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一章
ままならない感情の行先
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私が見ていることに気がついたのか、我に返ったようにルムアール公爵がこちらを見る。
そして気まずそうに頬をかいた。
「……いえ。お恥ずかしいことに、つい最近、私は恋に敗れまして」
「……まあ」
なんと答えればいいか分からなかった。
ロディアス陛下が即位する前は第二王子で、今は王弟の立場である彼を振る人間がいるとは思えない。一体相手は誰なのだろうか。
ぱちぱちと瞬きを繰り返していると、ルムアール公爵が苦笑した。
「最近といっても、一年ほど前です」
「……それは……結構、前……ですね?」
口にしてよいものか迷いながら答えると、ルムアール公爵もまた軽く笑った。困ったような、苦々しさを感じさせる笑みだった。
「そうなのです。しかし、まだ私はこの想いに決着をつけることができず……。兄にはそれを見破られてしまいましたね。どうも私は、女性の扱いというものが分からなくて」
「……ルムアール公爵も素敵な方だと思いますよ。その明朗闊達さは社交界では珍しいと思います」
「ありがとうございます。しかしそれは、王妃陛下が私を深く知らないからそう仰せなのです。私は色恋の駆け引きが苦手でして……好きだ、と思うとこう……単刀直入にいきたいと言いますか」
ルムアール公爵の思い悩むような声に、私はまたくすくすと笑みを零してしまった。
彼ほどわかりやすければ、将来、彼の妻となる女性も安心だろう。
少なくとも、相手の気持ちが分からない、という理由で思い悩むようなことはないはずだ。
「王侯貴族が生まれながらに持つスマートさ、というものを私は持ち得ていないのです」
ため息交じりにルムアール公爵が言う。
なんだか、ルムアール公爵は──恐れ多くも、私と似ているような気がした。
魔女のなりそこないで、王族の落ちこぼれ。出来損ないの王女である私は、社交界にも居場所を見い出せない。
しかし、同じようにルムアール公爵も、この煌びやかすぎる世界に息苦しさを覚えているなら、少しだけ安心できた。私だけでは無いのだ、と。
私はこの世界において、異分子ではなく、異常でもないのだ、と安堵した。
私が小さく笑みを零していると、ルムアール公爵がまた、どこか懐かしさを覚えたように言った。
「あなたは──彼女と似ているようで、少し違いますね」
眩しそうにルムアール公爵が私を見る。
私もまた、気負わずに彼の瞳を見返すことが出来た。
「それは、当たり前です。私とその方は、違う人間なのですから」
「……そうですね」
ルムアール公爵が、なにか言いたげな顔をしながら、それでも納得したような声を出した。
ルムアール公爵と今まであまり話したことはなかったけれど、思った以上に彼は話しやすいひとだった。
敵だらけで、誰を信頼していいのかすら分からないこの世界で、彼のような存在はありがたい。
私がそう思っていると、背後から声が聞こえてきた。
「ずいぶん打ち解けたようだね?」
ロディアス陛下だ。
はっとして振り向くと、そこにはルエイン様はいなかった。
別れたのだろうか。
つい、グラスを持つ手に力が籠った。
ロディアス陛下は私を一瞥した後、ルムアール公爵に視線を投げた。
「エレメンデールを見ていてくれてありがとう。拘束して悪かったね。お前も花嫁を探さなければならないのに」
彼にしては珍しく素っ気ない口調だった。
それとも、兄弟の間ではこれが通常通りなのだろうか。ロディアス陛下に手を取られて、立ち上がる。手に持っていたグラスは彼に取り上げられて、そのまま流れるように近くを通った従僕にそれを手渡していた。
ロディアス陛下の言葉にルムアール公爵が苦い顔つきになる。
「……陛下。私は……」
