6 / 50
一章:ミレーゼの死
運命の日 ⑵
しおりを挟む
「ミチュア様、言葉が過ぎます」
ロザリア様の手首を掴みながらミチュア様を注意すると、彼女はあからさまに私を睨みつけてきた。
「何ですって」
「ロザリア様は、歴史あるブレアンの王女殿下であった方です。あなたの発言は、貴国への侮辱に値します。……謝罪を」
「ふざけないで!何様のつもり!?」
ロザリア様の手は震えていた。
何が発端かは分からないが、自国を貶されて震えるほどの怒りを覚えたのだと思う。
王女としての誇り、国を背負う重圧、異国での慣れない環境。その中で、彼女は懸命に妃として生きていた。
ミチュア様の言葉は、そんな彼女を貶し、愚弄する言葉だ。決して、言ってはいけないものだった。
私は、ロザリア様を見た。
先程までは怒りで赤く染まっていた顔は、今は蒼白だった。くちびるを噛んで、険しい表情をしている。
これは、間違いなく国際問題に発展するだろう。
それほどまでに、ミチュア様の発言は許されない。ブレアンも、国として抗議してくるはずだ。
「……ロザリア様。彼女が、無礼を働きました。お許しいただけないでしょうか」
「……どうして王妃陛下が謝られるのですか。私は、この女からの謝罪を望みます」
当然だ。ロザリア様は、その矜恃を傷つけられたのだから。私は頷いてまたミチュア様を見る。
ミチュア様はもう、ロザリア様を見ていない。
彼女がみているのは、睨みつけているのは、私。
「こういう時ばっかり出しゃばってきて、嫌な女」
「ミチュア様、謝罪を」
「何で貴女に命令されないといけないの!?いい加減、煩わしいのよ、貴女!お飾りの王妃のくせして、私に命令しないで!」
どん、と肩を突かれる。
僅かに体が傾いだが、倒れ込まずに済んだ。
「そうよ。何もかも貴女が悪いのよ。貴女がいなけば私は……私は、この国の王妃だった!貴女さえいなければ!」
「……落ち着いてください。例え私がいなくとも、ウブルクには姉がいます。私がいなかったとしても、レスィア侯爵家は王妃の生家にはなり得なかった」
「うるさいうるさいうるさい!!だいたい、負け犬に負け犬って言って何が悪いの!?ブレアンは、大戦時、どの国よりも先に降伏を宣言して、我が国の属国となったのよ。誇りも何もあったもんじゃないわ」
「──」
ロザリア様が息を呑む。
「ミチュア様!」
「この女と陛下が結婚されたのだって、属国の忠誠を確かめるため!何が王女よ。そんなくだらないもののために──」
ぱん、と乾いた音が鳴った。
私が、ミチュア様の頬を叩いたのだ。
彼女は目を大きく見開いていた。
信じられない、と言わんばかりに。
「言ったはずです。言い過ぎだと」
彼女の頬を叩いた手が、じんじんと熱を持つ。
ミチュア様は叩かれた頬に手を当てて、私を睨みつけてきた。強く、憎悪の籠った瞳で。
「……い、今、私の……私の顔を……!!」
「……哀れなものだわ。陛下の寵愛を失った貴女には何もないものね。私が、王女という座にしがみついてるだけ、というのなら、貴女は貴族に過ぎない侯爵家の栄誉に縋り付いているのね。もう長い間、陛下と閨はご一緒されてないのだとか?」
「──」
今度は、ミチュア様が息を呑む。
ロザリア様は、そんな彼女を冷たく見据えて言葉を続けた。
「そうよねぇ。陛下は貴女を愛していない。……わかっているのでしょう?だから焦っている。可哀想。陛下の愛を得て、貴女の鼻は随分伸びたようだけど……それが偽りだったと知って、ポッキリ折れてしまったのね。それが、紛い物にしか過ぎないと気付いてしまった?」
「お前……!」
「三年、閨を共にされて未だ妊娠の兆しがないのはなぜ?不思議ね。もしかして陛下は、貴女に避妊薬を──」
「うるさいうるさいうるさい!!黙れーー!」
ロザリア様の言葉は、的確にミチュア様の心を抉ったようだった。激昂した彼女は、不意に足元に転がるガラス片を手に取った。
それを手に持ち、ロザリア様の首を目掛けて振り下ろす。
私は咄嗟に彼女の手首を掴んだが、怒りで我を忘れているためか、力が強すぎる。血走った目で、ミチュア様は私を睨みつけた。
「退きなさい、退きなさいよ!!」
「やめてください。妃同士での争いは禁じる、と言ったではありませんか!」
彼女たちが側妃として宮中入りする際に、私は言ったはずだ。
しかしその言葉は、彼女の怒りをさらに煽っただけなようだった。
「貴女が勝手に言っているだけでしょ!そもそも、どうして貴女の言うことを聞かなければならないの!?愛されない王妃に用はないのよ!」
