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二章:賢者食い
その頃、アーロア国③
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「やぁ。実は僕もさっき、父上に呼び出されたんだよね。……きみにも関係することなんだね?」
この先にあるのは、謁見の間だけだ。
今しがた、テールは謁見の間から出てきた。
必然、王の話はテールに関するものだとアレクサンダーは察したのだろう。
アレクサンダーは、柔和な印象を覚える王子だが、テールはそんな彼を胡散臭い、と思っていた。
恐れられる第一王子と反対に、アレクサンダーは人好きする、柔和な雰囲気を持つ人物だった。
その見目麗しい容姿もあり【王家の華】と社交界で呼ばれている。
月の姫君と呼ばれるエリザベスと、光の王子と呼ばれるアレクサンダー。
両方揃えば華やかさが約束されること間違いなしだ。
しかし、ふたりが揃うことはあまりなかった。
なぜなら、アレクサンダーの婚約者、アデルとエリザベスの折り合いが悪いからだ。
エリザベスは、アデルが気に入らないようで彼女を近寄らせなかった。
自然と、アデルと一緒に行動することの多いアレクサンダーとも顔を合わせる機会は減る。
アデルは、表面上はエリザベスを敬ってみせるが、その目の奥が笑っていない……とテールもエリザベスと同じことを考えていた。
アデルが、エリザベスと同じ銀の髪を持っていることも、彼女の気分を害する理由のひとつかもしれなかった。
アレクサンダーは、婚約者とエリザベスの不仲を知っていて放置している。
何を考えているのか、まったくわからない。
テールは彼に、腹の読めない男、という印象を抱いていた。
仕える王族に『胡散臭い』と思うなど、とんでもない非礼だ。
しかし、本能的な感覚なのでこればかりはどうしようもない。
王の話をテールがする前に、アレクサンダーが言った。
「つまり、ファルナー伯爵家の令嬢についての話だ。違う?」
答える前に当てられて、テールは軽く目を見開く。その反応に、アレクサンダーが笑った。
「当たりか。じゃあ、おおかた、きみとエレイン嬢の婚約が解消されるのかな。それで、僕と組ませようって考えなのかな、父上は」
どこか楽しそうに話すアレクサンダーに、テールはきつく拳を握った。
ぎりぎりと指の先が白くなるほど拳を握り、彼が絞り出したような低い声で答えた。
「……婚約は解消されていません」
「ふぅん?まあいいよ。エリザベスときみのことなんて、僕はどうでもいいし」
こういうところだ。
柔和で優しげな印象に誤魔化されてしまいがちだが、彼はこうした冷めたところがある。
見るからに冷たそうな──例えば、第一王子のような人間より、一見優男に見えるこの手の男の方がよほど食えない。
「後は妹と父から話を聞くからいいよ。じゃあね」
それだけ言うと、アレクサンダーは回廊の先──謁見の間に消えていった。
アレクサンダーが謁見の間に入室すると、途端、女の怒鳴り声が聞こえてきた。
「どうして!どうしてよ!!なんで、お父様はそんなにあの女のことを構うの!?あんな女、いてもいなくてもいいじゃない!たかが魔力が多いってだけでしょう!?」
地団駄を踏まんばかりに怒りを見せるのは、アレクサンダーの実妹でもある、エリザベスだ。
入室してすぐの怒声に、アレクサンダーの薄水色の瞳がすっと冷える。
エリザベスと話している王は、娘の怒りに手を焼いているようだ。
「ベス、あまり興奮してはいけないよ。また熱が出る」
「今はそんなもの、どうでもいいのよ!!」
アレクサンダーは、そんなふたりのやり取りを見ていたが、やがて静かに王に声をかけた。
「父上、お呼びと聞きましたが」
反応したのは、王ではなくエリザベスだ。
パッとアレクサンダーを振り向いた彼女は見るからに目を輝かせている。
そして飛びつかんばかりにアレクサンダーのもとに駆けてきた。
「お兄様、待ってたのよ!ねえ、お兄様。エレインと婚約してあげて?」
「……エレイン?エレイン・ファルナー?」
