上 下
12 / 22
一章◆アメリア・バーチェリー

優しい復讐

しおりを挟む


冷たい言葉に、顔を真っ赤に染めたのはお姉様です。
私はといえば、はらはらしていました。
リアム殿下は、お姉様が好きなはず……。
今、彼はどんな思いなのでしょう。

ちらちら彼を見ていると、お姉様がなにかに気がついたように悠然と微笑みました。
そして、今まで縋っていたアーロン様の手をパシリと振り払うと、そのままリアム殿下に歩み寄ります。

「いいわ。リアム殿下、あなたに嫁いでさしあげる」

「へえっ!?」

思わず、変な声を上げてしまったのは私です。

今、そんな流れだった!?

皆の注目が集まって、咄嗟にぱし、と口元を手で覆いました。お姉様は気分を害したようで、私を睨みつけています。

そんな、アーロン様がだめだから、リアム殿下?

そんなことが許されていいのでしょうか。
というか、都合が良すぎるのでは?

ぐるぐるとそんな言葉が頭の中をめぐります。

(でも……リアム殿下は、お姉様のことが……)

「なによ、アメリア。今まで置物のように黙っていたくせに、今更何か言いたことでもあるわけ」

「え?いや、ええと」

突然鋭い声で名指しされ、何からいえばいいか分かりません。
すると、アーロン様が席を立ち、腕を広げました。

「ああ、アメリア。すまなかったね。驚かせてしまった。違うんだよ、僕が好きなのはきみ……」

「あーら。どの口がそれを言うのかしら?あなたの愛は軽いのね」

お姉様がアーロン様の言葉をさえぎります。
そして、彼女はリアム殿下を見つめ、意味深に微笑みました。

「殿下、どうですか?私と」

リアム殿下は静かにお姉様を見つめています。

ど、どうしよう。
どうしたら。何か言わなければ。

焦りだけが駆け巡り、私は咄嗟に立ち上がっていました。

「思い上がりも程々にしてくださいませ!お姉様!!」

咄嗟に叫んだ言葉は、私自身想像してもいないものでした。
そんなものだから、お姉様も半目で私を見ています。何言ってるの、この子、という顔です。

「はぁ……?」

立ち上がってしまったので、とうぜん。
皆の視線が集まります。
だけどここで引き下がったらただ暴言を吐いただけになってしまうので、私はそのまま心情を吐露しました。

「お姉様は!確かに美しいです。ですが、何もかも思い通りになるとは思わないでくださいませ!」

「なに……」

「お姉様は、あなたご自身が……その価値を貶めているという自覚がおありですか?私は、お姉様がすきでした。憧れていました。あなたのように堂々と、毅然に振る舞いたいとずっと思ってきました。でも……!」

「何よ、気持ち悪い」

その言葉に感じたのは、悲しみ──ではなく、怒りでした。

どうして、ここまで言われなきゃならないんですか!!

憧れてる、好きだ、と言っただけなのに!

感情的になっている自覚はありました。
こんなに大声を出して、相手を責めるのもまた、初めての経験です。

でも、言わなきゃ。
言わなきゃ、伝わらない。

「お姉様は、性格が悪すぎます!!」

「な……!」

「私だって誇れるような生き方や性格はしていません。それは確かです。でも、お姉様のようにひとを貶めたり、悪く言ったり、理不尽に攻撃したりはしたことがありません。お姉様は、どうして私が嫌いなのですか?私が、正妻の子だから?それだけの理由で、私を貶めたくなったのですか?」

「それだけ……それだけって、あなたがそれを言うの?アメリア。あなたはほんとうに愚かだわ」

私の言葉に煽られたのでしょう。
お姉様は私をきつく睨みつけ、言いました。

「あなたみたいな人間は、生きてるだけでひとを不快にさせるのよ!だから嫌いなの!虫唾が走るのよ。死んで欲しいって思ってるわ!」

「死んで欲しい?私にですか?それで?私が死ねばお姉様は満足なのですか?」

「そうよ。あなたが死ねば私は清々するわ」

なるほど、と私は数回、頷きました。
お姉様にとって私は、きっと彼女の人生から切っても切り離せないような、そんな存在なのでしょう。
さながら、呪いか、呪縛のように。
私が嫌いなのに、同じくらい、私が気になってしまうのです。だから、私の友人に悪口を聞かせたり、私の親しいひとを奪おうとしたのです。