「っ……」
彼女が手に持つガラス片が私の手を切り裂き、痛みに眉を寄せる。ロザリア様はそんな彼女を見て驚きに口を手で覆っていたが、やがて怒りに満ちた顔でミチュア様を見た。
「いいわ。貴女がその気なら、私が貴女を殺してあげる。これは正当防衛だわ」
そういったロザリア様がドレスの裾を持ち上げ、太腿のレッグシースから取り出したのは、短剣。
彼女が常に暗器を身につけているなど知らなかった。唖然としているうちに、彼女が短剣の柄を逆手に持ち、ミチュア様目掛けて振り下ろしてきた。
悲鳴が上がる。完全に背後から振り下ろされる形となった短剣を、既にミチュア様の持つガラス片を抑えている私が取り押さえるのは難しかった。
侍女が悲鳴をあげて、慌てて近衛騎士を呼びに行くが、もうどうにもならない。
(……もう、いいんじゃないかな)
ふと、そんなことを思った。
それは一瞬のことだったが、その一瞬が全てを決めてしまった。私は、ミチュア様の前に体を出すように滑り込ませて──ロザリア様の短剣を身に受けた。私が割り込んだことで、場所の位置がズレたのだろう。背中ではなく、首筋を、鋭いものが通っていく。痛みは一瞬で、燃えるような熱を感じた。
ロザリア様の手首を掴みながらミチュア様を注意すると、彼女はあからさまに私を睨みつけてきた。
「何ですって」
「ロザリア様は、歴史あるブレアンの王女殿下であった方です。あなたの発言は、貴国への侮辱に値します。……謝罪を」
「ふざけないで!何様のつもり!?」
ロザリア様の手は震えていた。
何が発端かは分からないが、自国を貶されて震えるほどの怒りを覚えたのだと思う。
王女としての誇り、国を背負う重圧、異国での慣れない環境。その中で、彼女は懸命に妃として生きていた。
ミチュア様の言葉は、そんな彼女を貶し、愚弄する言葉だ。決して、言ってはいけないものだった。
私は、ロザリア様を見た。
先程までは怒りで赤く染まっていた顔は、今は蒼白だった。くちびるを噛んで、険しい表情をしている。
これは、間違いなく国際問題に発展するだろう。
それほどまでに、ミチュア様の発言は許されない。ブレアンも、国として抗議してくるはずだ。
「……ロザリア様。彼女が、無礼を働きました。お許しいただけないでしょうか」
「……どうして王妃陛下が謝られるのですか。私は、この女からの謝罪を望みます」
当然だ。ロザリア様は、その矜恃を傷つけられたのだから。私は頷いてまたミチュア様を見る。
ミチュア様はもう、ロザリア様を見ていない。
彼女がみているのは、睨みつけているのは、私。
「こういう時ばっかり出しゃばってきて、嫌な女」
「ミチュア様、謝罪を」
「何で貴女に命令されないといけないの!?いい加減、煩わしいのよ、貴女!お飾りの王妃のくせして、私に命令しないで!」
どん、と肩を突かれる。
僅かに体が傾いだが、倒れ込まずに済んだ。
「そうよ。何もかも貴女が悪いのよ。貴女がいなけば私は……私は、この国の王妃だった!貴女さえいなければ!」
「……落ち着いてください。例え私がいなくとも、ウブルクには姉がいます。私がいなかったとしても、レスィア侯爵家は王妃の生家にはなり得なかった」
「うるさいうるさいうるさい!!だいたい、負け犬に負け犬って言って何が悪いの!?ブレアンは、大戦時、どの国よりも先に降伏を宣言して、我が国の属国となったのよ。誇りも何もあったもんじゃないわ」
「──」
ロザリア様が息を呑む。
「ミチュア様!」
「この女と陛下が結婚されたのだって、属国の忠誠を確かめるため!何が王女よ。そんなくだらないもののために──」
ぱん、と乾いた音が鳴った。
私が、ミチュア様の頬を叩いたのだ。
彼女は目を大きく見開いていた。
信じられない、と言わんばかりに。
「言ったはずです。言い過ぎだと」
彼女の頬を叩いた手が、じんじんと熱を持つ。
ミチュア様は叩かれた頬に手を当てて、私を睨みつけてきた。強く、憎悪の籠った瞳で。
「……い、今、私の……私の顔を……!!」
「……哀れなものだわ。陛下の寵愛を失った貴女には何もないものね。私が、王女という座にしがみついてるだけ、というのなら、貴女は貴族に過ぎない侯爵家の栄誉に縋り付いているのね。もう長い間、陛下と閨はご一緒されてないのだとか?」
「──」
今度は、ミチュア様が息を呑む。
ロザリア様は、そんな彼女を冷たく見据えて言葉を続けた。
