上 下
1 / 8

はじまり

しおりを挟む

「おはようございます、お嬢様」

「おは…………よ………………ぅうん…………」

「おはようございます、です。お嬢様。眠ってはなりません」

「…………」

麗らかな春は眠りを誘うには十分な季節である。
そんな季節の中、精神は割と堕落しきっている公爵令嬢ーーーエレノアが起きれるはずがないのである。
声をかけて今もなお起こそうと懸命になっているのは公爵家侍女、ソフィア・カッターナである。今日も今日とて彼女はなかなか目覚めないお嬢様に手をやかされている。
エレノア・オードリーはびっくりするような美少女である。キラキラときらめくような金髪に、つやつやの白い肌。寝起きだと言うのにまるで天使のごとく美しい少女は、しかし大変に寝汚かった。そう、エレノアはその美少女顔とは裏腹にかなりマイペースな性格をしていた。よく言えば個性的、悪くいうなら変わっている。どちらも同じ意味なのに言い方を変えるだけでこんなに違うのである。

それはともかくエレノアは超がつくほど美少女なのに変わっているのである。そして朝はかなり寝汚い。侍女の手によってシーツから落とされなければ絶対に目が覚めない。面倒なお嬢様なのである。

「いい加減起きてくださいませ!今日も朝から学園がありますでしょう!」

メイドのソフィアは首元まである髪がふわふわしている黒髪の女性である。外見だけなら不思議ちゃんに見えるが、しかしその中身はしっかりものというエレノアとは真逆なのである。
そして今日もまたエレノアはシーツから落とされそうになりーーーいや、落とされる三秒前に渋々、本当に嫌そうに目を覚ました。
可愛らしい顔ではあるがその顔には『なんで起こすの』と書かれている。嫌そうな顔である。

「おはようございます、お嬢様」

「……………むり…………まだ眠いの………」

「おはようございます、お嬢様」

「いやぁ~~~無理だわ。こんな、朝から起きるなんて無理だわ。私吸血鬼なのよ、太陽の光を浴びたら死んじゃ………」

「大丈夫です、既に浴びてます。お嬢様は生きてます」

「あとから……じわじわきいてくるの………時間差なのよ…………憎い陽光…………」

朝からまたしても意味不明な妄言を繰り広げるエレノアを何とか本日もまた叩き起したソフィアは、クロゼットへと向かった。エレノアの制服を取り出すのである。渋々、心から嫌そうな唸り声を出すエレノアは全く持って令嬢らしくない。だけどこれでも外に出ると公爵令嬢になるのだからさすがだと内心ソフィアは思っていた。

ソフィアがクロゼットから服を取り出すのを見てまた憂鬱な一日が始まるとエレノアは嫌そうな顔を隠さずした。ここは部屋で、いるのはエレノアとソフィアだけである。誰かにたしなめられることも注意されることも無い。
エレノアは貴族なんてさっさとやめてしまいたかった。もとより、こんな生活あってないのである。エレノアは自給自足がしたかった。森の奥深くに住み家の周りに結界を貼り畑を耕し好きな時に寝て好きな時にご飯を食べる生活。なんて素晴らしいの。エレノアはただ堕落した生活を送りたいだけであった。堅苦しい令嬢生活、しかもゆくゆくは王妃なんて死んでも御免である。

エレノアは王太子の婚約者だった。
王太子リュミエール・ミカーエラ・スプリング。スプリング王国の王太子である。
『春』を司る国の王子らしく、彼もまた春を想定させるような容姿をしている。金のリネンを彷彿させるサラサラな髪に、下ろされた前髪。無表情だとかえって怖くなるほど整った顔は、しかし彼が常にほほ笑みを浮かべていることから感じられない。切れ長の青い瞳に長い下まつげ。金箔のような長いまつ毛に、しみひとつない真っ白な肌。
正直自分も可愛い方であると我ながらエレノアは思っていたが、リュミエールはエレノアと同等かそれ以上の美人である。

『エレノア様も美人ですが、リュミエール様の美貌と言ったら男性とは思えませんわ』

という言葉も数しれず聞いてきた。
リュミエール男だよね??なのになんで比較されなきゃならないのよ、とはエレノアの意である。

そんなエレノアとリュミエールであるが、意外といえば意外なのか、お互いに恋愛感情は1mmたりともなかった。いや、昔はあったのかもしれない。なんと言ったってリュミエールは美少年だった。それこそどこぞの天上の国から使わされた天使かと見まごうほどの美少年だった。それには流石のエレノアも魅了された。
自分の美少女具合もなかなかだったが、目の前の少年はまた違う美しさがある。ぽーっと見とれたことだって確かにあった。だけどそれだけだ。

リュミエールは婚約者としてとても良くしてくれた。これで不満を言うものならあちこちで政略結婚をしているであろうご婦人や令嬢たちにシバキ倒されるに違いない。
だけど、エレノアは不満なのだ。不満っていうか虚しい。
リュミエールは婚約者として確かに素晴らしい。いっつもニコニコニコニコ何がそんなに楽しいのか笑ってるし、話だって楽しい。話題も豊富でおしゃべりに困らない。だけどそれだけなのである。もっと言うと、あまりにも優しすぎて人間味のない彼は、巷で流行しているというレンタル恋人みたいにしか思えないのである。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約者の心の声が聞こえてくるんですけど!!

