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二章
全てを隠す、偽りごと ※R18
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「……え」
思わぬ言葉に、目を見開いた。
彼はそんな私に苦笑して、額に口付けを落とした。宥めるような仕草だった。
「魔女の隠れ里に行った……という話はしたよね。その時、彼女たちに誠意を見せろ、と言われて──まあ、僕が考える誠意がこれだった、というだけの話だ」
「ま、待ってください。魔女が、あなたにそれを強いたのですか?自傷するように、と」
思わず体を起こそうとする私を、彼は制した。
そして、ゆっくりと首を横に振る。
「違うよ。彼女たちが言ったのは『誠意を見せろ』。ただ、それだけ。だから僕は、刃物を突き立てた。そうすることで、僕の誠意を──気持ちを、示したいと思った。……それ以外、思いつかなかったんだ」
彼は、苦笑した。
「──、──なに、を。なんて、いうこと……を」
思わず、彼の胸元に触れた。
盛り上がった傷跡は、当時受けた傷が相当に深かったことを物語っている。
傷跡をなぞると、彼がくすぐったそうに言った。
「もう昔のことだ。今は痛まないよ」
「……かなり、深い傷だったでしょう。手当は受けたのですか」
固い声になってしまったのは仕方ない。
だって、こんなに、深い傷。
しかも、心臓のすぐ側だ。
すぐにでも手当をしなければ命すら危うい、そんな場所を、深く、穿つなんて──。
ゾッとする。
もしかしたら、私はこのひとを失っていたかもしれないのだ。
「刃物を突き立ててすぐ、魔女が魔法を施してくれたよ。とはいえ、『死んだ人間や重傷者を快癒させるほどの力はないんだ』と彼女たちにものすごく怒られたね。『こんな辺鄙な村で死体を出すな、対応を考えなければならないこっちの身にもなれ』ともね」
「……そう、でしたか……」
ランフルアで魔女と言えば、忌み嫌われ、忌避され、嫌悪される対象だ。
迫害から逃れてきた彼女たちが、他者に警戒を抱くのも当然と言える。
当然とは言える、のだが……。
よほど私が思い詰めたような顔をしていたのだろうか。彼が、胸元を撫でる私の手を掴んだ。
「そのおかげで、きみの母の話を聞くことができた」
「──」
目を見開いた。
彼は、まっすぐ私を見ていた。
優しい瞳だった。
「きみの母は、村でも優しい娘で──ひとを傷つけることに躊躇いを覚える、あたたかい魔女だったらしい」
「そう……です、か」
第三者から母の話を聞く機会など、全くない。
あるとすれば、ランフルアの王妃──王太后か、姉妹の王女か、兄の王くらい。
だけどそのどれもが、いい評価ではなかった。
当然だ。
彼らにとって、母は、王を奪う魔女でしか無かった。
ロディアス様が、静かに言葉を続けた。
「気立てのよい女性で、他人を気遣うことの出来る、優しさがあった。……王に見初められ、村を出たことが悔やまれると……彼女たちはそう言っていた」
「…………」
不意に、彼がごろりと隣に横になった。
ぐっとなかを突かれて、思わぬ快楽に、甘さを含んだ声がこぼれた。
「ぁうっ……」
「ごめんね。すこし、こうしていよう」
彼が、私を抱きしめながら言った。
彼の腕に抱かれ、彼の胸に収まりながら、私は顔を上げる。
ロディアス様は、優しい顔をしていた。
夫婦の行為をしているのに、私たちは何をしているのだろう。そう思うと、なんだか笑えてきてしまう。
ふ、と頬笑みを浮かべると、彼もまた笑った。
頬に口付けを受ける。
「隠れ里で、興味深い話を聞いたんだ」
「それは……何ですか?」
尋ねると、彼は私の髪に触れ、撫でながら言った。
「そもそも──ランフルアで謳われる『魔女と英雄』の話。あれ自体が、偽りで、歪められたものだと──彼女たちは言っていた」
「え……!?」
「そもそも、ことの始まりである、魔物の出現。レーベルトでも、昔、魔物がいたと言われているけれど、そもそもレーベルトでは、魔物を作り出したのが魔女、だなんて言われていないんだよ」
「そう……いえば。そうですね……」
ランフルアでは、知らないものはいないとほど言われる、魔女の存在。
だけど、隣国であるレーベルトではだいたいのひとが魔女を知らない。
私が頷いて答えると、ロディアス様もまた、神妙な顔になった。
「おかしいと思わない?ランフルアでは、魔物の出現が魔女によるものだ、と言われているのに、その隣のレーベルトでは、全くといっていいほど魔女の存在自体、知られていない」
「…………」
「魔女の隠れ里で──彼女たちに話を聞いたんだ。そうするとね、そもそも、魔物を浄化し、国を救ったのは魔女らしいんだよ」
「え……!?」
先程から、驚きの連続すぎて、まともに言葉を紡げない。
私が目を見開いて彼を見ると、彼は静かに頷いた。
「なにぶん、三千年前の話だから、証拠も何もないけれど……彼女たちが言うには、突然現れた魔物を始末したのが、今現在、魔女と呼ばれる存在。そして──当時、ランフルア王家は何もしなかった。いや、できなかった。突然現れた未知の力に、ひとは対抗できなかった。──結果、大勢の人間が死んだ。ランフルア王家は、その失態を誤魔化すために、隠すために、その矛先を魔女──彼女たちに向けた。それが、真実と、彼女たちは話した」
「そんな……。それが、本当なら!ランフルア王家は……!」