わざとらしく、彼はフルネームをあげた。
エリザベスがくちびるを尖らせて彼を見た。
「そうよ。それしかないに決まってるでしょ?ね、エレインはテールと婚約破棄するの。でも、エレインは王国に残さなきゃならないのでしょ?だから、お兄様がもらってあげて?妾でも第二夫人でも、お兄様の好きなようにしていいから!」
エリザベスの怒涛の言葉を、アレクサンダーは冷めた顔で聞き流した。
そしてちらり、と父である国王に視線を向ける。
愛娘の暴走に、父王は、困りきった顔をしている。
「……と、エリザベスは言っていますが。父上、ファルナー伯爵家はなんと?そもそも、エレイン・ファルナーとテール・トリアムの婚約は既に解消されているのですか?」
「だから……!」
なおも言い募ろうとするエリザベスに、アレクサンダーは短く言った。
「僕は今、父上に聞いている。お前は黙っていなさい」
ぴしゃりと咎められたエリザベスは、明らかに不服そうに頬を膨らませた。
真綿で包むように育てられたエリザベスは、叱責されることに慣れていない。
エリザベスは、兄が苦手だ。
ほかの人間はエリザベスに気を使い、配慮するのに、兄たちはそうしない。
抗議するように見てくるエリザベスを無視して、アレクサンダーは父王に見やった。
国王は、顎に手を当て、髭を撫でつけるようにしながら考える素振りを見せた。
「……ファルナー伯爵家は、王家の意向に従うと連絡があった。もとはといえば、令嬢が逃げ出さなければ済んだ話だからな。トリアム侯爵家については、協議中だ」
「協議中って何!お父様!」
エリザベスが声を高くして批判する。
それに、父王はますます弱った顔をした。
「黙っていなさいという言葉が聞こえなかった?」
アレクサンダーに睨まれて、エリザベスが押し黙る。
ふい、と視線をふたたび父王に向けてアレクサンダーが切り出した。
「父上がエレイン・ファルナーとテール・トリアムの婚約を解消してくださるなら、僕は彼女を妻にしますよ」
「なんだ、気に入ってるのか?」
父王が探るように視線を向けてくる。
それに、アレクサンダーは肩を竦めて答えた。
「彼女を妻にするのなら、アデルとは婚約解消をします」
この先にあるのは、謁見の間だけだ。
今しがた、テールは謁見の間から出てきた。
必然、王の話はテールに関するものだとアレクサンダーは察したのだろう。
アレクサンダーは、柔和な印象を覚える王子だが、テールはそんな彼を胡散臭い、と思っていた。
恐れられる第一王子と反対に、アレクサンダーは人好きする、柔和な雰囲気を持つ人物だった。
その見目麗しい容姿もあり【王家の華】と社交界で呼ばれている。
月の姫君と呼ばれるエリザベスと、光の王子と呼ばれるアレクサンダー。
両方揃えば華やかさが約束されること間違いなしだ。
しかし、ふたりが揃うことはあまりなかった。
なぜなら、アレクサンダーの婚約者、アデルとエリザベスの折り合いが悪いからだ。
エリザベスは、アデルが気に入らないようで彼女を近寄らせなかった。
自然と、アデルと一緒に行動することの多いアレクサンダーとも顔を合わせる機会は減る。
アデルは、表面上はエリザベスを敬ってみせるが、その目の奥が笑っていない……とテールもエリザベスと同じことを考えていた。
アデルが、エリザベスと同じ銀の髪を持っていることも、彼女の気分を害する理由のひとつかもしれなかった。
アレクサンダーは、婚約者とエリザベスの不仲を知っていて放置している。
何を考えているのか、まったくわからない。
テールは彼に、腹の読めない男、という印象を抱いていた。
仕える王族に『胡散臭い』と思うなど、とんでもない非礼だ。
しかし、本能的な感覚なのでこればかりはどうしようもない。
王の話をテールがする前に、アレクサンダーが言った。
「つまり、ファルナー伯爵家の令嬢についての話だ。違う?」
答える前に当てられて、テールは軽く目を見開く。その反応に、アレクサンダーが笑った。
「当たりか。じゃあ、おおかた、きみとエレイン嬢の婚約が解消されるのかな。それで、僕と組ませようって考えなのかな、父上は」
