上 下
18 / 59
二章:賢者食い

その頃、アーロア国③

しおりを挟む
「やぁ。実は僕もさっき、父上に呼び出されたんだよね。……きみにも関係することなんだね?」

この先にあるのは、謁見の間だけだ。
今しがた、テールは謁見の間から出てきた。
必然、王の話はテールに関するものだとアレクサンダーは察したのだろう。

アレクサンダーは、柔和な印象を覚える王子だが、テールはそんな彼を胡散臭い、と思っていた。

恐れられる第一王子と反対に、アレクサンダーは人好きする、柔和な雰囲気を持つ人物だった。
その見目麗しい容姿もあり【王家の華】と社交界で呼ばれている。

月の姫君と呼ばれるエリザベスと、光の王子と呼ばれるアレクサンダー。
両方揃えば華やかさが約束されること間違いなしだ。
しかし、ふたりが揃うことはあまりなかった。

なぜなら、アレクサンダーの婚約者、アデルとエリザベスの折り合いが悪いからだ。
エリザベスは、アデルが気に入らないようで彼女を近寄らせなかった。
自然と、アデルと一緒に行動することの多いアレクサンダーとも顔を合わせる機会は減る。

アデルは、表面上はエリザベスを敬ってみせるが、その目の奥が笑っていない……とテールもエリザベスと同じことを考えていた。
アデルが、エリザベスと同じ銀の髪を持っていることも、彼女の気分を害する理由のひとつかもしれなかった。

アレクサンダーは、婚約者とエリザベスの不仲を知っていて放置している。
何を考えているのか、まったくわからない。
テールは彼に、腹の読めない男、という印象を抱いていた。

仕える王族に『胡散臭い』と思うなど、とんでもない非礼だ。
しかし、本能的な感覚なのでこればかりはどうしようもない。

王の話をテールがする前に、アレクサンダーが言った。

「つまり、ファルナー伯爵家の令嬢についての話だ。違う?」

答える前に当てられて、テールは軽く目を見開く。その反応に、アレクサンダーが笑った。

「当たりか。じゃあ、おおかた、きみとエレイン嬢の婚約が解消されるのかな。それで、僕と組ませようって考えなのかな、父上は」

どこか楽しそうに話すアレクサンダーに、テールはきつく拳を握った。
ぎりぎりと指の先が白くなるほど拳を握り、彼が絞り出したような低い声で答えた。

「……婚約は解消されていません」

「ふぅん?まあいいよ。エリザベスときみのことなんて、僕はどうでもいいし」

こういうところだ。
柔和で優しげな印象に誤魔化されてしまいがちだが、彼はこうした冷めたところがある。
見るからに冷たそうな──例えば、第一王子のような人間より、一見優男に見えるこの手の男の方がよほど食えない。

「後は妹と父から話を聞くからいいよ。じゃあね」

それだけ言うと、アレクサンダーは回廊の先──謁見の間に消えていった。



アレクサンダーが謁見の間に入室すると、途端、女の怒鳴り声が聞こえてきた。

「どうして!どうしてよ!!なんで、お父様はそんなにあの女のことを構うの!?あんな女、いてもいなくてもいいじゃない!たかが魔力が多いってだけでしょう!?」

地団駄を踏まんばかりに怒りを見せるのは、アレクサンダーの実妹でもある、エリザベスだ。
入室してすぐの怒声に、アレクサンダーの薄水色の瞳がすっと冷える。
エリザベスと話している王は、娘の怒りに手を焼いているようだ。

「ベス、あまり興奮してはいけないよ。また熱が出る」

「今はそんなもの、どうでもいいのよ!!」

アレクサンダーは、そんなふたりのやり取りを見ていたが、やがて静かに王に声をかけた。

「父上、お呼びと聞きましたが」

反応したのは、王ではなくエリザベスだ。
パッとアレクサンダーを振り向いた彼女は見るからに目を輝かせている。
そして飛びつかんばかりにアレクサンダーのもとに駆けてきた。

「お兄様、待ってたのよ!ねえ、お兄様。エレインと婚約してあげて?」

「……エレイン?エレイン・ファルナー?」

わざとらしく、彼はフルネームをあげた。
エリザベスがくちびるを尖らせて彼を見た。

「そうよ。それしかないに決まってるでしょ?ね、エレインはテールと婚約破棄するの。でも、エレインは王国に残さなきゃならないのでしょ?だから、お兄様がもらってあげて?妾でも第二夫人でも、お兄様の好きなようにしていいから!」

エリザベスの怒涛の言葉を、アレクサンダーは冷めた顔で聞き流した。
そしてちらり、と父である国王に視線を向ける。
愛娘の暴走に、父王は、困りきった顔をしている。

「……と、エリザベスは言っていますが。父上、ファルナー伯爵家はなんと?そもそも、エレイン・ファルナーとテール・トリアムの婚約は既に解消されているのですか?」

「だから……!」

なおも言い募ろうとするエリザベスに、アレクサンダーは短く言った。

「僕は今、父上に聞いている。お前は黙っていなさい」

ぴしゃりと咎められたエリザベスは、明らかに不服そうに頬を膨らませた。
真綿で包むように育てられたエリザベスは、叱責されることに慣れていない。
エリザベスは、兄が苦手だ。
ほかの人間はエリザベスに気を使い、配慮するのに、兄たちはそうしない。
抗議するように見てくるエリザベスを無視して、アレクサンダーは父王に見やった。
国王は、顎に手を当て、髭を撫でつけるようにしながら考える素振りを見せた。

