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二章:賢者食い

第二王子の憂鬱④

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予想外で、その行動も未知数。
アレクサンダーは、エレインとまともに話したことすらないが、この時点でアレクサンダーは彼女のことがかなり気になっていた。
それと同時に、自分の婚約のことを考える。

(エリザベスのあの様子だと、近いうちにテールとエレインの婚約をどうにかさせそうだな……)

いまいちテールは何を考えているのかよくわからないが、妹のことならよく理解している。
エリザベスは、間違いなくテールと結婚したがっている。
エリザベスは割とどうでもいいし、相手がテールということにも、欠片の興味もなかった。
だが、テールがエレインの婚約者であるというのなら、話は変わる。

「まずは僕の婚約から手をつけないとな……」

(瑕疵なく、誰にも咎められることなく、婚約を解消し、それで──)

エレインを手に入れる。

今までなにかを欲しいと思ったことはなかったし、そもそも欲しいと思う前に与えられて育った。

贅沢な生活だと思う。

なにかを渇望したことなどない。
なにかに本気になったことなどない。

だから、今感じるこの願いは……この渇望は。
彼が、生まれて初めて抱いたものだった。


あれから二年。
その間に、アレクサンダーとアデルの婚約も穏便に解消する方向で話を進めていたというのに、まさかこのタイミングでエレインが逃亡。

アレクサンダーの予想では、あと一ヶ月以内に彼とアデルの婚約は解消され、その二ー三ヶ月後にテールとエレインの婚約が白紙に戻されると考えていた。

エリザベスのことだ。
どうせ、穏やかに婚約解消をさせる気などないに決まっている。
おおかた、公の場にふたりを呼び出して、こっぴどくエレインを辱める気だったに違いない。

そして、アレクサンダーもそれを止める気はなかった。
衆目の中で婚約解消を告げられ、気落ちしているエレインに彼は婚約の申し込みをするつもりだった。
そして、でろでろに甘やかし、はちみつのような甘さと優しさをもって、傷心の彼女を慰める……つもり、だった。

そう、つい最近までは。

アレクサンダーは、自室に戻ると、どかっとソファに座り込んだ。
そのまま、背もたれに背を預けため息を吐く。

「ああもう、全部めちゃくちゃだよ」

そう言いつつ、そこまで残念に思っていない自分に少し驚いた。

もしかしたら男が一緒にいるかもしれない……というのはかなり、いや猛烈に腹が立つが。

それでも、エレインならなにか──アレクサンダーが予想もしないことを、してくるような気がしたのだ。
想像を裏切らない彼女に、苦笑がこぼれた。

「やってくれるよなぁ……」

アレクサンダーは顔を上げ、天井を見上げた。

(さて……と。僕もそろそろ城を出るか)

部下に探せるのもいいが、自分の目でも彼女を探したい。

エレインは現状、誰かと行動している可能性が非常に高い。
そしてそれは、その相手は男かもしれないのだ。
そう思うと、いてもたってもいられない。

(どこの馬の骨かわからないけど、とりあえずエレインは返してもらうよ)

まだエレインと一緒に行動しているのが男かどうかもわからないのに、アレクサンダーはそう決めつけた。
そして、まだ見ぬ男の顔を想像すると、その男に静かな怒りをぶつけるのだった。

アレクサンダーはそのまま立ち上がると、ライティングデスクの引き出しから、一枚の地図を取りだした。
かなり細かいところまで記された、アーロアの地図だ。
彼は、目的の場所を指で辿りながら、ある場所でその手を止めた。

「……ここは探させていないな」

彼が、指先で示している部分には【ウェルランの森】と書かれている。
沿岸部に位置する森で、近くに細い川が流れでいる。その川は、辿れば王城の湖に繋がっていた。

しかし、ウェルランの森はめったにひとが立ち入らない、鬱蒼とした場所だ。
近隣には、村すらない。
ふつうに考えたら、こんなところにいるとは思えないが──もしかしたら、という可能性もある。

(彼女がいると思われる場所はすべて包囲しているし、見つからないはずがないんだけど……)

かなり手広く探させているし、魔法探知機も使っているというのに、見つからない、というのなら。
エレインはどこかに、潜伏している可能性が高い。
そう考えたアレクサンダーは、ふ、と微笑みを浮かべた。

(絶対見つけてみせるからね、エレイン)

そして、そこで初めて、ふたりは出会うのだ。……と、いうことになっている。アレクサンダーの計画では。
アレクサンダーとエレインはまともに話したことがない。
だからこそ、初対面の印象は大切だ、

彼女を口説くために、アレクサンダーは妹の蔵書を何冊も読み込んだ。
本来はそのセリフを持って、婚約解消後、のエレインを口説く予定だったのだ。
順番も状況も何もかもがめちゃくちゃだが、これもある程度は織り込み済み。

なにせ、相手は予測不能なエレインなのだから。

歯の浮くようなキザなセリフだって、ほんとうはあまり口にしたくない。
恥ずかしいし、滑稽だから。
だけど、それでエレインが手に入るなら、アレクサンダーはいくらでもその手のセリフを口にするつもりだ。

ネックはエリザベスだが、それも考えがある。

ある意味、アレクサンダーは腹をくくっていた。

手段は選ばない。
とにかく、エレインを口説いて口説いて、口説き落として──王城に連れ帰る。

彼はこころの中でそう宣言すると、くるくると地図を丸め、引き出しにしまった。


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