どこか楽しそうに話すアレクサンダーに、テールはきつく拳を握った。
ぎりぎりと指の先が白くなるほど拳を握り、彼が絞り出したような低い声で答えた。
「……婚約は解消されていません」
「ふぅん?まあいいよ。エリザベスときみのことなんて、僕はどうでもいいし」
こういうところだ。
柔和で優しげな印象に誤魔化されてしまいがちだが、彼はこうした冷めたところがある。
見るからに冷たそうな──例えば、第一王子のような人間より、一見優男に見えるこの手の男の方がよほど食えない。
「後は妹と父から話を聞くからいいよ。じゃあね」
それだけ言うと、アレクサンダーは回廊の先──謁見の間に消えていった。
アレクサンダーが謁見の間に入室すると、途端、女の怒鳴り声が聞こえてきた。
「どうして!どうしてよ!!なんで、お父様はそんなにあの女のことを構うの!?あんな女、いてもいなくてもいいじゃない!たかが魔力が多いってだけでしょう!?」
地団駄を踏まんばかりに怒りを見せるのは、アレクサンダーの実妹でもある、エリザベスだ。
入室してすぐの怒声に、アレクサンダーの薄水色の瞳がすっと冷える。
エリザベスと話している王は、娘の怒りに手を焼いているようだ。
「ベス、あまり興奮してはいけないよ。また熱が出る」
「今はそんなもの、どうでもいいのよ!!」
アレクサンダーは、そんなふたりのやり取りを見ていたが、やがて静かに王に声をかけた。
「父上、お呼びと聞きましたが」
反応したのは、王ではなくエリザベスだ。
パッとアレクサンダーを振り向いた彼女は見るからに目を輝かせている。
そして飛びつかんばかりにアレクサンダーのもとに駆けてきた。
「お兄様、待ってたのよ!ねえ、お兄様。エレインと婚約してあげて?」
「……エレイン?エレイン・ファルナー?」
わざとらしく、彼はフルネームをあげた。
エリザベスがくちびるを尖らせて彼を見た。
「そうよ。それしかないに決まってるでしょ?ね、エレインはテールと婚約破棄するの。でも、エレインは王国に残さなきゃならないのでしょ?だから、お兄様がもらってあげて?妾でも第二夫人でも、お兄様の好きなようにしていいから!」
エリザベスの怒涛の言葉を、アレクサンダーは冷めた顔で聞き流した。
そしてちらり、と父である国王に視線を向ける。
愛娘の暴走に、父王は、困りきった顔をしている。
「……と、エリザベスは言っていますが。父上、ファルナー伯爵家はなんと?そもそも、エレイン・ファルナーとテール・トリアムの婚約は既に解消されているのですか?」
「だから……!」
なおも言い募ろうとするエリザベスに、アレクサンダーは短く言った。
「僕は今、父上に聞いている。お前は黙っていなさい」
ぴしゃりと咎められたエリザベスは、明らかに不服そうに頬を膨らませた。
真綿で包むように育てられたエリザベスは、叱責されることに慣れていない。
エリザベスは、兄が苦手だ。
ほかの人間はエリザベスに気を使い、配慮するのに、兄たちはそうしない。
抗議するように見てくるエリザベスを無視して、アレクサンダーは父王に見やった。
国王は、顎に手を当て、髭を撫でつけるようにしながら考える素振りを見せた。
「……ファルナー伯爵家は、王家の意向に従うと連絡があった。もとはといえば、令嬢が逃げ出さなければ済んだ話だからな。トリアム侯爵家については、協議中だ」
「協議中って何!お父様!」
エリザベスが声を高くして批判する。
それに、父王はますます弱った顔をした。
「黙っていなさいという言葉が聞こえなかった?」
アレクサンダーに睨まれて、エリザベスが押し黙る。
ふい、と視線をふたたび父王に向けてアレクサンダーが切り出した。
「父上がエレイン・ファルナーとテール・トリアムの婚約を解消してくださるなら、僕は彼女を妻にしますよ」
「なんだ、気に入ってるのか?」
父王が探るように視線を向けてくる。
それに、アレクサンダーは肩を竦めて答えた。
「彼女を妻にするのなら、アデルとは婚約解消をします」
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