彼女の、ひととしての性質を今、知った気がしました。長く一緒にいるのに、私は全く彼女のことを知らなかったのです。

もっと、早くに言うべきでした。

私は、お姉様を見つめました。

「どうして、そこまで言われなきゃならないんですか」

しんと静まり返ったサロンで、私は彼女を見ます。

美しいお姉様。まるで、大輪の薔薇のよう。

ああ、でも。
以前、お姉様は私のことを『野山に咲く花』と言っていました。
きっとあれも、嫌味のひとつだったのでしょう。そんなことに、今更気がついた。

「ひとの死に幸福を感じるような人生は、さぞや虚しいのでしょうね」

「アメリア……」

お母様が、驚いたのか、諌めようとしたのか。
そんな声で私を呼びました。

でも、私はそのまま、彼女に言います。

皆、私のことを優しいと、そう言います。

優しくなんてない。
そう思われてきたのは、ただ、私がひどく鈍くて、間抜けだったから。

彼女を増長させてしまったのは、きっと私に原因の一端があります。

「誰かを憎むだけの人生。それに、何の意味があるのですか?お姉様、あなたは今──」

私は、お姉様を見ました。

美しくて、誰からも必要とされて、満たされた人生を送っているように見えた、お姉様。

私の目は、なんて節穴だったのでしょう。
何も、知らなかったのです。

「幸せですか?」
しおりを挟む
感想 15

あなたにおすすめの小説

【完結】私はいてもいなくても同じなのですね ~三人姉妹の中でハズレの私~

紺青
恋愛
マルティナはスコールズ伯爵家の三姉妹の中でハズレの存在だ。才媛で美人な姉と愛嬌があり可愛い妹に挟まれた地味で不器用な次女として、家族の世話やフォローに振り回される生活を送っている。そんな自分を諦めて受け入れているマルティナの前に、マルティナの思い込みや常識を覆す存在が現れて―――家族にめぐまれなかったマルティナが、強引だけど優しいブラッドリーと出会って、少しずつ成長し、別離を経て、再生していく物語。 ※三章まで上げて落とされる鬱展開続きます。 ※因果応報はありますが、痛快爽快なざまぁはありません。 ※なろうにも掲載しています。

いつだって二番目。こんな自分とさよならします!

椿蛍
恋愛
小説『二番目の姫』の中に転生した私。 ヒロインは第二王女として生まれ、いつも脇役の二番目にされてしまう運命にある。 ヒロインは婚約者から嫌われ、両親からは差別され、周囲も冷たい。 嫉妬したヒロインは暴走し、ラストは『お姉様……。私を救ってくれてありがとう』ガクッ……で終わるお話だ。  そんなヒロインはちょっとね……って、私が転生したのは二番目の姫!? 小説どおり、私はいつも『二番目』扱い。 いつも第一王女の姉が優先される日々。 そして、待ち受ける死。 ――この運命、私は変えられるの? ※表紙イラストは作成者様からお借りしてます。

訳あり侯爵様に嫁いで白い結婚をした虐げられ姫が逃亡を目指した、その結果

柴野
恋愛
国王の側妃の娘として生まれた故に虐げられ続けていた王女アグネス・エル・シェブーリエ。 彼女は父に命じられ、半ば厄介払いのような形で訳あり侯爵様に嫁がされることになる。 しかしそこでも不要とされているようで、「きみを愛することはない」と言われてしまったアグネスは、ニヤリと口角を吊り上げた。 「どうせいてもいなくてもいいような存在なんですもの、さっさと逃げてしまいましょう!」 逃亡して自由の身になる――それが彼女の長年の夢だったのだ。 あらゆる手段を使って脱走を実行しようとするアグネス。だがなぜか毎度毎度侯爵様にめざとく見つかってしまい、その度失敗してしまう。 しかも日に日に彼の態度は温かみを帯びたものになっていった。 気づけば一日中彼と同じ部屋で過ごすという軟禁状態になり、溺愛という名の雁字搦めにされていて……? 虐げられ姫と女性不信な侯爵によるラブストーリー。 ※小説家になろうに重複投稿しています。

