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二章
もう遅い 【ロディアス】
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会いたかった。
それは紛れもない本音。
愛してる。
それもきっと、偽りない真実。
ロディアスはしばらく執務机の前で物思いに耽っていたが、自嘲を帯びたため息を吐いた。
「今更自覚しても……」
もう、遅い。
遅すぎた。
現に、その言葉を伝えてもエレメンデールは首を横に振るばかりだった。
彼女は、応えなかった。
エレメンデールは、ロディアスを愛していないのだ。
初めての愛の言葉は、自分でも思わないタイミングだったし、考えるよりも先に言葉が滑り落ちた。
口にするその時まで、彼は恋心を自覚していなかったのだ。
「……自覚したと同時に、失恋か」
自分はまだマシな方なのかもしれない。
例え、想いを拒まれたとしても、形上は夫婦のままだ。
求めれば、エレメンデールは応じるのだろう。以前のように。
ロディアスが夫で、国王だから。
断ることなど、できないから。
自嘲を零す。
ルエインを妃に召し上げてから、エレメンデールの元にも向かわなくなったのは、ルエインとの初夜が完遂していないことが理由だ。
ルエインとの初夜も済んでいないのに、エレメンデールの元に通うわけにもいかない。
それは、ルエインに悪いから──なんて、優しい感情からではない。
単純な話だ。
初夜を果たすことすら出来なかった彼が、足繁くエレメンデールの元に向かえば、それはルエインの妬心を買うことに繋がる。
妃同士の妬みは、家を巻き込み、社交界をも巻き込む。不要な争いを生み出さないようにするためにも、彼はエレメンデールとの夜もまた、避けていた。
その理由を彼女に伝えなかったのは──
ただ、言えなかった。
言いたくなかった。
ただの保身で、自分勝手な理由だ。
『自分で第二妃に迎えることにしたルエインを、抱くことが出来なかった。初夜すら完遂できてない状態なのに、きみの元に足繁く通うことはできなかった』
簡潔に理由をまとめれば、ただそれだけだ。
だからこそ、エレメンデールには言えなかった。
あまりにも情けなくて、みっともない。
ロディアスは背もたれに背を預け、細く息を吐いた。
彼女は、彼に仄かな憧憬を抱いていたはずだ。
八個も年の離れた男に、夢を見ている。
【大人】だと思っている。
だからこそ、言えない。
言って、幻滅されて、失望されたくはない。
ただでさえ、ロディアスには第二妃の件がある。
第二妃の件を考え直すと言った舌の根も乾かないうちに、ルエインが妃になることが決まったと彼女に告げたのだ。
口にしたことをすぐに覆すような男に信用性などないだろう。
これ以上、エレメンデールに自身が至らない男だと思われたくなかった。
そう、ただの見栄だ。
そして、自己保身でしかない。
昨夜まで、気が付きもしなかった。
しかし、今改めて思うに、彼はエレメンデールに悪く思われたくない──彼女に、嫌われたくなかったのだろう。
ロディアスが彼女を愛しているから。
だから、彼女に失望されたくなかった。
彼女の愛は得られなくても、せめて頼れる男だと思われたかった。
なんて、馬鹿馬鹿しい。
(正直に話すことより、見栄を選んだんだ、僕は)
八個も年下の女の子に格好をつけたかった。
ただ、それだけ。
その結果、酒に呑まれて暴走して彼女を無理に抱いて──あまつさえ、愛の言葉を吐く。
繰り返し彼女を求める言葉を口にして、希って。
だけどそれは受け取られることはなかった。
エレメンデールの拒絶を見るに、この半年。
彼が彼女の元に向かわなかったのは、彼女にとっての幸いだったのかもしれない。
もし彼女が、夫だから、仕方なくロディアスに抱かれていたのだとしたら。
彼女の苦痛はどれほどのものだっただろうか。
『国王であることを辞めたら、きみは幻滅する?』
それに、彼女は答えなかった。
(僕は、恐れている)
彼女に失望されることを。
幻滅されて、嫌悪されることを。
他人に嫌われることを恐れたのは、これが初めてだ。
他人にどう思われるか。
それは、政策を進める上で大切なことだ。
ロディアスに悪感情を持つものがいれば、政策の如何を問わず、阻害しようとするだろう。
だから、そういう意味では常に気にしていた。
しかし、嫌われることそのものを恐れたのは──今までなかった。
『……いっそ、ここで死ねたら』
そうすれば、この苦しみからも逃れられるだろうかと彼は笑った。
自分で招いた苦痛の種が花を咲かせた。
ただそれだけなのに、初めての恋に四苦八苦してある彼は逃避の可能性を口にした。
エレメンデールは、真っ直ぐロディアスを見つめて、ぽつりと言った。
『死んで欲しくありません。私は、あなたに生きていて欲しいです』
それは、ロディアスにとって使命宣告もいいところだった。
彼女は決してロディアスの愛には応えない。
だけど、生きて欲しいと。