「……ファルナー伯爵家は、王家の意向に従うと連絡があった。もとはといえば、令嬢が逃げ出さなければ済んだ話だからな。トリアム侯爵家については、協議中だ」

「協議中って何!お父様!」

エリザベスが声を高くして批判する。
それに、父王はますます弱った顔をした。

「黙っていなさいという言葉が聞こえなかった?」

アレクサンダーに睨まれて、エリザベスが押し黙る。
ふい、と視線をふたたび父王に向けてアレクサンダーが切り出した。

「父上がエレイン・ファルナーとテール・トリアムの婚約を解消してくださるなら、僕は彼女を妻にしますよ」

「なんだ、気に入ってるのか?」

父王が探るように視線を向けてくる。
それに、アレクサンダーは肩を竦めて答えた。

「彼女を妻にするのなら、アデルとは婚約解消をします」
しおりを挟む
感想 311

あなたにおすすめの小説

婚約者を想うのをやめました

かぐや
恋愛
女性を侍らしてばかりの婚約者に私は宣言した。 「もうあなたを愛するのをやめますので、どうぞご自由に」 最初は婚約者も頷くが、彼女が自分の側にいることがなくなってから初めて色々なことに気づき始める。 *書籍化しました。応援してくださった読者様、ありがとうございます。

王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました

さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。 王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ 頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。 ゆるい設定です

あなたの姿をもう追う事はありません

彩華(あやはな)
恋愛
幼馴染で二つ年上のカイルと婚約していたわたしは、彼のために頑張っていた。 王立学園に先に入ってカイルは最初は手紙をくれていたのに、次第に少なくなっていった。二年になってからはまったくこなくなる。でも、信じていた。だから、わたしはわたしなりに頑張っていた。  なのに、彼は恋人を作っていた。わたしは婚約を解消したがらない悪役令嬢?どう言うこと?  わたしはカイルの姿を見て追っていく。  ずっと、ずっと・・・。  でも、もういいのかもしれない。

あの日、さようならと言って微笑んだ彼女を僕は一生忘れることはないだろう

まるまる⭐️
恋愛
僕に向かって微笑みながら「さようなら」と告げた彼女は、そのままゆっくりと自身の体重を後ろへと移動し、バルコニーから落ちていった‥ ***** 僕と彼女は幼い頃からの婚約者だった。 僕は彼女がずっと、僕を支えるために努力してくれていたのを知っていたのに‥

真実の愛を見つけた婚約者(殿下)を尊敬申し上げます、婚約破棄致しましょう

さこの
恋愛
「真実の愛を見つけた」 殿下にそう告げられる 「応援いたします」 だって真実の愛ですのよ? 見つける方が奇跡です! 婚約破棄の書類ご用意いたします。 わたくしはお先にサインをしました、殿下こちらにフルネームでお書き下さいね。 さぁ早く!わたくしは真実の愛の前では霞んでしまうような存在…身を引きます! なぜ婚約破棄後の元婚約者殿が、こんなに美しく写るのか… 私の真実の愛とは誠の愛であったのか… 気の迷いであったのでは… 葛藤するが、すでに時遅し…

殿下が恋をしたいと言うのでさせてみる事にしました。婚約者候補からは外れますね

さこの
恋愛
恋がしたい。 ウィルフレッド殿下が言った… それではどうぞ、美しい恋をしてください。 婚約者候補から外れるようにと同じく婚約者候補のマドレーヌ様が話をつけてくださりました! 話の視点が回毎に変わることがあります。 緩い設定です。二十話程です。 本編+番外編の別視点

ゼラニウムの花束をあなたに

ごろごろみかん。
恋愛
リリネリア・ブライシフィックは八歳のあの日に死んだ。死んだこととされたのだ。リリネリアであった彼女はあの絶望を忘れはしない。 じわじわと壊れていったリリネリアはある日、自身の元婚約者だった王太子レジナルド・リームヴと再会した。 レジナルドは少し前に隣国の王女を娶ったと聞く。だけどもうリリネリアには何も関係の無い話だ。何もかもがどうでもいい。リリネリアは何も期待していない。誰にも、何にも。 二人は知らない。 国王夫妻と公爵夫妻が、良かれと思ってしたことがリリネリアを追い詰めたことに。レジナルドを絶望させたことを、彼らは知らない。 彼らが偶然再会したのは運命のいたずらなのか、ただ単純に偶然なのか。だけどリリネリアは何一つ望んでいなかったし、レジナルドは何一つ知らなかった。ただそれだけなのである。 ※タイトル変更しました

婚約者から婚約破棄をされて喜んだのに、どうも様子がおかしい

恋愛
婚約者には初恋の人がいる。 王太子リエトの婚約者ベルティーナ=アンナローロ公爵令嬢は、呼び出された先で婚約破棄を告げられた。婚約者の隣には、家族や婚約者が常に可愛いと口にする従妹がいて。次の婚約者は従妹になると。 待ちに待った婚約破棄を喜んでいると思われる訳にもいかず、冷静に、でも笑顔は忘れずに二人の幸せを願ってあっさりと従者と部屋を出た。 婚約破棄をされた件で父に勘当されるか、何処かの貴族の後妻にされるか待っていても一向に婚約破棄の話をされない。また、婚約破棄をしたのに何故か王太子から呼び出しの声が掛かる。 従者を連れてさっさと家を出たいべルティーナと従者のせいで拗らせまくったリエトの話。 ※なろうさんにも公開しています。 ※短編→長編に変更しました(2023.7.19)

処理中です...