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一章◆アメリア・バーチェリー
優しい復讐
しおりを挟む冷たい言葉に、顔を真っ赤に染めたのはお姉様です。
私はといえば、はらはらしていました。
リアム殿下は、お姉様が好きなはず……。
今、彼はどんな思いなのでしょう。
ちらちら彼を見ていると、お姉様がなにかに気がついたように悠然と微笑みました。
そして、今まで縋っていたアーロン様の手をパシリと振り払うと、そのままリアム殿下に歩み寄ります。
「いいわ。リアム殿下、あなたに嫁いでさしあげる」
「へえっ!?」
思わず、変な声を上げてしまったのは私です。
今、そんな流れだった!?
皆の注目が集まって、咄嗟にぱし、と口元を手で覆いました。お姉様は気分を害したようで、私を睨みつけています。
そんな、アーロン様がだめだから、リアム殿下?
そんなことが許されていいのでしょうか。
というか、都合が良すぎるのでは?
ぐるぐるとそんな言葉が頭の中をめぐります。
(でも……リアム殿下は、お姉様のことが……)
「なによ、アメリア。今まで置物のように黙っていたくせに、今更何か言いたことでもあるわけ」
「え?いや、ええと」
突然鋭い声で名指しされ、何からいえばいいか分かりません。
すると、アーロン様が席を立ち、腕を広げました。
「ああ、アメリア。すまなかったね。驚かせてしまった。違うんだよ、僕が好きなのはきみ……」
「あーら。どの口がそれを言うのかしら?あなたの愛は軽いのね」
お姉様がアーロン様の言葉をさえぎります。
そして、彼女はリアム殿下を見つめ、意味深に微笑みました。
「殿下、どうですか?私と」
リアム殿下は静かにお姉様を見つめています。
ど、どうしよう。
どうしたら。何か言わなければ。
焦りだけが駆け巡り、私は咄嗟に立ち上がっていました。
「思い上がりも程々にしてくださいませ!お姉様!!」
咄嗟に叫んだ言葉は、私自身想像してもいないものでした。
そんなものだから、お姉様も半目で私を見ています。何言ってるの、この子、という顔です。
「はぁ……?」
立ち上がってしまったので、とうぜん。
皆の視線が集まります。
だけどここで引き下がったらただ暴言を吐いただけになってしまうので、私はそのまま心情を吐露しました。
「お姉様は!確かに美しいです。ですが、何もかも思い通りになるとは思わないでくださいませ!」
「なに……」
「お姉様は、あなたご自身が……その価値を貶めているという自覚がおありですか?私は、お姉様がすきでした。憧れていました。あなたのように堂々と、毅然に振る舞いたいとずっと思ってきました。でも……!」
「何よ、気持ち悪い」
その言葉に感じたのは、悲しみ──ではなく、怒りでした。
どうして、ここまで言われなきゃならないんですか!!
憧れてる、好きだ、と言っただけなのに!
感情的になっている自覚はありました。
こんなに大声を出して、相手を責めるのもまた、初めての経験です。
でも、言わなきゃ。
言わなきゃ、伝わらない。
「お姉様は、性格が悪すぎます!!」
「な……!」
「私だって誇れるような生き方や性格はしていません。それは確かです。でも、お姉様のようにひとを貶めたり、悪く言ったり、理不尽に攻撃したりはしたことがありません。お姉様は、どうして私が嫌いなのですか?私が、正妻の子だから?それだけの理由で、私を貶めたくなったのですか?」
「それだけ……それだけって、あなたがそれを言うの?アメリア。あなたはほんとうに愚かだわ」
私の言葉に煽られたのでしょう。
お姉様は私をきつく睨みつけ、言いました。
「あなたみたいな人間は、生きてるだけでひとを不快にさせるのよ!だから嫌いなの!虫唾が走るのよ。死んで欲しいって思ってるわ!」
「死んで欲しい?私にですか?それで?私が死ねばお姉様は満足なのですか?」
「そうよ。あなたが死ねば私は清々するわ」
なるほど、と私は数回、頷きました。
お姉様にとって私は、きっと彼女の人生から切っても切り離せないような、そんな存在なのでしょう。
さながら、呪いか、呪縛のように。
私が嫌いなのに、同じくらい、私が気になってしまうのです。だから、私の友人に悪口を聞かせたり、私の親しいひとを奪おうとしたのです。
彼女の、ひととしての性質を今、知った気がしました。長く一緒にいるのに、私は全く彼女のことを知らなかったのです。
もっと、早くに言うべきでした。
私は、お姉様を見つめました。
「どうして、そこまで言われなきゃならないんですか」
しんと静まり返ったサロンで、私は彼女を見ます。
美しいお姉様。まるで、大輪の薔薇のよう。
ああ、でも。
以前、お姉様は私のことを『野山に咲く花』と言っていました。
きっとあれも、嫌味のひとつだったのでしょう。そんなことに、今更気がついた。
「ひとの死に幸福を感じるような人生は、さぞや虚しいのでしょうね」
「アメリア……」
お母様が、驚いたのか、諌めようとしたのか。
そんな声で私を呼びました。
でも、私はそのまま、彼女に言います。
皆、私のことを優しいと、そう言います。
優しくなんてない。
そう思われてきたのは、ただ、私がひどく鈍くて、間抜けだったから。
彼女を増長させてしまったのは、きっと私に原因の一端があります。
「誰かを憎むだけの人生。それに、何の意味があるのですか?お姉様、あなたは今──」
私は、お姉様を見ました。
美しくて、誰からも必要とされて、満たされた人生を送っているように見えた、お姉様。
私の目は、なんて節穴だったのでしょう。
何も、知らなかったのです。
「幸せですか?」
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