六回死んだ聖女

ごろごろみかん。

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私は不法侵入の罪で捕縛された。
少しして私が公爵家の娘だと証明する書類が見つかった。そのことにより、私は情状酌量。実質のところはこのことの揉み消しにより釈放されるされる運びとなった。

公爵家に戻ると、公爵は得体の知れないものを見る目で言った。

『誰だお前は?私はこんなものは知らん!こんなのは詐欺だ!』

私は何も言えなかった。
つい昨日、私が聖女の仕事をこなすことを喜んでいた公爵は、たった一晩で私を知らぬ人となった。

『こんな娘を引き取った覚えはない。出ていけ!』

それが最後の言葉だった。
私はやはり、何も言えなかった。何か言ったところで嘘だと糾弾されることを知っていた。地下牢に入れられている間、ずっと私は自分の釈明をしていた。聖女として力を使ったから、その代償としてみなの記憶から消えた。懸命に繰り返したけれど、誰一人として私の話を聞いてくれた人はいなかった。

私は家を出され、村外れにひとり暮らすこととなった。生きていくのに不足はない金額を公爵からは与えられていたから生活は苦しくなかった。だけどその生活も長くは続かない。
二回目の神託が降り、私はまたしても聖女としての力を果たすことになった。
私が聖女だと認められると、公爵は打って変わって私を家に呼び戻した。

『お前が言っていたのは本当のことだった。すまないと思っている。だけど許してくれ。あの時は信じることができなかったんだ。お前にもわかるだろう』

公爵の言葉は、なにひとつ響かなかった。
二回目は隣国との争いによって負傷した人々の治癒だった。総勢何千人にものぼる怪我人の治療。もう長くないと言われた人々もその中にはいて、私はまた力を使った。

そしてまた私は忘れられた。
私は人と関わることが恐ろしくなった。全ての人が私を忘れてしまうのだ。それなら関わらない方がいい。言われたことがある。

『聖女として生を受けたのなら、それがお前の運命なのだ』

と。だから、それを受け入れて生きていかねばならないと。
大抵記憶を失った公爵は私を村外れの家に住まわせたが、一度離宮へと監禁されたことがあった。
ルーシアスは一度も私を尋ねてくることはなかった。書類上とはいえ婚約者の彼と、聖女の力を使った以降会うことはなかったのだ。

大丈夫だよ、フェリ。何度きみを忘れたって、僕はまたきみを好きになる。

その言葉を思い出して、信じていた訳でもないのに言葉がこぼれおちた。

「嘘つき…………」

5回目に聖女としての力を使った時。
私は16歳になっていた。

一度、エレメザおばさんと偶然村であった。薬屋を営んでいるエレメザおばさんは村の方までやってきて、定期的に薬を売りに来るらしい。
偶然会ったのだ。つい、見てしまった。私の知っている彼女となにひとつ変わらなかったから。
だけどエレメザおばさんは私をひと目見て、そしてふいと視線を外した。

ーーー当たり前だ。

彼女はもう、私のことなど知らないのだから。彼女の言葉を思い出した。

『あんたはもう私とは会わない方がいい』

その言葉の意味をはっきり知った。

半年もしないうちに村外れの家に騎士が押しかけた。そしてまた、私は聖女として神託を受けた。
今回は工場近くの川から毒素が流れ出し、その水を摂取した人々が次々に死んでいる、というものだった。まただ、と私は思った。
聖女として信託が降りた時だけ、周りは私に親切になる。分かりやすいほどに下手に出た声音に、にこにこと貼り付けられた笑み。三角の目と、口が怖くてたまらなかった。
また、聖女としての力を使ったら私は侵入者となるのだろう。お前は誰だと怒鳴られ、出自を調べられ、公爵に追放される。そして、あの家に戻るのだ。

ーーーもうやめたい。

そう思うことは、悪なのか。救える人を救わないことは、悪なのか。聖女とは一体、何なのか。私はなぜ、聖女なのか。
こんなに苦しいなら。こんなに辛いなら。こんなに殺されるのなら。
いっそ聖女としての力なんかーーー

寿の間で変わらず術を唱えると、しかし室内に張られた湖からはいつものような明るい光は出なかった。これは成功したのだろうか。私にはわからない。だけどまた、私は忘れられているのだろう。私の名前も。存在も。私に関わる全てを。
そう思った時だった。
扉が開け放たれて、厳しい顔をした騎士がいた。燃えるような赤髪だった。その騎士は初めて見た。いつも私を捕らえる騎士より階級が高いことは、胸元の勲章から知った。

「やはりか…………。聖女フェリシア。お前には聖女の力などない」

その言葉に、私は唖然としてしまった。
聖女としての力などいらないーーー。そう願ってしまったからか。私には、もう聖女としての力などないのか。
呆然とする私を置いて、状況はどんどん進んでいった。本当の地獄はここからだった。





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