生きて、国王としての姿を見せろと。
そう言ったのだ。
泣きたいような、悲しいような、苦しいような。
苦笑いが込み上げた。
『エレメンデールに優しくするのはただの義務だよ』
そうだ。そのはずだった。
だけどその時からきっと、彼の本心は彼女を求めていた。
恋情を抱いた経験がないから、分からなかった。
その手の類の感情を、彼は見せかけの優しさだと判断した。
本当は、違ったのだ。
もし。
あの時、好きだ、と。
愛してる、と伝えていたら。
違う|未来(いま)もあっただろうか。
彼女に耳飾りと首飾りを贈った夜。
彼女に心身を大切にしろと言われた、その時に。
『……優しいエレメンデール。僕はきみを──愛している』
そう、続けられていたら。
『僕の妃は、きみだけでいい。そう思った。若輩者の、甘ったれた夢物語だと思われるかな。だとしても僕はそれを、現実にしたい。僕は、きみとなら、互いに互いを助け合う、|良(よ)い夫婦になれると思った。……僕はきみを、|信頼(あい)している』
誤魔化さずにそう、正直に言えていたら。
現実味に乏しい、ただの逃避だ。
だけど甘い仮定は、毒のように骨を蝕み、彼の心を囚える。
意味の無い仮定など、無益だ。
非効率的で、時間の無駄だ。
今までの彼ならバッサリそう切り捨てていた。
だけど今では、その甘い夢想だけが心の拠り所なのだから笑わせる。
あの時──彼の独りよがりな見栄を、エレメンデールは、どう思っただろうか。
彼女はあの言葉を聞いている。
彼に淡い憧憬を抱いていた彼女なら、その言葉に『なるほど』と納得したのかもしれなかった。
そして、彼女はもまた、自分もそうしよう、と考えた可能性がある。
ただの可能性の話だ。
だけどその仮定が真実であれば、エレメンデールの見せる優しさは、全て王妃としての姿だということになる。
思えば、彼女が体を張ってロディアスを庇った時も。彼女は、妃より、国王の命を優先するべきだと言っていた。彼女にしては珍しく、強い口調で。
ロディアスが気が付かなかっただけで、彼女はずっと【国王】として彼を見ていたでは無いか。
その答えに行き着いて、苦く笑う。
『そうだね。ごめん。責任感のないことを言った。──僕は、この国の王、なのにね』
『陛下……』
気遣うようなその瞳は、ロディアスの恋情に応えられない、後ろめたさからくるものだろうか。
『何でもない。馬鹿なことを言ったね。気にしないで』
エレメンデールがロディアスを好きでなくても構わない。
もう遅い。
その通りだ。
今更だ。
その通りだ。
だけど──この感情を持つことは、決して、罪ではない、と。そう思う。
それは紛れもない本音。
愛してる。
それもきっと、偽りない真実。
ロディアスはしばらく執務机の前で物思いに耽っていたが、自嘲を帯びたため息を吐いた。
「今更自覚しても……」
もう、遅い。
遅すぎた。
現に、その言葉を伝えてもエレメンデールは首を横に振るばかりだった。
彼女は、応えなかった。
エレメンデールは、ロディアスを愛していないのだ。
初めての愛の言葉は、自分でも思わないタイミングだったし、考えるよりも先に言葉が滑り落ちた。
口にするその時まで、彼は恋心を自覚していなかったのだ。
「……自覚したと同時に、失恋か」
自分はまだマシな方なのかもしれない。
例え、想いを拒まれたとしても、形上は夫婦のままだ。
求めれば、エレメンデールは応じるのだろう。以前のように。
ロディアスが夫で、国王だから。
断ることなど、できないから。
自嘲を零す。
ルエインを妃に召し上げてから、エレメンデールの元にも向かわなくなったのは、ルエインとの初夜が完遂していないことが理由だ。
ルエインとの初夜も済んでいないのに、エレメンデールの元に通うわけにもいかない。
それは、ルエインに悪いから──なんて、優しい感情からではない。
単純な話だ。
初夜を果たすことすら出来なかった彼が、足繁くエレメンデールの元に向かえば、それはルエインの妬心を買うことに繋がる。
妃同士の妬みは、家を巻き込み、社交界をも巻き込む。不要な争いを生み出さないようにするためにも、彼はエレメンデールとの夜もまた、避けていた。
その理由を彼女に伝えなかったのは──
ただ、言えなかった。
言いたくなかった。
ただの保身で、自分勝手な理由だ。
『自分で第二妃に迎えることにしたルエインを、抱くことが出来なかった。初夜すら完遂できてない状態なのに、きみの元に足繁く通うことはできなかった』
簡潔に理由をまとめれば、ただそれだけだ。
だからこそ、エレメンデールには言えなかった。
あまりにも情けなくて、みっともない。
ロディアスは背もたれに背を預け、細く息を吐いた。
彼女は、彼に仄かな憧憬を抱いていたはずだ。
八個も年の離れた男に、夢を見ている。
【大人】だと思っている。
だからこそ、言えない。
言って、幻滅されて、失望されたくはない。
ただでさえ、ロディアスには第二妃の件がある。
第二妃の件を考え直すと言った舌の根も乾かないうちに、ルエインが妃になることが決まったと彼女に告げたのだ。
