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関係は変わらず
しおりを挟む気がついたら体が動いていて、抱きついていた。勢いがあまりすぎて、抱きつく、というより飛びかかったような形になってしまった。
フェアリル殿下は少しよろけたものの、しっかりと抱きとめてくれた。
「リリアンナ?」
「……無理はしないで」
まだ外出着のままの彼のベストに顔を押し付けて、くぐもった声で言った。
私を抱きとめていた彼の手が止まる。
「心配してくれてる?」
「当たり前でしょ?頑張ってくれるのは嬉しいわ。……でも、頑張りすぎないで。無茶はしないで欲しいの」
頑張りすぎて体を壊したら元も子もない。変わらず胸に顔を埋めながら言うと、不意に頭を撫でられた。そのまま彼の手は私の髪に触れ、ゆっくりと撫でられる。
「きみの言葉は嬉しいけど、今頑張らないとダメなんだよ。僕が王太子で在るのなら、熟さなければならない。……逆説的に言うと、これくらい乗り越えなければ、僕は王太子という立場にふさわしくないってこと」
ストイックな言葉だ。でも、真面目なフェアリル殿下らしい。そう思って、少しだけ笑みがこぼれる。
心配ではあるけど、彼の言葉は真っ直ぐで頼もしかった。何より、彼の声には力強さがあった。だから、信じられた。
(無茶をしているんじゃないかって思ったけど、思ったよりフェアリル殿下はちゃんと周りを見えている)
「それに、僕は今まで城を出たことがない。父が、病的なほど僕を外に出すことを嫌ったからね」
「……王妃様の件があったから?」
「それしかないと思うよ。辺境に行く時も渋る父をどう説得しようかと思ったけど──ベルティニアのこともあったし、母の件を今ここで片付けてしまってもいいかなと思ったんだ。母の件を引き合いに出して、かつ僕が次期王位を継ぐ人間であることを伝えたら──まあ、母の件で相当ショックを受けたんだろうね。肩透かしなくらいあっさりと許可が出た」
「……そんなことがあったの」
私が呟くと、彼は私の髪をくるくると指先に巻き付けながら話を変えた。
「それより、ヴァートンから報告を貰ってるけど。リリアンナ、ずいぶん頑張ってるんだってね?王族とは思えないほど根気強く勉強に取り組んでいるって聞いてる。……きみにいい顔していなかった教師陣が苦虫を噛み潰したような顔で──それでも、"王女殿下の勉強に励む姿勢は素晴らしいですね"……と言ったそうだよ。根気強く、諦め悪く、机に向かう姿に|教師(せんせい)がたの方が折れた、ってね。……きみの方が、頑張りすぎてない?」
勉強については確かに──最初は分からないことの方が多かった。
不明点を質問をすれば宛てがわれた教師はいい顔をしなかったし、嫌味も多分に言われた。
だけどそれは彼らが陛下を──王家を篤信している証であるし、そもそも彼らが私に悪感情を抱いている理由は、私にある。
であれば、私に出来ることは丁寧に、真摯に教えを乞い、知識をつけていくことだけ。何も難しいことではないわ。
「……あなたが頑張っている時に、私だけ楽なんてできないもの。私はデスフォワードの王女よ?これくらい、予想の範疇だわ。私は、あなたの妻になると決めた時、エルヴィノアの王太子妃に、そして王妃になる覚悟を決めたの。これくらいでへこたれるはずがないじゃない。もっと厳しいのかもしれないと思っていたくらいよ」
私はやると決めたら一直線の女だ。
詮無いことを考えて無為に時間を費やすより、建設的に考えた方が効率がいい。
悩むことは後でいくらでもできるのだから、今しか出来ないことをするべきだ。
私はその場その場で突発的な行動に出がちではあるけど、絶対後悔すると分かっていることだけはやらない。
ううん、行ったことに対して、後悔しないように決めている、と言った方がいいのかもしれない。
起きたことを起点として、どう動けばいいのか考える。
生まれながらに自分の行動に責任を持てと王族として教育を受けていたから、この考え方になったのかもしれない。
とはいえ、私がエルヴィノアの勉強に励むことも、社交に勤しむことも、今しか出来ないことなのだから、やるべきだ。むしろ、やらなければならない。
ここで頑張らなければ女が廃るというものだ。
私はフェアリル殿下の服を掴んで、顔を上げた。そして背伸びして──口付けを贈ろうと思ったのだけど。
思った以上に身長差があったため叶わない。
「…………」
「…………ふ、」
私が口付けをしようとして、失敗したのに勘づいたらしい。
(~~~~~!!)
くちびるを奪おうとして失敗したとか、ちょっと、いやかなり恥ずかしい。こう、上手くスマートにこなすつもりだったのに……!
フェアリル殿下の口角が上がる。意地の悪い笑みを浮かべ、にんまりと瞳を細めた彼を見て、私の次の行動は決まった。
何を言われるかは分からないが、きっとろくなことは言われないし絶対からかわれる。
このままでいたら間違いなくよくない。
嫌な予感がした私は、彼が口を開くより先に、彼の胸ぐらを掴んで引き寄せた。
そのまま勢いよくくちびるを合わせる。
力づくで引っ張ったので、加減など出来なかった。そのせいでフェアリル殿下から「ぅわ」という小さな声が聞こえたが、その声すらも奪うようにくちびるを重ねた。
「──」
ほんの一瞬。僅かにくちびるが触れ合って、そして、すぐ離れた。
ゆっくりとくちびるが離れると、眉を寄せたフェアリル殿下から苦情が入った。
「……乱暴すぎない?」
「ごめんあそばせ?思ったより身長差があったものだから……」
「女性に胸ぐら掴まれたのは初めてだよ」
「あら、フェアリル殿下の初体験を奪ってしまったわね……」
「………」
フェアリル殿下はにっこり笑っているが、腹を立てているのはよく分かる。
とはいえ、先にからかおうとしたのはフェアリル殿下である。そう思っていると、くいっと顎を引かれてそのまま噛み付くようなキスをされた。
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