「あまりにも酷い話だよね。でも、有り得そうな話だ。王家の威厳が失墜しないよう、憎む先を用立て、民衆の感情を操る。じゅうぶんに、考えられる話ではあると思う」
思わぬ言葉に、目を見開いた。
彼はそんな私に苦笑して、額に口付けを落とした。宥めるような仕草だった。
「魔女の隠れ里に行った……という話はしたよね。その時、彼女たちに誠意を見せろ、と言われて──まあ、僕が考える誠意がこれだった、というだけの話だ」
「ま、待ってください。魔女が、あなたにそれを強いたのですか?自傷するように、と」
思わず体を起こそうとする私を、彼は制した。
そして、ゆっくりと首を横に振る。
「違うよ。彼女たちが言ったのは『誠意を見せろ』。ただ、それだけ。だから僕は、刃物を突き立てた。そうすることで、僕の誠意を──気持ちを、示したいと思った。……それ以外、思いつかなかったんだ」
彼は、苦笑した。
「──、──なに、を。なんて、いうこと……を」
思わず、彼の胸元に触れた。
盛り上がった傷跡は、当時受けた傷が相当に深かったことを物語っている。
傷跡をなぞると、彼がくすぐったそうに言った。
「もう昔のことだ。今は痛まないよ」
「……かなり、深い傷だったでしょう。手当は受けたのですか」
固い声になってしまったのは仕方ない。
だって、こんなに、深い傷。
しかも、心臓のすぐ側だ。
すぐにでも手当をしなければ命すら危うい、そんな場所を、深く、穿つなんて──。
ゾッとする。
もしかしたら、私はこのひとを失っていたかもしれないのだ。
「刃物を突き立ててすぐ、魔女が魔法を施してくれたよ。とはいえ、『死んだ人間や重傷者を快癒させるほどの力はないんだ』と彼女たちにものすごく怒られたね。『こんな辺鄙な村で死体を出すな、対応を考えなければならないこっちの身にもなれ』ともね」
「……そう、でしたか……」
ランフルアで魔女と言えば、忌み嫌われ、忌避され、嫌悪される対象だ。
迫害から逃れてきた彼女たちが、他者に警戒を抱くのも当然と言える。
当然とは言える、のだが……。
よほど私が思い詰めたような顔をしていたのだろうか。彼が、胸元を撫でる私の手を掴んだ。
「そのおかげで、きみの母の話を聞くことができた」
「──」
目を見開いた。
彼は、まっすぐ私を見ていた。
優しい瞳だった。
「きみの母は、村でも優しい娘で──ひとを傷つけることに躊躇いを覚える、あたたかい魔女だったらしい」
「そう……です、か」
第三者から母の話を聞く機会など、全くない。
あるとすれば、ランフルアの王妃──王太后か、姉妹の王女か、兄の王くらい。
だけどそのどれもが、いい評価ではなかった。
当然だ。
彼らにとって、母は、王を奪う魔女でしか無かった。
ロディアス様が、静かに言葉を続けた。
「気立てのよい女性で、他人を気遣うことの出来る、優しさがあった。……王に見初められ、村を出たことが悔やまれると……彼女たちはそう言っていた」
「…………」
不意に、彼がごろりと隣に横になった。
ぐっとなかを突かれて、思わぬ快楽に、甘さを含んだ声がこぼれた。
「ぁうっ……」
「ごめんね。すこし、こうしていよう」
彼が、私を抱きしめながら言った。
彼の腕に抱かれ、彼の胸に収まりながら、私は顔を上げる。
ロディアス様は、優しい顔をしていた。
夫婦の行為をしているのに、私たちは何をしているのだろう。そう思うと、なんだか笑えてきてしまう。
ふ、と頬笑みを浮かべると、彼もまた笑った。
頬に口付けを受ける。
「隠れ里で、興味深い話を聞いたんだ」
「それは……何ですか?」
尋ねると、彼は私の髪に触れ、撫でながら言った。
「そもそも──ランフルアで謳われる『魔女と英雄』の話。あれ自体が、偽りで、歪められたものだと──彼女たちは言っていた」
「え……!?」
「そもそも、ことの始まりである、魔物の出現。レーベルトでも、昔、魔物がいたと言われているけれど、そもそもレーベルトでは、魔物を作り出したのが魔女、だなんて言われていないんだよ」
「そう……いえば。そうですね……」
ランフルアでは、知らないものはいないとほど言われる、魔女の存在。
だけど、隣国であるレーベルトではだいたいのひとが魔女を知らない。
私が頷いて答えると、ロディアス様もまた、神妙な顔になった。
「おかしいと思わない?ランフルアでは、魔物の出現が魔女によるものだ、と言われているのに、その隣のレーベルトでは、全くといっていいほど魔女の存在自体、知られていない」
「…………」
「魔女の隠れ里で──彼女たちに話を聞いたんだ。そうするとね、そもそも、魔物を浄化し、国を救ったのは魔女らしいんだよ」
「え……!?」
先程から、驚きの連続すぎて、まともに言葉を紡げない。
私が目を見開いて彼を見ると、彼は静かに頷いた。
「なにぶん、三千年前の話だから、証拠も何もないけれど……彼女たちが言うには、突然現れた魔物を始末したのが、今現在、魔女と呼ばれる存在。そして──当時、ランフルア王家は何もしなかった。いや、できなかった。突然現れた未知の力に、ひとは対抗できなかった。──結果、大勢の人間が死んだ。ランフルア王家は、その失態を誤魔化すために、隠すために、その矛先を魔女──彼女たちに向けた。それが、真実と、彼女たちは話した」
「そんな……。それが、本当なら!ランフルア王家は……!」
「あまりにも酷い話だよね。でも、有り得そうな話だ。王家の威厳が失墜しないよう、憎む先を用立て、民衆の感情を操る。じゅうぶんに、考えられる話ではあると思う」
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