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一章

変わる覚悟

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それから数日して、陛下から誘いの手紙をいただいた。

『三日後の夜、晩餐の後に約束を』

ただそれだけの文だったが、その短い一文ですら、苦しいくらい胸が痛んだ。
私はばかだ。
政略結婚とわかっていながら、彼に心を奪われてしまった。愛してしまった。

……彼を、求めてしまった。

手紙とともに渡されたのは、小瓶に収められた色とりどりのキャンディだった。ラディールが言うには、今流行りの菓子なのだそうだ。
丸い飴玉は、虹色に着色されていて、見ていて楽しい。

小瓶は王妃の私室のライティングデスクの引き出しにしまった。
毎日、自習の時間の際にひとつずつ口にしようと決めたのだ。
私はレーベルトの王妃ではあるが、あまりにもこの国について無知すぎる。
だから私は、独学で歴史書や貴族図鑑を開き、少しずつ知識をつけようとしていた。
ロディアス陛下に乞えば、家庭教師の手配も可能だろう。

だけど、王妃という冠を戴いて早くも一ヶ月以上が経過する。
未だに勉強中の身であると周囲に知られるのは、体裁が悪いだろう。
ランフルアにいた時になぜ学ばなかったのか、と周囲の反感を買う恐れがあった。
もっとも、この婚姻がまとまったのはつい最近のことで、婚約期間もごく短かったために、それは難しかったのだが──。

(それに、お兄様に頼んだところでレーベルトの講義を行ってくれる家庭教師を派遣してくれるとは思えなかったし……何よりあの時は、レーベルトの知識より必要最低限の王族教育を身につけるので、精一杯だった)

だけど今思えば、それも言い訳に思える。
いや、実際言い訳に過ぎないのだろう。

無理を押してでもランフルアにいた時にやるべきだったし、鼻で笑われるとわかっていても、兄に頼み込むべきだった。
しかし、今言っても仕方ない。

あの時の私は、流されるままに生きていたし、突然決まった婚姻に、さほど乗り気でもなかった。
今までと同じように、ただ流されて、周りの定めるように生きていくだけだと、諦観していたからかもしれない。

それではいけないと、どこかで気づかければならなかった。
インク壺に羽根ペンを置き、早速本日分の飴玉を口に放る。
口にしたのは、甘酸っぱい、檸檬味の飴だった。

このままではいけない。
流されて、ただ、周りに定められた生き方をしているようでは──彼の、力になれない。

国のために生きる。
それはきっと、彼の本音だ。

私を想う気持ちがないと分かっていても。
彼の気持ちが私に向いていないと知っていても。
ただ、彼の足を引っ張るだけの存在にはなりたくない。
せめて、せめて──私が……エレメンデールが、王妃で良かった、と彼に思われるようになりたい。

そう、思ったから。
だから、私はこうして知識をつけようと思った。

知識が浅く、王妃としての振る舞うにはまだまだ未熟だと言うのなら、知識をつけて、王妃の振る舞いを自力で学び、掴み取るほかない。

それが、彼のためになるのだから。
唯一、私が彼にできることだ。

彼とはきっと、想い想われる結婚生活は望めないだろう。

それでいい。
それはわかっている。
これは政略結婚。

だから、これでいいのだ。
愛ある生活は望めなくても。
彼の望む女性になれたなら。
それだけで、私は──エレメンデール・ランフルア・エレンであって良かった、とそう思えるから。
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