口にしたことをすぐに覆すような男に信用性などないだろう。
これ以上、エレメンデールに自身が至らない男だと思われたくなかった。
そう、ただの見栄だ。
そして、自己保身でしかない。
昨夜まで、気が付きもしなかった。
しかし、今改めて思うに、彼はエレメンデールに悪く思われたくない──彼女に、嫌われたくなかったのだろう。
ロディアスが彼女を愛しているから。
だから、彼女に失望されたくなかった。
彼女の愛は得られなくても、せめて頼れる男だと思われたかった。
なんて、馬鹿馬鹿しい。
(正直に話すことより、見栄を選んだんだ、僕は)
八個も年下の女の子に格好をつけたかった。
ただ、それだけ。
その結果、酒に呑まれて暴走して彼女を無理に抱いて──あまつさえ、愛の言葉を吐く。
繰り返し彼女を求める言葉を口にして、希って。
だけどそれは受け取られることはなかった。
エレメンデールの拒絶を見るに、この半年。
彼が彼女の元に向かわなかったのは、彼女にとっての幸いだったのかもしれない。
もし彼女が、夫だから、仕方なくロディアスに抱かれていたのだとしたら。
彼女の苦痛はどれほどのものだっただろうか。
『国王であることを辞めたら、きみは幻滅する?』
それに、彼女は答えなかった。
(僕は、恐れている)
彼女に失望されることを。
幻滅されて、嫌悪されることを。
他人に嫌われることを恐れたのは、これが初めてだ。
他人にどう思われるか。
それは、政策を進める上で大切なことだ。
ロディアスに悪感情を持つものがいれば、政策の如何を問わず、阻害しようとするだろう。
だから、そういう意味では常に気にしていた。
しかし、嫌われることそのものを恐れたのは──今までなかった。
『……いっそ、ここで死ねたら』
そうすれば、この苦しみからも逃れられるだろうかと彼は笑った。
自分で招いた苦痛の種が花を咲かせた。
ただそれだけなのに、初めての恋に四苦八苦してある彼は逃避の可能性を口にした。
エレメンデールは、真っ直ぐロディアスを見つめて、ぽつりと言った。
『死んで欲しくありません。私は、あなたに生きていて欲しいです』
それは、ロディアスにとって使命宣告もいいところだった。
彼女は決してロディアスの愛には応えない。
だけど、生きて欲しいと。
生きて、国王としての姿を見せろと。
そう言ったのだ。
泣きたいような、悲しいような、苦しいような。
苦笑いが込み上げた。
『エレメンデールに優しくするのはただの義務だよ』
そうだ。そのはずだった。
だけどその時からきっと、彼の本心は彼女を求めていた。
恋情を抱いた経験がないから、分からなかった。
その手の類の感情を、彼は見せかけの優しさだと判断した。
本当は、違ったのだ。
もし。
あの時、好きだ、と。
愛してる、と伝えていたら。
違う|未来(いま)もあっただろうか。
彼女に耳飾りと首飾りを贈った夜。
彼女に心身を大切にしろと言われた、その時に。
『……優しいエレメンデール。僕はきみを──愛している』
そう、続けられていたら。
『僕の妃は、きみだけでいい。そう思った。若輩者の、甘ったれた夢物語だと思われるかな。だとしても僕はそれを、現実にしたい。僕は、きみとなら、互いに互いを助け合う、|良(よ)い夫婦になれると思った。……僕はきみを、|信頼(あい)している』
誤魔化さずにそう、正直に言えていたら。
現実味に乏しい、ただの逃避だ。
だけど甘い仮定は、毒のように骨を蝕み、彼の心を囚える。
意味の無い仮定など、無益だ。
非効率的で、時間の無駄だ。
今までの彼ならバッサリそう切り捨てていた。
だけど今では、その甘い夢想だけが心の拠り所なのだから笑わせる。
あの時──彼の独りよがりな見栄を、エレメンデールは、どう思っただろうか。
彼女はあの言葉を聞いている。
彼に淡い憧憬を抱いていた彼女なら、その言葉に『なるほど』と納得したのかもしれなかった。
そして、彼女はもまた、自分もそうしよう、と考えた可能性がある。
ただの可能性の話だ。
だけどその仮定が真実であれば、エレメンデールの見せる優しさは、全て王妃としての姿だということになる。
思えば、彼女が体を張ってロディアスを庇った時も。彼女は、妃より、国王の命を優先するべきだと言っていた。彼女にしては珍しく、強い口調で。
ロディアスが気が付かなかっただけで、彼女はずっと【国王】として彼を見ていたでは無いか。
その答えに行き着いて、苦く笑う。
『そうだね。ごめん。責任感のないことを言った。──僕は、この国の王、なのにね』
『陛下……』
気遣うようなその瞳は、ロディアスの恋情に応えられない、後ろめたさからくるものだろうか。
『何でもない。馬鹿なことを言ったね。気にしないで』
エレメンデールがロディアスを好きでなくても構わない。
もう遅い。
その通りだ。
今更だ。
その通りだ。
だけど──この感情を持つことは、決して、罪ではない、と。そう思う。
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