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【無効】の特性による、
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最悪の目覚めだった。
常に無い情報量だったためか、私はまる三日寝たきりだったようだ。
起こるとすぐに、頭が割れたかのような痛みが走る。痛みに呻くと、様子を見に来たメイドが私の起床に気が付き、すぐにお父様を呼んだ。
お父様は、私の予知の特性の発動条件を知っている。
だからこそ、何を見た、と尋ねられたが私は答えられなかった。
言えるはずがない。
一年後──十六歳で私は死んでしまうらしい。
さらにリュアンダル殿下は、私の死を悔いて、その先十年、囚われてしまうのだ、なんて。
しかも、見知らぬ女性が、リュアンダル殿下の婚約者だった。
十年後、リュアンダル殿下は、即位していたようだった。
十年後ということは彼は二十八歳のはずだ。まだまだ王位を継ぐには若すぎる。
だけど、継がなければならない理由があったのだろうか。
分からない。
私は、予知夢で見た以上の情報を持ち得ない。
だけど──。
顔を上げた、黒髪の娘は、とても美しかった。
しっとりとした儚げの色気のようなものを感じた。
私の、メドゥーサと称される赤い瞳とは違い、落ち着いた夜の湖のような、青の瞳。
『あなたは、リュアンダル陛下の婚約者なのですから』
その言葉が重たく響く。
それを聞いた時、胸をかきむしられるような衝撃があった。
苦しくて、悲しくて、寂しくて、切なくて、胸が、こころが痛かった。
とても、痛かった。
享年十六歳
私は、あと一年で死んでしまうらしい。
私の特性【予知】は、今まで外れたことがない。
私が見た予知は必ず、現実になる。
だから──あれもまた、現実になるのだろう。
予知の最初に見た、金の髪をした男性。
髪は長かったが、あれは未来のリュアンダル殿下なのだろうか。
私はじくじく痛む胸を抑えて、くちびるを噛んだ。メイドを部屋から追い出して、ベッドの上でブランケットにくるまった。
寒くもないのに体がガタガタと震える。
目を伏せれば、鮮やかに予知夢を思い出す。
夢の内容はすぐに忘れてしまうものだが、特性による予知夢はまるで自分が見てきたかのように脳裏に刻まれる。
『リュアンダル陛下はシュネイリアに想いを返せないことを思い悩んでいたようですから』
「…………」
確かに、私とリュアンダル殿下は互いに愛の言葉というものを口にしたことがない。
愛を口にせずともいずれ私たちは結婚するのだ。
そう思って、照れが勝って私も自ら言うことはしなかった。
リュアンダル殿下もまた、楽しげに私の話を聞いてくれるが、愛の言葉めいたものを口にすることはなかった。
でも、互いに淡い想いがあると思っていた。
彼と知り合って、彼に出会って、十年。
互いに互いを想う心があるのだと、私は思い込んでいた。
だけど、よくよく考えてみれば、彼は私のことをシュネイリア嬢と呼ぶ。
彼は優しいけれど、それだけだ。
彼の優しさは、私とほかの娘で区別されるものでは無い。
それに、気が付いてしまった。
予知は、その後も続いた。
そして、その後に見たものはさらに私に追い打ちをかけた。
それは、彼が私を愛していなかった、愛していないという、証拠にほかならなかったからだ。
☆
予知で知った未来のことを思い出していた私は、煌びやかな光の洪水に目を奪われた。
楽器団が音楽を奏で、紳士淑女の笑い声がさざめく王城は、予知で見たとおりだ。
デビュタントの私は、初めて踏み入る場所だが、夢で見た光景と相違なかった。
やはり、予知の力は本物ということなのだろう。
それを知って、私の行きつく未来を知って、また少し俯いた。
リュアンダル殿下にエスコートされて入場すると、人々の視線が私に集まる。
人目は、苦手だ。
私はあまり自分に自信が無い。
それは容姿の出来、というよりこの瞳にあった。
私の瞳は、人外のような赤い色。
まるで、古の時代、人間に恐れられた怪物のようだ。
「……あまり楽しそうじゃないね。せっかくのデビュタントなのに」
隣から静かに、気遣う言葉がかけられる。
それにもまた、胸がじくじくと痛んだ。
私は、私はこんなにもあなたのことが好きなのに、あなたは私を好きではないという。
知らなかった。
好きなひとが、想いを返してくれないことが、こんなに苦しいことだと。
知らなかった。
好きなひとが、私のせいで長年思い悩むことが──こんなにも、悲しいことだと。
私はいずれ、死んでしまう命だ。
きっとそれを覆すことは出来ない。
予知とは、そういうものだ。
定められた未来を見る特性、それが予知なのだから。
リュアンダル殿下のことを考えれば、今すぐにでもこの婚約を破談にするべきなのだろう。
そうすれば私もまた、助かるかもしれない。死なずに済むのかもしれない。
だけど。
私は彼の言葉を思い出す。
『彼女の特性を考えるに、短命であったのは仕方の無い話だったのかもしれませんが』
それはつまり、私は特性が理由で死ぬことを意味している。
セカンド特性の予知は公にしていないので、彼も知るところではないだろう。
