上 下
71 / 117
二章

お前のせいだ

しおりを挟む
「──」

あまりの異様さに言葉を失う。
動物の、死骸?
どうして。なぜ。
言葉が続かない。
メイトはさらに説明を続けた。

「窓辺の、へりのところです。起床されたルエイン妃が、窓を開けたところで……その、散乱した遺骸に気がついたようでして」

「…………」

窓辺の、縁。
それも、外側、ということであれば人為的なものではないだろう。
ルエイン妃の窓の外は王家有する中庭だ。
王家の庭は、王族以外の立ち入りが許されておらず、入口は常に騎士が守っている。

その上、窓辺の縁ということであれば、壁を伝い登ってでもしない限り不可能だ。
当然、壁を伝い登るなんて不審な行為をしていれば、すぐに発覚する。

(動物の仕業?)

だとしても、何の偶然だろうか、
昨日に引き続き、今日も、だなんて。

「……ルエイン様のご様子は?」

私が尋ねると、メイドは首を横に振った。

「とても混乱されていて……。その、呪いだ、と」

「──」

「呪われてるのだ、と……。仰られているようです。ずいぶん錯乱したご様子で、お子に障ると判断し、薬湯を飲まれていまはお休みになられています」

「そ………う」

その声は、上手く言葉になっただろうか。

魔女。
それは、魔獣を操り、ひとを食わせる悪魔とよばれ、『不幸』を喚ぶ象徴とも言われている。

そう。『不幸』を喚ぶ象徴なのだ。

(私の……せい?)

私は、魔女のなりそこないだ。
魔女になれなかった落ちこぼれで、魔女としての力は無いに等しい。
だけど、それでも。
魔女である母の血を引いていることは確かだ。
もし。もしも。

(私が……私の中に眠る【魔女の力】が勝手に働いて……ルエイン様を襲っているのだとしたら)

その仮定は、あまりにも恐ろしいものだった。

『お前たちのせいで。お前の母が……私の幸福を奪った……!』

王妃の言葉を思い出す。
幸福をとりあげ、不幸を与える魔女。
もしその言い伝えが、その言葉が真実だとするのなら。

「……王妃陛下?」

メイドが、気遣わしげにこちらを見る。
その瞳に、私を疑う色が、私を畏怖する色がないことに気づいて、私はようやく息ができた。

魔女。
それは、ランフルアでもっとも忌み嫌われる言葉。
恐れられ、怖がられ、畏怖され、嫌悪され、忌避され──【不幸】全てを表したかのような存在なのだ。
レーベルトでは、魔女と英雄の話はあまり有名では無いのだろう。
信仰国家であるレーベルトは、聖女伝説が有名だが、他国の成り立ちにまで知っているものは限られているのかもしれない。
だけど彼女も、私のことを知ったら。

ランフルアに伝わる魔女と英雄の話を知ったら──。
彼女の私を見る目もまた、変わるのだろうか。
私に触れるのも、話すのも、関わることすら忌避するようになるのだろうか。
それを想像すると、目の前が真っ暗になるような絶望があった。

なぜ、私は魔女の娘なのだろう。
そのくせに、魔女のなりそこないである私は、魔女としての力を使えない。

なんて、中途半端な。




それからも、ルエイン様の身辺では不可解なことばかりが起きた。
立て続けに奇妙なことが起こり、メイドたちはもちろん、ルエイン様も相当に参っていると聞いている。

ベットの下から野ねずみが数匹出てきたり。
天井から雨漏りし、その水が赤を帯びた色だったり。

更には、彼女の身の回りの世話をしていたメイドがひとり、亡くなった。

それは不慮の事故だった。
彼女は城下町に降りた時に、暴走した馬車に轢かれたのだ。
ただの偶然。事故だったのだ。
それは分かってあるが、しかしそれにはあまりにも──それは、決定的なものだった。

『ルエイン妃は呪われているのでは』
『お子を成さない王妃陛下のお怒りが』
『王妃陛下は魔女の血を引いているらしい』
『ランフルアでは、魔女は忌むべく存在として……』

ひそやかに交わされる言葉。
きっと、それらは全て正しい。

ひとつ、真実の欠片が見つかれば、ひとはそれを全て暴こうとするものだ。
私が魔女の血を引いていて、そしてランフルアでは魔女は『不幸を喚ぶ象徴』と言われていること。
さらに、魔女には人ならざる力があることまで噂され、あっという間にそれは王城内外に広まった。