ルムアール公爵の言葉に、ロディアス陛下はため息をついた。
「傷心もいい加減にしなさい。もう一年が経つだろう。彼女はお前を選ばなかった。それが全てだ」
弟相手と言えど、ロディアス陛下は一切容赦しないようだった。
ぐさり、と言葉が鋭利な刃となってルムアール公爵に突き刺さったのが見えた気がした。思わず、少し同情した。
「そ、そうですが……」
「いい加減気持ちを切り替えろ。お前は王族だろう。……それと、彼女の代わりを探そうなんて馬鹿な真似はしないように。案外、真反対な性格の女の方が、彼女を思い出さずに済むんじゃないか?ほら、ラズレイン家の令嬢のような」
五大貴族のひとつ、ラズレイン家の令嬢ライラ様はルエイン様同様、気の強い方だ。
いつも毅然とした様子で、貴族令嬢として恥じない振る舞いに、揺るがない自信を持っている。『自分』がしっかりとある方だ。
「えっ。ライラ嬢ですか?嫌です。というか、彼女はつい先日ファルオニー公爵子息と婚約を結びましたよね」
「例えの話だ。あれくらいの女の方が、お前には合ってるんじゃないか?お前は追いかけ回すより、追いかけ回される方が、うまくいきそうだ」
「…………」
ルムアール公爵は長い沈黙を保ち、黙り込んでしまった。
弟相手にも容赦のないロディアス陛下に、私はやはり怖いと感じてしまった。
ほかの貴族を相手にしている時よりも砕けて話しているように見えるし、彼の厳しい言葉もまた、弟を思うからこそなのだろう。
それは分かっているが、あまりにも彼の言葉は手厳しい。はらはらと見守っていると、ロディアス陛下の瞳が私を捉えた。
どきりとする。
私もまた、至らない箇所を指摘されるのではないかと思ったから。
しかし、彼はなにか言いたげな様子でわずかに眉を寄せたものの、それを口にすることはなかった。
ロディアス陛下はいつも柔和で穏やかで、人好きのする笑みを浮かべているのに思い悩むような顔をしているのは珍しい。
私が困惑していると、彼に手を引かれた。
「そろそろ出ようか。あまり長居しても周囲に気を使わせるだけだしね」
そして気まずそうに頬をかいた。
「……いえ。お恥ずかしいことに、つい最近、私は恋に敗れまして」
「……まあ」
なんと答えればいいか分からなかった。
ロディアス陛下が即位する前は第二王子で、今は王弟の立場である彼を振る人間がいるとは思えない。一体相手は誰なのだろうか。
ぱちぱちと瞬きを繰り返していると、ルムアール公爵が苦笑した。
「最近といっても、一年ほど前です」
「……それは……結構、前……ですね?」
口にしてよいものか迷いながら答えると、ルムアール公爵もまた軽く笑った。困ったような、苦々しさを感じさせる笑みだった。
「そうなのです。しかし、まだ私はこの想いに決着をつけることができず……。兄にはそれを見破られてしまいましたね。どうも私は、女性の扱いというものが分からなくて」
「……ルムアール公爵も素敵な方だと思いますよ。その明朗闊達さは社交界では珍しいと思います」
「ありがとうございます。しかしそれは、王妃陛下が私を深く知らないからそう仰せなのです。私は色恋の駆け引きが苦手でして……好きだ、と思うとこう……単刀直入にいきたいと言いますか」
ルムアール公爵の思い悩むような声に、私はまたくすくすと笑みを零してしまった。
彼ほどわかりやすければ、将来、彼の妻となる女性も安心だろう。
少なくとも、相手の気持ちが分からない、という理由で思い悩むようなことはないはずだ。
「王侯貴族が生まれながらに持つスマートさ、というものを私は持ち得ていないのです」
ため息交じりにルムアール公爵が言う。
なんだか、ルムアール公爵は──恐れ多くも、私と似ているような気がした。
魔女のなりそこないで、王族の落ちこぼれ。出来損ないの王女である私は、社交界にも居場所を見い出せない。
