上 下
103 / 117
二章

でも、そんな単純なものでは無い

しおりを挟む
老夫婦からエレノアを引き取り、帰路に就く。
家の中に入ると、彼女はくるりと振り返って言った。

「あのおにさんは?」

「おに?」

「おにぃ、さん!きらきら、かみ、きれい!」

それで、エレノアがロディアス陛下のことを言っているのだと知った。
私は、なんと答えればいいかわからなくて、膝を曲げて腰を折った。エレノアと視線を合わせると、彼女は真っ直ぐに私を見つめている。
私と同じ、銀の瞳。
瞳の奥に隠れる、薄紅の色彩。

いつか、彼に言われたことがある。

『きみの瞳は、よく見ると淡い桃色が走っているんだよ。かなり近づかないと見えないから、もしかしたらきみも気付いていないかもしれないけど。まるで、泉に咲くコスモスみたいだね。水面に浮かんでいるようで、とても綺麗だ』

あの時は、ただの社交辞令だと思った。
お世辞のようなもので、本気で受け取ってはならない、と。
だけど今、私と鏡写しのようなエレノアの瞳を見て、同じことを思う。

(ほんとうに……)

泉に咲くコスモスのような華やかさが、美しさがある。
とても、綺麗だ。
私がじっとエレノアの瞳を見ていると、彼女がまた尋ねた。

「あの、おにーさんは?」

「ロディアス……様なら、今はいないの」

「ロディ?ロディー?」

「……ねぇ。エレノア、あなたは……あなたは、あのひとのことをどう思う?きらきらの、男の人」

「きらきら?」

「きらきら」

エレノアの言葉に、答える。
私が尋ねると、エレノアは考え込むように視線を持ち上げて──それから、にっこりと笑った。

「好き!」

「──そ、う。……そう」

頷くように、理解するように、言葉を繰り返す。
エレノアは、にこにこ笑っている。

「きらきら、きれい!」

その言葉に、衝撃にも似た思いを抱いた。
ハッと我に返るような、そんな、感覚。

「そう……。そう、だったわね」

私も最初、初めて彼に会った時、同じように思ったのだ。
彼は、周りを圧倒するような、煌びやかな雰囲気のある方だった。
私は、彼の美麗さに圧倒された。

とても、綺麗な人だと──うつくしいひとだと、思ったのだ。

その時抱いた感情は、未知の恐怖と対峙した時のような、畏怖だったけど。

「おかあさんは?」

エレノアが、妙にはっきりとした声で尋ねる。
私は、答えようとして、だけどそのくちびるが震えてしまった。
それを口にするには、上手く言葉にならない。
だけど、エレノアが。
彼女が、私を真っ直ぐに見つめるから。

「……好き、よ。……いまも……。きっと」

また、熱いものが零れる。
雫が、頬を伝う。
次々とこぼれおちて、床に染みを作った。
エレノアが、びっくりしたように私を見る。

「おかあさん、痛い?」

「……ううん。痛く、ない。……もう、痛く……ないの」

だから、大丈夫。
ありがとう、エレノア。

私はそう言って、ちいさな娘の体を抱きしめた。

婚姻は、契約だ。
夫婦は、ただ想い合うだけではだめなのだ。
国の王であるなら、なおさら。
【好き】という感情だけで、乗り越えられるほど【王】という立場は、【王妃】という立場は──楽なものではない。
行動の指標が【好き】という気持ちだけでは、いずれ瓦解する。
【好き】という感情だけで全てを呑み込めるほど、その気持ちは万能ではない。
痛々しい、見掛け倒しの|志(ハリボテ)は、いずれ剥がれ落ちるものだ。
その後、残るものは絶望であり、孤独であり、悲しみであり、苦しみ。

なぜ。どうして。
こんなに、私は──|█████(あいしてるのに)。

満たされない、返されない感情にもがき苦しむのは、もう疲れた。

夫婦に必要なのは信頼であり、信用であり、互いを助け合う、心だ。

私は──ロディアス陛下に、それを望めるだろうか。
しおりを挟む
感想 71

あなたにおすすめの小説

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

大嫌いな歯科医は変態ドS眼鏡!

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
……歯が痛い。 でも、歯医者は嫌いで痛み止めを飲んで我慢してた。 けれど虫歯は歯医者に行かなきゃ治らない。 同僚の勧めで痛みの少ない治療をすると評判の歯科医に行ったけれど……。 そこにいたのは変態ドS眼鏡の歯科医だった!?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

服を脱いで妹に食べられにいく兄

スローン
恋愛
貞操観念ってのが逆転してる世界らしいです。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

お兄ちゃんはお医者さん!?

すず。
恋愛
持病持ちの高校1年生の女の子。 如月 陽菜(きさらぎ ひな) 病院が苦手。 如月 陽菜の主治医。25歳。 高橋 翔平(たかはし しょうへい) 内科医の医師。 ※このお話に出てくるものは 現実とは何の関係もございません。 ※治療法、病名など ほぼ知識なしで書かせて頂きました。 お楽しみください♪♪

処理中です...