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はじまり
しおりを挟む「おはようございます、お嬢様」
「おは…………よ………………ぅうん…………」
「おはようございます、です。お嬢様。眠ってはなりません」
「…………」
麗らかな春は眠りを誘うには十分な季節である。
そんな季節の中、精神は割と堕落しきっている公爵令嬢ーーーエレノアが起きれるはずがないのである。
声をかけて今もなお起こそうと懸命になっているのは公爵家侍女、ソフィア・カッターナである。今日も今日とて彼女はなかなか目覚めないお嬢様に手をやかされている。
エレノア・オードリーはびっくりするような美少女である。キラキラときらめくような金髪に、つやつやの白い肌。寝起きだと言うのにまるで天使のごとく美しい少女は、しかし大変に寝汚かった。そう、エレノアはその美少女顔とは裏腹にかなりマイペースな性格をしていた。よく言えば個性的、悪くいうなら変わっている。どちらも同じ意味なのに言い方を変えるだけでこんなに違うのである。
それはともかくエレノアは超がつくほど美少女なのに変わっているのである。そして朝はかなり寝汚い。侍女の手によってシーツから落とされなければ絶対に目が覚めない。面倒なお嬢様なのである。
「いい加減起きてくださいませ!今日も朝から学園がありますでしょう!」
メイドのソフィアは首元まである髪がふわふわしている黒髪の女性である。外見だけなら不思議ちゃんに見えるが、しかしその中身はしっかりものというエレノアとは真逆なのである。
そして今日もまたエレノアはシーツから落とされそうになりーーーいや、落とされる三秒前に渋々、本当に嫌そうに目を覚ました。
可愛らしい顔ではあるがその顔には『なんで起こすの』と書かれている。嫌そうな顔である。
「おはようございます、お嬢様」
「……………むり…………まだ眠いの………」
「おはようございます、お嬢様」
「いやぁ~~~無理だわ。こんな、朝から起きるなんて無理だわ。私吸血鬼なのよ、太陽の光を浴びたら死んじゃ………」
「大丈夫です、既に浴びてます。お嬢様は生きてます」
「あとから……じわじわきいてくるの………時間差なのよ…………憎い陽光…………」
朝からまたしても意味不明な妄言を繰り広げるエレノアを何とか本日もまた叩き起したソフィアは、クロゼットへと向かった。エレノアの制服を取り出すのである。渋々、心から嫌そうな唸り声を出すエレノアは全く持って令嬢らしくない。だけどこれでも外に出ると公爵令嬢になるのだからさすがだと内心ソフィアは思っていた。
ソフィアがクロゼットから服を取り出すのを見てまた憂鬱な一日が始まるとエレノアは嫌そうな顔を隠さずした。ここは部屋で、いるのはエレノアとソフィアだけである。誰かにたしなめられることも注意されることも無い。
エレノアは貴族なんてさっさとやめてしまいたかった。もとより、こんな生活あってないのである。エレノアは自給自足がしたかった。森の奥深くに住み家の周りに結界を貼り畑を耕し好きな時に寝て好きな時にご飯を食べる生活。なんて素晴らしいの。エレノアはただ堕落した生活を送りたいだけであった。堅苦しい令嬢生活、しかもゆくゆくは王妃なんて死んでも御免である。
エレノアは王太子の婚約者だった。
王太子リュミエール・ミカーエラ・スプリング。スプリング王国の王太子である。
『春』を司る国の王子らしく、彼もまた春を想定させるような容姿をしている。金のリネンを彷彿させるサラサラな髪に、下ろされた前髪。無表情だとかえって怖くなるほど整った顔は、しかし彼が常にほほ笑みを浮かべていることから感じられない。切れ長の青い瞳に長い下まつげ。金箔のような長いまつ毛に、しみひとつない真っ白な肌。
正直自分も可愛い方であると我ながらエレノアは思っていたが、リュミエールはエレノアと同等かそれ以上の美人である。
『エレノア様も美人ですが、リュミエール様の美貌と言ったら男性とは思えませんわ』
という言葉も数しれず聞いてきた。
リュミエール男だよね??なのになんで比較されなきゃならないのよ、とはエレノアの意である。
そんなエレノアとリュミエールであるが、意外といえば意外なのか、お互いに恋愛感情は1mmたりともなかった。いや、昔はあったのかもしれない。なんと言ったってリュミエールは美少年だった。それこそどこぞの天上の国から使わされた天使かと見まごうほどの美少年だった。それには流石のエレノアも魅了された。
自分の美少女具合もなかなかだったが、目の前の少年はまた違う美しさがある。ぽーっと見とれたことだって確かにあった。だけどそれだけだ。
リュミエールは婚約者としてとても良くしてくれた。これで不満を言うものならあちこちで政略結婚をしているであろうご婦人や令嬢たちにシバキ倒されるに違いない。
だけど、エレノアは不満なのだ。不満っていうか虚しい。
リュミエールは婚約者として確かに素晴らしい。いっつもニコニコニコニコ何がそんなに楽しいのか笑ってるし、話だって楽しい。話題も豊富でおしゃべりに困らない。だけどそれだけなのである。もっと言うと、あまりにも優しすぎて人間味のない彼は、巷で流行しているというレンタル恋人みたいにしか思えないのである。
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