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エリザベス嬢の突撃 4

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「ああ。女性と浮いた噂がひとつもないのはおかしいだろう?婚約者もいないのに」

なるほど、それで女性嫌いと噂が出てしまったのか。私は一人頷きながらお父様を見た。

「だけどそれで女性嫌いとは………いささか話が飛躍しすぎなのでは………」

「これは……未婚のお前に言う話では無いかもしれないが、随分前に夜分、殿下の寝室に潜り込んだ令嬢がいたらしくてな」

「まぁ」

すごいガッツである。その行動力があればなんでも出来ると思う。思わず声を出すと、しかしお父様は渋い顔つきで続けた。

「だが殿下はその時、何かとてつもないことを仰ったらしくてな………」

「とてつもないこと………?」

「分からん。だけどその令嬢はしばらく男性不信気味になったという」

「それは…………」

関わりたくないひとすぎる………。男性不信って何言ったらそんなことになるのよ。ユーリアス殿下が好きすぎて夜這いした令嬢よね?そんな簡単に心が折れるとは思えないのだけど………。知らぬ間にユーリアス殿下がどんどん怖いひとに見えてくる。完全に押し黙った私に、お父様は咳払いをした。

「とにかくこの件は保留だ。お前もひとまず忘れていい」

「わ、分かりました」

お父様の部屋を出て、思わず深いため息をついた。
窓の外を見ると、ちらちらとした雪が降り始めている。どうりで冷えると思ったわ………。
今夜は雪ね。そう思って部屋に戻ったーーー。
その夜。
夜の寝室で、ひとり趣味の少女小説を読んいると、コンコン、と窓がノックされたのだ。時刻は夜半時。さすがに不審に思ってベッドから窓の方を目を凝らしてみているとーーー

ベランダに昨日あったばかりの令嬢が立っていた。月に照らされた赤毛は日中見た時よりも色が薄く見えるーーーエリザベス嬢である。
一瞬ここがどこで今が何時か分からなくなってしまった私だが、すぐにベランダに駆け寄って窓を開けた。現れたのはやはりエリザベス嬢である。

「エリザベス様!?一体何を………」

「やっぱり!薄々そうじゃないかと思ってたのよ。あなた、病弱なんて嘘ね?」

「え」

思わず固まる私に、笑うエリザベス嬢。

彼女の視線が向かう先は灯りが灯された寝台である。寝台横のサイドテーブルにはコックが作ってくれた甘いお菓子がたくさん入ったバスケット。そして冷たい果汁水。寝台の上にはたくさんの少女小説。
言い逃れのできない状況である。 固まる私に、エリザベス嬢はにこにこ笑って告げる。

「病弱じゃないのなら良かったわ!ユーリアス殿下だけでも心配なのに、その妃まで体が弱いなんて困っちゃうもの」

そしてエリザベス嬢は月下のベランダに立ちながらもきっぱりといいきった。

「リーデハルト・エンネ・ザットビアハーネ!あなたにはユーリアス殿下と結婚してもらうわ!!」

夜分遅くに邸宅内に侵入、あろうことか部屋までやってきた赤毛の令嬢はとても自信満々にそう言い切った。リーデハルト・エンネ・ザットビアハーネこと私は、突然窓から現れた令嬢を見ながら思わず呟いてしまった。

「逞しすぎないかしら…………レアード公爵家の令嬢よね…………?」

このベランダ、登ってきたの?
腐っても公爵家の家で、お兄様は騎士隊に所属しているというのに………。邸宅の守りは結構厳しい方だと思う。夜にもかかわらずお父様の私兵があちこち巡回しているし、簡単には侵入できない造りになっているはずだ。それをこうも簡単に忍び込んできたこの令嬢は一体…………。

「昨日見たあなたは病人とは思えないほど顔の血色もよく、動きに不自然さもなかった。姿勢もよく、とてもマナーが良かったわ。病弱とは思えないほどに」

「う…………」

「ねぇ、あなたユーリアス殿下にお会いしない?一度でいいのよ」

「だけど………。でも、なぜそれを私に?」

そんなことのためにわざわざ私の寝室まで押しかけてきたのでは、割が合わないと思う。流石のレアード家の令嬢といえど他家に不法侵入すればお咎めはうけるだろう。しかもエリザベス嬢は社交界きっての淑女と噂の令嬢だ。こんな騒ぎを起こせば彼女の評判が大暴落するのは目に見えている。
私が思わず訪ねると彼女は、いかにも不服という顔をして言った。

「あなたのお父様。ものすごく貴女に甘いわよ。王家からの婚約話を断ろうとするんですもの」

「断………!?」

「並み居る貴族でも断ろうとする家はきっとザットビアハーネだけでしょうね。それを許されるくらいの権力があるから、というのも理由だろうけど」

「お父様が………」

私には保留と仰っていたのに。私が思わず俯くと、エリザベス嬢は顔を覗き込んできて聞いた。

「ユーリアス殿下はいい方よ。少しその………何を考えているか分からないところがあるけれど。どう?お会いしてみない?」

「だけど…………」

「さっきからあなた、だけどだけどしか言わないわね。本音はどうなの?」

エリザベス嬢の指摘にはっとする。
確かに私はさっきからそれしか言っていない気がする。私がユーリアス殿下とお会いする………。それは突然の話しすぎてついていけなかったが、今後のことを考えるとずっと私がこの生活を続けるのは厳しいだろう。
今はまだいい。だけど五年後、十年後は?そう考えた時、いつまでもこの生活をしているのは厳しいと思った。お父様もいずれ爵位をお兄様に継ぐだろう。お兄様がご結婚なさった時、その奥方は私をどう思うかしら………?
嫁入りした先に引きこもりのいい歳した娘がいるなんて知ったら、きっとよく思わないわよね………。
兄嫁と関係が悪化し、家の雰囲気も悪くなり、さらに鬱屈とした生活を過ごすことになる自分の図がざっと浮かんだ。い、いやだ………。そんなのは絶対嫌だわ…………!
私はつい、エリザベス嬢に言ってしまった。

「会う!会います。お父様には私からお話をしておくわ。ユーリアス殿下に………お会いしてみる!」


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