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悪名高き鈴蘭令嬢

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途中、シューザルト城勤めの使用人と顔を合わせたが、巻き込まれは勘弁とばかりに使用人はミレイユの存在を無視した。しかしこの時ばかりはミレイユもまた、彼らに話しかけられなくてよかったと思った。呼吸は落ち着いたものの、気が動転していてそれどころではなかったからだ。ミレイユはドレスの前を持って城内を走ると、一心に蔵書室を目指した。
蔵書室に入ると彼女はまるでそこに冥府の王ハデスでもいるかのような怯えを見せながら目当てのものを探していく。
蔵書室に入ってすぐ右手側に毎日届けさせている新聞が揃えられていることをミレイユは知っていた。
彼女は震える手で一番最新と思われる右端のそれに手を伸ばした。
丸まったパピルスの紙を広げる。大きく書かれているのは"王妃クイーンアレーサンドロ出産"だ。国の慶事として王族誕生を祝う言葉が並んでいる。ミレイユはそのまま視線を右に左に走らせた。
そして。

"聖過元二百二年目。十二月六日"

ミレイユが処刑される半年前の日付が記載されていた。
ミレイユは「ひっ」と息を飲む。
そして、手を額に押し当てた。彼女は思考の渦に囚われた。

「これは主が敬虔なる信徒に遣わせた最後の機会ですか……。それとも新たな試練なの……」

ミレイユは泣き濡れた声で言ったが、やがて思い出す。
最後の嘲笑と、婚約者の振る舞いと、ロザリアの醜い笑顔を。ロザリアは家族のミレイユを殺すほど憎んでいた。良心の呵責などはないのだろう。
ロザリアとの関係に悩みながらもミレイユがその辛苦に耐えてきたのは、他でもない。
婚約者ゲオルドへの愛があったからだ。
仮初の愛すら囁かれなかった。彼は初対面からロザリアを愛していたし、その心がミレイユにないことは知っていた。
だけど、その僅かな欠片の一粒でも思いを向けられることを期待し願っていた。もしかしたら、いつかは。
今はこうでも、いつかはロザリアほどとは言わない。偽りでも構わない。愛の言葉を囁いてくれるのではないか、と。
そう願い、信じ、ほかの考えを切り捨てた。
ゲオルドが紳士であることをミレイユは盲目的に過信していた。ゲオルドは紳士的に振る舞っていても、その内容は悪漢だった。ミレイユを拒否するにしても、もっとやり方があったはずだ。
ミレイユは新聞紙の収められた棚枠に手をつきながら、座り込んだ。

(憎い……憎い)

あの日。断頭台出みた光景を忘れることはないだろう。
あの日。青空に誓った胸の憎悪はほどかれることは無いだろう。

(信じてた。ロザリアの、私への親愛を。信じてた。ゲオルドの良心を)

だけど真実を見抜こうとしなかった、都合のいい部分しか見ることをせず、直面することを恐れたミレイユにも非があるのだろう。ミレイユはしばらくぼう、としていたがやがてすっくと立ち上がった。
そして、ぐ、と痛いくらいに手を握る。それは内気で消極的、受動的な性格の彼女にしては珍しい決意だった。

「許せない……。ふたりとも、許せないわ」




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