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一章
何よりも優先すべきこと 【ロディアス】
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「…………」
若輩者のロディアスに咎められたことに、幾人かが眉を寄せるが、先程の惨状を見るに返す言葉が無かったようだ。
沈黙が続く。
ロディアスは、静まり返った議会室で淡々と言葉を繰り出した。
「まず、国境は封鎖しない。封鎖した場合、ドゥランの火の粉を逃れてきた難民の受け入れが叶わなくなる。難民受け入れについてはまた後で議論するとして──国境の封鎖を自国の民に知られれば、悪感情を招きかねない。情勢が不安定な今は、国民の反発が起こりそうな事柄は極力排除すべきだ」
ロディアスは言葉を区切る。
しかし、反論は受け付けないと言わんばかりにまた口を開いた。
先程強く窘められたからか、意気揚々と声を上げる貴族もいないようだった。
ある者は、鼻にしわをよせ、試すようにロディアスの言葉を聞き、ある者はくちびるを引き結び、難しい顔をして彼の話を聞いていた。
「次に、ドゥランとの交易は一時差し止めとする。私の縁戚が旧王家に連なる貴族に嫁いでいる。今は拘束されているようだから、まずは身柄の引き渡しを依頼し、コンタクトを取る。向こうの出方を待って、交易については改めて議論する」
ロディアスの縁戚とは、二代前の国王──つまり彼の祖父姉の孫。
ロディアスにとっては再従兄弟にあたる。彼女がドゥランの貴族に嫁いでいるのだ。旧王家の縁戚に嫁いだので、彼女もまた処刑対象として拘束されていると聞いている。
レーベルト王家の血を引くものとして、ロディアスは彼女の身柄の引き渡しを依頼する予定だった。
「ドゥランがいつ崩壊するのか危うい状態が続いていたことで、エルブレムとの同盟は先んじて結んでいる。ランフルアもまた、エレメンデールを娶ったことで交わしている盟約がある。隣国で革命が成された今、必要なのは周辺国との繋がりだ。……そして何よりも優先すべきことは、国民の悪感情を排除すること。ここまでで、異論あるものはいるか」
厳かに、だけど反論するならもっともな理由を示せと言わんばかりの声でロディアスが周囲に言葉を投げかける。
声を上げたのは、ステファニー公爵だった。
「陛下の仰ったことに概ね賛同いたします。しかし……難民受け入れについては、議論の余地があるかと。あまり数多くの民を受け入れては、レーベルトの、すなわち国民の秩序が乱れます。革命思想に染められたら……それこそ、事ですな」
「貴公の言うことももっともだ。それに対しては、私も議論し、みなの意見を聞きたいと思っている」
「ふむ。陛下は国民の悪感情を、と繰り返し仰られていますが──具体的な策がおありですかな」
続けて尋ねたのは、メンデル公爵だった。
メリューエルの父である公爵は、貴族の中でももっとも貴族らしい貴族だ。
国王であるロディアスのことを尊重する態度を見せるが、己の矜恃もまた高く、自身が決めた采配は決して変えないというこだわりを持つ。
ロディアスから見たメンデル公爵は頑固で頭の固い人物、という印象だ。
五大公爵の中でも面倒な相手なので極力敵に回したくはない。
ロディアスは机の上で手を組み、挑発的な笑みを浮かべる。
「ステファニー公爵家は昔、武勲を挙げた褒美に王家から叙爵された経緯があるな」
「……は」
ステファニー公爵家の興りを話すと、ステファニー公爵はおもむろに鼻にしわを寄せた。
武力にて爵位を得た、というのはすなわちその血が尊いものでは無いことの証明に他ならない。
苦々しい顔でステファニー公爵がロディアスを見る。そんな公爵を、諌めるように、あるいは慰めるように──穏やかな顔をして、ロディアスは言った。
「貴家の興りは、市政では有名な英雄譚として、知らないものはいないようだな。王道劇として、各地で毎日のようにオペラが歌われていると聞いている」
「……そのようですね」
話の着地点が読めないのか、ステファニー公爵は固い口調で頷いて答える。
ロディアスは意図して柔らかな微笑みを見せた。
