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二章:賢者食い

あなたにはあなたの、私には私の

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「……だいたい、どうして急にそんな話をする気になったの?さっきあなた、はぐらかしてたじゃない。自分は何も知りません、って」

「状況が変わりました。時と場合によって行動するのは暗部の基本です」

「ああそう」

私は投げやりな気持ちで答えたあと、ファーレの胸ぐらを再度掴んだ。掴まれたファーレは少し驚いたようで、目を丸くしている。

「──とでも言うと思った?第二王子殿下だろうが王太子殿下であろうが、私の気持ちは変わらないわ。……というより、もう私は貴族になれない。戻れない・・・・の」

「貴族が嫌になりましたか?」

静かにファーレは私を見つめている。
それをじっと睨みつけて、ため息を吐いた。
そのまま、彼の胸元を掴んでいた手から力を抜き、解放する。

「それもあるけど……私はすべてを捨てて身軽になりたかったのよ。それに、貴族になったら政略結婚をしなければならなくなる」

ファーレは、私の言葉にふたたび目を丸くした。
意外にも、ファーレは顔に出るタイプのようだ。

「私は、恋愛結婚がしたいの」

「…………はぁ」

ファーレが、なんとも曖昧な相槌を打った。
その反応に、じわじわ羞恥がくすぶってくる。それを誤魔化すように、私はまた彼をじろりと睨みつける。

「何よ。ばかなこと言ってる、と思った?」

君主制のアーロアでは、貴族の結婚は当然で、当たり前のものだ。それを拒むなど、彼には信じられないのだろう。現に、鳩が豆鉄砲を受けたような顔をしている。
ぱちぱちと瞬きを繰り返す彼は、少し言葉に悩むようにした後、また私に尋ねた。

「……貴族に戻りたくないのは、それが理由ですか?」

「言ったでしょ。ほかにもあるわよ。でも、政略結婚をしたくない……と思ったのも、ひとつの要因」

ファーレはそのまま押し黙り自身の口元に手を当ててから伺うように私を見る。

「政略結婚からでも愛が芽生えることもあるかもしれませんよ?」

「……あなた、本気で言ってるの?社交界の夫婦なんてそのほとんどが愛人を持ってるじゃない。仲がいいと有名な伯爵夫妻だって、実は仮面夫婦だった、なんてこともよくある話」

私は、焚き火の炎を見ながらぽつぽつと話し出した。
テオは、この件において部外者で、私に巻き込まれただけのひとだ。
こちらの内部事情やゴタゴタなどどうでもいいだろうに、黙って聞いていてくれる。
私は、膝を立てるとその膝に頬を押し付けた。

「私も、アーロアの貴族に生まれたのだもの。貴族に生まれたのなら、政略結婚も当然で、当たり前だと思って生きてきた。……だけど私は、期待を持ってしまった。もしかしたら、貴族をやめられるかもしれない。ただの【エレイン】になれるかもしれない……。貴族の私が【ふつう】を望む。それはとても贅沢な話なんでしょうね。私も、そう思う。それでも……思ってしまった」

衣食住すべてを保証された生活は、私が貴族でなければないものだった。それをとうぜんだと思える権利は、義務を果たしているからこそのもの。その義務を果たしたくないと、果たせないと思ったのならやはり、私はもう貴族でいるべきではないのだろう。

「上辺だけ着飾って、他人の顔色を伺って、貴族らしく、生きる。そんな毎日は息苦しかったわ。ずっと、苦しいと思っていた。私は、私の思うように生きていきたい。そして、それは貴族ではなかった」

「……ご令嬢──エレイン嬢の話はわかりました。ですが」

「わかってるわ。私には私の人生があるように、あなたにもあなたの人生がある。だから、押し付けるつもりはないの。ただ、知っていて欲しいのよ。私がなぜ、戻りたくないと、そう思うのか」

「……王子殿下にご不満ですか?」

彼の再三の言葉に私は肩を竦めてみせた。
彼はきっと、本気で聞いているわけではないのだろう。顔を上げて彼を見ると、それがわかった。

「そうじゃない……って、もうあなたも分かってるんでしょう?」

私の問いに、ファーレは答えなかった。
ただ、思い悩むように眉を僅かに寄せている。
彼には彼の、私には私の人生がある。私の言葉を聞いて、私の考えや気持ちを理解したからと言って、彼も彼で「はいそうですか」とは引き下がれないだろう。
彼がなぜ暗部に入ったのかはわからないが、彼が私のことをなにも知らないように、私だってファーレのことをなにひとつ知らない。

だから、私は知って欲しいと思った。私の話を聞かせて、それを押し付けるつもりはない。ただ、知って欲しいだけなのだ。

私はぱちん、と手を打った。場の空気を変える効果を狙ったのだが、効果の程はどうだろう。

「よし、うん!この話はもうおしまいね!とにかく私はアーロアを出たいの。あなたには、私の足が完治するまで私を運んでもらうわ」

足首は、捻挫のようだが結構重のような気がしてならない。きっと、本来曲げてはならない方にくじいてしまったのだと思う。
ファーレはちらりと私の足首を見てから、顔を上げた。

「あの、ずっと聞きたかったんですけど」

「なに?」

「回復魔法使わないんですか?ご令嬢ならすぐでしょう?」

困惑した言い方に、あ、と思い出した。

(そういえば私、まだファーレに言ってないんだった……)

ファーレは油断ならない。
彼の話を聞いたところ、彼の王家への忠誠はなかなかのものだ。隙を見て王家に報告、即日王城に連行──なんて可能性もぜろではないのだ。
私が今、魔法を使えないことは致命的な弱点になる。賢者うんぬんの話は気になるが、魔法があれば逃げ出すのも容易かったはず。

私は少し考えたが、やがて答えを出した。
それは即ち。

「今ね、私魔法が使えないのよ」

ファーレに、正直にバラすことである。

(隠してもどうせそのうちバレるでしょうし……)

少なくとも、魔法契約の強制力は発揮されているようだ。今、魔法が使えなくなったと知られても彼はそれを報告することは出来ない。
私の言葉に、ファーレはあんぐりと口を開けた。

「……は?えっ?えーと……なにかの冗談、ですか?」

「冗談ならよかったんだけどねー……」

「え?いや……いやいやいや、ちょっと、それは想定していませんでした。何がどうなってそうなったんですか?」

私は、ファーレの言葉に少し考え込んだ。
それから、首を傾げてテオを見る。
彼は、私たちの話を聞いているのか聞いていないのか、膝を立てて座りながら空を見上げていた。テオは私の視線に気がついたのか、ちらりとこちらに視線を向ける。

「断言は出来ないけど、おそらく頭への強い衝撃が理由じゃない?」

さらりとテオが答える。
ファーレは未だ呆気にとられていた。
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