩しさに目を細める。
逆光だ。
なにかがきらりと、光って──。
「…………!!」
考えるよりも先に、体が動いた。
リュアンダル殿下は、気がついていない。
彼は、全能の特性を持っているが、無条件にそれが発動するというわけではない。
こうして相手に、それに気がついていなければ、遅れをとることもじゅうぶん考えられた。
体ごと、彼に体当たりをする。
私に手を差し伸べていた彼が驚きに目を見開く。
ふわりと、香る白檀の優しい匂い。
続いて──体に、どん、と衝撃を受けた。
その勢いに、体が跳ねる。
反射的に、咳をした。
肺が傷ついてしまったのだろうか。
咳には、血が混ざっていた。
「シュネイリア!!」
彼の、声が聞こえる。
銃弾に穿たれたのは、胸元。
まずい。これは、良くない。
分かっていたが、ここで倒れ込んだらきっともう動けなくなる、という確信があった。
だから私は、気合いと根性だけで足に力を込めた。
「ご無事、ですか、殿下」
ぎこちなく尋ねると、彼の薄い青が凍った。
安堵する。
きっと、彼は無事だった。
顔を上げると、私を狙撃したことで居場所が割れた狙撃者が、特性使いにより拘束されていた。
その勢いで民家が破壊されている。
私は短い咳をいくつか繰り返しながら、また周囲を見渡した。
ほとんどの民衆は逃げることに成功したようだ。
だけど、ぽつぽつと、ひとは残っている。
恐らくは、どう事態が収束するのか、気になるのだろう。
彼らの中に襲撃者が交ざっていないとも限らない。
そう思って視線を巡らせた時──。
ちら、と水色の髪が揺れた。
「ミャ、」
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声を出そうとしたのが原因だろう。
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