ごろごろみかん。
恋愛
公爵令嬢ミレイユは、婚約者である王太子に聞きただすつもりだった。「最近あなたと仲がよろしいと噂のミシェルとはどんなご関係なの?」と。ミレイユと婚約者ユリウスの仲はとてもいいとは言えない。ここ数年は定例の茶会以外ではまともに話したことすらなかった。ミレイユは悪女顔だった。黒の巻き髪に気の強そうな青い瞳。これは良くない傾向だとミレイユが危惧していた、その時。 不意にとんでもない声が頭の中に流れ込んできたのである!! *短めです。さくっと終わる

皇太子夫妻の歪んだ結婚 

夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。 その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。 本編完結してます。 番外編を更新中です。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

妻と夫と元妻と

キムラましゅろう
恋愛
復縁を迫る元妻との戦いって……それって妻(わたし)の役割では? わたし、アシュリ=スタングレイの夫は王宮魔術師だ。 数多くの魔術師の御多分に漏れず、夫のシグルドも魔術バカの変人である。 しかも二十一歳という若さで既にバツイチの身。 そんな事故物件のような夫にいつの間にか絆され絡めとられて結婚していたわたし。 まぁわたしの方にもそれなりに事情がある。 なので夫がバツイチでもとくに気にする事もなく、わたしの事が好き過ぎる夫とそれなりに穏やかで幸せな生活を営んでいた。 そんな中で、国王肝入りで魔術研究チームが組まれる事になったのだとか。そしてその編成されたチームメイトの中に、夫の別れた元妻がいて……… 相も変わらずご都合主義、ノーリアリティなお話です。 不治の誤字脱字病患者の作品です。 作中に誤字脱字が有ったら「こうかな?」と脳内変換を余儀なくさせられる恐れが多々ある事をご了承下さいませ。 性描写はありませんがそれを連想させるワードが出てくる恐れがありますので、破廉恥がお嫌いな方はご自衛下さい。 小説家になろうさんでも投稿します。

婚姻初日、「好きになることはない」と宣言された公爵家の姫は、英雄騎士の夫を翻弄する~夫は家庭内で私を見つめていますが~

扇 レンナ
恋愛
公爵令嬢のローゼリーンは1年前の戦にて、英雄となった騎士バーグフリートの元に嫁ぐこととなる。それは、彼が褒賞としてローゼリーンを望んだからだ。 公爵令嬢である以上に国王の姪っ子という立場を持つローゼリーンは、母譲りの美貌から『宝石姫』と呼ばれている。 はっきりと言って、全く釣り合わない結婚だ。それでも、王家の血を引く者として、ローゼリーンはバーグフリートの元に嫁ぐことに。 しかし、婚姻初日。晩餐の際に彼が告げたのは、予想もしていない言葉だった。 拗らせストーカータイプの英雄騎士(26)×『宝石姫』と名高い公爵令嬢(21)のすれ違いラブコメ。 ▼掲載先→アルファポリス、小説家になろう、エブリスタ

【完結】優しくて大好きな夫が私に隠していたこと

恋愛
陽も沈み始めた森の中。 獲物を追っていた寡黙な猟師ローランドは、奥地で偶然見つけた泉で“とんでもない者”と遭遇してしまう。 それは、裸で水浴びをする綺麗な女性だった。 何とかしてその女性を“お嫁さんにしたい”と思い立った彼は、ある行動に出るのだが――。 ※ ・当方気を付けておりますが、誤字脱字を発見されましたらご遠慮なくご指摘願います。 ・★が付く話には性的表現がございます。ご了承下さい。

業腹

ごろごろみかん。
恋愛
夫に蔑ろにされていた妻、テレスティアはある日夜会で突然の爆発事故に巻き込まれる。唯一頼れるはずの夫はそんな時でさえテレスティアを置いて、自分の大切な主君の元に向かってしまった。 置いていかれたテレスティアはそのまま階段から落ちてしまい、頭をうってしまう。テレスティアはそのまま意識を失いーーー 気がつくと自室のベッドの上だった。 先程のことは夢ではない。実際あったことだと感じたテレスティアはそうそうに夫への見切りをつけた

軽い気持ちで超絶美少年(ヤンデレ)に告白したら

夕立悠理
恋愛
容姿平凡、頭脳平凡、なリノアにはひとつだけ、普通とちがうところがある。  それは極度の面食いということ。  そんなリノアは冷徹と名高い公爵子息(イケメン)に嫁ぐことに。 「初夜放置? ぜーんぜん、問題ないわ! だって旦那さまってば顔がいいもの!!!」  朝食をたまに一緒にとるだけで、満足だ。寝室別でも、他の女の香水の香りがしてもぜーんぜん平気。……なーんて、思っていたら、旦那さまの様子がおかしい? 「他の誰でもない君が! 僕がいいっていったんだ。……そうでしょ?」  あれ、旦那さまってば、どうして手錠をお持ちなのでしょうか?  それをわたしにつける??  じょ、冗談ですよね──!?!?

処理中です...