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二章:賢者食い

テオ、ご乱心

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(──そうだわ。セドアの街は、グレイズリー領)

グレイズリー家は由緒ある血筋で、長く王家に使えている一族。爵位は伯爵。
セドアの街をはじめとした、南西の領地を持つ辺境伯だ。
辺境を守る伯は、めったなことでは王都に出てこない。私も、彼の顔を見たことは無かった。

その彼が、なぜこんなクエストを……?

(あきらかに怪しい……けど)

確かめることは適わない。
私は、明日の朝にはこの街を去るのだから。

ふと、先程の会話を思い出した。

『まぁた【賢者食い】の伯爵かい!』

女性はそう言っていた。

(……賢者食い?)

不穏な言葉と、不振なクエスト。
どう見たってこれは──。

その時、ファーレが楽しそうな声を上げた。

「ふぅん……?あきらかに怪しいですね、これ」

「…………」

「でも、今の俺達には関係ないですね?」

「…………」

そうだ。まったく、そのとおりだ。
例え、街のひとに犠牲者が出ているのだとしても。
例え、伯爵が何かしらの悪事を働いていたのだとしても──。

私にできることなど、ない。
今、私は国を出ることで精一杯だ。
ほかのことに構っている時間はない。

「そうね。……有益な情報を得たのだし、宿に戻りましょう」

私がそう言った直後、同じように突然真横から声が聞こえてきた。

「あら。あなたたち、賢者食いの伯爵のクエスト、受けるの?」

振り向くと、そこには茶髪の女性がいた。
歳は私とそう変わらないだろう。柔らかそうな髪に、肩にはショールが巻かれている。
彼女は私たちを見ると顔を顰めた。

「やめた方がいいわよ。……どうしてもお金が必要、っていうなら止めないけど。あの邸に向かったが最後。……吸われるわよ」

「吸われる?」

ファーレは、化粧をして体型を誤魔化す服を身につけてはいるものの、声だけはどうしようもない。そのため、私が代わりに彼女に尋ねる。彼女は目を丸くして言った。

「え?あの噂、あなた知らないの!?」

「噂──」

まずい、このままでは街の住人ではなく、よそから来た人間として覚えられてしまう。
本格的にエレイン・ファルナーわたし探しが始まった時、まず真っ先に調べれるのは他所から来た人間だ。
私は咄嗟に取り繕った。

(確か──)

先程、大通りで話していたひとたちの話を思い出す。

「ひとに魔力を与え、ひとから魔力を奪うという噂の?」

「そう!そうよ!なんだ、知ってるじゃない。この街のひとなら知ってて当然よね。でも、他所からきたひとはそんなのまったく知らないから愚かにも突撃するらしいの。それで──まあ、例に漏れず魔力を奪われたり魔力に充ちたりして帰ってくるのよ」

(魔力に満ちて……)

それは──つまり、そこに行けば私もふたたび魔法を使えるようになるのでは……?
ほんの少しそう考えたが、すぐにその思考は打ち消した。
今はアーロアを出ることが何よりも最優先。それに、テオの知り合いに診てもらう約束もしている。
正直、気になる話ではあるけど。
それに、何より怪しすぎる。そんな旨い話があるかしら?魔力量が少ないひとが、いくらでも魔力を増やせるようになったら魔力量が少ないひとなんていなくなるはずだし、何より──。
王女殿下のお身体だって回復するはずだ。あれは、生きるために必要な魔力が不足しているからこそ起きている不調なのだから。

気になることは多いけれど、私たちはそのまま広場を後にした。



205号室に戻ると、既にテオの姿があった。あの桃色の眼鏡はない。
もう後は就寝の準備だけなので、ファーレは化粧を落とすと言った。

「美女に変身!ってのは悪くないんですけど、顔がパサついて嫌なんですよねぇ。これあの粉のせい?俺は基本、肉体労働派なんでこういう経験は初めてです」

と、独りごちながら浴室に向かう彼を見送りながら、私はテオと明日の打ち合わせを行う。ファーレには後で共有するとして。
私は改めて船の時間を確認した。

「明日の朝、五時十五分。魔法協会の鳴らす早朝の鐘が鳴る時が出航の時間よね?」

「そう。船に乗ってトラブルもなければアルヴェールの北部の街、ルトに到着する

「ルト……」

予め、テオから地図で教えて貰っていた街の名前だ。セドアを出航したら船は一日半をかけて南下し、ルトの街に到着する予定になっている。……トラブルがなければ。
初秋に入り、ぐっと気温は落ちてきているものの、幸いまだ雪は降っていない。天候さえ崩れなければ問題なくルトの街に到着するはず。……国境が閉ざされる前に。

(……うーん!あんまり考えすぎるのはやめよう)

うまくいくのか、とか、予想外のトラブルが起きるのでは、とか。考えれば考えるほど悪い方向に思考は傾いてしまうものだ。今はとりあえず、上手くいく!と思い込んだ方が得策。
悩んだところで状況が変わるわけでもないし。油断は禁物だけど、必要以上に思いつめることもないだろう。
そう考えているとふと、テオが私に尋ねた。

「……顔、あげて」

「……?」

不思議に思ってテオの方向を見ると、同時。
彼の手が私の頬に触れる。突然のことに驚いて間抜けな声が出た。

「ひぇっ!?」

「静かにして、あいつが戻ってくる」

「ちょっ!待っ、なに──うおぉ!?」

何するんだ!と言おうとした直後。
テオの指先が私の目尻に触れて。

ひんやりとした感触にまた悲鳴をあげた。

──ひんやり?

慌てて身を引いて彼の手元を見ると、その手には石のようなものが握られている。青に光る石。それは──。

「魔導石……?」
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