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一章

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魔女はヴィルヘルムを見て、その背後の騎士たちを見て、やがて頷く。
「流石。毒を以て毒を制す。それは西の森の魔女の力かしら。あの女は魔女らしくない平和主義だものね」
 ヴィルヘルムは答えない。
 東の森の魔女を捕らえるにあたって、西の森の魔女に尽力を願い出た。
西の森の魔女は人間と何ら変わらない生活をしていて、魔女とわからないように場所と容姿を転々と変えるものだった。
 ヴィルヘルムは、魔女を殺すつもりだった。
 彼女のしたことは愚かだった。
なぜ、病と分かった時に相談しなかったのかと問いたかった。
なぜ、彼女以外を愛することをよしとしたのか。
なぜ、相手にアロアを選んだのか。
なぜ──。
言葉は尽きない。
だけど、もうそれを言える相手はこの世に居ない。
 残るは、この魔女だけ。
 この魔女を現世に残していれば、またこのような惨状が生まれかねない。
今回はうまく民衆に事情を伏せ、調整できたが次もそうなるとは限らない。
次こそ、王朝が滅んでもおかしくない。魔女の力はそれをなしうるものだ。
それを阻止するためにも、最初は魔女を殺すつもりで案を組んだ。
だけど、東の森の魔女は、魔女の中でも一番力を持っている。
西の森の魔女に力を借りてなお、出来るのは捕縛することのみだったのだ。
 だけど、捕えられればこちらのものだ。
拘束さえしてしまえば、どうにだってなる。"魔女"という生命体の研究にも使えるし、場合によっては解剖し、その血肉は薬にもなる。
 魔女は微かに笑った。
「残念。お別れの時間ね」
「! お前………」
 その時、魔女の体がどろどろと溶けだした。
血が、禍々しい黒い渦が、体がヘドロのように溶けだす。
ヴィルヘルムは目の前の光景に絶句する。
魔女は笑って言った。
「私はね。摂理に反したから、淘汰されちゃうの。自然の理よ。王家を巻き込み、歴史にも影響を与えた。私はその報いを受け、地獄に落ち、煉獄の炎で焼かれる。だからこれでおしまい」
「待て……!」
「ひとつだけ。私は確かにあなたたちを不幸にさせた。だけどそれは、あなたの妻のせいでもある。あなたの血のせい・・・・でもある。全部全部、自業自得なのよ!!」
 魔女は最期にキャハハ、と笑った。
 ぐちゃぐちゃに溶け、顔の判別すらつかなくなった時、ヴィルヘルムは後ろに控えていたエドレオンの手から拳銃を奪った。
「ヴィルヘルム!」
ヴィルヘルムは瞬時に引き金を引き、発砲した。
 ドン! と重たい音がして、ちょうど魔女の心臓の真ん中。
急所を穿つ。
「うがっ…」
 黒い泥の塊ような、辛うじて人体の形を保つ魔女が呻く。
「銀の弾丸………銀の弾丸ね。これであの世に送られるなんて…………ああ、やっぱり。わたし………」
 そこまで言った時、魔女の体は蒸発して消えた。
急激な高音で熱せられたのごとくそこには何も残っていなかった。
しん、と静まり返る中、ヴィルヘルムが手に持った拳銃を握りしめ、問いかける。
「もうひとり、いるだろ。出てこい」
 その言葉を受けてか、木々の向こうから足音が聞こえた。
さく、さく、と音がして、人間の影が見える。
構える騎士たちを手でとどめて、ヴィルヘルムはその人間が姿を現すのを待った。
「──」
 みなが、息を飲んだ。
 なぜなら、それは、ヴィルヘルムに生き写しかのごとくそっくりな、金髪の青年だったからだ。
 金髪の青年の名は『アノニマス』と言った。
 青年は、魔女の血を引いていたという。

 今から五百年ほど前。
 シンメトリー初代国王と、東の森の魔女は恋に落ちた。
東の森に迷い込んだ、当時王太子だった男が、魔女に一目惚れしたのだ。
 それから、彼らは静かに愛を育んでいった。忙しい時間をぬって、魔女に会いにくる彼と、彼の訪れ静かに待つ魔女。
だけどその時間も、長くは続かなかった。
 ある日、王太子は幻獣に襲われ、呪いを受けたからだ。
 その呪いは、身体中に痣ができて、水泡ができて、肌が変色するという、容姿が醜くなるものだった。
 そして、緩やかに呪いを受けた人間を殺していくという。
 王太子の命が終わるまで、あとひと月ほど。
 王太子は魔女に相談した。
『自分は責務があるから、死ぬわけにはいかないのだ』
 王太子は、この見た目になってから、誰も彼もが自分を腫れ物に触れるような扱いになったと話した。
 横になれば水泡が破け、体液がシーツに溶けていく。
 世話係の侍女も触れることにためらい、嫌そうに顔をゆがめる。
汚いものにでも触れるかのように接されて、彼の心は傷ついていた。
 魔女は、その相談を受けて、王太子のために己を賭して呪いを引き受けた。
呪いの解呪はできなかった。まだその当時、魔女は力が弱く呪い解呪を施すほどの技量はなかった。苦肉の策で魔女は呪いを自身に移した。自身であれば時間はかかるがゆるやかに、解呪できるからと。魔女は王太子の呪いを引き受けたのだ。
 結果、魔女は醜い容姿となった。
 魔女が身をもって呪いを引き受けてさえ、その解呪には百年がかかる。
 そして、解呪してもなお、痣や跡は体に残った──。
 魔女は、美人だった。
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