「股ゆる令嬢」の幸せな白い結婚

ウサギテイマーTK
恋愛
公爵令嬢のフェミニム・インテラは、保持する特異能力のために、第一王子のアージノスと婚約していた。だが王子はフェミニムの行動を誤解し、別の少女と付き合うようになり、最終的にフェミニムとの婚約を破棄する。そしてフェミニムを、子どもを作ることが出来ない男性の元へと嫁がせるのである。それが王子とその周囲の者たちの、破滅への序章となることも知らずに。 ※タイトルは下品ですが、R15範囲だと思います。完結保証。

妹ばかりを贔屓し溺愛する婚約者にウンザリなので、わたしも辺境の大公様と婚約しちゃいます

新世界のウサギさん
恋愛
わたし、リエナは今日婚約者であるローウェンとデートをする予定だった。 ところが、いつになっても彼が現れる気配は無く、待ちぼうけを喰らう羽目になる。 「私はレイナが好きなんだ!」 それなりの誠実さが売りだった彼は突如としてわたしを捨て、妹のレイナにぞっこんになっていく。 こうなったら仕方ないので、わたしも前から繋がりがあった大公様と付き合うことにします!

結婚記念日をスルーされたので、離婚しても良いですか?

秋月一花
恋愛
 本日、結婚記念日を迎えた。三周年のお祝いに、料理長が腕を振るってくれた。私は夫であるマハロを待っていた。……いつまで経っても帰ってこない、彼を。  ……結婚記念日を過ぎてから帰って来た彼は、私との結婚記念日を覚えていないようだった。身体が弱いという幼馴染の見舞いに行って、そのまま食事をして戻って来たみたいだ。  彼と結婚してからずっとそう。私がデートをしてみたい、と言えば了承してくれるものの、当日幼馴染の女性が体調を崩して「後で埋め合わせするから」と彼女の元へ向かってしまう。埋め合わせなんて、この三年一度もされたことがありませんが?  もう我慢の限界というものです。 「離婚してください」 「一体何を言っているんだ、君は……そんなこと、出来るはずないだろう?」  白い結婚のため、可能ですよ? 知らないのですか?  あなたと離婚して、私は第二の人生を歩みます。 ※カクヨム様にも投稿しています。

泣き虫令嬢は自称商人(本当は公爵)に愛される

琴葉悠
恋愛
 エステル・アッシュベリーは泣き虫令嬢と一部から呼ばれていた。  そんな彼女に婚約者がいた。  彼女は婚約者が熱を出して寝込んでいると聞き、彼の屋敷に見舞いにいった時、彼と幼なじみの令嬢との不貞行為を目撃してしまう。  エステルは見舞い品を投げつけて、馬車にも乗らずに泣きながら夜道を走った。  冷静になった途端、ごろつきに囲まれるが謎の商人に助けられ──

ある王国の王室の物語

朝山みどり
恋愛
平和が続くある王国の一室で婚約者破棄を宣言された少女がいた。カップを持ったまま下を向いて無言の彼女を国王夫妻、侯爵夫妻、王太子、異母妹がじっと見つめた。 顔をあげた彼女はカップを皿に置くと、レモンパイに手を伸ばすと皿に取った。 それから 「承知しました」とだけ言った。 ゆっくりレモンパイを食べるとお茶のおかわりを注ぐように侍女に合図をした。 それからバウンドケーキに手を伸ばした。 カクヨムで公開したものに手を入れたものです。

処理中です...