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ユーリアス殿下との契約

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「今日はごめんね。わざわざ来てもらったのにこんな格好で」

「いえ、あの………王太子殿下におかれましてはご機嫌麗しく」

拝謁が叶った次の週。
私はユーリアス殿下と対面を果たしていた。エリザベス嬢に付き添われて通されてのは殿下の私室のようだった。そんな大それた場所に私がいっていいものか………と悩んだものの、私とは違い本当の病弱であるユーリアス殿下は大抵の時間をそこで過ごすことが多いらしい。だから心配は無用ですわ、というお言葉をエリザベス嬢から貰った。
それでも気後れする気持ちは抑えきれず、私室へと入ると、エリザベス嬢は中には入らず廊下に立ち止まったままだった。

「エリザベス様?」

「わたくしはお呼ばれしていませんから。案内はこの方におまかせしてください」

エリザベス嬢は今日もいつも通りに美しい。今日も今日とて一部の隙もないお化粧に美しい色合いのドレスを身にまとっている。薄紅色と薄水色、白と濃い赤を綺麗に使用したドレスは華やかで、細身のエリザベス嬢にはとてもよく似合っていた。
エリザベス嬢の指示を受けて扉のすぐそばに立っていた細身の男性が人好きのする笑みを浮かべた。髪は茶髪で、どことなく犬を連想させる。

「私がご案内いたします」

「ありがとうございます。よろしくお願いします」

青年に案内され、向かった先は寝室だった。
さすがに私が踏み入れていいのか逡巡したが、案内人の青年に「殿下がお待ちです」と言われれば断ることもできない。ええいままよ!そう思いながら扉を引けば、そこには夜会で1、2回見たことがあるかどうかの王太子殿下がいらっしゃった。
カーテンは開け放たれ、窓から陽がこぼれ落ちている。殿下は執務中だったのか、ベッドにもたれながらも手元の書類を見ているようだった。
ユーリアス殿下の薄青の瞳がこちらを見て、視線が交わった。さすがに、とても緊張した。

「案内ありがとう、下がっていいよ」

ユーリアス殿下の声をこんなに間近で、いやそもそもユーリアス殿下の声を聞いたこと自体が初めてな気がする。ユーリアス殿下と接触する機会は本当に少ない。そもそもユーリアス殿下は滅多に夜会やお茶会にも出てこない。公式行事には顔を出されるものの、人と交友を交わすような場には滅多に現れないのだ。そんな殿下がこんな至近距離に。正直実感がわかなかった。ここまで案内してくれた青年が騎士の礼をとり、部屋を去っていく。
えっ。置いてかれてしまうの………!?思わず焦ったが、しかし寝室の扉は開けられていた。そうよね。そうよね。いくら殿下が病人といえど、未婚の男女を二人きりにはしないわよね。内心ほっとした。だけど殿下がそもそも私相手にどうこう、というのは考えにくく私ばかりが焦っているように感じられた。これが空回りってやつなのかしら………。

「今日はごめんね。わざわざ来てもらったのにこんな格好で」

ユーリアス殿下が書類をサイドテーブルに片付けながら言う。どきりとしながらも言葉を返した。

「いえ、あの………王太子殿下におかれましてはご機嫌麗しく」

まずは挨拶。そうよね。挨拶が大事だわ。そう思ってドレスの裾を掴んで膝を軽くおる。ユーリアス殿下がふわりと優しく微笑む。人好きのする、穏やかな笑みだと思った。

「堅苦しい挨拶はいいよ。ごめんね、エリザベスが無理に連れてきてしまったね」

ユーリアス殿下の言葉に、私は首を振って応えた。

「そんなことはありませんわ。わたくしは自分の意思でここまで参りました」

「そっか………。ミス・リーデハルト。少しこっちに来てくれる?」

「え?は、はい」

ユーリアス殿下が指し示したのは自分のベッドだった。さすがに男性とおなじ寝台に座るのは気が引けたが、相手はこの国の王太子殿下である。断れるはずなどなく、私はユーリアス殿下がもたれているベッドへとそっと腰を下ろした。

ユーリアス殿下は顎元に手を置いてなにか考えていたようだけど、私と目が合うとふ、と笑った。距離が近いのも相まって少し狼狽えてしまう。社交界デビューしてから男性と話す経験はあるものの、こんなに近くで話したことなどない。しかもここ2ヶ月ほどは引きこもっていて身内以外の男性とは全くと言っていいほど接していないのだ。否応なく緊張するというもの。それに、ユーリアス殿下はやはり高嶺の花という言葉が正しく当てはまる男性だった。病弱だからだろうか、どこか細身に見えるその体つきといい、アンニュイな雰囲気といい、濡れるような色っぽさを感じる。だけど頼りないという訳ではなくて、王太子としての、王族としての威厳や雰囲気というのはこれでもかというほど感じ取られた。一言で言って気品とか、そういうものに溢れている方だと思う。仕草とか、視線の運び方とか、ひとつひとつが洗練されている。
カール殿下はどちらかというと親しみを感じさせる方だから、ユーリアス殿下とは全く違う性格だと思う。カール殿下は少し、女性関係に関して華やかだとこの私でさえ聞き及んだことがある。エリザベス嬢は大変だわ………。

「エリザベスから話は聞いているかな。僕とあなたの、婚約の話なんだけど」

「んっ」

率直に切り込んできたユーリアス殿下に思わずむせそうになるが既でこらえる。ユーリアス殿下は私には構わず、そのまま言葉を続けた。全く動揺などしていない、冷静な声音だった。

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