「であれば、国民からの支持も高い貴家の令嬢を妃にすることで……民の反発はある程度抑えられるのではないかな。どうだい?ステファニー公」
若輩者のロディアスに咎められたことに、幾人かが眉を寄せるが、先程の惨状を見るに返す言葉が無かったようだ。
沈黙が続く。
ロディアスは、静まり返った議会室で淡々と言葉を繰り出した。
「まず、国境は封鎖しない。封鎖した場合、ドゥランの火の粉を逃れてきた難民の受け入れが叶わなくなる。難民受け入れについてはまた後で議論するとして──国境の封鎖を自国の民に知られれば、悪感情を招きかねない。情勢が不安定な今は、国民の反発が起こりそうな事柄は極力排除すべきだ」
ロディアスは言葉を区切る。
しかし、反論は受け付けないと言わんばかりにまた口を開いた。
先程強く窘められたからか、意気揚々と声を上げる貴族もいないようだった。
ある者は、鼻にしわをよせ、試すようにロディアスの言葉を聞き、ある者はくちびるを引き結び、難しい顔をして彼の話を聞いていた。
「次に、ドゥランとの交易は一時差し止めとする。私の縁戚が旧王家に連なる貴族に嫁いでいる。今は拘束されているようだから、まずは身柄の引き渡しを依頼し、コンタクトを取る。向こうの出方を待って、交易については改めて議論する」
ロディアスの縁戚とは、二代前の国王──つまり彼の祖父姉の孫。
ロディアスにとっては再従兄弟にあたる。彼女がドゥランの貴族に嫁いでいるのだ。旧王家の縁戚に嫁いだので、彼女もまた処刑対象として拘束されていると聞いている。
レーベルト王家の血を引くものとして、ロディアスは彼女の身柄の引き渡しを依頼する予定だった。
「ドゥランがいつ崩壊するのか危うい状態が続いていたことで、エルブレムとの同盟は先んじて結んでいる。ランフルアもまた、エレメンデールを娶ったことで交わしている盟約がある。隣国で革命が成された今、必要なのは周辺国との繋がりだ。……そして何よりも優先すべきことは、国民の悪感情を排除すること。ここまでで、異論あるものはいるか」
厳かに、だけど反論するならもっともな理由を示せと言わんばかりの声でロディアスが周囲に言葉を投げかける。
声を上げたのは、ステファニー公爵だった。
「陛下の仰ったことに概ね賛同いたします。しかし……難民受け入れについては、議論の余地があるかと。あまり数多くの民を受け入れては、レーベルトの、すなわち国民の秩序が乱れます。革命思想に染められたら……それこそ、事ですな」
「貴公の言うことももっともだ。それに対しては、私も議論し、みなの意見を聞きたいと思っている」
「ふむ。陛下は国民の悪感情を、と繰り返し仰られていますが──具体的な策がおありですかな」
続けて尋ねたのは、メンデル公爵だった。
メリューエルの父である公爵は、貴族の中でももっとも貴族らしい貴族だ。
国王であるロディアスのことを尊重する態度を見せるが、己の矜恃もまた高く、自身が決めた采配は決して変えないというこだわりを持つ。
ロディアスから見たメンデル公爵は頑固で頭の固い人物、という印象だ。
五大公爵の中でも面倒な相手なので極力敵に回したくはない。
ロディアスは机の上で手を組み、挑発的な笑みを浮かべる。
「ステファニー公爵家は昔、武勲を挙げた褒美に王家から叙爵された経緯があるな」
「……は」
ステファニー公爵家の興りを話すと、ステファニー公爵はおもむろに鼻にしわを寄せた。
武力にて爵位を得た、というのはすなわちその血が尊いものでは無いことの証明に他ならない。
苦々しい顔でステファニー公爵がロディアスを見る。そんな公爵を、諌めるように、あるいは慰めるように──穏やかな顔をして、ロディアスは言った。
「貴家の興りは、市政では有名な英雄譚として、知らないものはいないようだな。王道劇として、各地で毎日のようにオペラが歌われていると聞いている」
「……そのようですね」
話の着地点が読めないのか、ステファニー公爵は固い口調で頷いて答える。
ロディアスは意図して柔らかな微笑みを見せた。
「であれば、国民からの支持も高い貴家の令嬢を妃にすることで……民の反発はある程度抑えられるのではないかな。どうだい?ステファニー公」
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