「そうよねぇ。陛下は貴女を愛していない。……わかっているのでしょう?だから焦っている。可哀想。陛下の愛を得て、貴女の鼻は随分伸びたようだけど……それが偽りだったと知って、ポッキリ折れてしまったのね。それが、紛い物にしか過ぎないと気付いてしまった?」
「お前……!」
「三年、閨を共にされて未だ妊娠の兆しがないのはなぜ?不思議ね。もしかして陛下は、貴女に避妊薬を──」
「うるさいうるさいうるさい!!黙れーー!」
ロザリア様の言葉は、的確にミチュア様の心を抉ったようだった。激昂した彼女は、不意に足元に転がるガラス片を手に取った。
それを手に持ち、ロザリア様の首を目掛けて振り下ろす。
私は咄嗟に彼女の手首を掴んだが、怒りで我を忘れているためか、力が強すぎる。血走った目で、ミチュア様は私を睨みつけた。
「退きなさい、退きなさいよ!!」
「やめてください。妃同士での争いは禁じる、と言ったではありませんか!」
彼女たちが側妃として宮中入りする際に、私は言ったはずだ。
しかしその言葉は、彼女の怒りをさらに煽っただけなようだった。
「貴女が勝手に言っているだけでしょ!そもそも、どうして貴女の言うことを聞かなければならないの!?愛されない王妃に用はないのよ!」
「っ……」
彼女が手に持つガラス片が私の手を切り裂き、痛みに眉を寄せる。ロザリア様はそんな彼女を見て驚きに口を手で覆っていたが、やがて怒りに満ちた顔でミチュア様を見た。
「いいわ。貴女がその気なら、私が貴女を殺してあげる。これは正当防衛だわ」
そういったロザリア様がドレスの裾を持ち上げ、太腿のレッグシースから取り出したのは、短剣。
彼女が常に暗器を身につけているなど知らなかった。唖然としているうちに、彼女が短剣の柄を逆手に持ち、ミチュア様目掛けて振り下ろしてきた。
悲鳴が上がる。完全に背後から振り下ろされる形となった短剣を、既にミチュア様の持つガラス片を抑えている私が取り押さえるのは難しかった。
侍女が悲鳴をあげて、慌てて近衛騎士を呼びに行くが、もうどうにもならない。
(……もう、いいんじゃないかな)
ふと、そんなことを思った。
それは一瞬のことだったが、その一瞬が全てを決めてしまった。私は、ミチュア様の前に体を出すように滑り込ませて──ロザリア様の短剣を身に受けた。私が割り込んだことで、場所の位置がズレたのだろう。背中ではなく、首筋を、鋭いものが通っていく。痛みは一瞬で、燃えるような熱を感じた。
2,427
お気に入りに追加
4,170
あなたにおすすめの小説
あなたなんて大嫌い
みおな
恋愛
私の婚約者の侯爵子息は、義妹のことばかり優先して、私はいつも我慢ばかり強いられていました。
そんなある日、彼が幼馴染だと言い張る伯爵令嬢を抱きしめて愛を囁いているのを聞いてしまいます。
そうですか。
私の婚約者は、私以外の人ばかりが大切なのですね。
私はあなたのお財布ではありません。
あなたなんて大嫌い。
【完結】私は死んだ。だからわたしは笑うことにした。
彩華(あやはな)
恋愛
最後に見たのは恋人の手をとる婚約者の姿。私はそれを見ながら階段から落ちた。
目を覚ましたわたしは変わった。見舞いにも来ない両親にー。婚約者にもー。わたしは私の為に彼らをやり込める。わたしは・・・私の為に、笑う。
【完結】殿下、自由にさせていただきます。
なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」
その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。
アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。
髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。
見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。
私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。
初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?
恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。
しかし、正騎士団は女人禁制。
