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一章

偽りの優しさ、冷たい真実?

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ロディアス陛下にエスコートされてホールを抜け、控え室に戻るとその涼しさに火照った肌が少し冷やされた。
扉が完全に閉ざされ、人のざわめきが遮られる。

すぐにラディールが近寄ってきて、「お疲れ様でした」と声をかけてくる。
ロディアス陛下はそれを見て頷いて答えると、私に言った。

「それじゃあ、また後で。パーティではあまり食べられなかったと思うから、お腹がすいているなら食事をしてからでもいいよ」

「ありがとうございます」

ロディアス陛下の言う通り、パーティではあまり食べなかったのでお腹は空いていた。
だけど、パーティを抜けてきたばかりだからか気分は高揚していて、緊張状態が未だ続いている。
食事を用意してもらったところで、喉を通りそうにない。
空腹で腹痛を覚えるほどでもないので、食事は取らなくてもいいだろう。

王妃の私室に向かうとメイドが数人控えていて、ドレスの着脱を手伝った。髪をほどかれ、櫛を入れられる。私の髪を梳りながら、ラディールが感嘆したように言った。

「王妃様の御髪は……とても豊かですね。うっとりしてしまいますわ。まるで雪豹のよう」

「そう、かしら」

ラディールを始めとした、メイドの称賛は未だに慣れない。王妃として、毅然としていなければならないのに、どうしてもぎこちなくなってしまう。慣れない言葉に、むず痒さを覚えながら答えると、ドレスの後ろリボンを解きにかかっていたメイドが力説した。

「ええ、その通りですわ。このように美しい髪を、私どもは見たことがございません。ただ真っ白、というわけでもなく銀をそのまま流し込んだようなこの御髪……。これは、レーベルトにはない色合いですわ」

「メンデル公爵家のご令嬢が似た色合いの髪をお持ちですが、あちらは、どちらかというとふわふわとした髪質ですし……流れるような糸、と言いますと、王妃様のような髪を指すのだと思いますわ」

「お目も、とても神秘的な色合いですし……お綺麗ですわ。麗しくいらっしゃって、王妃様のような美人を娶られた陛下は、果報者ですわね」

次々と褒め称える言葉が聞こえてきて、ますますいたたまれない。
重たげな鈍色の髪も、同色の曇天のような瞳も、彼女たちにかかれば讃称の言葉が山のように出てくるのだから、やはりメイドというものはすごい。まるで女神を相手にしているようだ。

私が彼女達の仕事ぶりに感嘆していると、あっという間にドレスは脱がせられ、コルセットも外された。
そのまま浴室に向かい、湯をあびる。

バスタブに身を沈めると、熱い湯が体を包み、ほっと息を吐く。爽やかな檸檬の香りがするのは、湯に香油が混ぜられているからだろう。

入浴を終えて、寝支度を整え、国王夫妻の寝室に向かうと、既にロディアス陛下はソファに腰掛け、私を待っていた。

「お待たせしました」

「いや、そんなに待ってないよ」

ロディアス陛下は寝酒を嗜んでいたようだ。
彼が寝酒を口にするのは珍しい。
酒はあまり好きではないと以前言っていたのに、どうしたのだろう。
私は不思議に思いながら、彼の横にそっと腰を下ろした。
ロディアス陛下がちらりとこちらを見る。
その瞳はいつもより熱を持っているように感じた。もしかしたら結構な酒量を口にしたのかもしれない。

「……ハーブティーではないのですか?」

いつも、彼は寝る前にハーブティーを用意させる。一説によると、睡眠の質をあげると言われているので気休め程度に飲んでいるようだ。
あと、『単純に味も好みだ』とも言っていたように思う。私が尋ねると、ロディアス陛下はくい、とグラスを煽って答えた。

「まあね。少し、考えたいことがあって」

「……お仕事のことですか?」

「そんなところかな。……ねえ、エレメンデール。思えば僕たちはちゃんと話をしたことがなかったと思うんだよね」

……突然、ロディアス陛下はそんなことを言い出した。
よほど、私はきょとんとした顔をしていたのだろう。ロディアス陛下が苦笑する。

「率直に聞くよ?きみは、優しさを求めてる?仮初でも構わないなら、僕はきみにそれを与えることができる。演じるのは慣れているしね」

「え、えぇと……」

ロディアス陛下が何を言おうとしているのか、察しの悪い私には分からない。
ただ、だいぶお酒を召しているように感じたのでもうそろそろ止めた方がいいのではないかと感じた。からん、と氷が溶ける音が静かに響く。

「きみが望むならそれでも構わない。僕も、表面上とはいえ夫婦円満な方がなにかとやりやすいと思うしね。……でも、きみはそれを望まない。違う?」

「……私が望めば、陛下は私を愛していらっしゃるように振る舞う、と……そう仰せなのですか?」

陛下の言葉を噛み砕いて、私なりに理解を進めて問い返すと、彼は僅かに目を見開いた。
そして、少し沈黙した後、なにか言おうと口を開いて──ふ、と自嘲にも似た笑みを浮かべた。
そして、前髪をかきあげるようにして額に手を当てて、彼は言った。

「はぁー……。……いや、うん。そういうことかも」

「……??」

「つまりね、エレメンデール。きみは、偽りの僕と、本物の僕、どちらがいい?それを聞きたかったんだ」

「…………」

だいぶ酔ってらっしゃる……のでは?
私はそう思ったが、口には出さなかった。
彼が寝酒を嗜むのも、酔っ払った姿を見せるのも、初めてだったから。
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