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私の勝ちです

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私は、ライティングテーブルの引き出しに締まっていたものを取り出した。
ほんとうに、彼が来る前に先に回収していて良かった。そのことに心底安堵する。

書類は、二枚。
そのうちの一枚が離縁証明書で、もう一枚は。

「な、何を言ってるんだ?本気か」

先程、私が彼に問いかけた言葉だ。
もちろん、安易な気持ちからではない。脅しのつもりでもない。私は本気だ。

テーブルに二枚の紙を置いた。
ほんとうは、今のような寝る間際ではなく。昼間にでも時間を取ってもらい話す予定だった。

(ジェラルド様がこんな時間に訪ねてきたのは想定外だったけど。何事も計画が上手くいくことの方が少ないものね。早く話が出来て幸運ラッキーだったと思うことにしましょう)

「これは、ルーゼン家の権利証明書です。よく記載事項をご確認ください」

「ルーゼンの……権利証明書、だと?」

「そこに、あなたが今まで増やした負債額が記載されてあります。私と離縁し、フェリアの支援がなければ早々にルーゼンは立ち行かなくなるでしょう」

「だ、だからなんだ!?僕はこんなの、承諾しないぞ!!」

妻に、離縁を切り出される。
プライドの高いジェラルド様は、納得しないだろうな、とも分かっていた。
なので。

「そうですか。では私は、ジェラルド様が承諾するまで実家に帰ります」

予め予想していた展開なだけに、用意してあった台詞とももに私は腰を上げた。ジェラルド様が焦った声を出す。

「は……!?」

「その間、フェリア家からの金銭援助はありませんので、後はよろしくお願いしますね」

「ま、待て……!なんだ、いきなり!?突然すぎるだろ。や、やっぱりあれだ。あれだろう!お前は嫉妬してるんだ!だから、僕の気をこうやって引こうと──」

と、旦那様が世迷いごとを仰るので。
私は、旦那様がのお顔を殴っていた。グーで。
 
ゴッ!と鈍い音がする。ジェラルド様は、ソファから落ち、そのまま壁際に転がっていった。思ったより力が入ってしまった。積年の恨みが重なったのかもしれない。

拳を握ったままそんなことを考えていると、ジェラルド様がよろよろと立ち上がった。お早い回復で、何よりだ。

「は、はになにるんだ……!」

「お話しても理解わかっていただけないようでしたので……」

実際、何度話してもまったく理解してもらえなかったし。暴力これがいちばん手っ取り早かった。
今まで何度となく殴ってやろうかと思ったが、その度に堪えてきたのだ。我慢した方だと思う。

「私は、あなたを愛していません。何度、同じことを言わせるのですか」

私の言葉に、ジェラルド様は顔を赤く染めあげた。

「こ、このクソ暴力女……!!いいだろう!今すぐ婚約でも婚姻でも解消してやる!!お前みたいな攻撃的で恐ろしいバカ女!こっちから願い下げだ!!消え失せろ!!」

ジェラルド様の頬は、みるみるうちに腫れ上がってしまった。訓練時にもよく言われることだが、私の殴り方はかなり攻撃的らしい。

無意識なのだが、骨の当たり具合や角度。そういったものを調整し、いかに弱い力で強い攻撃を与えるか、を考え抜かれた殴り方なのだそう。

私は、握っていた拳を解いて手を下ろす。ジェラルド様は荒い息を吐き、ぎらぎらと私を睨みつけていた。
私は、彼の様子を注意深く見ながらもテーブルの上の書類を指さした。

「サインをお願いします」

「……いいだろう!!」

怒り心頭、完全に頭に血が上っている様子の彼はドスドスと歩き、座りもしないまま羽根ペンを手に取った。そうとう頭に来ているようだ。

そして彼はさっと素早く書類に視線を走らせて、また叫ぶ。

「どういうことだ!?ルーゼンの権利を全部お前が持っていく、だと!?」

「よくお読みください。私がルーゼン伯爵家の権利を所有するのと同時に、あなたの拵えた借金もすべて請け負う、と書いてあるはずです」

「ふざっ……ふざけるな!!こんなの、呑めるはずがないだろう!!」

ジェラルド様は怒りのあまり書類をテーブルから叩き落とした。彼は怒りのあまり、正気を失っているように見えた。
だけど今から、また場を改めて、などめんどうなことをする気もなかった。

この場で、話をつける。
その思いで、私はさらにジェラルド様に尋ねた。

「では、記入するのは離縁証明書一枚だけで結構です。その場合、今後フェリアからの支援はありませんが──どちらが良いかは、ジェラルド様がお考えになられればよろしいかと」

「つまり……お前は、僕をばかにして笑っていると。そういうことだな!?たかが成り上がり者の汚い金の亡者が!由緒正しい、格式高い貴族の生まれである僕をばかにしていると!!そういうことなんだな!?」

「今そう言うお話はしておりません。私が提示した選択肢はふたつ。ひとつは、私と離縁し、旦那様だけでこの家を建て直されるか。あるいは──」

と、言ったところで。
実家から届いたばかりの剣が、彼の目に入ったようだった。すっかり激昂している彼は、私の話など耳に入らないようだ。

彼は、ツカツカと大股で歩き、剣を手に取ると勝ち誇った笑みを浮かべた。もう、彼の中では私の話よりも、私をどうにか負かしたいか、と思う感情の方が強いのだろう。

──激しやすく、ひとの話を聞かない。

こういう手合いはやはり、ぶちのめして血の気を抜く以外はないのだろう。実家の私兵団にも、そういった人間は多数いたので、よくわかる。私は、静かにジェラルド様を見つめた。

「ジェラルド様。私は、今、お話をしているのですが」

「先に手を出してきたのはお前だ。せいぜい後悔するといい」

(話が通じない……)

ひとまず、とりあえずは。
ジェラルド様を叩きのめしてかでないと、これ以上の話は難しいようだった。

ジェラルド様が、勢いよく足を踏み込んでくる、が。鍛え慣れていない彼はまず姿勢が悪い。彼の突撃を横にずれて躱した私は、そのまま彼の鳩尾を狙い、蹴り飛ばした。

彼と結婚してから、訓練に参加出来ていないのですこし心配だったが、慣れた動きだ。体は、自然に動いた。
つま先が彼の鳩尾に入り、ジェラルド様の体がくの字に曲がる。

どうも、勢いよく蹴り飛ばしてしまったようで、彼はそのまま壁にぶつかった。ジェラルド様の手から、剣が落ちる。私はそれを拾い上げると、彼が放り投げた鞘を回収し、それにしまった。

そのまま、鞘に収まった剣先を彼の腹に乗せる。

「……私の勝ちですね」

「くそ……!くそ、クソ女がァ……!!」

ジェラルド様はよっぽど悔しいのだろう。文字通り憤死してしまいかねない様子だった。
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