メリューエルと、式典で顔を合わせた。
彼女は去年、男女の双子を産んでいる。
出産を経て、メリューエルは再度社交界に復帰していた。
式典で顔を合わせると彼女は『ただの噂です。お気になされませんよう』と気にかけてくれたが、その意見が少数派であることは明らかだった。

みな、私を恐れている。
魔女の血を持つ、私を。




ふと、王城を離れる前の、ロディアス陛下の言葉を思い出した。

『困り事があれば、五大公爵家の令嬢を頼るといい』

彼はそう言ったが、ルエイン様は反五大派筆頭貴族、ステファニー家の娘だ。王妃の私が五大公爵家の一家であるメンデル家の娘、メリューエルや、ラズレイン家の娘、ライラを頼れば、それは肩入れと見られかねない。
王家は中立の立場を求められるのだから。

万が一、彼らの話がこじれれば、それは五大公爵家と反五大派の仲の悪化にも繋がる。
ロディアス陛下が不在の今、不用意な行動は慎むべきだ。
だから、頼ることはできない。



夜。寝室で、私は眠らずにぼんやりと、寝台に腰掛けていた。燭台に灯された明かりが、ゆらゆらと揺れる。
それを見ながら、私は静かに考えを整理していた。

思うに、ルエイン様はきっと、なにかに勘づいていたのだろう。
だから先日、私を訪ねたのだ。
あの時に話を聞いておけば──心底悔やんだが、今更言っても仕方ない。
まだ、間に合う、はずだ。

まだ。

(……ひとがひとり、死んでいるのに?)

脳内で、囁く声がする。
それに、ゾッとした。

そうだ。既に死人が出ているではないか。
私のせいだ。
私の。

私の、この、魔女の力のせい──。

本当に力がないの?
本当に、魔女として人ならざる力を使うことは出来ないの?

私は魔女のなりそこないだ。
だけど、私がそう思っているだけで──本当はどうなのか、分からない。分からないのだ。

私のせいではない。
本当に?
どうしてそう言いきれるの?
なぜ?

──エレメンデールわたしが悪くない、という証拠は?

頭の中で、声が囁く。
もしかしたら、私の力によるものでは無いのかもしれない。

ただの偶然なのかもしれない。

だけど、もしそれが真実で。
これ以上、被害が出て。

さらには、ルエイン様の子まで奪うような、ことに、なったら──。

──それを望んでいるんでしょ?だから、無意識に魔女の力を使った。

「……そんなことない!!」

咄嗟に、悲鳴のような声がこぼれていた。

そんなことは!!
それだけは!
それだけは……有り得ない!

「わたしは……私は!ルエイン様の子を…………。なにも、罪のない、あたらしい……いのち、を」

奪うような。
そんな、真似は。

そんな、ことは。

「かんがえてない……」

本当。本当なのよ。
これだけは、本当なの。

──本当に?じゃあ、なぜ、ルエイン様の周りでは奇妙なことばかり起きるの?あまつさえ、死者まで出てるじゃない。|エレメンデール(あなた)のせいでしょ?認めなさい。往生際の悪い。

「ちがう……。ちが……」

違うはずだ。
違う。絶対に……。

──じゃあ、どうして不吉なことばかり起きるの?

「……わから、ない」

分からないのだ。本当に。
私は何もしていない。

私は、なにも──。
しおりを挟む
感想 71

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

大嫌いな歯科医は変態ドS眼鏡!

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
……歯が痛い。 でも、歯医者は嫌いで痛み止めを飲んで我慢してた。 けれど虫歯は歯医者に行かなきゃ治らない。 同僚の勧めで痛みの少ない治療をすると評判の歯科医に行ったけれど……。 そこにいたのは変態ドS眼鏡の歯科医だった!?

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

お兄ちゃんはお医者さん!?

すず。
恋愛
持病持ちの高校1年生の女の子。 如月 陽菜(きさらぎ ひな) 病院が苦手。 如月 陽菜の主治医。25歳。 高橋 翔平(たかはし しょうへい) 内科医の医師。 ※このお話に出てくるものは 現実とは何の関係もございません。 ※治療法、病名など ほぼ知識なしで書かせて頂きました。 お楽しみください♪♪

ハイスペック上司からのドSな溺愛

鳴宮鶉子
恋愛
ハイスペック上司からのドSな溺愛

お父さんのお嫁さんに私はなる

色部耀
恋愛
お父さんのお嫁さんになるという約束……。私は今夜それを叶える――。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...