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フェアリル・ユノン・エルヴィノア ④

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「何?私に答えられることならいいのだけど」

婚約者を愛しているのかとか、抱いてくれとか言うつもりなら一刀両断するつもりだった。冷たくいったフェアリルに、だけどさほど気にした様子のない王女は、そのまま告げた。

「ユノン・エルヴィノア………という方をご存知ないでしょうか?」

「ユノン・エルヴィノア………?」

それは、フェアリルの第2ネームだった。どうしてそれを、という思いで彼女を見る。リリアンナは、まるで裕福な家で育った白い飼い猫のような顔をしてこちらを見ていた。

「その名前を、どこで?」

「本当にいらっしゃるの?」

打てば響くような速さで、王女が聞き返してくる。今質問しているのはフェアリルであるにも関わらず。フェアリルは王女を見る。王女は、フェアリルが答えるまで、名を知った経緯を話しはしないように見えた。
第2ネームを明かすのは、かなりのリスクだ。フェアリルは折を見て、魔法でリリアンナの記憶を抜き取るか少し迷った。フェアリルは生まれつき膨大な魔力を持っている。

「ユノン・エルヴィノア…………それは私の名前だ」

「………えっ?」

リリアンナの目が丸くなる。
それは予想にもしてなかった、というような顔。しかしそれすら演技かもしれないとフェアリルは注意深くリリアンナを見る。なぜか、自分の名を知っている王女。あまりにも怪しすぎる。

「私の名前はフェアリル・ユノン・エルヴィノア。最も、第2ネームはあまり知られていないけどね」

「ど、どういう………」

「王家というのは面倒なしきたりの元、生かされているからね。そういう事情もあって第2ネームはあまり知らされていない」

黙り込む王女に、フェアリルは水を向けた。これ以上くだらない話をする気はなかった。リリアンナがなにかを企んでいるのは既に分かっている。彼女の目的を吐かせてしまおうと思ったのだ。

「それで?リリアンナ王女。君の望みは何かな」

「あ、あなたに……双子の弟などは………」

「は?」

しかし、やはりリリアンナは会話が成り立たない。この女、ひとの話を聞いているのか、とフェアリルが眉をしかめる。フェアリルのリリアンナへの好感度はどんどんゼロへと近づいていく。
大体こっちが質問しているだろう、ひとの話を聞け。そう思っていると、唐突にリリアンナが顔を上げた。その顔は毅然としている。どこか納得したかのような顔をしているが、フェアリルはなにひとつ納得していない。そして彼女は言う。

「なんでもありません」

(何でもないわけがないだろ!)

彼女の首根っこ捕まえて吐かせたかったが、曲がりなりにも相手はデスフォワードの王女である。手荒な真似はできないし、そんなことをして責任を取れと言われてもうざったらしい。
そんなことを考えているうちに、彼女は見事に脱兎のごとくその場を逃げ出した。そう、それは見事なまでの脱兎だった。フェアリルは今まで、あんなふうにスタラコラサッサと逃げる令嬢を見たことがなかった。

(彼女は……デスフォワードの王女だよな………?)

フェアリルは一瞬、どこぞの町娘でも身代わりに連れてきたのかと思った。だけど彼女の容姿は王族図鑑に描かれているものそのものだし、発音や仕草にも全くおかしな点は見られない。となると、彼女が王族らしかぬ娘であるだけなのだろう。
そしてフェアリルはそれを、その夜身をもってしることとなった。
淑女の鏡であるはずのリリアンナが、フェアリルの部屋に飛び込んでは、彼に文字通り飛びかかってきたからである。

「ごめんあそばせ!どうしてもあなたの精液が必要なの。そうしないと私、死んじゃうのよ!!」

という、信じられない言葉を吐いて。

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