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【幕間】果物はお好き?①

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ひとつ分かったことがある。
あの青薔薇は、復活してから三日で散ってしまう。散ると、残るのは無残にも数字の三、と刻まれた青文字だけ。
つまり実質回復するのは三日だけということになる。
あれから三日後、私はまたしてもフェアリル殿下の執務室を尋ねることになった。私だって学ぶ。何度も何度も寝室に、しかも夜の寝室に未婚の淑女が訪れるものでは無い。
1回であれば緊急の用があったとごまかせるが、二回ともなればごまかしは効かない。しかも相手は超大国のエルノヴィア帝国の王太子であり、しかも婚約者持ち。もし私が彼の寝室に入り浸っているという噂話でも撒かれれば、まず面倒なことになるだろう。
確か王太子の婚約者はこの国の宰相の娘だったはず。私が体を使って王太子を籠絡しているとでも思われれば、それはすなわち国同士の諍いに繋がる。それはダメだ。私は自分がたすかりたいだけであって国同士の諍いは望んではいない。
私はどうしたって自分が助かりたい。だけどこれを公にするわけにもいかない。となれば、とる方法はひとつだけ。誰にも知られず精液をいただくほかない………!!

「ごきげんよう、フェアリル殿下」

「…………また来たのか」

実に嫌そうな顔をするフェアリル殿下。淑女の前でなんて顔をするんだと思わなくもないが、彼の気持ちは大いにわかる。デスフォワードに追い返されないだけ感謝するべきなのだろう。フェアリル殿下からしてみれば私は突然やってきた他国の王女で、押し掛け妻と何も変わらない。いや、妻じゃないんだけど。欲しいのは精液だけで。

………考えるとだいぶ頭がぶっ飛んでる女である。10人に話せば10人が頭おかしいと言うだろう。そうだろう。私もそう思う。だかどこれはやむにやまれぬ理由があるのだ。許して欲しい、と内心誰かにはわからないが謝っておいた。
私はそそくさと王太子の近くによった。くっ、今日も今日とてやっぱりその顏(かんばせ)は美しい。ちょっと、何の化粧品使ってるのかしら。肌がきめ細すぎないかしら?肌がツルツルで………そういえばこの方、毛も薄いわよね………。ふと、視線が彼の体をなぞるように動く。私の視線に気がついたフェアリル殿下がますます嫌そうな顔をする。
失礼な、まるで舞踏会で下衆なおじさまに体を触られた淑女みたいな顔をしますのね。まるで私が下衆い欲望でも持ってるかのようじゃないの。違うのに。私が欲しいのは精液だけなのに…………!!

「精液のお時間ですの………」

「しおらしく言っても、言ってることが最悪だ」

「じゃあ精液いただくお時間なのでさっさと服を脱いでくださります?」

せめて慎ましく言おうとすれば、ばっさりと一刀両断された。ならば取り繕う必要は無いと私がいえば、フェアリル殿下はため息をついた。重々しく。長々しく。まるで、私に言い聞かせるかのようだ。

「……………リリアンナ王女」

「はい」

「今、ここはどこだか分かってる?」

「誇り高きエルノヴィア帝国の王太子、フェアリル殿下の執務室ですわよね」

それくらい分かっている。私が当然とばかりに答えると、執務机の椅子に座っていたフェアリル殿下がまるで犬を追い払うかのような動作でしっしっと、手を払った。ものすごく失礼である。とんでもなく失礼である。間違っても他国の王女にする仕草ではない。いや、それを言ったら私こそがありえないのだが。

「そうだね。大正解だ。それで、今は何時かな」

「お昼の一時を過ぎたあたりですわね」

「うん。それも正解。それで、リリアンナ王女は何をしにここに来たのかな」

ちなみに、もちろんだが執務室には誰もいない。フェアリル殿下が側近に何か言い含めて退室させたからだ。どうやら気心知れているらしい側近はあっさり頷いて部屋をあとにしていた。恐らく扉の外にはいるだろう。

「精液をいただきに」

「うん、分かった。きみは品位とかそれ以前に、常識を学び直した方がいいと思う。せっかくだから滞在中に講師をつけてあげようか」

「お言葉はありがたいんですけど、時間が無いんですのよ、とにかく殿下はこのままでも構いませんわ。私が好きにしますので」

にっこりと笑ったフェアリル殿下の発言をあっさりと無視し、私はすたすたと執務机の方に向かった。相変わらずの女顔である。顔だけ見れば美少女にすら見える。もうちょっとこう………肩幅を削って手とか、腕から男らしさを削れば殿下は間違いなく国一番の美少女になれただろう。私は彼を見ながら思わざるを得なかった。

「美貌の無駄使いよね………」

「何だって?」

「いえ、女性として生まれた方が殿下も幸せになれたかな………っきゃあ!」

しみじみと言った、と思ったら。
突然がしりと何の前触れもなく二の腕を掴まれてそのまま引き寄せられた。いや、引き寄せられたなんてそんな甘い発言じゃない。まるでペットの猫を捕まえるみたいな仕草だ。乱暴である。思わず、フェアリル殿下の肩を掴むと、深い青空のような瞳と目が合った。

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