ならば、考えられることはひとつ。
私は、【無効】の特性持ちとして、自然な死を迎えた。
常に無い情報量だったためか、私はまる三日寝たきりだったようだ。
起こるとすぐに、頭が割れたかのような痛みが走る。痛みに呻くと、様子を見に来たメイドが私の起床に気が付き、すぐにお父様を呼んだ。
お父様は、私の予知の特性の発動条件を知っている。
だからこそ、何を見た、と尋ねられたが私は答えられなかった。
言えるはずがない。
一年後──十六歳で私は死んでしまうらしい。
さらにリュアンダル殿下は、私の死を悔いて、その先十年、囚われてしまうのだ、なんて。
しかも、見知らぬ女性が、リュアンダル殿下の婚約者だった。
十年後、リュアンダル殿下は、即位していたようだった。
十年後ということは彼は二十八歳のはずだ。まだまだ王位を継ぐには若すぎる。
だけど、継がなければならない理由があったのだろうか。
分からない。
私は、予知夢で見た以上の情報を持ち得ない。
だけど──。
顔を上げた、黒髪の娘は、とても美しかった。
しっとりとした儚げの色気のようなものを感じた。
私の、メドゥーサと称される赤い瞳とは違い、落ち着いた夜の湖のような、青の瞳。
『あなたは、リュアンダル陛下の婚約者なのですから』
その言葉が重たく響く。
それを聞いた時、胸をかきむしられるような衝撃があった。
苦しくて、悲しくて、寂しくて、切なくて、胸が、こころが痛かった。
とても、痛かった。
享年十六歳
私は、あと一年で死んでしまうらしい。
私の特性【予知】は、今まで外れたことがない。
私が見た予知は必ず、現実になる。
だから──あれもまた、現実になるのだろう。
予知の最初に見た、金の髪をした男性。
髪は長かったが、あれは未来のリュアンダル殿下なのだろうか。
私はじくじく痛む胸を抑えて、くちびるを噛んだ。メイドを部屋から追い出して、ベッドの上でブランケットにくるまった。
寒くもないのに体がガタガタと震える。
目を伏せれば、鮮やかに予知夢を思い出す。
夢の内容はすぐに忘れてしまうものだが、特性による予知夢はまるで自分が見てきたかのように脳裏に刻まれる。
『リュアンダル陛下はシュネイリアに想いを返せないことを思い悩んでいたようですから』
「…………」
確かに、私とリュアンダル殿下は互いに愛の言葉というものを口にしたことがない。
愛を口にせずともいずれ私たちは結婚するのだ。
そう思って、照れが勝って私も自ら言うことはしなかった。
リュアンダル殿下もまた、楽しげに私の話を聞いてくれるが、愛の言葉めいたものを口にすることはなかった。
でも、互いに淡い想いがあると思っていた。
彼と知り合って、彼に出会って、十年。
互いに互いを想う心があるのだと、私は思い込んでいた。
だけど、よくよく考えてみれば、彼は私のことをシュネイリア嬢と呼ぶ。
彼は優しいけれど、それだけだ。
彼の優しさは、私とほかの娘で区別されるものでは無い。
それに、気が付いてしまった。
予知は、その後も続いた。
そして、その後に見たものはさらに私に追い打ちをかけた。
それは、彼が私を愛していなかった、愛していないという、証拠にほかならなかったからだ。
☆
予知で知った未来のことを思い出していた私は、煌びやかな光の洪水に目を奪われた。
楽器団が音楽を奏で、紳士淑女の笑い声がさざめく王城は、予知で見たとおりだ。
デビュタントの私は、初めて踏み入る場所だが、夢で見た光景と相違なかった。
やはり、予知の力は本物ということなのだろう。
それを知って、私の行きつく未来を知って、また少し俯いた。
リュアンダル殿下にエスコートされて入場すると、人々の視線が私に集まる。
人目は、苦手だ。
私はあまり自分に自信が無い。
それは容姿の出来、というよりこの瞳にあった。
私の瞳は、人外のような赤い色。
まるで、古の時代、人間に恐れられた怪物のようだ。
「……あまり楽しそうじゃないね。せっかくのデビュタントなのに」
隣から静かに、気遣う言葉がかけられる。
それにもまた、胸がじくじくと痛んだ。
私は、私はこんなにもあなたのことが好きなのに、あなたは私を好きではないという。
知らなかった。
好きなひとが、想いを返してくれないことが、こんなに苦しいことだと。
知らなかった。
好きなひとが、私のせいで長年思い悩むことが──こんなにも、悲しいことだと。
私はいずれ、死んでしまう命だ。
きっとそれを覆すことは出来ない。
予知とは、そういうものだ。
定められた未来を見る特性、それが予知なのだから。
リュアンダル殿下のことを考えれば、今すぐにでもこの婚約を破談にするべきなのだろう。
そうすれば私もまた、助かるかもしれない。死なずに済むのかもしれない。
だけど。
私は彼の言葉を思い出す。
『彼女の特性を考えるに、短命であったのは仕方の無い話だったのかもしれませんが』
それはつまり、私は特性が理由で死ぬことを意味している。
セカンド特性の予知は公にしていないので、彼も知るところではないだろう。
ならば、考えられることはひとつ。
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