しかし、同じようにルムアール公爵も、この煌びやかすぎる世界に息苦しさを覚えているなら、少しだけ安心できた。私だけでは無いのだ、と。
私はこの世界において、異分子ではなく、異常でもないのだ、と安堵した。
私が小さく笑みを零していると、ルムアール公爵がまた、どこか懐かしさを覚えたように言った。
「あなたは──彼女と似ているようで、少し違いますね」
眩しそうにルムアール公爵が私を見る。
私もまた、気負わずに彼の瞳を見返すことが出来た。
「それは、当たり前です。私とその方は、違う人間なのですから」
「……そうですね」
ルムアール公爵が、なにか言いたげな顔をしながら、それでも納得したような声を出した。
ルムアール公爵と今まであまり話したことはなかったけれど、思った以上に彼は話しやすいひとだった。
敵だらけで、誰を信頼していいのかすら分からないこの世界で、彼のような存在はありがたい。
私がそう思っていると、背後から声が聞こえてきた。
「ずいぶん打ち解けたようだね?」
ロディアス陛下だ。
はっとして振り向くと、そこにはルエイン様はいなかった。
別れたのだろうか。
つい、グラスを持つ手に力が籠った。
ロディアス陛下は私を一瞥した後、ルムアール公爵に視線を投げた。
「エレメンデールを見ていてくれてありがとう。拘束して悪かったね。お前も花嫁を探さなければならないのに」
彼にしては珍しく素っ気ない口調だった。
それとも、兄弟の間ではこれが通常通りなのだろうか。ロディアス陛下に手を取られて、立ち上がる。手に持っていたグラスは彼に取り上げられて、そのまま流れるように近くを通った従僕にそれを手渡していた。
ロディアス陛下の言葉にルムアール公爵が苦い顔つきになる。
「……陛下。私は……」
ルムアール公爵の言葉に、ロディアス陛下はため息をついた。
「傷心もいい加減にしなさい。もう一年が経つだろう。彼女はお前を選ばなかった。それが全てだ」
弟相手と言えど、ロディアス陛下は一切容赦しないようだった。
ぐさり、と言葉が鋭利な刃となってルムアール公爵に突き刺さったのが見えた気がした。思わず、少し同情した。
「そ、そうですが……」
「いい加減気持ちを切り替えろ。お前は王族だろう。……それと、彼女の代わりを探そうなんて馬鹿な真似はしないように。案外、真反対な性格の女の方が、彼女を思い出さずに済むんじゃないか?ほら、ラズレイン家の令嬢のような」
五大貴族のひとつ、ラズレイン家の令嬢ライラ様はルエイン様同様、気の強い方だ。
いつも毅然とした様子で、貴族令嬢として恥じない振る舞いに、揺るがない自信を持っている。『自分』がしっかりとある方だ。
「えっ。ライラ嬢ですか?嫌です。というか、彼女はつい先日ファルオニー公爵子息と婚約を結びましたよね」
「例えの話だ。あれくらいの女の方が、お前には合ってるんじゃないか?お前は追いかけ回すより、追いかけ回される方が、うまくいきそうだ」
「…………」
ルムアール公爵は長い沈黙を保ち、黙り込んでしまった。
弟相手にも容赦のないロディアス陛下に、私はやはり怖いと感じてしまった。
ほかの貴族を相手にしている時よりも砕けて話しているように見えるし、彼の厳しい言葉もまた、弟を思うからこそなのだろう。
それは分かっているが、あまりにも彼の言葉は手厳しい。はらはらと見守っていると、ロディアス陛下の瞳が私を捉えた。
どきりとする。
私もまた、至らない箇所を指摘されるのではないかと思ったから。
しかし、彼はなにか言いたげな様子でわずかに眉を寄せたものの、それを口にすることはなかった。
ロディアス陛下はいつも柔和で穏やかで、人好きのする笑みを浮かべているのに思い悩むような顔をしているのは珍しい。
私が困惑していると、彼に手を引かれた。
「そろそろ出ようか。あまり長居しても周囲に気を使わせるだけだしね」
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