故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。
晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。
身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。
そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。
これは、私の初恋が終わり。
僕として新たな人生を歩みだした話。
【完結】お飾りの妻からの挑戦状
おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。
「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」
しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ……
◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています
◇全18話で完結予定
【完結】私が貴方の元を去ったわけ
なか
恋愛
「貴方を……愛しておりました」
国の英雄であるレイクス。
彼の妻––リディアは、そんな言葉を残して去っていく。
離婚届けと、別れを告げる書置きを残された中。
妻であった彼女が突然去っていった理由を……
レイクスは、大きな後悔と、恥ずべき自らの行為を知っていく事となる。
◇◇◇
プロローグ、エピローグを入れて全13話
完結まで執筆済みです。
久しぶりのショートショート。
懺悔をテーマに書いた作品です。
もしよろしければ、読んでくださると嬉しいです!
挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました
結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】
今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。
「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」
そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。
そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。
けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。
その真意を知った時、私は―。
※暫く鬱展開が続きます
※他サイトでも投稿中
【完結】この運命を受け入れましょうか
なか
恋愛
「君のようは妃は必要ない。ここで廃妃を宣言する」
自らの夫であるルーク陛下の言葉。
それに対して、ヴィオラ・カトレアは余裕に満ちた微笑みで答える。
「承知しました。受け入れましょう」
ヴィオラにはもう、ルークへの愛など残ってすらいない。
彼女が王妃として支えてきた献身の中で、平民生まれのリアという女性に入れ込んだルーク。
みっともなく、情けない彼に対して恋情など抱く事すら不快だ。
だが聖女の素養を持つリアを、ルークは寵愛する。
そして貴族達も、莫大な益を生み出す聖女を妃に仕立てるため……ヴィオラへと無実の罪を被せた。
あっけなく信じるルークに呆れつつも、ヴィオラに不安はなかった。
これからの顛末も、打開策も全て知っているからだ。
前世の記憶を持ち、ここが物語の世界だと知るヴィオラは……悲運な運命を受け入れて彼らに意趣返す。
ふりかかる不幸を全て覆して、幸せな人生を歩むため。
◇◇◇◇◇
設定は甘め。
不安のない、さっくり読める物語を目指してます。
良ければ読んでくだされば、嬉しいです。
旦那様に愛されなかった滑稽な妻です。
アズやっこ
恋愛
私は旦那様を愛していました。
今日は三年目の結婚記念日。帰らない旦那様をそれでも待ち続けました。
私は旦那様を愛していました。それでも旦那様は私を愛してくれないのですね。
これはお別れではありません。役目が終わったので交代するだけです。役立たずの妻で申し訳ありませんでした。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる